七つの星に誓いのキスを その1
「すぅーいませェん、警察の者です。ここは危険なので離れてくださぁい」
ビシッとキメた制服姿の黒人の警官が、妙に蔑むような態度で話し掛けてくる。
橋の崩落及びビルが川に投下されるという、前代未聞の事件だ、退けと命令されるのは不思議ではない。
この特異能力の時代。人を守るのはこういう正義ある者達。偽善だろうがなんだろうが、こういう者達が残っていたのが奇跡と言えるだろう。従うのはやむを得ない。
「………一旦離れよう。話はそれからだ」
「……うん…」
コリオは川沿いから離れていくアレクについていく。頬を湿らせる残った涙を拭い、必死で心に残る悲しさを隠そうとする。
セオドアを今すぐにでも地獄にぶん投げてやりたい気持を抑え、現場から遠ざかっているその時、コリオに一発の凶弾が放たれた。
唐突に響いた銃声に怯む暇は無く、日光を跳ね返す弾丸はコリオの脳天に近づいていく。
「!」
カンッ!――即座に『セヴンズ・スター』の鏃で跳ね返した弾丸は警官の帽子を空へと吹っ飛ばし、アレクが即座に背後に回って首を捉える。
「ポマードの塊頭に乗っけてんじゃあないわよ」
「同じことを二度言うってのは相手がマヌケな時だけだぜ。三度は言わせるなよ………話はそれからだ、イトス・アルケテロスッ!!」
イトスの正体を突き止めた事は、ほんのついさっき、ルクセルから聞かされた。コリオはまだ連絡がいっていないのだろう。
反った顔を剣呑に前に戻し、あの忌まわしい奴の本心が露わになる。勘づかれていたことに対し特に驚きは見せず、息をつく。
「…………時は今……場所はここ。時間を無駄に使うのは苦手でね。君たちを今すぐ…始末しないといけないんだ。頼むから、私に寛恕は求めるなよ」
「「!」」
近づく轟音をすぐに察知した二人は咄嗟に行動する。
アレクは一切の容赦なく警官の首を切り飛ばし、思いっきり地面を蹴ってコリオを掴んでその場から逃げた、
力の増強は行っている。いつタイムリミットがくるかは不明だが、まだまだ余裕だろう。
奴が近づいてきた。厳密に言えば、奴の姿を借りたイトス。姿をコピーするものや分身の能力だと推測したりもしたが、やっと能力の正体が掴めた。まだまだ無尽蔵の敵がストックされているはず。奴を相手している暇はない。
地面を大きく叩き割り、全く痛みが無い澄ました顔をした男。また出会うとは、思いたくもなかった。
「命を残すつもりは無い。特別に覚悟する時間だけは、ちょっびりだけ与えよう」
「クソッ!遅かった!!」
川沿いの柵にぶつかり、ブレーキをかける。
あのリルの力を借りてもなお、敗北を喫した相手。二人で数秒持つか怪しい。果たして生きて帰れるか。
誰かを呼ぶ時間を与えてはくれるだろうか。消えない絶望感と希望を求める感情が溢れる。
「あれが……セオドア…!奴が……お父さんとお母さんを……!!」
「感情的になるなッ!奴に絶対に隙を見せずに、平静を保てッ…!!」
そう言う自分も平静ではいられていない。どうしようもない絶望が拭いきれず、息が荒くなる。
セオドアの『アペタイト・フォー・ディストラクション』の弱点は速さ故、小回りが効かずに直線でしか移動できない事。しかし逆に、奴の動きの線上から逃れられない。銃や弾丸とは違い、図体が大きくどこに動くか予測も不可能。
「私が待つのは実験の時だけだ。キチッと有意義に殺したい」
圧倒的なオーラにアレクは踵を返し、コリオを抱えて柵を乗り越えた。今はこの手しか無い。どうにか時間を稼ぐのだ。
「掴まれッ!コリオォオッ!!」
「きゃぁっ!」
ギリギリの柵の外のコンクリートのせり出した部分を足をかけ、全力を尽くす。『ファイネスト・アワー』の活動限界に至ってもいい。耐えるしかない。
「ウォォォォォオオァアッ!!!!!」
地を抉る程の力で跳び上がり、一心不乱に崩れている橋に向かっていく。風を切ってセオドアから離れる。
一度追いつめた時は水上での戦いだった。同じ手が通用するかは分からないが、やるしかない。
空を進んでいるとき、やはり奴は追ってきた。アレクよりも速く、獅子に追われる獲物の気持ちを味わう。
「奴は高速以外にも遅速や遠隔操作とか、速度固定も出来るッ!!迂闊に『セヴンズ・スター』を近づけるなよ!!!」
「わかったけど!どんどん来るよッ!!」
素人とプロの戦いのように、徐々に迫ってくる。橋も目前、出来るならば迎撃したいところだ。
奴が速度変更を行えるのは拳と足。殴りや蹴りを受け止めようとすれば敗北。勿論コリオの鏃も真面には使えない。
「まずいッ!来たぞ!!」
セオドアが真後ろの手が届く範囲まで来た。
「……お終いだ…!」
セオドアの高速の手刀がアレクに伸ばされ、終わりを告げる。
目をつぶった瞬間、金属音のような音が鳴り、何かが横を通り過ぎた。後先考えない束の間の安心感のような感覚を覚え、目を開く。
セオドアの手刀が『セヴンズ・スター』の鏃にぶつかって、ほぼ直角に跳ね返されていた。
しかしコリオの鏃は速度変更でゼロ速度固定になり、使い物にならなくなくなってしまった。
「コリオッ!!」
「一個ぐらいなんてことない!私よりも奴を見てッ!!」
セオドアはアレク達を通り過ぎ、先に橋に向かう。
橋は端から端まで水中に浸っているわけではない。中心部にまだ斜めになって完全に落ちていない部分がある。そこに足を付けて正面から迎え撃つ。
「高潔なる正の覚悟が許されるのは勝者だけだッ!!!無様な負の覚悟は出来たかッ!!!」
一瞬で橋の縁に到達し、体をくねらせたその時。
火薬が爆ぜる音が鼓膜を引き裂き、寸分の狂いなき一発が放たれる。空を抜けて、希望を込めた一撃が近づく。
セオドアが顔を後ろに向けた須臾の時、眉間を合金の塊が穿ち、貫いた。
「警官から盗んだか……!」
先程の警官から奪っておいた銃から放った弾丸が完璧に眉間を貫いた。やがて絶命するであろう。
「方向転換をするその瞬間が、テメーが隙を見せる瞬間だッ!!」
セオドアの眉間からは血が噴き出し、顔色が悪くなっていく。意識があるのが流石といったところか、倒れるのも時間の問題だ。
顔を血で濡らし、アレクを睨んだ
「私はセオドアであってセオドアではないんだよ。……『ネヴァーマインド』のルールその九「私の意思によって複製の消滅が可能。外部からの干渉によって複製が消滅する場合があるが、明確な理由は不明」。………だが………少なくも心臓が破裂して眉間を貫かれただけでは……私……いや、複製は死なないさ」
「…………何…?」
「我が複製を君たちが抹殺することはできない」




