マルチエンディング
私は混乱していた。
こんな事なら、もっとゲームをしておけば良かった…
昔、1つだけソフトを買ったことがある。
サスペンスもので、攻撃とかをしなくていい…『謎解き』ものだった。
はじめは、選択肢を選ぶだけの簡単なものだと思った。
当時…と言うか、今のゲームもそうかもしれないが、シューティングゲームの類いは、やりこまなくては敵は倒せないし、円盤のゲームは、課金でなんとか先に行くなんて事も出来ない。
結局、自分の技量の天井までくると、飽きてやめてしまった。
が、シューティングがない、選択肢のみなら、何とか出来ると思った。
一ヶ月…ゆるゆるとエンディングまでたどり着き、そして、セーブデーターを駆使して幾つかのエンディングを手にすると、この時点で、最高の…ベストエンディングにたどり着くのが、そう簡単でない事に気がついた。
雑誌を買った。
当時、動画でやさしく教えてくれる人なんてなかった。
インターネットは、一部のコンピューターおたくと呼ばれる人たちの牙城で、動画を自由に操る技術は、インフラに組み込まれては居なかった。私のような人間は、電気屋の本コーナーか、同じゲームをする友人、の友人に聞くぐらいしか出来なかった。
それに、飲み会とか、皆でワイワイと楽しむことの方が素敵だと思える時代だった。
が、大小様々な合コンが日々、行われていたので、ゲームに詳しい人にも会う。
若い女性と言うだけで、リアル『いいね』の威力は最強だった。
当時、ゲーム人口も男性に片寄っていたので、『あのゲーム、クリヤーできないんだ。』と、可愛らしく呟くだけで、ちやほやと教えてくれるナイトを手にする事が可能だった。
そこで手にした情報で、この手の『謎解き』ものの真の恐ろしさを知る。
なんか、ガチの人は、はじめからノートを片手に、選択肢を書いて行くらしかった。
で、はじめの、どうでもいいような選択肢を間違えると、もう、ベストエンディングにたどり着けない事が判明した。
そう、はじめにヒロインの女の子にトイレに行くかを声をかけるか、かけないか、なんて、しょうもない選択肢で、その後のエンディングが変わるのだ。
そのカラクリを知り…
私に解説してくれた、合コンの男性の熱いゲーム列伝を聞き…
私は、あのゲームのクリヤーを諦めた。
そう、私は、はじめの選択で間違ったのだ。
ゆるゆるではあったが、半年は費やし、そこまで戻ってプレイをしなおす気力は無かった。
ゲームなんて面倒くさい
これが、私の下した結論だった。
それ以来、まともなゲームなんてしなかった。
いくつか、ゲームをしたけれど、最終エンディングにたどり着いたものは一つもない。
もちろん、数千円をかけて円盤を買うのだから、簡単なエンディングまではたどり着いた。
でも、ゲーム会社の人が用意した『極上』のエンディングを見たことはない。
最近、そんな昔のゲームのエンディングを動画サイトで見つけて…それを見たときに、なんだか泣けた。
長く、心に引っ掛かっていた小さなトゲがとれたような、そんなスッキリとした気持ちになった。
ゲーム…そう、RPG系のゲームは、簡単に手にするには私は、年を取りすぎたのだ。
それなのに…今、こうして、知り合いのオッサンのTS転生乙女ゲームに挑戦せねばならない事に躊躇する。
「寒いですか?」
心配そうにメフィストが聞いてきた。
「いや、大丈夫。ただ、ゲームって苦手だったと思い出して。少し、不安になってきたのよ。」
私は、小さくそう答えた。
今抱える未完が胸をよぎる。もう、未完を作りたくはない。
でも、ゲームのベストエンディングに行き着く自信もない。
「ふふ。ゲームといっても、普通にお話を作るだけですよ?選択肢を導いてあげれば、後は、剛さんが自分で物語を作り出してくれますから。」
メフィストは、とてもやさしくて、その顔に、自分が凄く不安げな顔をしているのだろうかと心配になる。。
「選択肢…」
昔、ノートにみっちりとそれを書いてゲーム攻略をした人の話を思い出した。
「はい。大まかな設定は、お嬢様がしてしまいましたが、それでも、多岐に渡って剛さんの将来は決められます。」
「将来を…決める?悪役令嬢…じゃ、ないの?」
昔の、育成ゲームのCMが脳裏をかすめた。ヒロインは囁く
『さあ、あなたはどの未来を選択しますか?』
「悪役令嬢は、職業でも進路でもありません。
王道のスパダリ結婚エンドから、女海賊まで、まだまだ、剛さんの選べる人生は沢山ありますよ。」
「エンディング…沢山…」
ハッ(゜ロ゜)
ここに来て、自分が作者だと思い出した。
私、それを…作るのよね?
プレイヤーでも、ベストエンディングにたどり着けなかったのに、脚本を作るなんて、できるわけ、ないじゃん!




