七つの星に誓いのキスを その2
アレク達は予定を変更して川に浮く瓦礫の上に着地する。ボロボロではあるが、あそらくリルの乗っていたボートの残骸であろう。
眉間を銃弾に貫かれたのにも関わらず、セオドアは何食わぬ顔で立っている。
「複製……だと?」
「君達の仲間が私の正体を突き止めてしまったことだし、答え合わせといこう」
「…………」
「……我が能力は『ネヴァーマインド』。複製を創り出す能力だ。セオドアを殺してくれて助かったよ。死なないセオドアを操れるなんて、夢みたいじゃあないか。とってもロマンがあるとは思わないかね?」
「テメーはセオドアの複製であって、操縦者はイトス……つーことか」
「たいへんよくできました。しかし私の能力を教えたところで君らに追悼の言葉は送らない。私の能力を知ったことこそが……最期の贈り物だッ!!」
瞬間、セオドアは消える。
来るなら一直線で向かってくるか、どこかの瓦礫に着地してから向かってくるかの二つ。結局は図形のようにカクカクとした動きなワケで、見切るのが不可能ということではない。
アレクとコリオは背中合わせになり、奴を待つ。
「はァァアッ!!! 」
コリオの方向に見えた、が、コリオのやれることは一つしかない。セオドアもこれを狙っていたのか、手刀ではなくグーの状態で拳を繰り出してきた。
コリオは六つの鏃で盾を作り、ガードする。
「あと五つ……!」
コリオの鏃がセオドアの拳を跳ね返し、一つの鏃がセオドアによってゼロ速度固定で動かなくなる。これで計二つの鏃が使用不可能になった。
早すぎて上手く捉えることができなかった。防御できたのは奇跡に近いだろう。
「コリオッ!」
すぐさまアレクが拳銃をコリオに渡す。
セオドアは拳を跳ね返され、まだ体勢が整ってはいない。今すぐやれば、間に合うはず。
「やったことないけど……!!」
両手で構え、当たって砕けろの精神で引き金を引いた。
日が暮れる前の銃声は重く鈍く、耳に響く。未経験とはいえ、目の前にいるセオドアへ弾丸が当たらないはずもなく、右肩のあたりに食い込んだ。
「……無駄無駄無駄無駄。言っただろ?ルールその九をわざわざ教えてやっただろう?既に君達は「詰み」なんだよ」
やはりセオドアは撃たれた右肩に全く動じず、右腕で殴りかかってきた。
どうしようもないコリオは遮二無二に鏃を構え、どこにくるかも分からない高速の拳を防御しようとする。
「!」
コリオを押しのけてアレクが無理やりセオドアの拳を両手で受け止めた。
力の増強を行っているため受け止めることができるとはいえ、一定以上のダメージを蓄積したら『ファイネスト・アワー』の活動限界に陥って敗北する。
「!……アレク…!?そんな………!」
「…う………!ぐッ……!俺の肘は………ヘビー級だぜ」
コリオが漠然とした目で、涙を浮かべる。
歯を血が滴るほどに噛み締めても鈍痛が体を突っ走り、意識がとびそうな状態で、アレクは右肘で肘打ちを繰り出した。
格の違う強敵に勝つためには、自己犠牲は必要だと、考えた。
「こいつ……自分の腕を……切断しているッ!」
アレクの右腕は、肘から先が切り取られていた。
両手でガードしてると見せかけて、それはただ左手で切り取った右手を持っていただけ。
アレクの全てを投げ捨てたような覚悟の眼差しが、セオドアを捉えた。
「リルの恨みはまとめて返すぜェェェーーッ!!ウォォォォォォォォオッ!!!!」
「マズいッ!」
セオドアは避けようと左にのけ反る。
予想外だった。まさかこんなことまでするとは思いもよらず、ただセオドアの殻を被っている故の、中身がイトスというこの故の、仇が出てしまった。『アペタイト・フォー・ディストラクション』を使わずに、普通に避けようとしてしまった。
「『セヴンズ・スター』ッ!!」
「!」
左にのけ反ってあと少しで回避できるというところで、五つの鏃がセオドアの体に接触し、引きつけられるようにして体は強烈な肘打ちを迎え入れた。
パンッ!!──
セオドアの首から上は見事に吹っ飛び、首無し死体が完成する。
情は何一つ抱かず、かといって勝利の宣言を上げるわけでもない。仲間の復讐に似合う気高ささえあればいい。
見るも無惨なセオドアの死体は、水中へと沈んでいく。
「っーー!………ぐッ……!」
喉を鳴らし、言葉にならない声で激痛を誤魔化そうとする。数十人の男が、火を付けた荒縄で腕を締め付けているかのような、今にも気を失いそうな痛み。
早く手当てしなければ、手遅れになってしまう。手遅れになる前に、フィオリ達のもとに行かなければならない。
「……コリオ………掴まれ………」
アレクの差し伸べる手にコリオは言葉を失い、涙が頬を濡らす。
ここまで、自分を犠牲にしてまでも遂行する覚悟が、コリオにはまだ無かったから。自然と自分の情けなさと愚かさに対して泣けてきた。
アレクの血が水と混ざり、同時に数滴の涙も混ざり合う。
「……勝負中に背中を見せるのは感心しないな」
その時、背後から籠もった声が聞こえる。
ウソだと思いたかった。きっと、疲れているのだと。
ゆっくりと立ち上がり、真っ赤な死体は恐怖を甦らせる。
「なん……だと!?」
「そんな……!?」
「首無しでも生きている鶏が昔いただろ?まあ、それとは違うんだがな。目は見えないが、なんとなく君らの位置は感覚で分かる。せいぜい足掻いて見せろ、紳士淑女のお二人さん」
セオドアはまだ、生きていた。




