第二十話 共闘
----〈マクスウェル 艦橋〉----
耳に通信機を掛けたオペレーター達がコントロールパネルの前に並び座る。
中央の艦長席の前でゴートン=エルヴィスは指揮者のように腕を振るった。
「灯を放て」
段差を挟んで正面に座る、舵を握ったメイン操舵手が「いいんですか?」と意義を唱えた。
「〈太陽玉〉を使えばこちらの位置が完全に割れますよ」
現在マクスウェルは海上を進んでいる。
月もなく、明かりのない海の上は暗黒の世界だ。夜中の海上戦では“光”がカギを握る。戦艦の周りに照明を展開すればこちらの視界を確保できるが、同時に相手からも戦艦の位置を遥か先からでも視認されてしまうだろう。
「マクスウェルの防御性能ならばRDの攻撃ぐらい受け流せる。元よりステルス機能は大して無いんだ、なにもせずとも姿を隠しきるのは不可能。それより相手の姿が見えない方が問題だ」
「りょーかいです」
ゴートンの指示をレイズがプログラム化してサブ操舵手に指令を送る。
そうして指示通りマクスウェルより四方に照明弾が放たれた。
「敵の位置は?」
「北西に六つ、少し離れて北東に二つです。距離は1200~1300。いま位置情報を展開します」
「動かせるLSは?」
「離陸前のクリアートさんとの戦闘で改造型LSの二機が修理中で動かせません」
「アルフレッド中尉とエルザ少尉の機体か……」
「あと〈黒蠅〉も点検中で動かせません。他量産型22機と〈aqua〉は解凍中です」
「アルフレッド中尉とエルザ少尉は量産型のLSに乗ってもらう。防衛に八機残し、北西に残りのLSをすべて動員する。北東にはブルー大尉を向かわせてくれ」
了解。とブリッジに居る隊員たちは応答する。
指示通りエルザ、アルフレッドを中心に一個団体が北西に向かい、ブルーは単騎で北東へ向かった。海上での決戦がはじまろうとしていた。
「しかし」
――この時、ゴートン艦長は一抹の不安を抱いていた。
「……今夜は晦日月か」
晦日月とは月が見えない夜を指す。
ゴートンのつぶやきに、レイズが反応する。
「ブルーは大丈夫ですかね。あの子、月が出てないと力が半減しますよ?」
「だが下手な援護はブルー大尉の足を引っ張る」
「だから単騎で向かわせたんですね」
「……彼女の足を引っ張らず、動けるパイロットはこの艦に居ないからな」
レイズはゴートン艦長の言葉に対し、ほほ笑みを見せた。
「居ますよ。一人だけ」
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純平は病室でレイズの弟であるルルが用意した淡白な食事を口に運んでいた。
「敵襲みたいだな」
「そうみたいですねー」
ルルは医療道具を取り出して負傷者を治療する準備をしている。
「こんな小さな医務室で負傷者全員の面倒を見る気か?」
「いえいえ、マクスウェルの医務室は全部で三つ。ここは一番小さな軽傷者用の医務室、保健室のような場所です」
「じゃあお前が出張ることはないんじゃないのか?」
「わたし、これでも医務班の二番手なので、一応備えておかないと……それに今日は条件が悪いですからねー」
純平は「条件?」とスプーンを持つ手を止めた。
「ほら、今日は月が隠れてますから。ブルーさんが力を発揮できないんです。ブルーさんが不調だと負傷者の数は当然増えますからね」
純平は不可解なルルの言葉に目を細める。
「月が隠れて、どうして大尉殿が不調になるんだ?」
「あれ? 知らないんですか? ブルーさんはクリアートさんが発端となった能力開発の実験を受けて、アトラス人と同様の〈直感力〉を手に入れたんですけど。確か……〈月詠み〉っていう」
「――!?」
純平の右手からスプーンが滑り落ちる。
「でもアトラス人と違って、ブルーさんは月が出てる間だけしか〈月詠み〉の力が発揮できないんです。今日みたいに月が隠れてしまうと普通の人間と同じで――」
「ちょっと待て。その能力開発って、対アトラス人の……」
「はい」
「クリアートってのは、ニュー=クリアートか? あのオッドアイの爺さん」
「はい。純平さんが以前に撃退した人です。――よし、準備OKっと」
純平の頭に過るは赤と青の眼を持った男。
――〈ニュー=クリアート〉。
(アイツが、あの研究の元凶だったのか……)
フラッシュバックする地獄のような日々。
国のため。そんな呪文を吐きながら子供たちにメスを入れてきた白衣の男たちを純平は思い出す。そんな彼らに殺された、友の姿を、家族の姿を、純平は思い出す。
「あの野郎が……!」
ガシャン。
医務室の扉がスライドし、一人の少女が走って中へ入ってきた。
「にいさん!」
「琴?」
「大変です!」と未琴はベットに座る純平の服を掴んだ。
「地震が、地震が来ます! 五分後に!」
震える未琴の声。
ルルはクスッと笑って、未琴の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ未琴ちゃん。この艦は空に浮かんでるから、地震なんて――」
「琴、本当に地震が起きるんだな?」
純平が真剣な瞳で未琴に問う。
未琴が「はい!」と返事をすると、純平は無言で病室に掛けてある自分の作業着から通信機を取り出した。
「じゅ、純平さん?」
「多分、これから五分後くらいに敵の攻撃がマクスウェルにヒットする。揺れるから気をつけることだな」
「え――」
動揺するルルを差し置いて、純平の通信機が発した電波はある機体へ繋がる。
『君から電話なんて珍しいな、純平君』
ブルー=ロータスのLS2、〈aqua〉の通信機だ。
「状況はどんな感じですか? もしかして、劣勢だったりしません?」
『その通り劣勢だ。暗闇で相手の姿が見えない。照明弾の数がまるで足りていない』
今日は月がない夜。しかも海の上のため明かりがほとんどないのだ。
暗闇の中、単騎で出撃したブルーは相手の二機のRDを発見できずにいた。
『それに敵がなかなか手強い……』
「加えて大尉は月が出てないから不調ってわけですね」
『レイズから聞いたのか? 変な話だが私は月の光が無いと勘がうまく働かないんだ』
(俺と戦ったあの夜の月は……確か三日月だったか?)
純平はすぐ傍に居る自分の妹に視線を落とす。
(月が出るほど調子を落とす未琴と真逆ってわけか。月詠みってやつは本当に不思議な力だな)
『すまないが、手を貸してくれるか純平君』
「残念ですが、さっき格納庫を覗いたら黒蠅が解体されてました」
『ならば他のLSに乗って加勢してくれ』
「普通のLSじゃ大尉の足を引っ張るだけだ。それは大尉が一番よくわかっているでしょう。手は貸せません」
『そうか。――そうだな……』
だけど。と純平は言葉を足し、耳栓を外した。
「手は貸せませんが、耳は貸しますよ。――外の音声をオレの通信機につないでください」
ネット小説大賞一次を突破した記念に更新です。
設定とか思い出すのに時間がかかった(笑) 書いてて面白いですわ、この作品。




