ヴァレットプルーフ・ハート その2
ルクセルとフィオリは人気の無いL字の裏路地へと入り込む。先には大通りが見えるが、それ以外にはゴミ箱や建物の背しか見えない。
「奴は全然追ってこないな……やる気あったのか?あいつ」
「いいや……そんな楽じゃあないですよ。おそらくラービーは何かの時間が迫っているからわざと研究所から私達を離した。ということかと」
「何かって?」
「研究所ですから、例えば……奴らは「オルドリクセン」を利用するための実験のための時間……。リアスの母親の能力から考えて、妥当かと」
その言葉を聞いてルクセルは黙りこくる。
オルドリクセン。それは未知の粒子であり、人体のどこかに潜むという。どこにあるかは人それぞれで、確認できたとしても取り出すことも実験することも出来ない。
「神は人を作るが……人は愚かだった。…その愚かな人々は神を超越し……宇宙さえも蹂躙した…。ルクセル、あなたがもしあの時隕石を衝突させていなかったら……2030年の悲劇は起きなかった……」
足音は聞こえなかったし、絶対に追ってきてはいなかったはず。こちらは走っていたというのに、路地の角からラービーは息一つ上げずに現れた。
「過去の因子は取り除かないといけない。ヘミングウェイ曰く「本当の気高さとは他人より優れていることではなく、過去の自分自身より優れていることである」。過去を超えてこそ、真の神が己に宿るのさ」
全く悪ぶれていない表情で、奴は顔を出した。白くもドス黒い意志を放ち、勘ではあるが追ってくることは分かっていた。街で嫌いな友人とバッタリ出くわしたような感じだ。
「あれは仕方ないことだった。俺がああしてなきゃ今頃地球は46億年前に戻ってたからな」
「過去であるあなた……あとついでに横のあなたも超えなきゃあならない。一歩一歩は歩幅ではなく大地を踏み締める強さが大事だ。一人の紳士として確実に天国に送ってやろう」
ラービーは蔑むような視線を送り、いつまでも強気でいる。
逃げるというなら後ろに走って大通りに出る以外の方法は無い。だか言わずもがな、逃げるはずはない。ここで臆してもまた奴はどこかから追ってくる。やらねばやられる。
「どうやら話は通じないみてぇだな。西部劇のガンマンみてーによォー、テメーをぶちのめすしかないみたいだな」
「気をつけてぐたさい。能力かただの瞬発力かは分かりませんが、奴は小さな動きだけで攻撃を回避できる」
ルクセルはニヤリと笑い、ラービーの横の死角から光る何かが迫る。
「大丈夫だ。早撃ち勝負は、俺の一方的な攻撃だけだ」
ルクセルの隕石だ。小石程度の小ささだが、位置は的確、速さも十分、ラービーの頭に向かって隕石は特攻する。避ける暇もラービーが確認する暇も無い。
常人が避けられる速度でも目視で捉えられるような速度でもなかったはず。この至近距離で、かつラービーは隕石を見てもいなかった。だというのに、ラービーは首を少し後ろへ反らしただけで隕石を回避した。
「私の『ケミカル・ロマンス』は攻撃を全て予測する。そんなに当てたいのなら光速でも持ってこい」
隕石は儚くラービーの目の前を通過し、地面に衝突する。
「ッ!?」
隕石を避けられた事が分かり、顔を強張らせる。
衝撃波が小さな路地の中を満遍なく行き渡り、煙と風が体を押し倒そうとする。火事にならないだけマシだが、熱波のようなものも体を摩って自分の能力だというのに嫌になる。
無論ラービーは煙の中から姿を現し、ただならぬ強者の風格を二人に痛感させる。
「やはり避けた……奴の反射神経も異常ですが、おそらく予言能力、あたりでしょうか」
「予言……なかなか面倒な能力じゃあねーか」
勝ち目が薄いからといって二人は蛇に見込まれた蛙にはならない。
ここは市街地。あまり大きすぎる隕石は使えない。かといって小さな隕石でも使いすぎると建物に被害が及ぶだろう。
ルクセルは指で小さくフィオリに合図を送り、前に出る。
「予言者か?あんた」
ラービーと向かい合ったルクセルは、時を待つ。
「それを聞けば勝てるとでも思うのか?」
「質問を質問で返すっつーのはマナー違反だぜ。礼節が人を作るからこそ、質問にはキチッと答えなきゃあならない」
ルクセルは興味の無い話をして隕石をじっと待つ。今度はさっきよりも速く、残り数秒で地面へと到達する。
もう残された手は一つ。力で押し切って殴るのみ。
「それなら話をキチッと聞くのもマナーだな。例えば貴様の視線や意識が自身の背後に集中していることは、マナー違反じゃあないか?」
「!」
本心を当てられてルクセルは吃驚する。
こいつ、予言の能力ではない。相手の心を読む能力だ。相手の心を読んで次の攻撃を予測していたんだ。
しかしその対策もまた同じ。力で突破する。
「力だけでは勝利にはほど遠い。その隕石をワイヤーで掴んで突撃しようとするのも、予測済みだ」
ルクセルとフィオリは一瞬動揺を見せる。
「フィオリ!ただのハッタリだ!やっちまえ!」
「『パシフィック』!」
左の手のひらからワイヤーを射出し、先についたフックで、飛び込んで野球ボールをキャッチするかの如く、視界の隅に入った隕石を掴んだ。
フィオリのワイヤーは決して切れたり砕けたりすることは無い。モーターボートに繋いで水上を滑るウエイトボートのように、隕石にワイヤーを繋げることで人間の限界を超えたスピードを出せる。
フィオリは地面を滑り、瞬く間にラービーの目の前に来た。
「心を読むなんて浅はかなもんじゃあ科学者は務まらない」
「じゃあこれも予測済みか!『パシフィック』ッ!」
ワイヤーは両手から射出できる。右手から放たれたワイヤーは勿論ラービーへと向かう。
かなり蛇行させつつ放ったため、ワイヤーを避けるための行動は大きくなるはず。そこが狙い目。
「フンッ…」
不規則にうねったワイヤーに対し、そして隕石にも対してラービーが行った行動は地面に仰向けになる、だった。
足が滑ったようにも見えるが、脳天に来る隕石を重力という力を利用して避け、その後僅かな隙間である地面とワイヤーのスレスレの間をラービーは掴んだのだ。
完璧なタイミングと常人とは次元の違う身体能力があるから故の回避。
「質より量だ!たたみかけるッ!」
隕石に引っ張られラービーの横を通過した後、隕石からワイヤーを離して両手使用可能の状態にする。
隕石で滑走していた余韻がまだあるが、そんなものはお構いなし。両方のワイヤーで輪っかを作り、カウボーイが輪っか状の縄を投げるようにしてラービーを捕らえる作戦だ。
幸いラービーは仰向け。そしてワイヤーの長さ上限はほぼ無いにも等しい長さ。
ラービーの足側と頭側からワイヤーを近づける。
「そろそろ良いだろう」
意味深な言葉を吐き、ラービーは手を使わずに足のみで立ち上がる。ゾンビのような立ち上がり方も異様な筋力だからなのか、完全に体を起こしていない状態のままラービーは飛び上がった。
両端から迫るワイヤー。ラービーはフィギュアスケートのように、空中で体を横にして、おまけに回転しながら輪っかのワイヤーをくぐり抜けた。
「……早撃ち勝負とは言い難いな…」
着地したラービーは西部劇さながらの素早さで銃を抜き、なんの躊躇いなく撃った。
放たれた弾丸は三発。銃声が頭に響き、煌めく銃弾は不意を突かれたフィオリに触れた。
一発は左の鎖骨へ、もう一発は左肩、そして非情にも最後の一発は首の頸動脈に穴を空けた。
おそらく心臓を狙ったのだろうが、予想外にも頸動脈がやれた。大量の血が水鉄砲のように噴き出し、恐ろしいことにすぐに意識は薄れていく。
「オイオイ、血を出すのは勘弁してくれよ」
ラービーは意味不明な事を口走っているが、フィオリには聞こえない。
血溜まりにフィオリは膝から崩れ、意識を保とうと力むものの抗うようにどんどん力も入らなくなる。
「フィオリィィィイーーーッッ!!!!!」
ルクセルの叫びは届かず、フィオリは完全に動かなくなった。




