追放前夜
でかいクエストを達成した祝いに寄った居酒屋で、仲間達と魔物の干し肉をつまみながらちびちびと酒を呑んでいると、隣の席から見知らぬ二人の愚痴が聞こえてきた。
どうやらすでに、かなり酒が回っているようで、周りの目など気にしていない声量で話し合っている。
「あいつは無能のくせに、やる気だけはやたらとあって……」
「ああ、転生者が持ち込んだ組織論の話ですか? 馬鹿馬鹿しい話ですよね。有能か無能かなんて、見る人の尺度でしかないのに」
「え、いや……そうか? 無能な奴は、誰から見ても無能だと思うが」
「それは違いますよ。大抵の『無能』と謂われる人は、単に組織になじめなかった人です。例の社会論は、自分たちにとって不都合な人を都合よく迫害するための、方便でしかありません」
愚痴にマジレスされた男は渋い顔で黙るが、酒の入った男はそんなことは気にもしない。
それどころか、アルコールを潤滑油にして饒舌さに拍車がかかる。
「組織の……そうですね。有能な働き者にとって一番の脅威は、自分と違うベクトルで有能な働き者です。そんなのが身内にいたら、知らぬ間に組織が作り替えられて、やりたいことができなくなる。だから対象に『無能』の烙印を押して、押さえ込み、追放しようとするわけです」
「つまりお前は、あいつを無能と言う、俺達の方が無能だって言いたいのか?」
「叫ばないでくださいよ……でも、そうですよ。だって組織のトップに立つ人にとって、仲間は無能でなくてはならないんです」
「だけどあいつは、いつも俺達の足を引っ張って、邪魔ばかりして、そのくせに反省もしないんだぞ?」
「勇者が活躍できない原因の8割は、個人ではなく組織の体制に問題がある。という論文があります。個人に負荷や報酬が集中する構造だったり、仲間同士の組み合わせが悪かったり……追放された冒険者がその後活躍する話が多いのは、単にそういう事例が目立つだけ、というのもありますが、ほとんどの勇者パーティーは、味方の能力さえ測れていない証拠でもあるんですよ」
男は「馬鹿馬鹿しい話ですけどね」と言いながら、つまみを口に運び咀嚼する。
激高して立ち上がっていた男は、気力が削がれたように腰を崩して机に前のめりにもたれかかる。
「じゃあお前は、あのクズ野郎が実は有能だって言いたいのか? 簡単に追放するべきじゃないと?」
「追放というか、好きに解雇すれば良いと思いますよ。それで上手くいくことがあれば、上手くいかないこともありますが」
ここは数多の勇者が集う街。
華々しい活躍をする勇者の裏で、様々な思惑が交錯している。
今は、少なくとも表面上は上手くやれてる俺達も、もしかしたら他人事ではないのかも知れないな。
※続きません。