【番外編 2】カイゼル王子はわかりたい (後)
短いです。
◇◇◇
次に目が覚めた時には自分は地下牢にいた。恐らく貴族籍を剥奪されたのだろう。
やって来た足音に顔を上げれば唯一の血縁である二人の兄が立っていた。愚か者と詰られるかと思ったが激昂しやすい次兄すら通夜のように静かだった。
兄である新国王から告げられたのは俺の貴族籍剥奪。領地に封じられた身で勝手に抜けたこと、職務放棄した上に共和国に密入国し惨事を引き起こしたことすべて許されることではないと告げられた。
処刑の意見も出たがそうなると祖父上や母上、ドゥーパント家も見合った罰にしなければおかしいだろうということになり、母上と同じ幽閉となった。
ただし場所は母上と別で、一年以内に毒杯を飲むことになるらしい。
苦役の話もあったがカイゼルをまた利用する者が現れるとも限らないと反対され幽閉以外の執行猶予は得られなかったそうだ。
「開戦はしたのですか?」
「していたらお前の首と胴体はすでに切り離されている。そして私達もな」
ということはなんとか戦争は回避できたらしい。だからこその俺への処刑が決まったのか、と思った。
「お前をヘンダーソン侯爵領に手引きしたのはブランツ家の手の者だった」
カイゼルは王家に監視されていたが監視が薄い場所を狙ってカイゼルとコンタクトを取りメイアの噂で釣ってヘンダーソン侯爵家に潜入させたようだ。
見たことがない者達だから違うと思っていたがそこでも間違っていたらしい。
僻地を治めるカイゼルに政治的価値などないとアピールしてきたはずだが無駄だったようだ。そしてまた踊らされ傀儡にされたことに内心悔しく思う。
なにせカイゼル以外の侵入者はメイアとジュリアスディーンを亡き者にするつもりでいたし、カイゼルが御せるならメイアを犯させジュリアスディーンから奪わせようと祖父上は考えていたようだ。
ハイネック伯爵令嬢らは侵入の手引きだけでジュリアスディーンに近づいたのは彼女の暴走らしい。父親の伯爵はできた娘だからできるだけいい家に嫁がせてやりたいと思って口を出したに過ぎなかった。
「その者達はどうなりましたか?」
「……戻ってこれたのはお前だけだ」
他国扱いなので詳しくはわからないらしいがカイゼル以外捕まった侵入者は全員処刑、ハイネック夫妻も離縁し母娘は平民として処刑されたらしい。
惨いことを、とは言えなかった。自分は冤罪で無実の令嬢達の尊厳を奪ったのだ。ここで反論すれば自分はもっと惨めになる。
国内では祖父上が毒杯を賜ることとなった。俺を使いメイア達インジュード夫妻を暗殺し共和国を崩壊させようとした企みが露見したのだ。
しかもカイゼルが領地を空けていた間に他国にいるブランツ家の外戚を呼び寄せ戦争を起こしたのである。
その戦争は新王妃の実家である公爵家一派が団結して叩きのめしたが、計画ではブランツ家と崩壊した共和国のブランツ派閥の者達で王家を挟み撃ちし国を乗っ取ろうと画策していた。
ブランツ伯爵当主でもない老人が悪戯に国を脅かし他国に自治領を一時的でも占領させたことは許しがたいとして、兄上は祖父上に毒杯を飲むよう言い渡した。
祖父上は自分が死んでも兄上達や俺がいるからブランツ家の血は残ると笑っていたそうだ。
だが俺が幽閉になりブランツ伯爵家が没落すると知るととても激怒したらしい。
血筋は絶やすことはできないが家を没落させると決めたのは兄上なりの決別なのだろう。
それを感じ取った祖父上はどうにかブランツ家を存続できないか喚いたが誰も取り合わず、毒杯を飲んだ際は手駒達に邪魔されないように王家が直々に見届け、遺体も仮死ではないか念入りに調べあげた。そして最後に火葬をして灰は川に流した。
「もう大分弱っていたから飲ませるほどでもなかったが、あの方が生きていると迷惑を被る者が増えるばかりだからな」
死んだ後も祖父上は何かしらの爪痕を残していそうだと思ったがそれは言わなかった。火葬して灰を川に流すくらい兄上達も祖父上を恐れているのがわかったからだ。
沈黙が下り黙っているといきなり次兄が叫んだ。
「なぜ、インジュード夫人に会いに行った?!危険が迫っていると知ったなら私達に言えばいい話だろう?
なのになぜ自ら出向いた?!なぜ領民を置いて警備を怠った?!なぜ自分の寿命を縮めるような真似をした?!」
感情的に叫ぶ次兄に本当にそうだな、と思った。
結局のところメイアに俺の助けはいらなかった。
なんと言っても傍らにジュリアスディーンがいるのだ。あいつの手が回らなくても俺の出番はきっとなかっただろう。
ならなんで行こうとした?誰かの手を借りなければ何もできない俺が。伯爵代理でしかない俺が。
メイアの友人達を貶めた俺がどんな顔をしてメイアに会うつもりだったんだ?
「兄、上……彼女達はメイアの友達のピンデッド嬢とチェスター嬢は今どうしているか知っていますか?」
「二人共お元気だと聞いている。ピンデッド婦人はまだ記憶が戻らないが快方に向かっていると報告が来ている。
インジュード夫人は今も二人に会いに行っているそうだ」
確かに俺は間違えたんだろう。
メイアを見ているようで見ていなかった。メイアは彼女達をとても大切に想っていたのに、俺は後悔をしたフリをしていたんだ。
兄上がなんで彼女達を知っているのかと聞けば二人がああなったのは王家にも責任がある。だから注視し必要なら援助していくのだと答えた。
俺は彼女達に何もしなかったのに。
なんて情けない奴だと視界が歪んだ。
「お前がバカで愚かなのはインジュード公爵夫人を一目見ようとしただけ。あわよくば助けようとしただけだ」
そのお陰でジュリアスディーン殿に命を助けられたがな、と落とされた言葉に胸が抉られる。
そうか。俺はこんなになってもまだメイアに許してもらえると、俺を見てもらえると思っていたんだ。なんて愚かで大馬鹿者なんだろう。
「諦めの悪いお前に一応だが伝えておくよ。インジュード夫人は現在二人目を妊娠されている。一人目は男児だそうだ。だから母上が言っていた言葉は鵜呑みにするな」
涙が零れた。そうか。メイアは子が生めるのか。そうか。
「よかった」
ホッとしたような浮き上がったような気持ちのままカイゼルは兄達に向かって平伏し地面に頭を擦り付けた。
「国王陛下、ジゼルド王子殿下。この度は申し訳ありませんでした」
本当はメイアにも謝らなければならないのだけれどそれはもう叶わないだろう。
だから彼女達の分も込めて頭を下げれば次兄が「本当、バカな弟を持ったよ」と震えた声が聞こえた。
その数日後、カイゼルは王都から遠い場所に幽閉され一年後に毒杯を賜った。
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