オーディナリー・ワールド その2
ルクセルの能力による隕石で墜落させられたはずのヘリ、それに乗っていたはずのアーリー・エクトスは車に乗り換えてまだピンピンしていた。
日をまたいだ深夜の車道。左には河川敷、右には殺風景な工業地帯が広がっている。
「…ダメだ。何故こうも恵まれないのか……」
腕時計をチラチラ確認しながらアーリーは車を運転する。
死んでもおかしくないアーリーは生き延び、無傷でいた。
「お、お父さん……へへへ、あのさ、指の骨が折れてるみたいなんだけど…」
口角を不気味に上げ、後部座席に座る男はアーリーに向かって手を見せつける。手の指はほとんどが異様な方向に折れ曲がっていた。
今まで誰の目の前にも姿を見せていない男。頭からチンアナゴが顔を出したようなヘアスタイルと少し白衣に似た服装が合わさって気味の悪さを増大させる。
彼の名は「アストラ」。あのリアス達を襲った緑色の怪生物「リトル・ミックス」の能力者である。
「お前は黙っていろ、アストラ。…プレスリーといいお前といい…どうしようもない出来損ないだ。能力はいいんだがどうも知能が低すぎる…ユノは真逆だが……」
素っ気ない態度で車を運転する。
「あはは……あいつは負け組だよお父さん。そ、それよりも…そろそろ病院に行きたいよお父―――
パサッ――
ほんの一瞬だった。
顔を動かさないままアーリーがハンドルから片手を離してアストラに触れただけだった。アストラは消えたわけではなく、「薄く」なっていた。
そこにあった物体は薄く、アストラの姿を描いた「紙」のような物になっている。
言葉を発することも、自ら動き出すこともなくそれはただそこでクシャクシャのティッシュのようにして後部座席の床にいた。
「我が息子を額縁に飾ることになるとは…」
アーリーは感情のない能面のような顔でハンドルを握り続ける。
その時、サイドミラーが突如眩い光を反射させる。
「…?」
アーリーは眼を細め、まるで太陽のような光をミラー越しに見る。夜空に燃え盛る丸い明かりは、一度「経験した」アーリーには容易く理解出来た。
ルクセルの『リザンクシア』は既にアーリーを狙って発動されていた。
「早かったな…」
火球は避ける暇を与えず車に衝突する。
鼓膜を突き破るほどの重低音、それを遥かに凌ぐ勢いの衝撃波が辺り一帯の地面を抉る。
塵が巻き上がり、タコが水中で墨を吐き出したときのように真黒の視界が遠方まで広がる。
降り注いだ隕石は大した大きさの隕石ではないが、それでも車を跡形もなく粉砕するには十二分な威力だった。
砂塵の奥から黒い影が歩む。
「『十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』…本を読まない俺に父親が無理矢理読ませた本に書いてあった言葉だが…すっげー俺ぁ関心してるぜ。まさに今のこの時代のことなんじゃあないかってな」
白い髪の体格の良い男。
片腕の義手を煌めかせ、ルクセルはクレーターを降りる。
「…『可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされることまでやってみること』………「私達」は何年かかろうがやらなければならないことがある」
視界が悪い中、機械のように抑揚のない声が聞こえる。
「…そうだな……オメーは単純に…「不死の能力」といったところか」
ルクセルの視線の先には、機械のように単調で歯切れの良い動きで立ち上がる影が見えた。
服に付いた汚れを払うと、アーリー・エクトスは顔を上げる。
「「不老不死」の可能性もあるがね……」
「そんじゃあ永遠にくっつかないように粉微塵にするしかねェなァー-。オメーをよォーー」
叫びと同時に、複数の隕石がアーリーに迫る。
先程と比べるとかなり小さめの隕石だが、もちろん威力は十分。
「……」
しかしアーリーは逃げようともせず、無表情で隕石と向き合う。
余裕からか諦念からか、アーリーのその愚かにも思える行動は、ルクセルからは恐ろしく感じた。
「薄く…脆く……そして美しい」
アーリーは豆粒大のその隕石を、塵と一緒に横に薙ぎ払った。
高速の隕石を捉える高度な瞬発力と精密度、そして横からとはいえ、手を当てたはずなのアーリーの手には火傷痕も風穴も何もなかった。
クレーターも隕石の衝突後もない、一瞬にして燃え盛る石はルクセルの視界から消えた。
「(…不死能力はほぼ確定…だが不死の能力で隕石を消し去ることができるとは思えないな……てことは…)」
ルクセルは何かに感づく。
今まで数回のみ見たことのある現象。それはこの世界において群を抜いて恐ろしく狡猾で他者から見れば卑怯としか思えない事。
「『複数持ち』……お前、誰から「それ」を買い取った」
「なんのことかな」
「それもそうだな、じゃあ力尽くでいかしてもらうぜ」




