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ある、礼儀作法のなっていない令嬢ではなく上品な公爵令嬢を選んだ王子の話  作者: オレンジ方解石


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2/2

後編

 ラズ王子がフランボワーズ嬢を連れて大会議場を出て行く。

 婚約したての若者には、美しい婚約者に伝えたい言葉が山ほどあるのだろう。

 それを咎める者はいなかったが、納得できない者もたしかにいた。

 辺境伯夫人、ジューンの母である。


「あんまりだわ」


「お母様、泣かないでください。私は納得していますから」


「いいえ、ひどすぎます。聞けば殿下は、フランボワーズ嬢の上品な立ち居振る舞いをお気に召したというではないですか。我が家のジューンだって」


「やめなさい」と、夫である辺境伯が口をはさむが夫人はとまらない。


「ジューンだって、怪我がなければ、今頃は誰より優雅な令嬢として、フランボワーズ嬢にも負けなかったでしょうに! すべてはこの傷のせいで!!」


 辺境伯夫人は娘の、いつも手袋に包まれた右手を両手で強くにぎる。


「そもそもジューンのこの怪我は、ラズ殿下をかばってのことなのに…………!!」


 こらえきれないように吐き出された一言に、国王夫妻や大臣達の表情もいっせいに沈痛なものに変化した。

 いつも手袋をはめた、手袋がトレードマークの辺境伯令嬢。

 ジューンの右手には大きな傷跡があった。

 幼い頃、ラズ王子と遊んでいてできた傷だ。

 あの頃、辺境伯領の広大な自然の中での冒険を楽しんでいたラズ王子は、ある日ジューンや未来の側近候補である学友達を引き連れ、森の奥へと進んだ。

 そして野生の狼に襲われ、小さい崖からすべり落ちて頭を打ったのである。

 狼は同行していた護衛兵に仕留められ、ラズ自身もたんこぶと擦り傷だけですんだ。

 だがラズをかばったジューンは、狼の牙により右手と手首に大怪我を負った。

 牙は小さな手の神経を深く傷つけ、傷が癒えても、ジューンは右手を自由に動かすことはできなくなった。

 父親の辺境伯はむろん、報告をうけた国王も座視していたわけではない。

 王宮からは最高の医師や白魔術師が派遣され、辺境伯も領内から最高品質の薬草をかき集めて、領外の薬草や名医にも頼った。

 ジューン自身、毎日懸命にリハビリをうけた。

 それでも彼女の右手は元通りにならなかった。

 ある程度まで回復したものの、あくまで『ある程度止まり』だった。

 母は泣いたし、父も苦悩した。

 国王夫妻とて、自分達の子をかばって傷ついた幼い少女の献身と惨状に、同情と悔恨の念を覚えずにはおれなかった。

 そしてラズ自身は王宮に戻り――――ジューンが自分をかばって怪我をした、その事実を忘れてしまった。

 意図的な行為ではない。

 狼に襲われて崖から落ちた際に頭を打った後遺症か。ラズは前後の出来事について記憶がとんでおり、「狼が飛び出して来て、驚いた拍子に足をすべらせ崖を落ちた」事実も、あとから他人に聞いて知ったほどだったのだ。

 そしてそれをジューンも咎めなかった。

 幼い少女は事件の直後から、


「ラズさまには、わたしのけがのことは言わないでください」


 と主張していたのだ。

 辺境伯夫妻は躊躇した。

 冷静――――冷徹に考えれば、まだ幼い娘の怪我と功績を盾に、


「責任をとれ」


 と国王に迫ることもできる事態である。

 たとえ相手が王族でなくとも、嫁入り前の幼い娘の体を傷つけられたのだ。親としては糾弾の一つもしてやりたいのが、人情というものであろう。

 けれどジューンはそれを止めたのだ。


「自分のせいでけがをしたと知ったら、ラズさまは悲しむにちがいないから」


 と。


「大丈夫。わたしはまだ走れますし、話すことも見ることもできます。ラズさまがけがをしていたら、もっと大変でした。わたし一人ですんで、幸いでした」


 幼い娘が笑顔を作りながらそう述べた時、両親は娘の健気さに涙をこらえられなかった。

 そうして最終的には娘の提案を受け容れ、辺境伯と国王達の合意のもと、ジューンの怪我の原因について第二王子には真相がふせられることとなったのだ。

 かわりにその後、辺境伯には国王から多額の謝礼が届いて、いくつもの便宜も図られた。

 辺境伯夫人は娘の右手を握りしめ、いく粒も悔し涙をこぼす。


「この傷さえなければ…………っ。ジューンだって今頃は立派な淑女として、本当ならジューンこそが王子妃に…………っ」


 娘の手にすがる母親に、ジューンは穏やかな声で語りかける。


「運命です。これも神様のお導きでしょう。どのみち私には、窮屈な王宮生活は無理です。私はあの故郷の、広大な自然の中で生きていきたいのです。フランボワーズ嬢が選ばれたのは当然の結論でした」


 辺境伯夫人は、わっと泣き出し、夫が背中をさする。


「ジューン嬢…………」


 大会議場の重臣席の中から、ひときわ若い者達がジューンの前に進み出る。

 宰相の息子・ローガン、宮廷付き魔法使い長の息子・ブラック、騎士団長の息子・デュー、そして宮廷付き白魔術師長の息子・クランだった。

 ラズ王子の学友であり将来の側近候補であり、それぞれジューンとの仲の良さを噂されていた若者達である。


「申し訳ありません、ジューン嬢、辺境伯閣下、辺境伯夫人」


「あの時、我々がもっとしっかりしていれば…………」


 若者達の表情も一様に苦しげだ。


「令嬢の怪我については、我々にも責任の一端があります。ラズ殿下と令嬢のおそばにいた我々が、もっと適切に動けていたら…………」


 ラズ王子の将来の側近候補として幼い頃に選抜された彼らは、ラズが辺境伯領を訪れた際にも、主人に同行していた。

 そして主人と共に森の探検に乗り出し――――例の事件に遭ったのである。

 彼らはみな、自分や王子の身になにが起きたのか、ジューン嬢が何故怪我を負ったのか、すべて記憶して理解していた。

 そして国王の命令のもと、今日まで主人に真相を明かさずにいたのである。

 彼らはみな、ジューン嬢の『無作法』が幼い頃の怪我によるものであり、その怪我がラズ王子をかばってのものと知っていた。

 だからこそラズ王子がジューン嬢を「無作法だ」と誤解していくのがもどかしくてならなかったし、それが原因で王子の心がジューン嬢から離れていくのがやりきれなかった。


「みなさん、どうか気に病まないで。あの時はみんな、子供だったではありませんか」


 ジューンの言うとおりではあった。

 今でこそ、それぞれの分野で頭角を現しはじめている彼らも、事故当時は十になるかならないかの子供ばかりだった。

 狼の件も怪我の件も、彼らにどうにかできるレベルの問題ではなく、周囲も巻き込まれた子供達を気遣いこそすれ、責める者はいなかった。

 けれど。


「ジューン嬢」


 白魔術師長の息子であるクランがジューンの前に出て、彼女の手袋に包まれた手をとる。

 悔しさを押し殺したひたむきな瞳で、かつての幼い少女に宣言した。


「私は必ず、優れた白魔術師になります。そしていつか、あなたの右手を治してみせます」


 高い素質を持つ白魔術師として、将来を期待されるクラン。

 けれどあの頃はただの少年で、たいした術も習得していなかった。

 あの時、自分がもっと優秀な白魔術師だったら。

 すぐにジューン嬢の怪我を癒して、彼女が後遺症に悩まされることはなかったのではないか。

 そう、クランは後悔と己に対する不甲斐なさを抱えて生きつづけてきたのだ。

 それはデューやブラックも同様だった。

 あの時、自分がもっと強ければ。もっと強い魔法を使えていたら、もっと安全にラズ王子もジューン嬢も守って、幼い少女の手が犠牲になることはなかったのではないか…………。

 そういった悔恨から、彼らはなにかとジューンを気遣っていたのだが、それを、真相を知らぬフランボワーズ派の令嬢達が「ジューン嬢は若い異性と距離が近い」と噂したのである。


「みんなのその気持ちだけで充分です。私は王子妃の座は逃しましたけれど、かわりに、これからも大好きな故郷で暮らしていくことができます。それで充分です」


 自由で快活な風の精霊は明るく笑った。





 その後、ベリー王国の第二王子、ラズ・グースは公爵令嬢フランボワーズと結婚した。

 フランボワーズ妃はベリー王家でも特に優雅で上品な美女として名を残す。

 ラズ王子の妃候補だった辺境伯令嬢も故郷に戻り、のちに、王宮での出世を捨てて辺境伯領に来た、最上級白魔術師と遅めの結婚をする。

 自然豊かな辺境伯領で、ちょっとぶきっちょな辺境伯令嬢と、彼女を支える器用な夫の間には、いつも明るい笑い声が絶えなかったという――――

 いただいた感想を読むと、勘違いされている方が一定数いるようなので、ここであらためて。


 ラズは第二王子、次男、二番目です。

 王太子ではありません。


 彼と結婚しても、王妃にはなりません。


 次男なので、王宮を出て辺境伯領へ引っ越し、辺境伯と共に国境防衛の任にあたることも可能です。

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― 新着の感想 ―
?ジェーンを選ばなかった理由として素直過ぎて腹ができなさそうだから、というのがあったはずなのに何故か王子が選んだ理由が優雅だから、という一点に集約されて側近や、ジェーンの親がなげき悲しんでるのを見ると…
これは、結果的には全方位ハッピーエンドですよね。ジューンは、怪我のことを黙っている時点で王子妃になるつもりはなかったと思うし。初恋の決着みたいなものだったのかなと思いました。 それよりも、気になったの…
> 次男なので、王宮を出て辺境伯領へ引っ越し、辺境伯と共に国境防衛の任にあたることも可能です。 あとがきで言われても…… > 十八歳の誕生日。ベリー王国のラズ・グース第二王子は父親である国王に二人の姫…
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