0 異世界漂流の巻 5
主人公が大ピンチだ。
楽勝連発のチーターストーリーじゃなくて悪いな。
(攻撃が、効かない!?)
慄く吉良へ、金属核の火の玉がゆっくり漂ってくる。
他の同級生が一先ず安全になった事に安堵はするが、吉良は火の玉を攻めあぐねていた。
「種岩君! 火は消したわ!」
ソフィアの声が届く。
ちらと見れば、彼女の姿も火傷した少年を囲む中にあった。
それが吉良に決意をさせる。
(俺しかやれないなら、俺がやるしかないんだ!)
吉良は走った。宙を漂う火の玉へ。
火の玉へ、拳を、上段蹴りを、次々と叩き込む!
揺らめくだけの火の玉へ攻撃を外す事は無い——が、金属核はビクともしなかった。
手を火傷し、足の裏にも甲にも激痛が走る。
さらに、火の玉はまたもや炎を噴いた。避ける事ができず、咄嗟に顔を庇った左手がまともに焼かれる!
あまりの激痛に、吉良は気が遠くなった。
(本当に戦うって、こういう事なんだ‥‥。マンガでもラノベでもアニメでも、もっとカッコよくて、簡単な事みたいだったのに‥‥)
倒れそうになる吉良。
遠くでソフィアの悲鳴が、聞こえた‥‥気が、した。
(!)
それがギリギリの気つけになったのだろう。
半ば反射的に、吉良は貫手を放った。
金属核の一点‥‥その奥が、見通せたような気がした。
快ささえある確かな手応え!
火を纏った金属核に貫手が刺さる。
ばっ、と火が飛び散ると‥‥金属核は粉々に砕けた!
同級生達がどよめいた。
(倒せた‥‥でも、どうして? なぜ今の攻撃は通じたの?)
膝をついて呆然とする吉良。
その時——不思議な事が起こった。
(なんだ!? この湧き上がる力は!)
吉良は全身に活き活きと活力が満ちるのを感じた。
急激に、己の力が数段押し上げられたような、高揚感と充足感の嵐!
手足を酷く負傷しているにも関わらず、吉良はすっくと立ちあがった。
同級生達は目を丸くする。
しかし異変は吉良の身だけではなかった。
金属核の破片が散らばる、その中央に、小さな箱が現れたのだ。
「ど、どこから?」
ソフィアの呻きは吉良の感想そのものだ。
しかし思い当たる事があり、力が溢れる自信もあって、吉良は箱に触れる。
軽く揺すり——
(仕掛けがあるな‥‥)
蓋を僅かに開け、小指を入れて——
(ここを外せば‥‥)
ピン、と何かを弾く音。吉良は箱を開けた。
小さな矢を撃ち出す機構があったが、弦は吉良により矢から外されている。
その下には、白い液体の入った小瓶が一つ。
「そういう事か‥‥」
何が起こったか大体見当がついた。
小瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
(多分、飲み薬だな)
吉良は中を一気に飲み干した。
「ちょ、ちょっと!? 怪しい物を口にするのは‥‥」
慌てるソフィア。
しかし彼女の前で、吉良の火傷がみるみる塞がっていく!
呆然とするソフィアと違い、吉良は落ち着いていた。
(宝箱のドロップ。罠の解除。中にはアイテム‥‥さっきのは回復薬だな。よくわからない宝箱の持ち歩き方といい、一瞬で治癒してくれる飲み薬といい‥‥本当に魔法の世界だ。俺の体に溢れる力は——強敵との戦いによって、レベルアップしたという事だろう)
吉良は同級生達を見渡す。
「ここを出よう。俺が先導する」
ソフィアが「えっ!?」と声を上げた。
「怪物がうようよいるんでしょ? さっき死にかけたばかりなのに‥‥」
だが吉良は落ち着いていた。
「大丈夫。弱い魔物なら、もうなんとかなると思う」
そして火傷した少年へと振り向いた。
「薬を使わせてもらって悪い。次に魔物が回復アイテムをドロップしたら、そっちに渡すから」
「あ、ああ‥‥」
戸惑う少年。それに吉良は背を向けた。
視線の先には、開いたままの扉。
(レベルアップにより罠の感知や解除もできるようになった。それも金貨の力だろうけど‥‥手裏剣みたいな模様と「忍」の文字が刻まれていたあの金貨は、何の力を秘めていたんだ‥‥?)
吉良はそれを疑問に思いはしていた。
だが今は脱出の時なのだ。
設定解説
・メタルウィスプ
不死系モンスターの一種。
HPは極端に低いが、守備力と属性耐性が異常に高い。
攻撃力も低いのだが、低確率で火属性のブレスを吹く。HPがヘボいのでダメージは低いのだが、火属性への耐性装備が無ければ無傷では済まない。
とにかく攻撃が通じない事もあり、戦いが長引くと厄介。
しかし低レベルモンスターの割には得られる経験値がやけに多く、同レベル帯の魔物より一桁上。
そのため欲をかいた駆け出し冒険者パーティが挑み、よく事故る。
確率即死発動攻撃などができなければ危険。
そんな物が無くても普通に倒せるレベル帯に達した者には、さほど旨味のある経験値ではなくなっている。