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イミテーションリリー  作者: 緒明トキ
運命の学校祭編
17/28

魔法にかけられた野獣と開演

 学校祭二日目の、午後の最後の演目が『演劇――美女と野獣』である。


 翔子ちゃんと運動部系お化け屋敷入って絶叫して(エクソシストを本気でやる体操部員が怖かった、速かった)、アンリちゃんとコスプレ写真撮って(アンリちゃんが白ランであたしが黒ランという学ランショットだ)、案の定アリス姿だった涼子ちゃんとティータイムを楽しんで(涼子ちゃんがハーブティーを淹れてくれるという特典付き)、焼きそばをつまみ食いしながら射的の店番をしていると、桃井さんがあたしを呼びに来た。


 事前に代わりをお願いした友達にわたあめを献上して、あたしは急いで体育館の裏口近くにあるトイレへと向かう。個室の上の隙間から衣装を投げ込んでもらいながら、手早く着替えていく。これも練習済みだ。みんなと同じところで着替えたら、当然ながらあたしが竹本さんではないとばれてしまう。


「そういえば、薫さんは昨日は生徒会のお仕事だったんですか?」

「薫は昨日はいなかったわ、例のウイルスのチェックで」

「そうですか……文化祭でも……」

「まあでも今日は朝から楽しんでたし、文化祭は実行委員ががんばるぶん生徒会は仕事がないから、結構のびのびしてたわよ。あ、そうそう」


 扉を開けて背中のチャックを閉めてもらいながら、一緒に回りたかったな、などと相変わらずの高望みが首をもたげて、あたしは閉口する。薫さんが楽しく過ごされていると聞くだけでほっとする。が、少し傷つきもする。


「薫ったら、今日の演劇はあなたに観に来てほしいってずーっと言ってたわ。だから私、気をきかせてもう誘ってあるからって伝えておいたから。一番の特等席であんたの晴れ姿みせてあげるからって」

「えええええ!?いや、特等席っちゃ特等席ですけど!」

「最後の役者紹介が見物ね!なんせ超特等席でダンスまで踊っちゃうんだから!」

「桃井さん、楽しんでません!?」

「楽しむための学校祭じゃないの!ほらっ、できた!」


 鬣に軽く櫛を通し、背中にかけられた小さなマントを整える。衣装に気合いを入れたのも桃井さんだ。彼女もきっと、この演劇に特別な思いがあるのだろう。


 チャンスをくれた竹本さんにも、練習を手伝ってくれたいずみさんにも、そして主役を務める麗しの薫さんにも、きっと報いてみせる。ここから、何かを変えてみせる。

 あたしは、物言わぬ野獣となって控室へ勇み入る。それからは、いずみさんが台詞の確認と称してずっと側についていてくれたおかげで、誰とも接触することなく本番へ持ち込むことができた。


 それにしても、いずみ王子の衣装は完璧だった。紺色に金の刺繍が入った上着に、豪華な金具付きのマント。裏地もしっかりしている。野獣の毛色と合わせた深い茶色のウィッグも、自身の落ち着いた雰囲気にぴったりだ。まるでこうして生まれてきたようにも見える。

 お似合いです、とこっそりひじのあたりを引っ張ると、にっこりと微笑まれた。


「やだなあ野獣くん、そんなにうらやましがらないでよ。ちゃーんと最後にはこうなるからね」


 衣装は変われど、相変わらず不思議な雰囲気の人だ。緊張の色が微塵も見えない。

竹本さんは着ぐるみを着てからは気を付けてあまり喋らずにいてくれたそうで、周りは緊張した面持ちでありこそすれ、あたしに違和感を覚える人はいないようだった。


「榊さん、竹本さん」

「あ、美女ちゃんだ!うわあ、かっわいーい!」


 え、ほんとだ。えっ、ちょ、うそ、え、か、カメラ!いやないしあってもこの指じゃボタン押せないし!


 ついついあたしがテンパるほどに、久々に近くで見た薫さんはいつもよりきらきらしていた。一応村娘の衣装なのだが、エプロンの端の小さな刺繍や空色のドレスがとても清楚で品が良い印象を与える。これは落ちるって。野獣もガストンも落ちるって。緊張からかほんのり色づいた頬が、綺麗な顔立ちに愛らしさを加えている。見上げてくる瞳は、相変わらず吸い込まれそうな黒だ。


「慣れない格好で慣れないことをするものだから、すごく緊張しているんだけど……今日は絶対成功させたいの。一緒にがんばりましょう」

「もちろんだよ!ね、たけもっちゃん」


 一度しっかりと頷くと、薫さんといずみさんはにっこりと笑いあった。いいなあ、こういう雰囲気。中に入りたいけど、野獣は人間ではないので無理だろう。鬣の隙間からのぞくとがった顔を触って、あたしはため息をつきたくなった。酸素の無駄なのでしないが。


 少し落ち込みながら、開演を待つ。お客さんは相変わらず女ばかり。学園側も徹底しているようだ。こんな日の検査はたいへんだろうな。


 ついに、開演のベルが鳴った。あたしはぐっと拳を握る。出番はしばらく後だが、油断はしていられない。あたしの斜め後ろにある椅子にゆったりと腰かけて、王子の皮をかぶった魔法使いは穏やかに笑った。

「大丈夫、とけない魔法はないんだよ」


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