無垢な少女
時々顔に触れるこれはなんだ……くすぐったいんだけども。
――――大丈夫!?
何が……。
――――生きてるのよね!?
そりゃそうだろ……。え、待って死んでんの?
「起きなさいよ!」
起きるか、分かった起きる。
目を開けると目の前には心配そうに紅の瞳を揺らめかす可愛らしいお嬢様の顔があった。非常に近い。このまま偶然装ってチューしていいですかね? ……もちろん冗談です。え、ほんとに冗談だからね?
「よかった……」
俺の生存を確認できて安心したのか、顔を上げるとホッと息をつくミア。
その時ふと身体の一部にちょっとした重量を感じたのでその場所を見てみると、ミアは俺の上にまたがるように座り込み、丈の短い制服のスカートの中から、惜しげも無く露わになった雪のように美しい白い素肌、そこへ黒のニーソとが相まって凄まじい絶対の領域を創り上げている。これは色々やばいかもしれない。何がやばいって色々だ。
「ミ、ミア……あのさ」
眼球をいろんな方向に行ったり来たりさせていたせいだろう、ミアは訝し気な様子でこちらの方を見やる。
「何よ? この私が心配してあげてるのよ」
ミアは不機嫌そうな声を出すと、再度顔を近づけてくる。なんですかね、床ドンですかね? いやこれはベッドだからベッドドン、略してベッドンか! いやそもそもドンでもない? ……じゃなくてほら、ちゃんと言うべき事があるでしょアキヒサ!
「とりあえずあれだから、降り……」
言おうとした矢先、ベッド同士を遮るためのカーテンがゆるりと開けられた。
「アキ大丈……」
カーテンから顔をのぞかせたのは我が愛しの娘、ティミーだった。
何か言いかけたのだが、どういう訳かそれきり硬直してしまう。
「おや……?」
続いてひょっこり顔をのぞかせたキアラはこちらを見るとニヤニヤしてティミーの目を隠す。
「案外大胆だねぇ?」
客観的に見ればだ。恐らく今の俺らはちょっとした誤解をしてしまう人がいるかもしれない体勢だろう。仰向けに寝る男に馬乗りになる女。……立場が逆な気がしない事もないが捉えようによってはかなり危険な空気もする。簡潔にまとめよう、やばい。
でも服ちゃんと着てるからね!? まだセーフだよね!? そうだ! そもそも俺らはまだ少年少女だからいけるから! 何がいけるんだよ!
冷静に状況を分析した後、誰に向けてか必死で弁解していると、ミアも自分の失態に気づいたのか、勢いよく飛び起きるとそのままベッドから転げ落ちる。
「な、な、何を……」
ミアは慌てふためきながら顔を真っ赤にさせ手をブンブン振り回す。
その様子が可笑しかったのか、キアラはクスリとする。
「冗談だって、そんな慌てなさんな? でもあれだね、私は大丈夫だけど……」
そう言い困った笑みを浮かべるキアラは、ティミーの目隠しをはずすとまぁ可愛い、絶対零度級のマイナス二百七十三点の笑みを浮かべた天使が出てきたぞー?
「どういう事か説明してね?」
お、お父さんはそんな怖いティミーはやだなぁ……ハハ。
一通り説明は終えた。キアラの助けのおかげもあり、なんとかミアの誤解は解けたけども。
「アキの淫魔!」
「淫獣!」
「淫行男!」
美少女から次々と繰り出される罵詈雑言。ちなみにこれもキアラのおかげです。
てかなんでそんな訳の分からん言葉知ってんだよキアラ……純粋な子たちに余計な事吹き込むなよ! 流石に具体的な意味までは教えてないみたいだけどさ。
「なんでミアまで一緒になって言ってるんだよ!?」
「そりゃあんただからに決まってるでしょう」
得意げに言うけど理由になって無いからね!
「怖いわねぇ、こんな男といたら子供ができちゃうっ」
キアラはきゃぴっとした声音でほっぺたに手を当てる
「ちょ、やめとけ」
「なんで子供なの?」
これでもかというくらい純粋な眼で可愛らしく首をかしげるティミー。
ほら言わんこっちゃない……。どうすんだキアラ。流石にすべてを教えるわけにもいくまい。
「えっとねぇ、淫魔のアキさんは誰にでも……」
「は!? 何吹き込もうとしてんの!」
含みのある笑みを浮かべたキアラは、事もあろうかソレがなんたるかを教えようとするので慌てて止めに入る。
「誰にでも?」
「ダ、ダメだティミー、聞くな!」
お父さんはまだお前に純粋なままでいてほしいいんだ!
「冗談冗談、あれだよ、誰にでも優しいから子供がいっぱい寄ってくるんじゃないかーって事」
そう言うと、キアラはこちらにウインクしてくる。うーん、この不意討ちはなんか複雑。
「そっか」
ティミーもそれで納得できたらしく小さく微笑む。
まぁ、とりあえず良かった。
「あ、そういえばキアラ、今試合どうなってんだ? というか俺どれくらい寝てたの?」
思い出した、今は本戦の途中のはずだ。
「大丈夫、安心して。二、三時間寝てたけど決勝戦はもうちょっと後だからさー」
そう言うキアラの表情はどこか晴れやかな感じがする。
今決勝戦は、って言ったよな? そしてニ、三時間寝てたって事は俺の相手も決まってるはず。
「どうだったんだよ、お前は」
一瞬顔を伏せたので、ダメだったかと思いそうになったが、キアラはすぐ顔を上げ、嬉々とした表情で手を突き出しグッと指を立てた。
「もちろん勝ってきたよ!」
なるほど、つまり決勝戦の俺の相手はキアラという事か。まぁ、勝つだろうとは思ってはいたけどやっぱ流石だな、九年生に打ち勝つとは。
「負けないからな?」
「こっちのセリフだよアキ!」
だいぶ前、風船を使って戦った時は引き分けだったわけだが、今回は果たしてどうだろう。お互いあれから時間も経っている。学年は共に七年、情報だけで見れば力は同等。決勝戦が楽しみだ。
「それじゃあそろそろ三人のところに行こっか。アキも復活したし」
「そうだね」
アリシア達はきっと席でも取っておいてくれてるんだろう。あの人数じゃ確かに場所を取っとかないとすぐに埋め尽くされそうだからな。
「じゃ、じゃあ私はこれで……」
ミアが少し寂しそうに俯き一人立ち尽くす。
「あ、ミアってなんかこれから用事あるのー?」
「えと、無いかしら……」
「だったら一緒においでよ! アリシア達もきっと歓迎してくれるよっ」
「あ、そうだね! ミアちゃんも一緒にキアラちゃんとアキの試合見よ?」
「え、そんな、私は、その……」
なんと微笑ましい光景なんだろうか、よし俺も後押ししてあげよう。
「行こうぜミア。いい奴らばっかだからいけるって」
少し考える素振りを見せると、頬を赤らめたミアは無言で頷く。
「よーっし、張り切っていってみよー!」
それを確認するとキアラは声高らかに告げ、意気揚々と先陣を切るのでティミーもそれに付き従う。
相変わらず元気な奴だ。
「あ、ミア。けっこうばたばたして言えなったけど、身体とか大丈夫か? 俺も何ともないからいけるとは思うけど念のためな」
「そ、そうね、もちろん平気よ」
「なら良かった。そういえばカルロスはまだ寝てんのか」
この救護室は普通に広い、礼拝堂に椅子ではなくベッドが置いてある感じだ。ベッド同士はカーテンで区切る事ができるようになっており、今も何個かそのカーテンが閉まっているのを確認できる。
「そのようね……」
返事はするミアだがどことなく様子がおかしい。戸惑いがあるというかなんというか。
「本当に大丈夫なのか?」
「平気よ! さぁいきましょ! 救護室の先生に聞いたわ、あんたカルロスに勝ったみたいね。やるじゃない」
「え、今更?」
「う、うるさいわねっ! 私が褒めてあげてるんだから素直に喜びなさいよっ」
「お、おう。悪い、ありがとう」
まぁ確かに言う暇なかったもんな、うん。
「それでいいのよっ!」
そう言ってぷりぷりしながらミアは俺の一歩先を歩き出す。
ま、まぁ通常運行っぽいし、大丈夫そうかな……。




