魔法が使える王子様と悩める野獣
ちょっと短いです。
卒業までに、どれだけ会えるだろうか。ただでさえ、言葉を交わす機会が減っているのに。受験シーズンになったら見かけることすらできなくなってしまうのだろうか。以前はそれが普通だったはずなのに。触れられるほど近くにいるとわかってしまったから、高望みせずにはいられない。
悶々としていると、耳触りの良い穏やかな声があたしを撫でた。
「美女と野獣ってさ、ロマンチックだよね。姿かたちを越えて、お互いの心が惹かれあって、呪いが解けるんだ」
顔を上げずに話を聞いていると、かさかさと台本をめくる音がする。眺めながら話しているのだろうか。いずみさんの台本は、使い込まれてぼろぼろだ。
「美女は一回遠くへ行っちゃうんだよね。でも、野獣のことが心の奥深くに強く残っていたから、愛する野獣のところへ帰って、呪いが解けるんだよ」
言い聞かせるかのような口調に、泣きたくなる。あたしの美女はきっと、あたしなんかのところへは帰ってこない。
「私は友達のたけもっちゃんから頼まれてるから、たけもっちゃんが怒られないように、きみをたけもっちゃんが演じる野獣そのものにするよ。そのもふもふを着たら、きみはたけもっちゃんが演じる野獣になる。でも、もしそれでも美女が気づいてくれたなら、何かが変わるんじゃないかって思わない?」
彼女は王子様ではない。あたしは思う。キングでもない。きっといずみさんは魔法使いだ。不思議な声と存在感で、行く手を惑わし、導いていく。
「そう思いますか」
「信じる価値はあると思うけどな。私はいつもことあるごとに願掛けしては信じてるよ。突然の奇跡なんて、びっくりするじゃないか」
信じてみようか。あたしは鼻水をすする。泣いている場合じゃない。どうか気づいてとすがるのは、このままではできない。
「あたしも、信じてみます」
「そっか。じゃ、私も信じるね。さて、そうと決まったらもっと頑張って練習しなきゃだね。なんたってきみはまだ、ナツキちゃんが演じる野獣くんなんだから」
いずみさんの柔らかな手が、頭にかけたタオル越しにあたしをなでくり回す。魔法にかけられたあたしを、愛しの美女は救ってくれるだろうか。




