ネヴァーマインド その1
「許さない!イトスッ!」
涙を頬に残し、リアスは足からの反発によって大きく跳び上がった。
それは開戦の狼煙となり、全員が身構える。
リアスは細長い四つの実験台を飛び越え、イトスのいる五つ目の実験台の所へと向かう。
「そう激昂するな……まずは紹介するよ。これが我が能力『ネヴァーマインド』だ」
イトスは右手で五つ目の実験台に触れる。
するとその実験台の上に、生えるようにして二つ目の実験台が現れる。多少バランスは悪いが実験台が二つ重なっている。
全く同じ実験器具の置かれた全く同じ実験台が、元となる実験台の上に「創られた」といこと。
「ッ!」
突然、防壁のように現れた実験台に驚き、リアスはその手前の四つ目の実験台の上に着地する。
いつ現れたか見えなかった。形も色も全てが同じ物が、いつの間にかそこにはあったのだ。
もういくらお高い実験器具が壊れようが知ったこっちゃない。
「「触れた物の複製を創り出す」能力。これが私の『ネヴァーマインド』。これこそが神より「共感」の証を与えられたイトス・アルケテロスだ」
イトスの能力の話はアレクから聞いていた。人間以外の複製を見たのは初めてだが、創り出す速度には到底追いつけない。
リアスは再び反発で跳び上がり、重ねられた実験台の上を飛び越える。
「!」
しかし既に重ねられた実験台と扉の間にはイトスはいなかった。ディアンも連れて行かれている。
扉は開いてはいない。開けてから閉められるような時間は無かったはず。
リアスは強引に扉を蹴り破り、我武者羅に白い廊下を走る。
「待つんだリアス!一人で行くなッ!」
アレクは力を増強し、ユノは自身の体を扉の元へと引き寄せ、コリオは鏃で足を跳ね返し、それぞれのやり方で空中を行く。
目の前で実母の死体を見たのだから、茫然自失となるのは仕方が無いこと。だが決して希望や信頼を失ってはならない。お互い離れずに戦うのがベストだ。
扉の先は短い廊下があり、その先にはリアスが開けたであろう扉が見える。リアスの背中は未だ見えない。
飛び込むようにその扉の先へと進むと、そこには工場のような地下にあるとは思えない巨大な空間が広がっていた。
これもまた真っ白な空間で、金庫のような物、ガスボンベのような物、扇風機のような物と、多種多様で一つとして同じ物が無い場所。
この研究所は一体何を研究しているのか、全然見当もつかない。
「リアスは……どこいった!リアスッ!」
「まずいよ、はぐれちゃったよ!…」
広大な室内を響き渡るリアスを探す声。そして返ってくるのは自分の声だけ。攻防の音も無く、位置が掴めない。
「ほんっとにバカな奴ね……まだ私の吸引の能力は使えるわ。そう遠くへ行ってはいない」
先程の短い廊下の右側にある実験室。
オフィスのようで、実験室は先程の実験室とは違い部屋自体は小さめだが、大きめの実験設備がいくつかあり、実験台は少ない。やはり真白いことに変わりはない。
この実験室の扉は複製によってカモフラージュされていて、ユノ達が右側のその扉に気づくことは無く、リアスとイトスは一対一となっていた。
「はァッ!」
リアスは一対一などお構いなしに、一心不乱にミドルキックを繰り出す。
それに対してイトスが手を伸ばすと、リアスは近くにあった脱穀機のような実験設備に左手を触れて反発を行う。
イトスの手に触れれば自身の複製が創られてしまう。特異能力は使えないとしても、ゾンビのようにしつこく襲いかかってくるため厄介だ。
反発によってイトスの手から逃れ、リアスは浮かび上がって側転をしてその脱穀機のような実験設備の上に乗る。
「どうか壊さないでくれよ。それなりの金がかかるんだからな」
イトスが取り出したのは、意外にも拳銃だった。
言った直後にそれを裏切る行動をとるとは、なんて頭のおかしい野郎だ。
イトスが銃口をリアスに向けると、即座に狭めの実験室に五月蠅い銃声が木霊し、四発の弾丸が放たれる。
「銃は効かない!」
リアスは両手の甲を合わせ前に翳し、反発を行い近づいてくる弾丸に片手で加速を掛け、もう一方の片手で薙ぎ払うと、弾丸は急に速度をを無くして地面に落下し始める。
触れずして凶器を無効化できるのが反発の長所。
微かに前進しつつ落ちかけている弾丸をリアスは跳び込んで掴み、すぐに弾丸を構える。
指でつままれた弾丸を指先からの反発で吹っ飛ばし、イトスへと放つ。その弾丸はほぼ銃から放たれた時と同じスピードで進む。
「フンッ……」
元々咄嗟の一発だっため狙いがブレた弾丸を、イトスは軽々と避ける。
「勝利への鉄則、相手より利口になれ」
リアスの視線はイトスの奥へと向かう。
イトスに避けられた弾丸が、次に狙ったのはLEDライトだった。弾が当たり、割れたライトの破片が雨のように飛び散り、イトスを襲う。
「我々への痛みは無に等しい」
イトスは降り注ぐ破片をその身に受けても平然とし、切り傷から血を流しながらも銃口を向ける。
それと同時にリアスも先程落とした弾丸を拾い上げてイトスへ向かって構える。
「…………」
「…………」
両者、いつでも弾は射出可能。それぞれ的は相手へと向き、いつ放たれてもおかしくない緊張状態となる。
「君は……自分の父を知っているか?」
「?……何を言ってる」
いつでも撃てる状況下でイトスは突然話を始める。
自分の父のことはあまり知らない。自分が3歳ぐらいの時に亡くなったからだ。母を心配して父のことを訊こうとも思わなかった。
「順序よく言うとだな……オルドリクセンという人体のどこか……心臓であったり、脳であったり、脊髄や皮下脂肪や舌であったり……人間一人一人のどこかに必ずある特異能力の元となる粒子がある」
銃口をピクリともずらさずに淡々と語る。
オルドリクセンという物は取り出すのにも探すのにも一苦労する。目視することは不可能なため、ラービーが必要であり、実験のためにセオドアが必要であり、研究所設立の許可のためにエリナが必要だった。全てが集まり、そして数年の歳月をかけてやっと、超微量のオルドリクセンを取り出すことが出来た。
「………」
「科学には比較というものが大事だ……オルドリクセンがある人間は、どこかの組織が常人とは異なる、だとか……そんなものが大切になってくる。だか人類は、建物に隠れようが地下にいようが海にいようが特異能力を獲得した…つまり全人類でオルドリクセンを持っていない者など存在しなくなったんだ」
イトスの科学者としての一面。14年で首都の研究所所長に成り上がった者の授業はどこか引き込まれるものがある。
しかし、いつ撃つか、それしかリアスは考えていない。
「しかしだな……2030年、奇跡的にオルドリクセンを持たない者達が五人いた……それは何故だと思う?」
「僕みたいに…特異能力の観測が不可能だった……か?」
「0点だ。答えは、宇宙にいた……つまり、その五人は宇宙飛行士だったのさ。2030年の宇宙飛行士……何か思い出すことがあるだろう?ペルフ…」
その一つの単語でリアスはハッとし、胸に槍が刺さった気分になる。そ!はついさっき三人に打ち明けた、他愛ない小さな事実。誇れるほどのことでも無く、自慢したいほどでも無かった。
「そのバカみたいな表情……どうやらビンゴのようだな。用済みだ、死ね」
虚を突かれたリアスよりも一足先に、イトスの銃口から凶弾は飛び出した。




