リトル・ミックス その2
夜の下、乱暴な運転でニューヨーク市内を走り、リルとリアスはヘリを追いかける。
リアスは後部座席で追っ手を見張りつつ、リルに話しかける。
「これ追いつけるの?」
「大丈夫だ、途中で私たちもヘリに乗り換える」
上空のヘリはビルから顔を出し、隠れるを繰り返し2人をますます焦らせる。
リアスは今更だが、アーリーがあのヘリに乗っているという保証はどこにあるのだろうと思った。一応アーリー・エクトスはかなり大きい証券会社の社長。ダミーだって余裕で出せるはずだ。
「ぐじゅるるるるる…………」
突然、車の後方から奇妙な呻き声が聞こえた。
「!」
瞬時に気づいたリアスは振り向くが、リアガラスの辺りには何も見えなかった。ただビル街が過ぎていくのみ。
異様な恐怖を感じ、リアスはそのままリアガラスを見つめる。
「……」
唾を飲み込み、乾いた喉を意識する寸暇はなく外を睨む。
「ぐるるる……」
その瞬間、リアドアガラスの部分にタコの脚のような、無数の紐状の物体が影を見せる。
「がぐるるるる………」
「なッ!」
触手のような物体は、茨だった。バラの棘のような、鮮やかな緑色をした茨が車の右後方を覆っていた。
どこから付いていたのだろうか、それを考えると、すぐに答えは出た。先程リアスが引っかかっていた不気味なツタだ。あれがこの不思議な茨の能力の発動条件だったのだ。
「姉ちゃん!敵だ!」
かつてない恐ろしさを感じたリアスは、自分の非力さを悔いつつもリルに伝える。
「オイオイなんだそりゃあ!さっきやったばっかだろ!」
リルはサイドミラーで茨を確認すると、触手のように車にへばりつく茨が見えた。しかし運転は止めることはない。
「ががるるるるるらら…!」
その茨は、口が無いのにも関わらずエンジン音のような気色の悪い声を上げる。
しかしその茨は攻撃はすることなく、車を止めることもなく、ただそこで意味の無い声を上げているだけであった。
「ほれっ!早めにぶっ飛ばすぞ!」
リルは腰に引っかけていたペン型の銃をリアスを投げつけると、更に運転を荒くする。
運転をやめることはできないし、それにリアスに運転はできない。植物に心臓なんて物はないし、リアスにも被害が及ぶため能力は使えない。ひたすら運転するのみ。
「(どうする…?こっちから攻撃するか…?………いや、窓を開けるのは危険だし相手から来るのを待とう)」
リアスは銃を構え臨戦態勢でいる。
「ぐらるるる………」
喉が無いはずの茨は喉を震わせ、急に茨が集束する。紡いだ糸のように集まった茨は隙間なく固まり、茨と茨の間の凸凹てさえも不思議と無くなる。
「な、なんだこいつ!?」
リアスの睨むリアドアガラスに、カエルのような体勢でへばりつく人間のような「何か」が見えた。上半身だけを見せているが、体長は2メートルほどはあろう生物がドアに掴まっている。
「グガラルラァァァァァァア!!!!!」
口を裂けるほどに開き、声だけでガラスにヒビを入れた。
緑色の肌の筋肉質な生物。体型は人間だが、頭には仮面のような物を付け、眼が赤のみで黒目なんてものはない。体中に鎧のような装飾を付け、よだれを絶え間なく垂らしている。
「グルアァァァァァァァア!!!」
2度目の甲高い叫びを浴びせると、遂にガラスが砕け散った。
「ーーっ!!」
リアスは耳を塞ぎながらガラスの破片を回避する。
「大丈夫か!クッソ……とりあえず撃ちまくれリアス!」
リルが言い終わると同時にリアスは標準をその生物に合わせる。
「がるるる……」
その生物はリアスに手を伸ばしながら車内に身を乗り込ませてきた。
「ウォォーーッ!!くらえッ!」
バンバンバンバンッ!―――耳が引き千切れそうなほどの発砲音と共に、四発の弾丸がその生物に向かっていく。
やけくそで初めて撃ったが、一直線でブレることなく飛び、それぞれの線を描いて飛ぶ。
「ガガルァッ!!」
弾丸は闇を引き裂くように、生物の頭・手・胸に突き刺さった。生物は少しのけぞったが、すぐに体勢を戻す。
まるで何もなかったかのように元の体勢に直った生物に対し、もしやと思いリアスは銃弾の当たった箇所を見る。
生物の頭と手と胸は穴が開いて弾丸が刺さっていたが、血は出ていない。
「ガグルァァァァルルルルァッ!!!!」
更に生物が叫ぶと途端に穴が塞ぎ始めた。弾丸を呑み込むように閉じた穴は一瞬で元の状態と見分けがつかないほどになり、再生していた。
まるで歯の立たない攻撃、当たっても泥のように飲み込まれた弾丸。人間ではない生物、厳密に言えば生物なのかも不明な植物。そして自動操縦タイプの能力という史上最悪の弱点の少ない能力。全てが完璧に思える特異能力に背筋が凍る。
だが、リアスはただ我武者羅に撃っただけではなかった。
「弾丸は四発撃った!まだ一発ッ!地面に叩きつけてやるこのヘボ野郎!」
放った銃弾は四発。三発は頭と手と胸に当たった、しかしもう一発は生物には当たらず、軌道は斜め下を向いていたのだ。
生物への軌道を外れた最後の一発は、ドアに直接当たっていた。そして、この銃弾は当たった物体を問答無用で溶かす。
「相手より常に利口になることが勝利への道!知能ってものを身につけてからまた挑め!」
「ぐじゅるるるぁ……!!」
ドロドロとなった車のドアは、ドアにへばりついていたその生物と一緒に時速80キロ以上は余裕で出ている車から瞬く間に放り投げられた。
「グルルルァアッ!!!」
断末魔に似た声を放ち、生物は豪快に地面に叩きつけられた。
金属音のような大きな衝突音を連続で放ち、時々トビウオのように跳ねながら、生物は地面を痛々しく転がっていく。
爽快にも思える風が車内に吹き込み、リアスは少し体を震わせる。
おそらく、いや、絶対生物は死んでいるはずはない。あんなものでやられるようなモノでは自動操縦タイプとしてはまだ落第点だ。死んでいないということは、再び追ってくる。
あの生物が豆粒大の大きさに見えてきたとき、リアスはほんのちょっぴりの優越感に浸りながら冷たい風を吸い込む。
「姉ちゃん、もっととばして、奴が来る前にアーリーに追いつくんだ!」
「んなもん分かってる!ヘリとの合流地点までもうちょいだ!さっきのやつが来ても粘れよな!」




