ネヴァーマインド その4
必ずアレクならきっと立ち上がってくれると思っていた。今まで通り立ち上がって相手をぶん殴ってくれると。そう願っていた。そんな思いは届かず、起き上がらないまま出血は止まらない。
そんなアレクに、イトスは手を伸ばす。
「この男とは違って、私は忘れないうちにやっておくタイプでな」
アレクへと伸ばされる手は止まり、前に引き寄せられた。
手の先はもちろんユノ。イトスへと向けられる、少女とは思えない憎悪と純潔の目。
「……もう許さない。複製を創ろうなんて魂胆なんだろうけど、私は今まで以上にあんたを憎む…!」
「……憎め…もっと憎め。もっと人間らしくいこうじゃあないか。人の心で実験することには限界がある。だからそういう本心は有難い。精々この男よりも……感情豊かに死んでくれよ」
その言葉が逆鱗に触れ、ユノは眉間にシワを寄せる。
もう片方の手でアレクを傍に引き寄せ、唖然とするリアスの頭を叩き、泣きじゃくるコリオの肩に手を置き、ユノは一歩前進して拳を構える。
「ぐずぐずしてないで、さっさと心決めて。複製は所詮心を持たない模型よ。無理なら目でも瞑って殴り抜けなさい!」
ユノは拳銃にも屈せず、超絶的な姉御肌を発揮する。
「アレク……」
安らかに眠るアレクの顔は血で濡れてはいるが、とても美しく勇ましい。コリオは試しに頬をなぞってみても、かつての意気は感じられない。一瞬顔を近づけてはみたけども、やはりそんな勇気は無かったし、今の状況では出来ない。
コリオ自身が死というものを実感することは難しそうだ。さっきまで生き生きとしていた人がこう倒れていると、現実とは思えない。
ここまできたなら後退は不可能。幸いにも相手はイトスと一体の複製のみ。こちらの能力から考えて拳銃も無害に等しい。かといって過信して油断を見せるのは最悪。
「人の最期ってのは案外呆気ないもんだな。私はラービーの身体能力やセオドアの耐久力のような人並み外れたものは特に無いのでね。頭を使うしか能がないんだ」
イトスは高速輸送機のある部屋の扉の奥へと消えていく。そして重厚な扉を内側から堅く閉ざした。
戦う気が無いのか、それとも何かの策なのか。
ユノは突っ走りそのを扉開けようとする。
「クッ…開けるには時間がかかるわね……」
ピッキングをするように、ユノは吸引能力を使って鍵をこじ開けようとする。
回り道があるかは不明。捜す時間よりも開ける時間に要したほうが有意義だろう。扉も分厚いだけあってか、複雑な鍵のタイプをしている。
5秒程したところで、鍵は開く。
「開いた!」
ユノは扉を引き、跳び込むように境界線をまたぐ。
そしてすぐに、歴然たる悠々とした姿でイトスと複製のディアンが立っていた。
「盲目的に動きすぎることは…命取りだぞ」
「…………?」
「その部屋自体、私の複製だ」
軽蔑するような態度は更にユノを怒らせる。
まだユノのいる部屋へと入っておらず、エレベーターホールのような先程の部屋の一番奥に、リアスとコリオがまだ残っていた。
よく見れば、四方向全てに違う扉がある。つまり先程いた部屋だけが偽物だったのだ。
ユノが振り向いたその時、既に先程いたばかりのその部屋の壁や天井は消え、ただの柱も何も無い土だけの空洞となっていた。
「二人とも早く入って!崩れるッ!!」
まだ扉の手前まで来ていない二人を引き寄せる。
どうやって壁の中に部屋を造ったのか、物理を無視する複製という概念がよく判らない。いや、常識を覆すことこそが特異能力なのだ。
天井に位置する土がどんどん崩れ落ちてきている。壁の土も何もかもが元に戻ろうとしているのだ。よく見れば、ユノが身を乗り出しているドア枠も消え、扉そのものが無くなろうとしている。
このままでは二人とも押し潰されてしまう。
「だから……よく考えろと、言っているじゃあないか。敵に背を向けるなんて、減点対象だ」
二人を引き寄せている最中でも、その五月蠅い銃声は十二分に聞こえた。
振り向く間も与えられず、必死に無意識の内に能力を使ったおかげで、脊髄や脳へのダメージは防げたが、痛みは凄まじい。
「…がッ………!」
銃弾が、ユノの左脇腹に食い込んでいた。
ここで二発目がくるかと思ったが、イトスは射撃をすることなく、その様を見ているだけ。
「吸引能力で位置をズラしたか…愚行をこうも重ねては、苦しみが増えるだけだぞユノ・エクトス」
二発目を喰らわせない理由は明確。リアスとコリオが押し潰され、ユノもやがて始末できるという自信から。
崩れ重なった土が行く手を塞ぎ、リアスとコリオはうまく進めない。
「ッ……!二人とも………もう…やるしかないッ…意味があるかは分からないけど……「壊す」しかないッ!!!」
「?……」
二人を引き寄せるのを諦め、ユノは今まで片手でやっていたそれを両手で引き寄せ始める。
ガチャガチャと、何かがぶつかり合う音がイトスの後ろから聞こえる。生き物が暴れているかのような、不気味な音。
「ずっとずっと力入れてるもんだから、筋肉痛になったわよ……あんたの14年を壊すために!」
イトスの後ろにあったのは、例の高速輸送機の小型の方。つまりは、イトスがとある場所へと送るために、小瓶を入れた場所。
それをずっと引き寄せていたことがバレなかったのも当然だろう。見えない力で引き寄せられているのだから。障害物を越えて引き寄せることなど、ユノには容易だった。
「なッ…!?貴様…!なぜ見ていない物を「それ」だと分かったッ!」
「アレクの『ファイネスト・アワー』を借りただけよ……範囲は短いけど…あんたの動きを感じ取れるようにしてもらった。ただそれだけの、単純で利口でもなんでもない事よ……壊してあげるわ、あなたの全てをッ!」
高速輸送機がユノの吸引能力によって止められていたため、動かずにそその場にあったままの小瓶が、強引に扉を開けて空を舞う。
ガラスが飛び散り、中の物体が液体と共に飛び出した。
「やめろォォォォォォオオオオ!!!!!」
イトスはつい我を忘れ、複製を動かすことさえ忘れてしまう。その「目玉」は、それほどイトスにとって大事な物。
ユノは、小瓶から出たその目玉を手に掴む。
「アレクは無様でもなんでもない……れっきとした私達の仲間よ!」
「それは私の物だァァァァアーーーッ!!!」
イトスはユノに近づきつつ、やっと思い出し、複製を動かし始める。ユノがその目玉を潰す前に、絶対に阻止しなければならない。
これで何度目か、銃声が響き、複製は残っていた弾を全て撃ちきった。
三発の弾丸が、傷口から大量の血を流している状態の、無防備なユノへと迫る。
「それは私の「オルドリクセン」だッ!戯れ言をほざくなよッ!これでお終いだァァアーーーッ!!」




