表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/62

江夏衆と蘇飛の軍

 結髪けっぱつの後ろに、濃緑のうりょくきんを掛けている。

 甲冑かっちゅうに身を包んだ緑の軍は、その数およそ一千。軍と呼ぶには相応ふさわしくない、どこか粗暴な一団だった。騎馬兵百、歩兵七百、弓兵二百余りの陣容だった。


 その緑の軍をべるのは、七尺を越えた巨軀きょくを鎧で包み、上からまとった濃緑の戦袍せんぽうを肩脱いでは、馬上で軽々と長槍を振り回している。

 そして、もうひとり、冷酷非情な薄ら笑いを白面に浮かべ、甲冑で包んだ痩身そうしんに長い濃緑の戦袍を羽織っている。戦場を洞察するように馬上から頭を立てていた。


「全然手応えがねえ。このまま一気にやっちまっていいか、陳生ちんせいに聞いてこい!」

 相手を威圧するように長槍を振り回しては、けい々とした双眼に口髭を蓄えた粗野な巨軀が、近くの供を走らせていた。


 一方、緑の軍に応戦していたのは、わずか三百ほどの騎馬軍だった。

 朱の魚鱗甲ぎょりんこうに身を包んだ軽騎の一軍は、餓狼がろうねずみの群れへ襲い掛かるように殺到する緑の軍に、防戦を強いられているように見える。

 しかし、あえて騎馬軍の長所を捨て、一塊となって防御の戦を選んでいるようでもあり、どこか統率はれている。加えて、そろいの武具ので立ちが、官軍を彷彿ほうふつとさせた。


蘇飛そひさま、私の麾下きか百騎は呼吸が整いつつあります。いつでも行けます」

 蘇飛と呼ばれたその将は、何かを待つように戦況を見守っていた。

 よわい三十に達したか否かであろう蘇飛は、血気盛んな武将ではなかったが、智的と言えば額は広い。それを朱色の布で鉢巻はちまいている。極めて平凡な風貌ふうぼうの持ち主で、一見、ただの村夫子そんぷうしが魚鱗甲をまとっているようにしか受け取れなかった。

 しかし、鏡のような瞳の中に、胸中の炬火きょかが静かに燃えている。

「今、八方の前衛を陳就ちんしゅうの部隊がさばいているが、それも限界に近い。だが、江夏衆こうかしゅうしびれを切らす頃だ。もうしばらく待機だ、鄧龍とうりゅう

 おっとりとした声音こわねで蘇飛が言った。


「はっ」

 三百の騎馬軍の将、蘇飛は、常に鄧龍と陳就という副官を伴っていた。

 鄧龍は截頭せっとう薙刀なぎなた手練てだれだった。朱色の短い布を羽織り、胸元で結んでいる。

 陳就の得物は、一丈余の長く太い豪槍ごうそうだった。鄧龍と同じように、朱色の短い布を纏い、胸元で結んでいた。

 いずれも武芸の修練を積んだ、次代を期待される若武者だった。


「どうした張虎ちょうこ? それで終わりか? ならば此方こちらから行くぞ!」

 長槍を振り回す巨軀に向かい、前衛の陳就が、頭上で豪槍を旋回させて挑発した。

「ああん⁉ 陳就だな? 前へ出やがれ‼」

 双眼を見開いた張虎が、単騎で挑もうと兵の垣根をき分けたときだった。

「ほっほ。相変わらず張虎さんも単純ですねえ。蘇飛軍は我らを追って長駈ちょうくしてきたばかり。更に体力を削って、一挙にほふるのが手っ取り早いものを」

 張虎の伝言を受け取った陳生は、後方から弓隊に合図を出していた。

 乱戦から緑の軍の弓兵二百が抜け出て距離を取った。


「やってるやってる」

 々として言ったのは、丘の上に到着した甘寧かんねいだった。

 後続して、介象かいしょう胡綜こそうも到着すると、眼下の戦況に注視した。

「どこの軍だ?」

 言った介象に、甘寧は鼻で笑った。

「軍に見えるかい? 頭に濃緑の巾を付けているのが、張虎と陳生を頭目とする江夏衆だ」

「江夏衆……?」

荊州けいしゅう江夏郡こうかぐんを中心に、宗賊そうぞくが軍の真似事まねごとをした成れの果てだ。やってることは賊徒と変わらねえ」

 宗賊とは、土地の有力者が一族を集め、里単位で横行する集団のことである。勢いが盛んな宗賊との争いに敗れると一族で傘下さんかに入り、またたく間に膨れ上がった勢力を軍に見立てたのが江夏衆だった。


「もう一方は?」

 聞いた介象に、太々しい笑みを浮かべた甘寧が応じた。

「ありゃあ、官軍と言いたいところだが、荊州牧けいしゅうぼく(長官)劉表りゅうひょうの部将、蘇飛の軍だ」

「知っているのか?」

 甘寧は、蘇飛軍の動向に眼をりながら返した。

「まあな。頭は固いが、悪い奴じゃねえ。劉表の配下では、真っ当な方さ」

 江夏衆の弓兵二百が、乱戦から抜け出て距離を取っていた。

 そのときだった。


 佩剣はいけんを抜いたのは、蘇飛だった。

「鄧龍の百騎は、神速で弓兵を叩け! その後反転し、陳就を援護せよ!」

「承知!」

「蘇飛隊は我に続け! 奥に陣取る陳生を叩く!」

 蘇飛は剣をかかげると馬腹を蹴った。

 すると、一塊だった蘇飛軍から二隊が割って出た。

「動いた!」

 丘の上で叫んだ胡綜は、固唾かたずを飲んで戦況を見遣みやった。

 鄧龍の率いた百騎は、火矢の如く江夏衆の弓兵を貫くと、瞬く間に蹂躙じゅうりんしていた。


流石さすがは蘇飛さま! ほど良い頃合!」

 張虎に応戦しながら、陳就は疲労の見える顔に微笑を浮かべた。

「何事じゃ⁉」

 事態の変化に気付いた張虎は、長槍での攻撃を止め辺りを見渡した。

 豪槍の一閃が張虎の頭上から降ってくる。

 はっとした張虎は、長槍を横倒して陳就の一撃を防いだ。

余所見よそみしている場合ではないだろう」

 対峙たいじする陳就が、張虎をにらみつけた。

「――――⁉」

 陳就の一撃を跳ねけると、張虎は長槍を頭上で旋回させた。

めるなよ、小僧!」

 張虎は眼をらんと輝かせ、剛の一撃を陳就に浴びせようと長槍を振り被った。


 蘇飛は疾駈しっくしながら鉾矢ほうしの陣を敷いた。兵の塊を突破するのに威力のある陣形だった。速さに勢いを付けるように、迂回うかいしながら陳生を探した。

「あそこか……」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ