1-3『お着替え中。言い訳模索中』
「まいった、こまった、どうしてこうなった」
リオス兄様が接待役をしてくれている間に、私は自室へと戻り、しっかりと王族を歓待するに相応しい服装へと着替えて身だしなみを整えている。
先程まで身に付けていた白地のブラウスと朱色染めスカートだって悪くないというか結構お気に入りの服装なのだが、あくまでも部屋着みたいなものなのでお客様にお見せするのは恥ずかしい類いの服装だったりする。
個人的には良家のお嬢様~的なイメージそのままな格好だし、観られてもまったく恥ずかしくない。
まあ、貴族的な習慣による決まりというだけで他の貴族の方々も普段着を観られて恥ずかしいとは思わないはず。たぶん。
とはいえぶっちゃければ先程までの私は家に来た目上のお客さまにパジャマ姿で対応したようなものなので貴族的にはアウトなのだ。
うん、この例えで言うと、現在リオス兄様はパジャマで接待してるという事になる。
パジャマ接待。実に興味深い言葉だな。
実際にはマジモンのパジャマではないけどね。
また思考が逸れた。考え事に答えが見つけられないとどうしても逸れる。
「うーん……」
「随分とお悩みのようですね、お嬢さま」
「……まぁ、そうね……」
話し掛けてきたのは着付けをしてもらっている使用人で、私付きという事で一日の結構な時間を一緒に居る人だ。
名前はアリッサと言う平民の娘で、年齢は中学生ぐらいだろうか。あと普通の人族。
「やはりあれですか、ご婚約なされている将来の旦那様が、突然おいでになったので緊張してしまったとか」
「それもあるけど……」
「わたし、殿下を見るのは初めてだったのでけど美形でしたね、まさしく王子さまって感じで……あ、手を上げて下さいませお嬢さま」
「ん、それはそうね……」
どうやらアリッサはあの殿下の言動は聞き流していくスタンスらしい。
だよね、端から見てただけならわけわからんもんね。
「はい、上着に袖を通させていただきますね。ええとお嬢さまと同い年でしたっけ? 成人する頃にはすごい事になってそうですねぇ」
「そーね……あ、髪もお願いできる?」
「はいもちろん。それでですね、お嬢さまもけっこうな美形ですし、絵になると思うんですよぅ」
「…………」
うん、悩んでるって事関係無くなったね。アリッサと話す時はだいたいこんなだけどさ。
使用人としてのお仕事はきちんとこなしているので問題もないし。着せ替え人形にされてる感があるけど、まあ、もう慣れた。
この娘、年頃だけあって夢見がちな癖に俗っぽい事もイケるというミーハー女子なのだ。なにげに私と話が合う。
肉体的な年齢も近いし、友達感覚で接して貰えるならそれに越した事はない。
他の歳の離れたメイドさん達だと主従関係が前に出過ぎて堅苦しいし、執事さん達は最初興味津々だったのだけど側付きにして貰うのは無理だった。
何が無理って、四六時中男の人に張り付かれるのって、すっごいストレスだったのよ……。
前世では憧れてたシチュのひとつではあったのだが、小さい子供としての特権も使ってやるぜと息巻いてた時もあったのだが、そっちはそっちで恥ずかしくなって出来なかったしさ。
なんていうか、執事は気配を絶って主人に存在を認識させないように気を配るだっけ?
あれも体験したけどさ、私のように常に意識しちゃう奴にはあんまり意味無かった。
視界に入らないように立ち回る執事VS気になって視界に常にいれとこうとする私。みたいな感じになった。
座ってる席をジリジリと移動して、気が付いたら執事さんが部屋を一周してたし、私の背後に居ようとして。
二周目に突入する前に配慮なのか、同室を控えられてしまった。
若かったし見習いだったんだろうなぁ、あの執事さん。悪い事をしてしまった。
そんな感じなので、わりと年齢の近いアリッサという娘は私にとって悪くない存在なのだ。
女子相手ならば気張ることもない。
「…………」
「あれ、お嬢さま、何か問題ありました?」
「……なんでもない」
どうにも思考が逃避したがって仕方がない。アリッサの事は今は良いのだ、あと私が元執事押しだったとかも、ものすっごくどうでも良い。
今は余計な事を考えず、目の前の問題だけを考えなくてはいけない。
分かってはいるのだが、前世から続くビビり体質が邪魔をするのだ。
「…………ねえアリッサ、ちょっと質問していいかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
着替えが終わり、姿見の大きな鏡の前でチェックをしながら聞いてみる。
自分でわからない事は相談するべし。これ大事。
「……ものすごく久しぶりに会った好きな子、ごほんっ……大切な家族とか友人のような者に、特に理由もなく意味無い嘘ついちゃった時、どうすれば良いと思う?」
「はぁ、理由も無しになんで嘘をついてしまったので?」
「……なんでかなー?」
強いて言うならビビった以外に無い。
「ええと、普通は再開を喜ぶものなのではでは無いでしょうか」
「…………うん、そうよね、ホントはそうなのよね……」
ホントにアリッサの言うとおりである。
私は、まさしく生まれ変わったにも関わらず生前の愛犬、ポチタロウの事を時折思い出して、物思いに耽ってしまっていたぐらいにはあの子が大好きだったのだ。
ぶっちゃけ前世の両親よりも思い出す頻度ははるかに多かった。まあお父さんお母さんも好きだったけどさ。
本来なら嬉しくて涙と鼻水で顔面崩壊するレベルの吉報な筈なのに。
「もし、本当に仲の良い方なのでしたら、すぐに嘘を付いてしまった事を謝罪して、怒られるかもしれませんけれど、頑張って許して貰って、それから再会を喜べば良いと思います。わたしならそうしますよ?」
「……そう、ね、やっぱりそうよね」
正論である。子供でも言えるぐらいの正論である。
一応アリッサは歳上でそろそろ成人だけど、まあ、私は前世の分精神年齢に誤差があるし。
はあ、やっぱり私はあまり頭はよろしくないよね。見た目通りの子供のような真似しちゃう奴は頭良いとは言わない。
「ところで、お嬢さまって、フェリオ殿下がおっしゃってた、サー・トーカズミィというお方だったのですか?」
「へひゅっ!」
変な声出た。
いきなり何を言い出すの!? あとサーで切るな。
「いえ、お嬢さまって、前から前世持ちじゃないかって噂ありましたし、もしかしたらと思って」
「え、えー?」
え、そんな噂あったの? そんなの知らない。
ちなみに、私はともかく、実はこの世界は前世の記憶を持つ人間はそこそこ居たりする。
例えば、庭師のビートというおじさん、彼は前世でカブトムシだったらしい。
クワガタとの縄張り争いにおけるコツを熱く語れる変な人である。
ついでに樹液の味で木の健康が分かるとかいう特殊技能も持ってる。
あとは元ペンギンの漁師だとか、拳闘で有名な冒険者は元カンガルーだったとか、噂程度の話はゴロゴロしている。
ただ、人間→人間は私以外には聞いた事が無い。
私だけしか存在しない、というのはちょっと考えずらいので、探せば見つかりそうではあるが、居ても相当にレアなんじゃなかろうか。
あれ、よく考えたらポチタロウの方はわりとあり得る状況なのかも?
元昆虫ですら立派に人間として生まれ変わってるのだし、犬ぐらいは普通に転生するか。
いや、それは後で良いか。
「ええと、アリッサ? どうしてそう思ったの?」
「殿下に対してあんなに挙動不審になられていたら、誰だってそう思いますよぅ。殿下のお話と、お嬢さまの相談から考えたら、それしか思い浮かばないですもの」
「…………」
くっ、結構洞察力鋭い……いや私がポンコツ過ぎなのか。
「んー、お嬢さまのご以前の事は聞いておりませんし、分かりませんけれど、生まれ変わっても再び出会える、と言うのは、神様の与えて下さられた奇跡のようなものですよ?」
「う、うん……」
「そうです、運命的じゃないですか、死が二人を別つとも、惹かれ合って再び出会う、ロマンスですぅ!!」
そんな瞳をキンキラキンに輝かせて力説されても。
ポチタロウは好きだ、でもそこに恋愛感情は存在しない。
だって犬じゃん。
「さあ、準備もとっくに終わっておりますし、愛しの殿下の元へ行きましょうお嬢さま!! さあ、さあ!!」
「あ、はい……」
丁寧かつ強引に手を引かれ、部屋を出る。
まあ、ロマンスはともかく、まずは話をしよう。ポチタロウと、せっかく会えたのだし。
私は気まずさをどうしても拭えないまま、客室へ案内された筈のフェリオ殿下……ポチタロウの元へ改めて向かうのだった。