30 終わり
「ウィリアム殿下がベッティを変えたんだって?」
「そうですね、マルコ殿と二人で毎日話をしているようです。
ベッティはそれを受け入れて、先日はクラスの皆に、
『子爵令嬢と名乗ってしまい、皆を混乱させてごめんなさい』
そう言って謝罪をしたようですよ」
マルクス公爵家では、ゼルマンとエマーリア、フリッツとグリー、セバスティアン、シャーロット、何故かアレクサンドルも一緒に話をしていた。
「あの子も随分と変わったのね」
「あの子って、もしかしてウィリアム殿下の事か?」
「そうよ。あんな拗れて、ひねくれて、救いようのない態度ばかりだったのに、王妃様にもきちんと挨拶をして、辺境の土産を渡したそうよ」
「叔父上達騎士団の方たちが、道中かなり厳しく躾けていたようですし、辺境伯領の警備隊でもかなりしごかれたと聞きました」
「ああ、生意気な態度をとれば容赦なくバツを与えられるし、さぼればトイレ掃除に洗濯を1週間、
辛かったのは馬房の掃除だった、と言っていたな」
「まあ、大変ですね」
「でも、おかげでいろいろ考えすぎていたことに気が付けたみたいだし、良かったよ」
「結局、フリッツの夢って何だったんだろう?」
「さあ?自分では悪夢を見た、としか言いようがないんですけどね」
「それでも、シャーロットが無事で本当によかったわ」
「私、あんまり実感はないのですけど・・・」
「ロティは私が幸せにするから大丈夫だよ」
そう言って隣に座るシャーロットの肩を抱き寄せ、顔を覗き込むアレクサンドルに、シャーロットは顔を赤らめてしまう。
「あらあら」「距離が近いですぞ!殿下!!」「お触り禁止ですって!」
マルクス家がそれぞれ反応を示している。
そんな様子を見ながら、グリーは一つ思い出したことがあった。
ずっと昔、乗馬の練習がてら領地の湖に二人で遠乗りに出かけた時の事だ。
黒い生き物が湖のほとりでうずくまっていた。
フリッツはグリーと護衛が止めるのも聞かずに、その生き物を抱き上げた。
「けがはしてないようだね。お腹がすいているみたいだね。
何か食べるものと飲み物を上げたいんだけど、君はいいかな?」
フリッツはなぜかその生き物に語りかけている。
「え・・・と、フリッツ様?」
「グリー、何か食べ物と飲み物を準備してくれないか?」
「あ、はい」
その生き物はフリッツからもらった食べ物と飲み物をもらうと、ガツガツと食べていた。
「なんか、段々色が白くなっていない?」
「本当ですね」
「何だろうね、この生き物」
ひとしきり食べ終わり、真っ白になった生き物は、フリッツの側に近寄って行った。
フリッツが抱き上げると、その生き物はお礼をするように頭?を下げた。
「いいよ、お腹いっぱいになってよかったね。え?お礼なんていいよ。
まあ、そんなに言ってもらえるなら・・・。
僕が本当に困っている時にやってもらえればうれしいかな?」
フリッツはその生き物と話をしているようだった。
「フリッツ様、会話しているように見えますが・・・」
「え?ちゃんと聞こえるじゃないか」
「私には全く聞こえませんよ!大丈夫ですか?」
「え~、この子が美味しかった、ありがとう。
何かやり直したいことがあれば教えてって言ってるよ」
そんな二人のやり取りの間に不思議な生き物は消えていた。
(もしやあの生き物が?いや、そんなまさかね。
フリッツ様だってあの事はすっかり忘れ去っているみたいだし)
グリーの思い出した出来事が、偶然出会った、時をつかさどるクロノス神とフリッツの契約となっており、フリッツの悲しみに満ちた叫びに、クロノス神が時間を巻き戻した事は結局誰も知ることはなかった。
終わり
完結です。
お読みいただきありがとうございました。