気配
住宅街から離れた場所に位置する別荘地。
街灯が誰もいない歩道を照らし出し、月光が見境無く黯然と広がる。どこにでもある家とは違い、個性的な家屋が目立つ。
そんな中に一つ、鬱蒼と茂る林の中心に神殿のような家がある。まるでホワイトハウスのようで、ハリウッド映画のような豪勢な門が三人を迎えた。
「入れそうな所はあるか?」
小声でリルが言う。
門前、鉄格子が行く手を阻む。
「ハッキングした防犯カメラから見えるのは…正面玄関が一つと裏口が二つ。室内にはカメラはありません」
「裏口からが定石だな」
リルとフィオリはパソコンを眺めて話す。
ハッキングやら入れそうな所やら、物騒なワードがいくつか並ぶ会話をリアスは傍聴する。二人の仕事について様々な憶測が脳内を飛び交う中、そのうちリアスは考えるのをやめた。
「よし、行くぞ」
リルが言い放ったその時、ピッという音が三人の足を止める。
『皆様、お待ちしておりました。エクトス様のお客様とお見受けしております』
三人は同時に、驚きの表情を浮かべる。
この声の主が我々に気づいていたことよりも、「エクトス様のお客様」という言葉が恐怖を呼んだ。
お客様ということは襲撃についてを知っていたこと、しかしアーリーはリル達が本社ビルに着いたと同時に逃走を謀った。
そして何よりも、既にアーリーはこの世にいない。いや、この世界には存在せず、精神の崩壊も時間の問題のはずなのだ。
『どうぞ中へ。エクトス様がお待ちしております』
両開きの巨大な扉が開き、すぐに老人が見に入った。
整えられた白髪と新品に見える背広を着た男。おそらく執事のようなものであろうその男は、真夜中にも関わらず笑顔で三人を迎え入れた。
「ようこそ皆様。さあこちらへ」
その執事は顔を崩さずに誘導を始める。
「………」
三人は無言で、周りを見渡す。
さすが社長宅と言ったところか、ホテルのエントランスのように広い。
コツコツと大理石と靴がぶつかり合う音たけが室内に響き、階段を無意識に登る。
階段を登りきったところで、執事が真正面にある大きな扉をゆっくりと開けた。
その先には、今までとは一風変わった長く広い廊下が続いていた。窓が無く、無駄に高い天井からの明かりだけが唯一の光となってはいるが、廊下の終わりが見えない。
ふとリアスは、酷く不穏な雰囲気を感じ取る。
誰が呻き声を上げている。ここにはドス黒く重い怨念のような空気が満ちている。そう思った。
「!」
上を見上げると、壁に大量の額縁が飾られていた。
壁の半分辺りから飾られている額縁は、ビッシリと隙間無く壁を埋め尽くし、誰も居ない放課後の音楽室のような、そんなちょっとした恐怖を味あわせる。
「…」
そしてそれはすぐに、完全なる恐怖に変わる。
ルクセル達からは、アーリーは紙にする能力を有していたことは伝えられていた。大袈裟かもしれないが、それらが合唱のように助けを求めていた。
一方そのころ
広く空疎で、明かりの灯る真白の空間。
「それで…届いたのか?「その女」は」
書類の束に目を通すその男は、目の前にいる者に目を向ける。
「催促はしているがまだ到着していない。まあ、触れられるほど柔な奴ではないし、かなり拗くれた奴だから仕方ないが…」
白衣姿の男は、胸ポケットから取り出したボールペンを見ないまま分解し始める。
「君は昔から人を見る目がないな」
「よく言われるよ、「損してる」って」
すると、白衣の男は分解したボールペンのインクを机に垂らす。
「それじゃあ、この前言っていたリアスという少年はどうなんだ?類を見ないレベルで無力だが、別に構うこともないんじゃあないのか?」
「彼は全く脅威じゃない。その家族…特に姉が厄介でね。その姉の消息が全く掴めなかったから、おびき出そうと弟を「囮」にしようとしたんだよ。しかし以外にも彼には能力があったようでね、これがまた奇妙で、興味深いんだ」
「それはこの前言っていたじゃないか、2人が近づかないと発現しない能力って」
「そうだ、だけどその2人…彼の相手が面白いんだ。二人は種違いの兄妹なんだよ。そして、相手側の父親が、偶然にも私と同じく創り出された「子供」……これほど運命という言葉が似合うものがあるだろうか」
「ほう…もっと聞かせてくれないか」
「もちろん…………。いや、そろそろ時間のようだ」
白衣の男は机に作られたインクの溜まりに掌を置いた。掌は真っ赤に染まり、インクが机から滴り落ちる。
「計画通りの刻。100点だ」
インク、そしてバネなどの分解されたボールペンの部品が突如、風船が割れるときのように割れ、跡形もなく消えた。




