ヴァレットプルーフ・ハート その3
頸動脈に銃弾を放たれたフィオリは動かず、人では無いかのように倒れているだけ。
「過去を克服することこそ試練であり、神聖なる存在へと近づくための階段に過ぎない……」
ラービーは銃口をルクセルに向ける。
人並み外れた身体能力と動きを予測する特異能力を有するラービー・ナナナはそう簡単に倒せる相手では無い。
何かがあるからこそ攻撃を予測できる能力のはず。その何かを見つけ出さなければ勝機は無い。
「血を見ていると吐き気を覚えるからな、フィオリの血が私の足元まで広がらぬうちに殺したい。何か言い残す事はあるか?」
「………無いぜ。…お前はどうせ死ぬからなッ!」
ルクセルは唐突に走り出す。
フィオリを瀕死状態から脱するためには一寸の光陰軽んずべからず。
「隕石は既に手配済みだぜ!」
「?……何をする気だ」
ラービーまであと5メートル。
ラービーは自身に隕石が当たらないことを知っている。だからといって巨大隕石が降るわけでは無い。奴は何をする気なんだ。
ルクセルがラービーに接近し、ハイキックを繰り出した。
「バカか貴様。『ケミカル・ロマンス』は絶対回避の能力だ」
これもまた体を必要最低限後ろへ反らし、ギリギリの位置でハイキックを回避する。
そして銃口を向け、一発の凶弾を放った。
「…ッ……!!」
ルクセルの脇腹に弾丸が命中した。それとほぼ同時に、ラービーには当てる気の無い小石程度の隕石が、ルクセルの右手の義手を貫通した。
ルクセルは踏ん張り、隕石の衝撃波を利用して即座に前進する。流血の軌跡を描き、死ぬ覚悟をする。
「俺ぁ勉強はあんまし出来ないんだ。科学者のテメーとは永遠に分かり合えねぇな」
「衝撃波で加速したところで何になる。脇腹から血が出てくるじゃあないか、血は見たくないんだ。さっさと死ね」
ラービーが銃口を構えた瞬間、ルクセルは自身の左手を右手の義手に触れさせた。
これはもう山勘でしか勝利は無いと判断したルクセルは、こうするしかなかった。隕石が貫いた直後の義手を利用するしかなかった。
「つッ!!!」
義手に触れた左手は反射によって義手から離れ、偶然かラービーの持っていた拳銃を吹っ飛ばした。
「なッ…!」
ラービーの拳銃はは弾かれ、空へと舞う。
予測出来なかった。理由はすぐに分かった。いつものクセのせいか、それに反応できなかったのだ。
ルクセルは左手を払い、したり顔をする。
「ホントの命賭けだ。もうテメーは分かってるとは思うが、義手は金属製だから隕石の熱をよく伝えるぜ、熱くて仕方ないがな。お前は頭しか見てないから、反射には対応できない」
隕石は火球。高熱を持っているため、金属製の義手を貫通すれば義手はそれなりの高熱を纏う。
反射は大脳を介さず直で筋肉へと伝わるため、「脳にしか集中していない」と見たルクセルは反射を利用したのだ。反射によって拳銃を弾き飛ばした。
その通り、ラービーはいつも脳しか見ていない。
「テメーの能力は「脳の信号を読み取る」能力だ……!」
推理の結論はこれしかないと思った。
脳から全身へと送られる信号を読み取れる能力。
普通は常人であればそんなものに対応できるはずはない。しかし、このラービーという男は特異能力が発現してから14年間、自らの能力を最大限引き出せる身体能力を身につけたのだった。
「………惜しい惜しい。だが愚か者にしては出来た方かな。もう少し……『ケミカル・ロマンス』のの範囲を広げよう…!」
ラービーをあるはずも無い向かい風が吹き、とてつもない威圧感を放つ。
脳の信号を読み取る能力ではないが、それを内包した能力であることは確か。やはり、一発ニ発だけで倒せる相手では無い。
「嬲り殺しにしてやるッ!」
ラービーの体は反応不可能な速度で動く。
「…あがッ……!」
ラービーは一瞬にしてルクセルの肩甲舌骨筋、鼻翼、鎖骨上窩の辺りを一本指でまるで弾丸の如く的確に突いた。ルクセルは痛みで崩れる。
圧倒的身体能力による突き。それにより体全体に痛みが走り、不思議な感覚に陥る。体の節々が鈍く痛み、体の芯が熱くなる。
「……ツボを突いた。さすがに死にはしないが、鼻血や関節痛くらいにはなる」
ラービーは特殊なツボを人を超えた力で突くことで、鼻血や関節痛、頭痛や筋肉痛などの命には関わらない程度の症状を引き起こすことが出来る。
「ッ………!」
いつの間にか大量の鼻血も垂れ流し、全身が痛む。
動けない程ではないが、動けば痛みは増し、十分に走ることもままならない。
まさかこんな技術も奴は身につけていたとは、空恐ろしい。今までも困難はあったが、例外なく打ち勝ってきた。だかしかし、技術的にも能力的にもラービーが上、奴は強すぎる。
「オイオイオイオイ。脇腹からの流血もあるのにそれ以上血を流すんじゃあないよ。血とゲロを混ぜて誰が得するんだ」
ラービーは見たくもない血をチラッと拝むと、ルクセルが携帯電話を体の下で弄っていることに気づく。
震える指で何かタップしている。
「何をしている。最後の力でフェイスブックでも更新してるのか?」
ラービーは勝ちを確信している。いくら仲間を呼ばれたとしても自信が消えることは無いその表情は、悪意も尊さも存在しない。
「ハハハハッ!今分かったぜ、死に腐れのオメーの能力を。オメーは「本来は目に見えないものが見える」能力、だろ?」
「……今更言っても遅いが、大正解だ。音波や電磁波、相手の急所や実質透視も出来る能力……それがこのラービーの『ケミカル・ロマンス』だ…」
異常な身体能力と『ケミカル・ロマンス』が合わさることで、ラービーはまさに心技一体の無敵となる。脳から出る信号に対応し、相手の動きを予測してカウンターをする。目が見えなかろうが、不規則な攻撃をしようが全て回避する。14年間の努力の結晶がこの男、ラービー・ナナナである。
「そうだ、今更言っても遅い、遅すぎるんだ。こんな情けない姿でなんだが、悔しいが言ってやる。お前の完全勝利だ」
最後の力を振り絞り、ルクセルは不敵に微笑む。
動かぬフィオリ、脇腹の銃弾、大量の鼻血、体全体の鈍痛。もう十分に動けないルクセルがとった手段はまさに他の手が無いときの最終手段。勝ちや負けとは違う勝敗。
大きさは直径10センチが十四個と、直径3センチがニ十ニ個。速度は直径8センチが秒速30キロメートル、直径1センチが秒速18キロメートルを目安とする。位置はL字路の二つの道と大通りを繋ぐ境界と、L字路周辺。
上手くいくかは分からないが、地上への衝突の間隔に気をつけて、隕石を落とす。
「あの宝石店には被害が及ばないようなシケた威力だが、ここら一帯は消し飛ぶ。だからよ、後はあいつらに任せるぜ」
全ては完璧。そしてラービーの能力範囲内へと突入する。
「!………まさか貴様ッ!マズいッ!」
「あばよラービー。まあ、あの世でまた会うけどな」
ラービーは今までに無い危機感を感じ、後ろに向かって全力疾走する。疾風の如く道を駆け、その身体能力を生かせば5秒程でL字路を抜け出せる。
ルクセルに唯一負けていたのは精神面だった。命を投げ捨てる覚悟などがいらないほどの強靱な精神を奴は持っていた。
「イカれた人生だったな。頼んだぜ、バカ共」
ゆっくりとルクセルは目を閉じる。
そして、人生の終焉を告げる鐘は高らかに鳴らされた。
5人から始まった小さな物語はやがて世界を巻き込み、全世界を旅する物語へと変わった。まだ物語は終わらないが、自身の物語はここで終わる。
勝てない相手には全てを投げ捨てて、後継ぎを少しでも楽にさせるために、無理矢理にでも迷惑を顧みずに倒す必要がある。
命を忘れてでも、仲間達を導く。これが年長者の辛いところだ。といってもまだ30代だが。
閃々とした光と轟く大音響は果てしなく広がり、衝撃波は建物の壁も窓ガラスも地面も何もかもを破壊し尽くし、人体すらもボロボロに打ち砕いた。
ドス黒い野心は、気高き意志と共に消え去った。
オーギュスト=フランソワ・ルクセル
能力名『リザンクシア』 死亡




