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完全無欠の革命歌  作者: ウエハル
共感の子供
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七つの星に誓いのキスを その4




ある意味深沈厚重なイトスは必ず手段を選ばずセオドアの複製を回収しにくるはず。迅速に、完璧にセオドアの複製を粉々にしなければならない。

アレクはいつの間にか姿を消し、周囲には人の気配すらしない。このまま待っていても報道ヘリや警察が来て取り返しのつかない事になるだけ。セオドアを消滅させようにも今、セオドアは力任せに水底を攻撃している。

水面は激しく揺れ、震動が水上にいるコリオにも伝わり、平衡が保てなくなる。


「きゃぁっ!」


コリオは耐えきれなくなり落水する。

いや、これでいい。このまま潜ってセオドアを粉砕する。さっきやられた鳩尾の傷口がやや痛むが、アレクの怪我に比べれば無傷も同然。

水の冷たさが体を浸透し、水中は上手いこと見えない。


「セオドアは……」


震動は続いているのだが、震源が分からない。

震動のせいで今までギリギリ浮かんでいた小さな瓦礫が沈んでくるので、まともに留まれやしない。



突然、コリオを巨大な陰が被った。

視界に入りきらないほどのスクエアの瓦礫。一組の向かい合った辺のみが平行な陰から察するに、首の皮一枚で繋がって斜めで留まっていた、橋の沈下寸前の部分だ。最初にセオドアが着地していた部分だろう。


「……!」


その光景に決起付いていた目も丸くなる。

水泳は人並みにはできるし、ダイビングも昔一回だけやったことがあるが、その時は風邪を引いてすぐに中止した。能力ではどうしようもないし、さすがに橋の欠片が近すぎて、避けられるとは到底思えない。


「いや……諦めるはナシ!やらないよりかはやる方がマシ!」


自分に言い聞かせることで勇気づけ、コリオは更に潜った。

そうだ、決めたはずなんだ。アレクもリアスにもユノにも負けない女になってみせると。


コリオが潜るよりも速く橋は落ちてくる。隕石で恐竜が絶滅したのも納得できるほどのド迫力で、すぐ目前に絶望が近づく。


「あーやっぱダメだこれ」


毒も何も有さないノミが一匹だけで人間に勝利出来るだろうか。否、スピードとウエイトも桁違いの相手には、力だけでは勝てない。勝利のためにはそれなりの知識・技術、そして能力が必要となる。しかしそれが今のコリオには足りていない。

人生無理なもんは無理だ。



「!?」


急にコリオの体が何かに引っ張られる。

釣り針のように一部分だけが引っ張られるのではなく、身体全体が弧を描いて引っ張られている。コリオの意思に関係なく、

吸い寄せられるように体は橋の瓦礫をスレスレで避け、軽々と水上へと向かっていく。


「引っ張られるって……まさか!」


すぐに水上に飛び出すと、少し浮いた感覚の後にゴムボートの上に落っこちた。

遅刻しそうな時間に起きた学生みたいに顔を上げると、見慣れた顔が目に飛び込んできたので、安心して自分も胸に飛び込んだ。


「ユ~~ノ~~ッ!!!」


「ちょっ、私の服まで濡らさないでよ!」


やはり救いの手の正体はユノであった。

震動こそ続いてはいるが、仲間が来たなら心強い。


「あれ、リアスは?」


「入れ替わりで潜ってったわよ。セオドアを消滅させるためにね。それと、アレクから話は聞いた。あいつはその後すぐに治療に行かせたから大丈夫よ」


「よかったぁー」


「まだ終わってないわ。奴をやるまではね」




その頃のリアスは


「リル・ペルフは死んだ……か」


アレクから聞いた言葉を思い出す。

水中なので涙を流しているのかは判らず、只管に潜り続ける。きっと姉は、遺してくれているはず。勝利への鍵を、最期の遺産として発動させているはず。


「あった……!セオドアの死体だ」


案外早めにセオドア本人の死体は見つかった。ボートの残骸の近くとは訊いていたが、本当に近くにあった。被さっている砂や塵、瓦礫を払い除け、リアスはセオドアの死体を持ち上げる。

まだ数十分前に死んだため腐ってはいないし、水中なので臭いもしない。ただ本当に安らかに眠っている。


「あとは……」


周りをキョロキョロするど、これもすぐに目に入った。

あとはもう実姉を信じるほかない。

一旦水から顔を出して息を充填したのち、水中の瓦礫の中でも異質さを放つ巨大なビルに向かってリアスは泳ぐ。


「頼む……姉ちゃん」


ビルが大きいせいか近づいている感覚があまりない。

今リアスはかっさらってきた指輪を左手に二つ、右手に一つ填めている。

息が切れる前に姉のもとに辿り着き、そして姉が遺してくれていることを信じるのみ。


ビル自体を捜すのは簡単だった。ビルは縦で地中に突き刺さっており、大体の位置は掴めた。ここからが正念場。

ビルに触れることができる距離に近づいたところで、リアスは精神を研ぎ澄ます。微かな感覚を見つけるために。


「姉ちゃん……頼む……姉ちゃん…」


残る息が減り、苦しくなってくる。

セオドアの死体を持ち、ビルの周りをウロウロしてみる。


「死後の『ザ・ハートブレイク』を……お願い…」


今までの息止め記録更新だ。フルマラソンの終盤以上に苦しくなって、頭がクラクラしてくる。


「……………ッ……」


半径5mの『ザ・ハートブレイク』ならどこかで反応するかと思ったが、もう限界だ。

息が持たない、一度出なければ。



「!」


偶然なのか狙ったのか、その光景は今の状況にゲロのフルコースに追加注文で辛酸と苦汁が運ばれてくるぐらいに戦慄的で絶望的だった。

その人影は魚雷のように鋭い憂虞となる。


「ヤバいッ!……セオドアッ!」


どこかから見ているのか、セオドアの複製がリアスに向かって一直線で迫ってきているのだ。もしや今腕に抱えているセオドア本人の死体が目的なのではないか。

かなりの速さ、泳ぎなどではどうしようもない。

万事休す、運命ここで絶たれたり。


リアスは死に物狂いで後方へ泳いだ。息ももうゼロに近く、前に進んでいるのかすらよく分からない。

ビルの壁面を腕で伝いながら必死で逃げても奴はどんどん近づいてくる。死んだ。確実に死んだ。


その矢先、光の感覚が蘇る。


「まさか……!…この感覚……!見つけたぞッ!」


姉は遺してくれていた。最期の最期に希望を与えてくれた。

リアスはまず両手にしている指輪を一つずつセオドアの右肩のあたりと左脇腹の部分に接触させた。

電力調節はちゃんとしてきた。黒焦げの出来上がりなんてことはないはず。


ほどなくして溶接のように光が放たれ、まずAED代わりの電撃の指輪は完了となる。しかしこんなものは前座に過ぎない。


「来たッ!」


電気ショックを与えている間に、セオドアの複製が一撃を繰り出してきた。間一髪、奇跡としか言いようがない回避をし、一命を取り留めた。

そしてその一撃によってビルの壁面に穴が開き、リアスは反射的にその穴に飛び込んだ。

当初は窓からビル内に近づく予定だったが、またこれもよしとしよう。


「ありがとう…姉ちゃん……」


『ザ・ハートブレイク』の心拍数増幅が強まってきたところで、セオドア本人の死体をたまたま穴から通じていた廊下の天井部分に置いた。心臓が動いていなかろうがリルの能力下では強制的に心臓は動かされる。そして血液は供給される。

これまた神のお恵みなのか、近くの廊下の角に僅かながら空気が残っており、それをリアスは吸い、希望を完全に取り戻した。


ダメ押しでセオドア本人の死体の心臓あたりを手のひらで押していると、遂に瞼は開いた。超一時的で無理矢理かもだが、セオドア本人は心肺停止状態から蘇った。

セオドア本人の口からは空気が出ることはなく、力も入らないはず、おそらくまた数秒ほどで死に至るだろう。


最後の残った指輪を構え、終着の時を待つ。


「さっさとかかって来い!セオドアァッ!!」



何も知らずに近づいてくる複製本体に超小型時限爆弾を接着させるのは簡単だった。なぜなら奴は能力も何も無い首無し死体だったから。リアスには分かっていた。無能力者の無力さとか弱さを。



リアスがビルを脱出したところで爆弾は爆発し、破壊れたビルに押し潰されるようにしてセオドア本人も複製も、そしてリルもこの世から完全に消滅した。

勝ったんだ。最後のおいしいところを持っていったのはコリオには悪いとは思うが、コリオの分も仇討ちをしたと思えばなんとなく心は安らいだ。


  

姉は男勝りで傲慢無礼で、リアスとは違って常にトップを走っていた。よく殴られたし、よく馬鹿にされた。

リアスと同じで母親のことが好きだったし、母親の言うことを聞かなかったのも七年前の家出以外は一回も無かった。よく助けられたし、よく一緒に笑っていた。よき理解者であり、最高の姉だった。

もしかしたら、もしかしたらさっき『ザ・ハートブレイク』が発動していたのは、まだ姉が生きていたからなのかもしれない。



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