表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/62

川賊の甘寧

 ところが――。

 鄧龍とうりゅう張虎ちょうこ対峙たいじしている奥から、陳生ちんせいが駈け寄っていた。右腕を突き出し、備え付けた小型ので鄧龍を狙っている。


 それに気付いたのは、介象かいしょうだった。五花ごか疾駈しっくしているが、届かない距離だった。

 介象は懐中ふところに手を伸ばすと、小さな紙片を掴んだ。

 そのときだった。

 

 タン――。

「――――⁉」

 陳生の駒の頭部に一矢が突き立っていた。

 その駒は前脚から崩れるように倒れると、馬上の陳生も地へ吹き飛ばされていた。


 馬上の介象は、放たれた矢の弓主を眼で追った。

 その視線のずっと先には、見覚えのある若者の姿があった。頭上には奇怪な亀のかぶり物を乗せている。


「まあまあじゃな」

「…………!」

 元緒げんしょの言葉も耳に入らない体で、己の仕業しわざ唖然あぜんとして固まった胡綜こそうだった。


 鄧龍と対峙していた張虎も、陳生の異変を察した。

「チッ。こりゃあ、分が悪い。ええい、退け! 退くぞ!」

 張虎は力任せに長槍を払って鄧龍の間隙かんげきを作ると、馬首をひるがえし退路に着いた。


「くっ!」

 白面を地にこすり付け、血塗ちまみれの陳生も我先にと走った。

 緑の軍、江夏衆こうかしゅうは、蜘蛛くもの子を散らしたように荒野の戦場から離散した。


「追うな! 追撃は禁ずる!」

 介象かいしょうの背後で、蘇飛そひが声を放った。

 戦場に残った蘇飛軍の被害は少数だったが、それでも死者十一人、負傷者三十五人を数えた。

 それに対し、江夏衆の死者は、死骸を数えただけでも一六七に及んだ。負傷者はもっと多いことだろう。

 そして、死骸の半数以上は、甘寧かんねいほふられた者たちだった。


「快勝だったな」

 上機嫌で甘寧が馬上の介象に歩み寄った。

陳就ちんしゅうと鄧龍もだらしねえなあ。張虎ごときに苦戦してんじゃねえよ」

 甘寧の言を他所よそに、斬り傷だらけの陳就と鄧龍は、五花から蘇飛そひを担ぎ下ろした。矢傷があるはずの肩には、護符ごふが貼られている。


 五花から下馬して介象は言った。

符水ふすいに浸しておらん護符だ。回復はせぬが、痛みを和らげ、治りを早くする効果はある」

貴方あなたの加勢がなければ、我が軍もこれでは済まなかった。感謝いたす、介象どの」

 蘇飛が拱手きょうしゅすると、鄧龍と陳就もそれにならった。

「おい、蘇飛。俺さまも加勢してやったんだぜ。俺にも感謝しろよ」

 蘇飛は、甘寧をにらみ付けた。

「……何故なにゆえ、お前が此処ここにいる、甘寧?」

「何故って、この辺は俺の縄張りだぜ。それを張虎と陳生が侵攻したって聞いたもんだから、奴らを追って来ただけだ」

「単騎で……?」

 栗毛くりげの駒を引きながら、胡綜は不可解な面持ちを甘寧に向けた。

いや。奴ら、のらりくらり遅えから、先行して来てみりゃあ、この有り様さ」

「……奴ら?」

 胡綜が首を傾げた。

「ほれ、もうあそこにいるじゃねえか」

 甘寧が顔を向けた方に、一同はこぞって視線をった。

「――――⁉」


 見れば、介象たちが登った小高い丘に、二十騎ほどの姿があった。

 甘寧は、その二十騎に向かって大手を振った。

 それを合図のように、丘の二十騎が駈け下りて来る。その姿は、どれも文様のような刺繍を施した戦袍せんぽうをまとい、豪奢ごうしゃな出で立ちである。


 シャンシャン――。

 近付くごとに、各々が腰に結わえた鈴が、馬蹄の響きと共に賑やかな音色を奏でていた。

「お頭! 劉表りゅうひょう軍と一戦交える気か?」

「やらねえよ。お前らが遅えから、暇を持て余してたんだよ」

「お頭がひとりで先走っただけだろ」

 馬を止めた甘寧の部下たちは、どれも屈強な無頼漢ぶらいかんの様相を呈していた。

 々と大笑した甘寧は、己の駒を引き寄せると、騎乗して介象を見遣った。

「介象さん。俺はあんたを気に入った」

「…………」

 鮮血に染まっている甘寧が、不敵に笑った。

「俺が淮水わいすいを渡らせてやるよ」

 甘寧の言に、部下たちがこぞって肩を落として嘆息たんそくした。

「余計な仕事を増やしてんじゃねえよ、お頭」

「またいつもの気紛れかよ」

 一斉に漏れ出た不満に、甘寧は再び大笑すると、部下たちの群れに身を投じるように駒を進めた。

「このまま北へ進めばいい。淮水のほとりたむろしている俺たちが見えてくるはずだ」

 言った甘寧は馬腹を蹴って駒を北へ走らせた。


 シャンシャン――。

 部下の豪奢な無頼漢たちも、鈴の音を鳴らして続いた。

「あ、あの人たちは、一体……?」

 無頼の一団におののいた胡綜は、誰にともなく尋ねた。

「奴らは川賊せんぞくだ」

 小さくなっていく馬群に視線を向け、薙刀なぎなたの柄を杖のようにした鄧龍が応じた。

「川賊……?」

「ああ。甘寧を首領とする無頼のやからが集った川の賊。奴らの格好を見たろう。豪奢な出で立ちを好むため、錦帆賊きんぱんぞくと呼ばれている」

「なるほど」

 介象は、微笑した。

「江夏衆とは違うのですか?」

 胡綜に湧いた疑問には、豪槍の柄にすがった陳就が答えた。

「違うな。江夏衆は里や官舎に関わらず、強襲しては力ずくで略奪する。民草であろうと、逆らえば容赦なく斬り捨てるような奴ら」

「ああ。方や錦帆賊は、里や官舎も襲うが、それは不正を働いた者に狙いを絞っている。何より、遊侠ゆうきょう気取りで政府に追われた役人や罪人をかくまい、貧しい民草に銭をばらくが、縄張りで何か事が起これば、勝手に摘発して処罰までする」

 物憂ものうげな鄧龍が、陳就に続けて言った。

「おもしろいな」

 再び微笑んだのは、介象だった。

 肩に貼られた護符を抑えた蘇飛が、北方に冷めた視線を送った。

「江夏衆と錦帆賊、我らが荊州けいしゅうの悩みの種さ」

 蘇飛に釣られたように、介象も北を向いた。


 稜線りょうせんに小さく見える砂煙さじんが、右に流れたようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ