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異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~  作者: じんむ
ウィンクルム騎士団 鉱脈調査編
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暗雲

「ねーねーアキちん? あんな敵に殺されそうになってたのー? だっさー!」


 相変わらず鬱陶しい奴だ。ファルクがにへらんと俺の後ろではしゃぎ回っている。チャラチャラと腰にチェーンなんかつけやがって。耳障りだっての。


「正直ザコっしょー? 僕なんて欠伸(あくび)が出るかと思ったよー?」


 一仕事終え、今は野営地に戻っている。いくつかの鍋を適当な塊で取り囲み食事タイムだ。今は新入隊員のメンツで食べている。

 今頃、捕えられたシノビ達はまだ尋問を受けていることだろう。ただ、聞いたところによればまったく口を割らないらしい。

 

「ねーねーアキちん? さっきから完全ムシー? あ、図星だから何も言えないだけかー、ごっめーん!」


 こいつやってもいいですかね? 今すぐ燃やし尽くしてもいいですよね?

 怒りが爆発しそうなると、スーザンが見かねたのか声を発した。


「黙れ害虫。時をわきまえろ。今は食事中だ。美味い飯も不味くなるだろう?」

「だったらスーちゃんはまずそのでっかいお胸をわきまえよう!」


 ふとスーザンの胸元に目が行ってしまった。露出度の少ない制服の上からでもくっきりと浮かび上がる胸のライン。なるほど、確かに大きい……。


「き、貴様!」


 即座に立ち上がったスーザンはそばに置いていた槍を手に取ると、ファルクの喉元へとそれを向ける。

 や、やべぇ、コワイ……。


「だってホントの事だしー……アキちんもやらしい目で見てたよ今ー?」


 割と俺の方はマジで恐れおののいていたが、ファルクの方はそこまでのようで、あっけらかんと言葉を返した。ってあれ? え、何、何言った今? 俺がなんて? 何したって? 


「こ、この……」


 見上げれば顔を真っ赤にさせ肩をわなわな震わせるスーザンと目が合った。

 待って、いや別にそういう目で見てたわけじゃないからな? ただ言われればそうだなって思っただけで……。少しだけ下心あったかもしれないですすみません!


「ごめん、ちょっとだけ風に当たってくるね」


 唐突に、ティミーが口を開いた。

 一同の視線がティミーに注がれる。しかしそんな事は気にした様子もなく川の方へと歩いて行った。

 置かれたお椀にはまだ食べかけのスープが残っている。


「いってあげなさいよ」


 ふと背後から声がかかった。見ればミアが片手を腰に添え立っていた。


「尋問の立ち合いは終わったのか?」

「さっき終わったわ。まったく話そうとしないんだから困ったものよ」

「そうか」


 聞きたいことは聞いたのでその場を立ち上がる。どういう言葉をかければいいのかはせめてそばにはいてやろう。

 ティミーの行ったであろう方向へ歩くと、川岸で座り、空を見上げるティミーの姿を見つけたので隣に座らせてもらう。


「星、きれいだな」

「……うん」


 俺らの住んでいた世界では秘境にもいかなければ到底見えない光景だろう。暗闇の中には無限大とも言えるほどの星が瞬いていた。


「あいつらの事だよな」


 ティミーは黙っている。ここからなんと声をかけたものか……。


「む、無理するのはよく無いし、別に、騎士団を離れても誰も責めないとは思うぞ?」

「そ、それは……!」


 そんな事を言うつもりはなかったが気付いたらそう言ってしまっていた。

 俺の言葉にティミーは一瞬こちらを懇願した様子で見上げるが、すぐに顔を伏せる。


「覚悟は、してたつもりだったんだよ? ……でもその、なんて言うのかな、なんか痛くて」


 そこで言葉が途切れた。ああ、やっぱりティミーはどうしようもなく優しい子らしい。

 こういう時、何を言うべきなんだろうか? 肯定? いやいや、俺のいた世界では人殺しの肯定なんてあり得ないし、この世界でも同様に良い事ではないはずだ。にも関わらず俺は何故か割り切れたが……。いやそんな事はどうでもいい。今はかける言葉を見つけないと。


 ”女の子が落ち込んでる時はだまーって話を聞いてあげるのが一番なのっ”


 ふと、昔そんな事を言われた事を思い出す。


「まぁなんだ。何かあったら言ってくれよ。なんでも聞くからさ。辛い事があればその度、俺にぶつけてくれていい。溜め込むとしんどいからな」


 とりあえず、いつでも話を聞くという意思表示をしておく。今はかけてやれる言葉はそれくらいしか思いつかない。

 ゆっくりとティミーが顔を上げると目が合う。その瞳は少し光沢を帯び、やがて零れ落ちた。

 少女は俺の肩へと顔を寄せ、静かに嗚咽を漏らす。


 しばらく、同じ状態のままでいると、やがてティミーは顔上げた。

 少し目元は赤いが、涙は止まっている。


「ありがとうアキ。ちょっと楽になったよ」

「ならよかった」


 見せてくれた笑顔に、心からホッとするのだった。



*******



「起きなさい!」

「ん……?」


 突如、視界の暗闇が晴れる。

 目の前にはミアの顔があった。……何これ。軽いデジャブなんだけど。

 まだ意識がぼやぼやしている中、だんだん意識もはっきりし、ふと今こうなってる理由に思い当たる。


「あ、見張りの番か。でもなんでミアが起こしに来たんだ?」


 ミアはこれでも監視役だ。やるべき仕事はあくまで監視であって別に騎士団の仕事をするわけでは無い。今頃ぐっすりのはずだが……。まぁ、美少女に起こされるなんて願っても無い事なんだけどね。


「たまたま起きる事があったのよ……」


 ミアは何故か少し目をそらし、頬を赤く染める。まぁ大まかトイレといったとかだろうが、それをわざわざ指摘するほど俺はやわでは無い。


「じゃないわよ!」


 ふと我に返ったようにミアは再度こちらへと目を合わせる。その瞳は、ルビーのように綺麗ではあったが、どことなく焦燥の気配を感じ取ることも出来た。


「とりあえず来なさい!」


 怒った様にミアが乱暴に毛布をひっぺがえすと、強引に俺を起こそうとする。何したっけ俺?


「分かったって。引っ張るな」


 出来るだけハイペースで起き上がり、傍にあった剣を腰に携え、ミアと共にテントの外へ出ると、すぐに異変を察知することが出来た。


 野営にはかがり火が煌々と燃え上がっており、その近くで火を焚いていたのか、黒く焦げ、煙を立ち昇らせる焚き木があった。

 そこまでは別段おかしくもなんともない。


 ただそのそばでは、木の(さかずき)から中にあったであろうスープが零れており、明らかに奇襲をかけられ、焚き木の周りで倒れ伏す二名の団員の姿があった。


「おい、まさか……」

「それに関しては大丈夫よ。私が脈を確認しておいたわ」


 おお、ミア優秀。

 とかそんな事思ってる場合じゃない。とりあえず生きているのはホッとしたが、この状況は少しまずい気がする。


「他は?」


 あとはシノビを拘束する場所に二名ともう一人いるはずだ。


「シノビの監視してた二人も同じよ」


 それと……とミアは少し地面に視線を移す。


「最悪な事にシノビ達が全員いなくなってたわ」

「嘘だろ……」


 自然と剣に手がいく。


 いったい誰が? 仲間のシノビ達からの奇襲でもあったのだろうか? にしてはあまり騒ぎが無かった気がする。大多数で攻め込まれればおのずと怒号なりなんなりで目を覚めさせてるだろう。かといって九人で四十人には大勝できるような相手が少数で攻めてきて負けたとも考え辛い。いや、でもシノビというくらいだ、もしかしたら奇襲ならいつもの数倍の力を出せるのかもしれない。


 思考に耽っていると、ふと、ある事象を思い出した。


「なぁ、もう一人は? 確かあと一人いるはずなんだ」

「今頃気づいたの? まだまだね」

「頭の回転遅くて悪かったな……」


 寝起きなんだよ。普段はもう少しマシだから! たぶん。


「あと、ついでに行っておくわ。いなくなったその一人はファルク・ボゼーよ」


 ミアに告げられる言葉に一瞬思考が停止するがなんとか持ち直す。


 ファルクだと? 確かにあれは気に障る事ばかりする奴だ。だからってこんな裏切りみたいな事をするのか? いやでも時折見せる影が差したような感じ、さらにはあの強さ。あいつは入団試験で前代未聞の数を叩き出した俺と同じだけの記録を叩き出している。実力は俺と同等、いや、俺より上かもしれない。何せ俺があの数を手に入れることが出来たのはルフハードと偶然遭遇したおかげだ。


「とにかく、バリクさんに……」


 笛の音。

 深みがあり、力強いその音色に言葉が遮られる。と同時に頭がかき乱されるような気分の悪い錯覚に囚われる。意識が遠のきそうになるのをなんとかこらえ、ミアの方へ顔を向けると、どうにも様子がおかしい。


「おいミア?」


 まるで何かに取り憑かれたかのようにゆらゆらとどこかへ歩いていく。


「おい」


 肩を掴むが何の反応も示さない。もしかしてこの笛の音か……。

 目を離した隙にどこに行くか分からなくなると危ないので、とりあえず声をかけたりしつつもミアの後に付いていくとする。


「なぁミア」


 無反応。

 だめだ、まったく聞こえてそうも無い。

 気付けば雑木林の中だ。笛の音も近づいてきている。やがて木々に囲まれ、少しだけ広い場所へと出ると、そこでミアは進むのをやめた。同時に笛の演奏が止まる。


「え? ここはどこ?」


 我に返ったらしく、何があったのかと茫然として前を見つめるので声をかけてやる。


「大丈夫かミア?」

「アキ? ここはど……」


 ふとミアが言葉を区切る。こちらに向きかけた視線を上の方に戻した。


「誰?」


 ミアの見る先、一本の木の上だ。


 そこには満月を背に、片手に笛、もう片方には大きな何かを携え、身を黒装束に包み、一見身なりはシノビと似ているが、小手などの軽装備をし、何より妖狐のような仮面を付け、目元すら窺うことが出来ない、他とは一線を画した人の姿が(たたず)んでいた。

 暗殺者、まさにその名にふさわしい雰囲気だ。


 その暗殺者は、おもむろに片方に持つ大きな何かをこちらに投げた。想像以上に重みのある音と共に、赤い何かが軽く散る。


「きゃっ」


 それを目の当たりにしてかミアは俺の身体に顔を伏せる。


「流石に、きついわよ……」


 俺に向けた言葉というよりも独り言に近いその声に俺の方も我に返る。

 (むくろ)だ。(まが)う事無き骸。それは確かに人の形を(かたど)っていた。

 ただし肩から上を除いて。暗くてはっきりと見えないのが唯一の救いだった。

 心地の悪い風が頬を撫でる――――


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