表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/62

襲来、賊徒の瞿恭

 結髪けっぱつを覆った黄色いきんすそが、風でなびいた。

「く、瞿恭くきょうの親分……」

「何だってんだよ、うるせえな」

 午眠ごみんむさぼろうとしていた賊徒の瞿恭は、不機嫌に子分を怒鳴どなりつけた。

「いや、あの……」

「何だよ! はっきり言え!」

「霊山のふもとに、里ができています!」

 口許くちもとひげで覆われた肉付きの良い瞿恭は、一笑に付すとあきれた調子でその子分をさとした。

「あのなあ。そんな急に里なんてできる訳ねえだろ。お前、さては寝てたな?」

「でも、あれ……」

 その子分は、丘陵のいただきから遠方を指差すと、己の眼で見てみろと言わんばかりに、自分の立っていたところに瞿恭を促した。

「何言ってんだ、お前。ありゃあ、里なんかじゃ――」

 瞿恭は眼をまるくすると、絶句した。

 里というよりも、桃源郷にさえ見えた。暇を持て余していた瞿恭にとって、結界が解かれ姿を露にした里は、もはや垂涎すいぜんの的でしかなかった。

 瞿恭は、自然とこぼれる笑みを抑えることなく、仲間たちに命じた。

「やい! 手前等、狩りの時間だ! 急いで仕度しろい!」

「何を張り切ってんですかい、瞿恭の親分? 誰も原野を通ってる奴なんていませんぜ?」

「馬鹿野郎! あそこを見てみろ! 取り分は早い者勝ちだからな!」

 言うや否や、瞿恭は腹を揺らして痩せた馬にまたがると、我先にと駒をった。

「あ! 瞿恭の親分が抜け駈けしたぞ! 追え、追え!」

 賊徒の群れは、餌に群がるように里へ向かって駈け出した。


「この里の一大事とあらば、女子供と隠れている場合ではないわい」

 里の南側に三々五々と集まってきたのは、普段、田畑を耕している老夫たちだった。各々くわや弓を携えている。

 老夫たちに加え、里の若者を初めとする男どもが集ってきた。

ようちゃんだけ危険な眼に合わせる訳にはいかないねえ」

 弓や槍を手にした男勝りの女どもまで押し掛けた。

 どれも里の一大事を聞きつけ立ち上がった、言わば義勇兵だった。

「ウヒヒ。物好きが集まったようじゃのう」

葛玄かつげんどの、どれくらいの人が集っていますか?」

 口許に手を添えた胡綜こそうは、屋根の上で南方に眼をらしている葛玄に叫んだ。

「せいぜい二百といったところだ」

「おっ父!」

 葛玄は声を張り上げて胡綜に返すと、姚光ようこうの声にはっとして、再び南方に眼をった。

「き、来たぞ! 二百……いや、三百! 賊徒が此方こちらに向かって来たぞ!」

 葛玄は大声を張り上げると、急いで姚光と地へ降りた。

「さて、此方こちらは戦の素人。彼方は餓狼がろうの群れときている。どうする、介象かいしょう?」

 介象の肩に鎮座した元緒は、落ち着き払って介象に尋ねた。


 介象は、寄ってきた葛玄と姚光を見遣った。

「葛玄と姚光がいたことが幸いしたな。この里は、尚武しょうぶの気風にあふれている」

 介象の顔に不敵な笑みが浮かぶと、里の義勇兵に下知した。

「皆の者、聞け! 我れは方士介象なり。おさ鄷玖ほうきゅうが不在の今、縁あってこの里に助太刀致す。これより我ら一丸となり、賊徒を撃退する。良いな!」

「応‼」

 介象の一声は、よく通った。

 その声に、里の義勇兵たちも闘志をみなぎらせた。

「弓を手にした者は、高いところへ登れ。弓兵を導くのは胡綜、お前だ」

「へ――⁉」

 突然の指名に驚いたような胡綜が、自分の顔を指差し、口をあんぐりと開けている。

「歩兵は五人一組になれ。二隊に分け、それを葛玄、姚光が導け」

「やってみよう」

 顔を強張こわばらせた葛玄がうなずいた。

「よし、みんな! 鍛錬の成果、見せるよ!」

「応よ‼」

 眼を赤くした姚光のげきに、若者たちは奮い立った。

 下知するや否や、介象は五花ごかまたがった。

「胡綜!」

 介象の声に、屋根に登ろうとしていた胡綜は振り返った。

「我が合図を待て!」

 胡綜がこくりと頷いたのを確認すると、介象は眉間尺みけんしゃくを抜き放ち、天にかかげた。


「ヒャッホー! 桃源郷だ!」

「獲物だ、ヒャッハー!」

 奇声を上げた賊徒の波が、近づいてくる。

 どれも結髪に黄色い巾を被せ、着ている袍衣ほういは薄汚れている。まるで統率が取れていない。武器を手に、我先にと駈けてくる烏合うごうしゅうだった。騎馬の数もそれほど多くない。

「胡綜!」

 馬上の介象が叫ぶと、眉間尺の切っ先を賊徒の群れへと向けた。

「一斉射撃!」

 胡綜の号令に、弓兵は賊徒の群れ目掛け一斉に矢を放った。放たれた矢は、空に無数の弧を描いた。

「ん?」

 ドスッ――。

 ザクッ――。

 ある者は矢に倒れ、ある者は飛んでくる数多あまたの矢にたじろいだ。賊徒の群れに降った矢の雨は、その勢いを見事に止めていた。

「これより賊徒を迎え撃つ! 我に続け!」

 介象は五花を疾駈しっくさせた。

 それに続いて、葛玄と姚光も駈け出した。

 里の外に出て決戦を挑む形になった。

 

 屋根上の胡綜は、冷静に戦況を分析していた。

 大きな黒い獣が、賊徒の波に割って入るようだった。賊徒たちが手にしている武器を、眉間尺で次々と叩き落している。

「斬らぬのか? しかし、良い手本となっておる。後続も無闇やたらに得物を振り回しておらぬようじゃ」

 槍の刀身は穂鞘ほざやで包まれている。

 葛玄は、襲い来る賊徒たちの腕や手に狙いを定め、賊徒が手にしている武器を次々と槍で地に叩き落としていた。

 姚光も負けていなかった。流麗に舞うような短矛たんぼうさばきは、賊徒たちを一網打尽にする勢いだった。

 介象は賊徒の波を抜け切ると、五花を反転させ、再び群れの中へ身を躍らせた。

「武器を手放した者らを捕縛せよ!」

 これには、老夫や女どもが活躍した。

 普段の農作業や家事で培った技で、紐状のものであればあらゆるものを使って、簡単には解けない結び方で、次々と賊徒たちを後ろ手に縛り上げた。

 ふと見れば、弓隊が自らの意思で里の境目まで前進していた。何か危急の変事があっても、すぐに対応できる絶妙な位置だった。


「胡綜の奴め。なかなかやるのう」

 元緒が珍しく胡綜に感心している。

 五花を駈けさせながら、介象も微笑した。

 五人一組となった若者たちも巧みな動作だった。普段から鍛錬しているせいか、動きに一切の無駄がない。

 一人目が相手を引き付け、二人目が武器を叩き落す。三人目で身動きが取れなくなるほどの強烈な一撃を加え、四人目、五人目で取り押さえ老夫や女どもに引き渡す。

 加えて、誰かに疲労が蓄積するのを避けるように、役割を循環させている。馴染みのある顔触れのせいか、絶妙に呼吸の合った一連の集団戦法だった。

 たちまち後ろ手に縛られた賊徒たちが一所へ集められた。ほとんどの賊徒が両手両足をきつく縛られており、起き上がろうともんどり打っている。

 おかしな動きでもしたら、都合の良い的になりそうな距離に弓隊が陣取っていた。

「二波目だ! 二波目が来るぞ!」

 見張りとして屋根上に残っていた、遠目の利く若い弓兵が叫んでいる。

「介象どのお! 次が来まあす‼」

 取り次ぐように胡綜が大音声だいおんじょうを上げた。

「一度退がれ。退がるぞ」

 介象は歩兵隊を弓隊の近くまで退げると、まるで鶴が翼を前に張ったような、逆三角形を成すように両翼を左右に展開させた陣形、鶴翼かくよくの陣を敷かせた。

 その陣の横では、一斉に弓をつがえた弓兵たちが、人質のような賊徒に狙いを定めている。

 いつの間にか胡綜は、荷車をひっくり返してその上に乗り、戦況を分析していた。

 介象と五花は、歩兵隊が成した鶴翼の陣の前へ躍り出た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ