↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/62

助太刀の介象

 先頭で麾下(きか)を率いて疾駈(しっく)する蘇飛(そひ)が、陳生(ちんせい)の姿を捉(とら)えた。

「相手は民草の群れだ。命は獲(と)るな! 陳生だけを捕らえる!」

 蘇飛が麾下に下知したのと同時に、陳生も蘇飛の姿を捉えていた。


「これは、まずいですね……」

 危急を察知した陳生は、辺りの兵に声を張った。

「蘇飛だ! 蘇飛を殺(や)れ!」


 江夏衆(こうかしゅう)の歩兵が、挙(こぞ)って蘇飛の一団に蝟集(いしゅう)する。

 それを見て取った陳生は、奮戦している張虎(ちょうこ)に向かって逃げるように馬を駈けさせた。


 緑の弓兵を蹂躙(じゅうりん)した鄧龍(とうりゅう)が、騎馬を翻(ひるがえ)して陳就(ちんしゅう)の援護に向かおうとしている。


 突破――。

 蝟集した兵の群れを割るように、一騎だけ突破した蘇飛が陳生に追い迫った。


「チッ」

 舌打ちした陳生が、右の袖(そで)を捲(まく)り上げると、腕には小型の弩(ど)が備え付けられていた。見たこともないほど矢が短い。

 陳生は右腕を突き出し、接近する蘇飛に狙いを定めると短矢を放った。

 バシュッ――。


「――――⁉」

 その凶矢が左肩に突き立った蘇飛は、摚(どう)っと勢いよく落馬した。


「そ、蘇飛さま――⁉」

 異変を察知した鄧龍と陳就の動きが、一瞬止まった。


 白面に冷徹な笑みを浮かせた陳生は、その間にも張虎の方へ駒を駈(か)っていた。

 落馬した蘇飛を防護するように、蘇飛の麾下がすぐさま方円(ほうえん)の陣を組んだ。


 陳就は、急ぎ蘇飛の許(もと)へ駈け付けようとしたが、張虎ひとりに掛かりっきりだった。

 鄧龍も蘇飛と陳就の間で判断が揺れている。馬脚は止まり、息を吹き返した弓兵の餌食(えじき)になろうとしていた。


「蘇飛も大したことねえなあ」

 薄ら笑いを浮かべた甘寧(かんねい)に、介象(かいしょう)が白い眼を向けた。

「困憊(こんぱい)の者を見れば、黙っていられない性質(たち)ではなかったのか?」

 すると、介象は五花(ごか)の馬腹を蹴って、方円の陣に向かって旋風(つむじ)の如く丘を駈け下っていったのである。

「か、介象さま――⁉」

 眼を剥(む)いたのは胡綜(こそう)だけではなかった。

「あ、あんた、一体……」

 甘寧は沈思(ちんし)すると、意を決したように駒を駈った。向かったのは、弓兵と対峙(たいじ)している鄧龍の方だった。

「お主はどうするんじゃ、胡綜?」

 胡綜の頭上で、被(かぶ)り物の元緒(げんしょ)が言った。

「い、行きますとも!」

 臍(ほぞ)を固めたように、胡綜も栗毛(くりげ)の馬腹を蹴った。


 気付いたのは、方円の陣を組んでいた蘇飛の兵だった。

「な、何だあれは――⁉」

 黒い獣のような一騎が駈け寄って来る。すると、大音声(だいおんじょう)が木魂(こだま)した。

「我、方士介象なり! 蘇飛軍戦況不利と見た! 縁はないが助太刀(すけだち)致(いた)す!」

「――――⁉」

 両軍の兵は、魔神のように出現した介象に眼を奪われた。

「主将の命は、この介象が一時預かる!」

 よく通る声音(こわね)で言った介象に、方円の陣が開くように道を開けた。

 中央で横たわった蘇飛が手当されているところだった。意識はある。

「だ、誰だ……?」

「旅の方士、介象」

 介象は蘇飛を担ぎ上げると、五花の背に乗せ、自身も馬上の人となった。

「方円を解き、江夏衆を追い散らせよ!」

 呆然(ぼうぜん)としていた蘇飛の兵らは、介象の下知で体が動いたようだった。

 その場から離れるように、蘇飛を背後にした介象が戦場を駈け出していた。

 

 鄧龍の元に駈け付けたのは、甘寧だった。

「お、お前は、錦帆(きんぱん)の――⁉」

 唖然(あぜん)としたのは、鄧龍も同じだった。

「蘇飛は多分心配ねえ。ここは引き受けた。お前さんは、あっちの張虎を殺ってこい」

 甘寧は、二本の短戟(たんげき)を背から取り出すと、駒から天高く跳ね宙を旋回して着地した。

「忝(かたじけな)い! 五十騎残していく」

「いらねえ。邪魔だから連れてけ」

「…………‼」

 苦虫を噛み締めたような鄧龍は、麾下の百騎と共に陳就の許へ馬首を翻(ひるがえ)した。


 身を屈めた甘寧は、鎌のような短戟を左右に持っている。

「か、甘寧――⁉」

「な、何で錦帆がここにいんだよ⁉」

 突如として現れた甘寧の猛姿に、江夏衆の弓兵は怯(ひる)んだ。

「容赦(ようしゃ)する気はねえぞ」

 皮肉な笑みを口辺(くちべ)に刷くと、くわっと環眼(かんがん)を見張った甘寧は、弓兵の群れに踊り込んだ。

 刹那(せつな)――。

 腕が飛び、首が飛び、その場には瞬(またた)く間に血の虹が描かれた。

 甘寧は蘇芳(すおう)を浴びたように血塗(ちまみ)れである。

 恐れを成した江夏衆の弓兵らは、野鼠(やそ)の如く四散した。


「傷は深くない。矢に毒も塗られていなかったようだが、しばらく手綱は握れまい」

 介象は戦場を迂回(うかい)するように駈け、戦況を分析しながら背後の蘇飛に言った。

「……何故(なにゆえ)、助ける?」

 血色の悪い蘇飛が尋ねた。

「良将の器を見殺しにしたくない」

「…………」

「こちらに殺意がなかろうとも、相手にはお主を討(う)つ意気がある」

「…………」

「奴らは武装している。民の反乱とは訳が違う」

「…………!」

「優しさが必要なのは、乱世の先だ」

「…………‼」


 蘇飛の瞳に、再び胸中の炬火(きょか)が灯ったようだった。

「陳就隊は張虎から離脱、江夏衆の歩兵を蹴散らせ! 鄧龍隊は張虎と騎馬兵を討て!」

 蘇飛は介象の背後から、戦場に響き渡るほどの音量で下知を飛ばした。

「すまぬが介象どの、陳生を追ってくれぬか?」

「陳生?」

「江夏衆の頭目のひとり。俺に短矢を放った奴だ」

 介象は荒野の戦場を見渡した。

 単騎で張虎の許へ馳せている。

 それを追うような形で、鄧龍隊の百騎が駈けていた。

「承知」

 介象は五花の馬首を巡(めぐ)らせ、陳生を追った。


「逃げるのか、陳就?」

 全身に斬り傷を負った張虎が吠えた。

 陳就は、張虎から離脱するように駒を翻した。

「蘇飛さまの指示だ。お前の相手はもう俺ではない」

「誰が相手でも同じだ! この長槍で屠(ほふ)るまで!」

「蘇飛さまは『討て』と命じられた。お前は既に死地にいるぞ、張虎」

「あん?」

 殺気だった。

 ガギイイン――。

「――――⁉」

 張虎は振り返ると同時に、截頭(せっとう)の薙刀(なぎなた)、その鋭利な一閃を長槍の柄で間一髪捌(さば)いた。

「俺が相手だ。天に帰るときが来たぞ、張虎!」

「こ、この小童がぁ!」

 張虎は、突如として湧(わ)いた恐怖を払拭(ふっしょく)するように、無闇矢鱈(むやみやたら)に長槍を振り回した。

 鄧龍は冴えた眼差しで長槍の凶刃を弾き捌くと、必殺の一閃を狙った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。