ネヴァーマインド その2
リアスの動揺を誘い、一歩先に銃弾を放ったのはイトスだった。一発の弾丸は寸分の狂いなくリアスの頭へと向かう。
銃声で正気を戻したリアスも指につまれた弾丸を反発で吹っ飛ばす。
しかしイトスのほうが撃ち放つのは早かった。火薬によって放たれる銃弾と、反発によって放たれる銃弾。イトスの弾のほうが速いのは明確だった。
「がはッ……」
あろうことか、先に血を空中へ撒いたのはイトスだった。リアスの放った弾丸は下顎の辺りに命中していた。
血は噴き出し、白衣を赤く染める。
「リアス…なかなか……ちっぽけな頭で考えたじゃあないか。加点してやる」
イトスは大きな傷口を作ってもなお、その狂った態度を保っている。プライドからなのか、血を止めようともしない。
「小さいけど、蜃気楼を作った……科学者ならもっと頭を使わないと、高校生に負けることになるぞ」
弾丸はリアスの頭ではなく、耳を貫いた。痛みはあるが、穴からは比較的少量の血を流すだけで済んだ。
イトスから見ると、壊れたテレビのようにリアスの姿が不安定に揺らめいている。両手の手のひらから強力な反発で空気を圧縮し、蜃気楼に似た現象を引き起こしたのだった。
「点は上げてやる……だが、私の『ネヴァーマインド』は複製が消滅しても、元さえあればまた同じ複製が創り出せる。言っている意味が分かるか?少し厄介事があってな、不本意だが装填されてる弾は5発だけだ」
イトスがフィンガースナップをすると、リアスの周囲に落ちている二発と、イトスの下顎にめり込んだ一発、それ以外の二発の銃弾が風船のように割れ、拳銃そのものも跡形も無く消失した。
それは何度も見た光景。イトスの創り出した複製が消滅したという証。
イトスは懐から、消滅した拳銃と全く同じ拳銃を取り出し、リアスにまるで自慢するように見せた。
「これが複製元……複製ではなく、本物の拳銃だ。理解したな?弾を拾い上げる時間は与えないぞ、リアスッ!」
イトスはその本物の拳銃に素早く触れて複製拳銃を創り、構えると、西部劇のガンマンの如く容赦なく発砲した。
複製元の拳銃には一切手を付けず、創り出した複製拳銃だけを使用し、消滅させる、そしてまた複製を創る。これを繰り返せば、弾切れなど心配せずに永遠に拳銃が使用出来るというワケだ。
雨のように延々と放たれる弾丸。反発で実験室をリアスは叩きつけたスーパーボールのように飛び回る。
イトスも射撃のプロではないので、銃弾は逃げ回るリアスをかすめる程度。しかしそれも積み重なれば大きなダメージとなる。無数の傷口から出る少しの流血が次第に増えていく。
その時、なんの前触れもなくリアスよ体が扉の方向へと引っ張られる。
「うぉおっ!」
そのままリアスは、扉を突き破り、さっきの短い廊下に出た。
するとまだまだ止まらず、リアスの意思関係なく左折し、なぜか開いていた扉を抜けると、見たことのない広い空間に出た。
リアス工場のような高い天井のある部屋の中心に転がる。
「部屋から出て逃げなさいよ……このバカ」
「もう迷子になるなよリアス。早く立て」
「奴が来るよ、皆」
やっぱりそこにいたのはユノ、アレク、コリオの三人。
自分の愚直さを理解したところで、リアスは立ち上がり、振り向く。涙はとっくのとうに乾き、闘志は尽きない。
目の前の開いた扉から見える廊下の、途中にある左側の扉が開く。
「……『ネヴァーマインド』はそんなに甘っちょろい能力じゃあない。私がその気になればもう一つの地球を創ることだって出来るんだ。精々、図に乗るなよ」
イトスが姿を現した。と同時に、三人の白衣を着た男達が背後から襲いかかってくる。一見普通の人間と何ら変わりないが、その虚ろな目と糸が繋がっているかのような動き。そして一言も言葉を発さない奇々怪々さ。
「ッ!……なんだこいつら!」
「複製よ!しかもこいつら研究員じゃあないの!?」
技術もクソもなく、子供のように襲いかかる三人の複製を容赦なく殴り抜け、蹴り上げる。
しかし何度だって複製は立ち上がり、隙だらけの動きで迫ってくる。まさにゾンビといったところか。
イトスはゆっくりと銃口を向け、鋭い眼で的を捉える。
「四つの体に四つの意識……あまり同時にやるのは嫌いなんだがな、集団戦は慣れているだろ?何も恐れることは無い」
殴られても蹴られても、体が変形しても大雑把な動きで向かってくる人間の複製達。イトスの創り出した複製であるため、イトスの意思以外で消滅させるには、イトスさえも理解していない謎を解く必要がある。
「しつこい以外は問題ないわね」
チンパンジーでも見切れる動き。ユノは吸引で拳へと複製の顔を引きつけ、思いっきり殴り抜ける。
無言で起き上がる複製は人形のような不気味さがある。さて、どうやってくぐり抜ければ良いものか。
「やっぱりダメかぁ。そいつらの能力は科学専用みたいなところがあってね、とても戦いに使えたもんじゃあない……だから、もっと増やさないと捨て駒にすらならない……意識が飛ばないように、一人一人なぶり殺しにしよう。…行こう!我が複製達ッ!」
あらゆる隙間、あらゆる道、至る所を封鎖し、暴れ牛のように襲いかかる人間複製が、新たに追加された。激流のように暴れ回る複製はさっきよりも動きが乱雑で、赤子のように鈍い。しかし力は大人かそれ以上。爪でもかすれば深い傷になる。
「共感を呼ぶには数がいる。この世界での数は興味深いものだよ、4人とも」
イトスは奥の部屋へと消えて行った。




