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【番外編 2】カイゼル王子はわかりたい (中)

 


 それはそれで少し異様で気持ち悪い気がしたが、ハイネック伯爵は手を揉み饒舌に語った。


「つきましてはインジュード公爵様に折り入ってお願いがありまして。娘のユリアーヌをインジュード公爵様のお抱えの侍女に取り立ててほしいのです」


「……ほう?」


「親の私がいうのもなんですが娘は見た目も美しく聡明です。ですがここでは娘の才能を発揮できる機会はほとんどないでしょう。

 インサルスティマ王国のインジュード公爵様ならば娘の素晴らしい才能を開花させ活躍できる女主人に育て上げることができると思うのです。また娘ならばいろんな面でインジュード公爵様のお役に立てるでしょう!」


「わたし、ジュリアスディーン様のためなら生涯をかけてお仕え…いえお支えしますわ」


 あまりにも身勝手な話にカイゼルは開いた口が閉じれなくなった。

 なんで侍女に取り立ててほしいのに女主人になるんだ?しかも色々お役に立つってそういうことだろ?そういうことだよな??


 ドゥーパント姉妹やアニータ男爵令嬢のことを連鎖的に思い出したカイゼルは頭痛を感じて頭を押さえた。

 何がお支えします、だ。貴様なんかがメイアに勝てるわけないだろう?!さっきの美しい姿を見たよな?!貴様の目は節穴か?!


 何考えてるんだ?!と内心憤慨しているとハイネック嬢は更に続けた。


「それにジュリアスディーン様がご結婚されてから早数年経っておりますが、ご夫人の懐妊の知らせはまだないご様子。聞けば妊娠しにくいお体なのだとか。お可哀想ですが体質はどうにもできませんよね」


 いかにも不憫だと同情めいた悲しい顔をするハイネック嬢に、ジュリアスディーンの笑みは変わらないが目はどんどん冷ややかに鋭さを増していった。

 おいもうやめろ。何も言うな。命が惜しいのなら。


「ですがご安心ください!ハイネック家は多産家系です!わたしならばジュリアスディーン様の後継者を立派に生めますし、男児のみとは言わず男女複数生める強い体ですわ!

 ジュリアスディーン様がご不在の時はわたしの実家や兄弟達と協力して家と子供達を守っていきます!」


 バカだろ。絶対バカだろ。それ簒奪って言うんだよ。

 インジュード公爵夫人の地位の乗っ取りだけじゃなくてインジュード公爵家自体を簒奪する旨を申告するなんてバカしかいないだろ。


 心の中で罵声を浴びせたが、全部自分に返ってきてしまい一人悶えた。まるであの時の愚かな自分を見ているような気分だ。



「ジュリアスディーン様。どうかわたしを連れていってください!そしてどうかわたしをあなた様の妻に……」


 その瞬間バチン、という大きな音と発光にハイネック嬢の手が弾かれ、そしてその手から火が出て燃えた。


「きゃあ!きゃあぁあぁっ」


 驚いたハイネック嬢は手を振るがそれくらいで火が消えるはずもなく周りは騒然とした。ジュリアスディーンは踊るように燃える手を振り回すハイネック嬢を眺めていたが肩まで火が回ると水魔法で消し止めた。


「痛い、痛い……ジュリアスディーン様、助けてくださりありが」

「このお守りはね、私の妻が丹精込めて作ってくれたものなんだ。危険や悪意がある者が触れると火花が走り対象物を燃やして敵から私を守ってくれる。

 付与魔法にしては少し変わっていて面白いだろう?

 メイアには義姉上と私が作った物をひとつずつ渡してある。………ああ、あちらも首尾よく捕まえたようだね」


 どこからともなく男の悲鳴が聞こえ、ジュリアスディーンは狡猾に笑った。


「なんで?わたしはただ、ジュリアスディーン様のために!インジュード公爵家の存続を心配して進言しただけなのに!!」


「それこそ傲慢な話だな。本当に必要ならこちらから要請する。だがそれでも君達に話が行くことはないだろう。

 急遽陞爵した伯爵家で家格も合わなければインサルスティマ王国の貴族でもない。

 正妻であるメイアに挨拶もなくまっすぐ私に媚を売ってくる態度も不快だ。夫婦の話に妻の意見を聞かずに決めるような傲慢な夫だと思われてるのも不愉快だよ」


 そう言ってジュリアスディーンが片手をあげるとハイネック父娘はあっという間に拘束された。


「目を覚ましてジュリアスディーン様!いくら侯爵令嬢だからって子供が生めなければ役立たずだわ!だから子が生めないという汚名返上をわたしがしてあげると立候補しているんです!」


「そうです!石女では今後外交にも問題が起きるでしょう!!共和国と強固な結びつきを作るならやはり両国の間に子をもうけるべきなのです!!

 公爵の子を生むことができるのは我が娘しかおりません!!」


「黙れ。痴れ者が」


 普通に発したようで地を這うようなおぞましい声色にここぞとばかりに叫んでいたハイネック父娘が口をつぐんだ。


 そして次の瞬間、拘束していた者達の手を離れ二人はいきなり大理石の床に頭と体を強く打ち付けた。


 貴族なら大なり小なり魔法を使える者がいるが魔力の残滓を視覚化できる者は少ない。

 だから何が起こったのかわからず戸惑っている者が大半だが血筋のお陰でそこそこ強い魔力を持つカイゼルはジュリアスディーンの魔法に戦慄していた。


 重力の魔法なんてレア中のレアじゃないか。四属性だけじゃなかったのかよ。


 ジュリアスディーンが扱える魔法は、派手な演出ができて貴族の間では一番ポピュラーな四属性だけだと思っていた。

 そうでなくとも大抵はひとつかふたつ使えるようになれば貴族として合格点を貰えるし、属性を極めるのも立派だとされていた。


 だがジュリアスディーンは四属性をすべて使いこなし、いくつかは属性魔法を極めているという噂もある。その上で他の魔法も使えるなんて人間じゃない、と思った。


 ダスパラード王国で会った時は制御装置をつけていたから被害が少なかったが、今夜は見る限りつけていない。だとするとハイネック父娘はもう助からないかもしれない、と思った。



「ハイネック伯爵。君はブランツ伯爵と繋がりがあるようだな」


 いきなり出てきた名前に肩を揺らしたがジュリアスディーンの目線はハイネック伯爵に向いていた。

 聞けばブランツ伯爵の親戚らしい。だがハイネック家はブランツ家傘下というよりも義姉である新王妃の傘下だったはず。

 領地がチェスター伯爵領やピンデッド侯爵領に隣接していたため共和国に属することを選んだ者のはずだ。そんな風に伯爵が訴え周りの貴族にも同意を得ようとした。


 しかし周りはジュリアスディーンに耳打ちした貴族以外無言で彼らを見ているだけだ。


 ブランツ家との繋がりなんて……と思っていたら伯爵が娘の方を恐る恐る見遣った。


「その娘は後妻の連れ子だそうだな」

「いえ、ですが、妻は平民でして」

「元貴族と言っていただろう?だから教養があると。伯爵夫人でも問題がないと。娘は特に教育しなくても聡明でなんでもできると先程言っていたではないですか」

「あ、ああ……」


 震える伯爵に固唾を呑むとジュリアスディーンがいきなりカイゼルを見たので驚いた。まさか気づかれてると思っていなくて目を泳がせたが名前を呼ばれ前に出るしかなかった。


 ようこそカイゼル殿、と促され前に出たが針の筵だった。突き刺さる視線が痛い。なぜここにいる?という目がいくつも向けられていて嫌な汗が流れた。


「彼女を見て思い出さないか?」

「え、いえ、彼女とは初対面で……」

「そんなことはない。見覚えがあるだろう?瞳の色、顔だち、髪の色も同じだと聞いたぞ。この中で会って話したことがあるのは君だけだ。よく思い出してくれ」


 ハイネック嬢と向き合わされ、ジュリアスディーンは俺の肩に手を起き囁いた。答えを知っているなら教えてくれればいいのに思い出せと目が訴えている。


 知らない。会ったことがない令嬢だ。

 だから知るはずがない。

 知らないと一言言えばいいだけなんだ。



「…………セバス、か?」


 なのに俺の口は勝手に動き、発した名前に驚いた。

 セバス、それは執事によくある名前だ。本名が呼びにくかったり主人の意向で役職で名前が決まっているところが多い。


 ブランツ家もそうだった。俺の執事も祖父上の執事も。そしてメイアに毒物を渡した執事の名前も。


 見覚えのあるアッシュブラウンに碧色の瞳、尖った顎に鷲鼻、記憶の扉が開き忘れかけていた情報が一気に溢れ出た。

 そうだ。この顔を知っている。父親を俺は知っている。



「やはりブランツ家の元執事だったか」



 娘は父親似だったんだな、と懐かしいような気分になり目尻を潤ませるとカイゼルの温かな気持ちを凍らせるような声が聞こえた。


 そうだ。ここはヘンダーソン侯爵家。ブランツ家は天敵であり毒殺未遂に手を貸した執事の娘を易々と許すはずがない。

 けれど執事は身を以て罰を受けたし今でこそ母娘は再婚して幸せになったが不幸も十分味わったはずだ。


 ハイネック嬢が俺を見つめ「助けて、」と涙を流し訴える。それは自分とダブって見えて贖罪はもう十分じゃないのか?と思った。


「知りません。こんな娘など見たことがありません」

「だが、君は今セバスと言ったと思うが?」

「セバスなんて名前はどこにでもあるでしょう?」


 違う。セバスの娘ではない、そうジュリアスディーンに返しまっすぐ奴を見据えれば、あっさり視線が逸れた。よし、なんとか誤魔化せたぞ。


 そう思えたのはほんの数秒だった。



「憲兵を呼んでください。この令嬢と夫人を引き渡します」

「ジュリアスディーン殿!!」

「ハイネック伯爵。共倒れしたくなければ今すぐ離縁することをおすすめしよう。家族を愛しているあなたに告げるのは酷だがこのままだとあなたは共和国で生きていけなくなる」

「ジュリアスディーン殿!!」


 なんてことを言うんだ!と怒ればジュリアスディーンは呆れた顔でカイゼルを見下ろした。


「君はどちらの味方なんだ?」

「え?」


「過去のことなど忘れて目の前にある幸せを噛み締めて生きていけば良かったんだ。それなのに彼女はありえない欲をかいた。

 メイアが石女だ、なんてなぜ平民だったあの娘が知っている?共和国内はメイアを慕う者が大勢いる。そんな侮辱を口にする者がいれば忽ちその家は居場所をなくすだろう。

 それを知っているということは二つに別れる前の、毒殺未遂事件を知っていて、かつヘンダーソン侯爵家に因縁があるということになる」


 真っ青になったハイネック伯爵が床に頭を擦り付け逆らう気持ちなど一切ないと叫んだ。


 そこでカイゼルはやっと気づいた。自分が口を出せば出すほど事実が詳らかになっていくが、公の場で話したことで伯爵の罪が重くなっていくのでは、と。


 メイアと再会した俺はなんとかメイアと結婚しようと、再婚約しようと、好かれようと必死に縋った。

 だが縋れば縋るほどメイアの拒絶は強くなり好かれていなかった現実も、信用されてなかった事実も、嫌われていた理由もすべて知ることとなった。


 結果としては納得せざるをえないと事実を呑み込んだが、そのせいで俺の心はズタボロになっていた。


 その苦しみが伯爵に起こっているのでは?と焦ったカイゼルは勿論メイアの味方だと訴えた上で令嬢は過度な心配をして先走っただけで他意はないと返した。

 だって後継者が生めないなんて恥じゃないか。だからハイネック嬢は過剰反応したのだろう。


 俺が女なら代理出産をさせてでも生めない事実を隠すだろうし。これはメイアを守ることに繋がるのだと本気で思った。


 そんな男本意なことを考え、すでに大勢の前でメイアの名誉が辱められている事実を失念したカイゼルは、ハイネック伯爵達はメイアを侮辱していないしブランツ家とも無関係だと断言した。



「……また間違えたな」


 ボソリと聞こえた声に目を瞬かせると両腕を後ろに回され拘束された。

 何をする!俺は王子だぞ!と言おうとして言葉を呑み込む。俺はブランツ伯爵だった。しかも伯爵代理でしかない。

 伯爵でも恥ずかしいのに代理なんて挨拶もできないと考えていたカイゼルは王子という肩書きを未だ捨てきれずにいた。


 膝をつかされ、見上げた先には凍えるような目で見下ろすジュリアスディーンがいた。


「君はまた間違えた。メイアを想うなら大人しく伯爵代理をしていればよかったんだ。それなのに余計な正義感を振りかざしてまたメイアを傷つけた。

 私に媚を売り、許しもなく名前を呼んだ。それだけで十分罰せられるのに、彼女は公の場所で、事実無根の嘘でメイアを辱めた。それが問題なんだ。ブランツ家など関係ない」


 空気が重くなる。背中に重石を乗せられてるようだ。確かにそうだ。ブランツ家のことがなくても彼女達が放った言葉は礼儀を逸脱していた。


「メイアの味方と言いながらメイアを亡き者にしようとした執事の娘を助けようとするなんて。君の差別主義(正義感)には反吐が出るよ。

 結局、君は自分のことしか見えていないんじゃないか」


 重さにたえきれず額を床に打ち付けるとフッと体が軽くなった。重力魔法が解除されたようだ。そしてジュリアスディーンは思ってもみない爆弾を落とした。



「ダスパラード王国に伝えよ。元第三王子であるカイゼル・ブランツ伯爵代理がヘンダーソン侯爵家に侵入しインジュード公爵夫妻を暗殺しようとしたと。

 こちらはいつでも開戦できる、ともな」



 待ってくれ、そんなことしないでくれ。そう言いたかったのに一言も発せず、カイゼルの記憶はそこで途絶えた。






読んでいただきありがとうございます。

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