オーディナリー・ワールド その6
アーリー・エクトスには一人の取り逃がした女性がいる。
彼女の能力は強力であった。奇跡なのか彼女はその能力を事前に教えてくれていたため、アーリーは隙を見つけるために彼女と結婚した。そして一人の女の子を身籠もった。半年程共に暮らした後、アーリーは彼女を紙にしようとするが、惜しくも彼女の能力によってアーリーは再生まで1時間ほどかかる体にされ、紙にするはずのその女性を逃がしてしまった。
アーリーは彼女との間に生まれた女の子を自分への戒めとして育てる事にし、その娘を「ユノ」と名付けた。
「お、おおおッ!!」
アーリーは目の前にいる男を拝む。
夜のため影は濃く、姿形を上手く捉えることができないが、確かに「あのお方」だった。
「神よ…復活なされたのですね…!」
アーリーが神と呼ぶ男は、無言のままアーリーの頭に手を置いた。
「なんという幸福…私よりも先に達成した者がいたとは…!」
会話の内容は分からない。だがそれでよかった。
「スラックがフラミンゴみたいに一本足で立ってると思ったか?普通は一人の人間に脚は二つだ。地獄に送ってやるぜ、賭けに勝ったのは…俺だ」
「!」
アーリーは目を大きく見開いた。
すぐに思ったことが、「神」がいないということ。そして…
「……あいつらがいない…」
おかしな世界だということに気づいた。まるで何もなかったかのように静まり返り、物音一つしない空間。
建物や河川敷の景色は変わらないが、人一人いなかった。それに鳥や飛行機の音、さらにはクレーターや血に至るまで、時間が巻き戻ったみたいに無かった。
「………」
思わず唾を飲む。
ふと辺りを見渡すと、2メートル程先にに何かが落ちていた。
尋常ではない雰囲気と臭いを放ち、それはこの世界を支配するかのように倒れている。
「………!」
それは確かに、スラックの切り取られた「脚」だった。
つまりアーリーは、おそらくアレクの手によって「生物の存在しない世界」に連れてこられたというわけだ。
「!」
何か異様な感覚を覚えたアーリーは、すぐさま脚に向かって走り出す。
たったの2メートル、もう一度その脚で自分の影を踏ませればいいだけの話。そうすれば元の世界に帰れるのだ。
「精神だけでも死んでもらうぜ」
猛々しく燃える火の球が、スラックの脚を潰した。
今までよりも大きな衝撃波と共に、永久に顔を見ないはずだった男が姿を顕す。
「貴様…どうして紙から戻っている…!!」
オーギュスト=フランソワ・ルクセル。その男である。
「この時代には勝手に発動する能力が存在する…言わなかったか?」
ルクセルが「手」を見せた。
自分自身の手ではない、スラックの脚のように、手首から先だけの切り取られた「手」だった。
「お前の手だ、アレクがぶち切ったお前の手だよ。普段どうして生活してんのかは知らねーが…アレクに後で感謝しなきゃならねぇな」
それはアレクが能力による怪力でぶち切ったアーリーの「手」だった。
『ペイパー・ゴッド』は紙になったものにもう一度触れれば元の姿に戻すことが出来る。それが本人の意思に関係なく発動する能力であれば、アーリーが許可しなくとも元の姿に戻すことが可能。
「アレクが紙になった俺の上に重ねるようにして手を置いてくれたおかげで『ペイパー・ゴッド』はすぐに発動できた、それに二つ同時にこっちの世界に転送された。それで復活したのさ」
「だからどうしたと言うのだ。君の持っている脚を奪い取ればいい、それが間に合わなくても、隕石ではじけ飛んだ脚の破片を使えばいい」
「それは良い考えだ!お前の精神が砕け散るという点だけ無視すればよォーーッ!」
巨大な地響きが体を襲う。
「!?」
真夜中のはずの空に、太陽の如く燃え上がり、太陽よりも大きい物体が現れる。
「なッ…!?」
アーリーは言葉を失う。
そこにあったのは、視界に収まりきらない程の大きさの「隕石」であった。
「貴様!!地球ごと私を葬る気かッ!!!」
「そういうことだッ!オメーなんぞに帰るべき場所は存在しないッ!!」
その瞬間、言葉を発さなければ良かったとアーリーは後悔している。
「うがァッ!!!」
ピンポン球ぐらいの大きさの無数の隕石が、アーリーの体を粉々に吹っ飛ばした。
見る影もない体は再生してはいるが、もう追いつかない。
言葉を発さずにスラックの脚の破片を探し、元の世界に戻っていれば良かったものの、アーリーは僅かな時間が大切だということを後で知った。
無惨にもバラバラになったアーリーに対し、ルクセルは指を差す。
「死に絶えろォッ!!アーリー・エクトスッッ!!!死ぬことよりも恐ろしいことを教えてやるぜッ!!!」
「ウオオオオオオオオーーーッ!!!!ちっぽけな愚か者がァァアッ!!!図に乗るなよォォォォオオ!!!!!」
隕石に触れれば紙にできるかもしれない、だがその隕石は大きすぎた。
隕石が地面に到達する前に来る衝撃が、アーリーのバラバラになった体を更に粉微塵に砕く。
圧倒的衝撃波はアーリーなんてものともせず、地面を掘り進み、地平線を跡形もなく抹消し、空に粉塵を巻き上がらせる。
やがて隕石は地球を貫き、この世界の地球を宇宙から消した。
アーリーは広大という言葉でも表現できない宇宙を永遠に彷徨い、見つかりもしないスラックの脚の破片を探し求める。
数年経ったところで執念深いアーリーの精神は完全に崩壊し、無重力の宇宙空間を唯一無二の存在として生き続けるのであった。




