暗殺者
木の上の暗殺者は未だ動かない。目を離すべきではないが、やはり下に転がるモノに目は行ってしまう。
ふと、亡骸の腰辺り、一瞬何かが月明りを反射するのが目に入った。
同時に頭が真っ白になる。何も考えることが出来ない。何故ならその反射物には見覚えがあったから。
「……嘘、だろ」
鎖だ。細かな輪が連なる鎖だった。装飾に使われるチェーンだ。昨晩、丁度それに対し気がいった。プラスだ、目も暗闇になれたか、よく見るとこの骸が装備しているのはウィンクルム騎士団の装備。
「アキ?」
「やめとけ!」
おっかなびっくりに覗こうとするミアを反射的に制し、動かないファルクと少し距離を置く。
あまりに突拍子もない出来事だったのでつい声を荒げてしまった。後ろで肩をぴくりとさせるミアを感じ取れる。
「ごめんミア」
でもこんな事ってあるのかよ……。確かに、確かにあいつは気に障る奴だった。でもなんでこんな酷い目に遭わされなきゃならない? いくらなんでも罰が重すぎるだろ……。この世界の神は一体何を考えてこんな……。
熱い、身体が、どうしようもなく。
「つッ……」
「だ、大丈夫なのアキ?」
「あ、ああ……」
体内に魔力が猛烈な速さで循環してる感覚だ。身体の中で何かが暴れまわっている、気がする。
「な、なぁミア……」
頭がかち割れそうだがなんとか声を発する。
「とりあえず……バリクさん達を、急いで……呼んで……きてくれ」
「わ、分かったわ」
さっと離れ、駆けようとする足音が耳に届くが、すぐに止む。
「そうやすやすと通してくれ無いみたいね……」
後ろを見ると、十数名のシノビが木の影から現れ、ミアの行く手を塞いでいた。
同時に前へ目を向けると木の上の暗殺者が華麗に飛び降りてくる。
「挟み撃ち……ってか。やれそうか?」
「私を誰だと思ってるの? 栄えあるグレンジャー家の一人娘よ」
「上等。俺は前を相手する」
幸いな事に、身体の内側から何かがあふれ出そうなのはそのままではあるが、あの訳の分からない頭痛はすぐ収まった。なんとか戦えそうだ。
「フエゴ・マスティギオ!」
ミアが詠唱。赤く長い、二本の炎のリボンが現れる。
同時に、手に持つ鞭に点火。黒装束の群れへと突進する。
すぐさまシノビ達は反応。迎え撃つべく刀剣を構えた。
手前、一人のシノビがミアに斬りかかる。ミアは軽快なステップで敵の側面に回り込み回避。ミアは森の奥へと走る。反撃を試みようとしてか、そのシノビはすぐさま身体を反転。後を追おうとする。
しかしそこへミアのリボンの一本が到来。激突すると、一瞬のうちにシノビは火だるまになった。ミアは森の向こう側へと駆ける。後をシノビ達が追っていった。
あんな感じに進化してたのあの魔術? おっかねぇ……。
ミアの進化に感心していた刹那、暗殺者が動き出すのを視界の端に捉える。
即座に剣で対応。鈍いなまくらのような音が辺りに響く。
「おまっ……」
敵は刃をこちらに振るってきていた。しかしその剣、否、ソードブレイカーはファルクのものとそっくりだ。刀狩りってか。ふざけやがって……!
突然手首に痛み。思わず剣を離してしまう。どうやらソードブレイカーが剣を折りにきたらしい。だが俺の剣は折れなかったので、手首がひねられる形になったという事だ。
すぐさまフェルドクリフを展開。紺色の火の壁が目の前に形成される。間合いを取るためにした事だった。
数歩後退。剣無しでも一応戦えるが少し劣勢になってしまった。
鉄の塊が地面に落ちる音がする。
「ハァ……」
くっそ、いつも以上に息切れしやがる。さっきからなんなんだよ、この感じは!
魔力だ、魔力が身体の底から湧き出る。同時に目の前の存在へと明確な殺意も沸く。
殺せよ……殺さなきゃならないッ!
片手を前に突き出す。
「ケオ・テンペスタス!」
一呼吸置き、超速で旋回する炎が放出。未だ燃えたぎるクリフを破り、暗殺者へと猛進。前方に広がる木々に火柱が立ち昇る。
「……やった、か?」
空に影。暗殺者だ。時速二百キロにも及ぶ攻撃が避けられた。
後方、先ほどの付近で激しい火の手が上がる。
ミアはそれを一瞥しつつも、闇夜の森を駆け抜ける。
「どうか無事でいなさいよ……」
前方から何かが飛来。くないだ。傍らに並走する赤い火のリボンが突撃。軌道を逸らした。固有魔術フエゴ・マスティギオ。ミアの周りに浮く二本のそれは、さながら個々に意思が存在するかのようだ。
息をつく間もなく第二撃。今度は複数個飛来してきた。マスティギオだけでは対処しきれない。足を止め、フェルドクリフを目の前で多重形成。幾重にも連なる赤い火の壁が鉄の小物の進行を妨げる。
前方には複数のシノビ。身体を反転させるが、そこにもシノビが立ちふさがる。
囲まれた。しかしさほどミアに動じた様子は無い。
ゆっくり息を吐く。
「フェルドディステーザ!」
ミアを中心に赤い炎がはじけ飛ぶ。そのうちいくつかが黒装束に点火。悶える複数のシノビ。
それを合図に無傷だったシノビ達が次々にミアへ襲い掛かる。
目前に迫るシノビを火を宿した鞭で牽制。かたや、すぐ後ろに迫るシノビの影。火のリボンが影へと衝突。その身体は火を纏い、地面で転がった。
「熱いなら服を脱ぐことをお勧めするわ」
そう言うと、迫る来る残りのシノビに、マスティギオをぶつける。
火のリボンは消え去り、残るのは熱さに悶え苦しむシノビ達だけとなった。
「軽量」
身体を軽くし、飛躍力を格段に上げることができる魔法。詳しく言うのであれば重力干渉だ。
ミアは木へ飛び乗る。シノビ達が戦闘不能のうち、騎士団のいる野営へと急いだ。
今頃ミアはどうしてるだろう。その少しの思考が隙となってしまう。
鼻の目先、櫛状の刃が通り過ぎた。目に映る短く切られた毛。危うく真っ二つにされるところだった。
仰け反る身体をなんとか立て直し、地面を蹴り上げ、少し間合いを取る。
恐ろしい敵だ。炎属性魔術で最高速度を誇る魔術をいともたやすく避け、プラスあの素早い剣捌き。大まか、シノビの頭領と言ったところだろうが、それにしてもここまでとはな。
「クーゲル!」
無駄と分かりつつ魔力弾を放つ。暗殺者は少し首を傾けた。案の定回避される。
刹那、暗殺者が一気に距離を詰めてくる。一瞬、本当に一瞬だった。櫛状の刃が俺の首元めがけて急襲する。咄嗟に左手首で首をかばった。
激しい熱。以前シノビと交戦した時より桁違いな痛みだ。思わず目を向けた。
なるほど深く刺さってる。装備が無ければ確実に無くなっていた。
「フェルドスフィア……ッ」
空いた片方の手に火の玉を生成。暗殺者の脇腹へ、叩き込む。
隙をついた攻撃のつもりだったが、暗殺者はすぐに後転。それを回避。
やはり生身だと魔力伝導性が損なわれて発動に遅れが生じるか。だが暗殺者と少し間合いがとれた。
俺は地面を蹴り、右方へ側転。転がる先にあるのは横たわる剣。拾い上げるとすぐさま手前に突き出す。
甲高い音。感じるのは重み。ソードブレイカーと俺の剣が小さく火花を散らした。ただし、相手の刃と重なるのは剣の側面。
これなら櫛状の刃に噛まれることなく相手の剣に対処できるからだ。俺の剣は何故だか段違いに硬い。通常折れるような事もこいつなら折れる事は無い。
暗殺者の足元から紋章。突如紺色の火柱が立ち昇る。あらかじめフェルドゾイレの発動準備をしておいたのだ。
しかしそう易々と倒される相手ではない。完全な不意討ちにも関わらずの超反応。暗殺者は無傷で少し向こうに立っていた。
「さてどうすれば倒せるか……」
起き上がり思考する。しかし都合よく良い案が出るはずもない。
相変わらず身体はほてっている。内部で何かがぐるぐる渦巻いている。だが有り余る魔力があったところで隕石を呼び出せるわけじゃない。
「有り余る魔力、か」
ひとり呟くと剣に膨大な魔力を流し込む。巻き起こる凄まじい風。立っていることもままならないので、身体を重くするため、軽量とは対の魔法、重量を発動。
暗殺者は腕で顔を覆い、立ってるのがやっとといったご様子だ。
小刻みに震える剣。手放しそうになるも、なんとか握り直す。
生まれるのは光。全てを覆いつくす閃光。あまりの眩さに目が開けられない。
流石に疲れたので、魔力を流し込むのをやめると、光が止んだ。目を開ける。
俺が持つ剣。かつて農具として使われ、汚れ、軽く錆がかっていた姿は見る影もない。
代わりにあるのは微かな光沢を帯び、側面には文様が施された、なんとも切れ味の良さそうな剣だった。
即座に暗殺者が猛進。相変わらず早い進撃に、考える間もなく剣で斬り返す。
「しまッ……!」
側面で受けるのを忘れていた! 剣がソードブレイカーの櫛状の刃に噛まれる。
――――が、剣が制止しない。振り切れる。
俺の振るった剣はソードブレイカーを切り裂いていた。そのまま頭部への斬撃。暗殺者は顔を反らしそれを回避。剣を振り捨て後方へと跳躍した。
暗殺者が顔を押さえる。よく見れば妖狐の仮面に亀裂が入ってるようだ。
今こそ好機。死刑ついでに顔を拝んでやる。
暗殺者に向かい突進。一気に間合いを詰め斬撃を加えようとするが、急停止。目の前の地面から尖塔状の岩が突出した。
さらに足元に紋章。地面を蹴り上げ左方に跳躍。現れる尖塔状の岩。相手は地属性土系統の使い手だった。あの驚異の速さにも合点がいく。
なおも岩の連打が続く。剣がないせいか、発動に少し時間がかかっているようなのでなんとか回避し続ける。しかし魔力の過剰放出、これまでに無い身体の酷使、精神的疲労、全てが相まってか動きが鈍くなってきた。
そしてついに足がもつれてしまう。
「アキ!」
唐突に声が耳に届く。少しの間身体が浮くと、間もなく地面に到達した。思わず膝をつく。先ほど立っていた場所には岩が突き出していた。
「大丈夫だったか?」
見上げた先でハイリがこちらの様子を窺っていた。
「お礼は後でいいか? ちょっと厄介な相手なんだ」
「おう!」
しかし既に暗殺者の姿はそこにはなく、あるのは地面から突き出した刺々しい岩のみだった。




