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(28) 愛は一途がいい

 


「だ、だったらあなたが止めに入ればよかっただろう?!セシールと友人なのだから!冤罪だと言うならその時に助けに入れば良かったじゃないか!

 あの場にいなかったということは、助けなかったと同義!ということはあなたも同罪だ!セシールを見捨てたのに正義面するな!」


「……行きたくても行けなかったのです」


 ギリ、と歯を食いしばり元公爵令息を睨みつけると、彼は悲鳴を上げ逃げようと身を捩った。しかし騎士達に拘束されていて何もできなかった。


「わたくしはあの時、王妃殿下の命令で王妃教育をするために王宮に行っていたのです。なので駆けつけたくても駆けつけられませんでした」


 視線を王妃に移すと彼女は目を泳がせ俯いた。


「?……え、何を言っているんだ?俺は王子なのだから王妃教育を優先し受けるのは当然のことだろう?」


 沈黙が続いた後、不思議そうな声で呟くカイゼルに上の王子達は苦々しい顔を向けた。


「学業を放棄してまで、ですか?」

「え?」

「わたくしはヘンダーソン侯爵家当主となるための勉強をしてきましたが学業に差し障るようなスケジュールは組んでいませんでした。

 また第三王子殿下は婚約を結んだ際に臣籍降下されることが決定しており、第一王子殿下、第二王子殿下のように帝王学を学んではいないはずです」


「え……え?」


「だというのにわたくしは婚約を結んでからというもの、一日も欠かさず王妃教育を学ばされました。一日も欠かさず、です。

 この王妃教育を優先し学園を休んだことが度々ありました。睡眠時間が足りず寝不足で授業を受けたこともあります。

 この件はわたくしの両親、学園理事長、宰相閣下、国王陛下が証人となってくれるでしょう」


 この国では第一、第二王子までが帝王学を学んでいる。王太子となれば更に機密事項を扱うことになるが不足の事態に国政に携われるよう、スペアの第二王子までは同じように教育されてきた。


 第三王子であるカイゼルも国王が指示すれば学ぶ機会があっただろうが三男はスペアの必要もなく、王妃がどうしても手元で育てたいと言ったため長男次男と取り上げてしまった国王は王妃を慰めるためにカイゼルの教育を任せた。


 そのため実はカイゼルには国政に関わる権限も知能もほとんどなかった。


 稀に本物の天才が教えてもいないのに必要な能力を会得していることもあるが、カイゼルの『天才』は王妃達が広めた噂で彼に天才とおぼしき能力が見られたのは学園に入る前までの話だ。


 学園を出ればカイゼルよりも能力があり爪を隠したまま波風をたてずにひっそり過ごしている者がいるし、カイゼル程度の天才なら学園にもゴロゴロいるということを本人だけが知らなかった。

 また知識も権限もない彼がサロンで語り合った国の未来など単なる『ままごと』でしかないということも理解していなかった。


「たとえ必要だったとしても第三王子殿下が帝王学を学べばよろしい話ですし、わたくしが学ぶにしても『王()妃』教育でよかったはずです。

 わたくしは物覚えが悪く教養もないと王妃殿下がお茶会で毎回零すほど出来が悪かったようですし、学業や侯爵当主としての勉強、学園での社交を疎かにしてまで王妃教育を受ける必要などないと常々思っておりました」


 王妃教育は本来王太子妃が受ける教育で、臣下でしかないメイアが受けていいものではない。王子妃教育もあるのだと驚いているカイゼルに、無知って悲しいわね、と遠い目をした。



「わたくしが友人達を助けに行けなかったあの日。

 それ以前からわたくしは学園での授業をまともに受けられないほど王妃教育に時間を取られていましたの。

 第一王子妃様よりも長く厳しく教育をされておりましたが、その内容を知っていますか?王妃教育とは名ばかりの、王妃殿下の使用人としてこき使われていたのですよ?」


「なっなっなっ!何を言うの?!そんな嘘誰も信じないわよ?!」

「信じなくても構いませんわ」


 自分の名前が出てきて王妃が反応したがメイアが腕を見せると顔を強張らせ言葉を飲み込んだ。


「お懐かしいでしょう?王妃殿下が加減をしてくださらないからこんなにも痕が残ってしまいましたの。

 でもこれのお陰で王妃殿下は機密情報を漏らしていたのではなく、わたくしを単に虐待していたのだと認められたのですよ?」

「な、な、……っ」

「インジュード夫人。その傷は王妃殿下が?」


 真っ青な顔で震える第一王子に腕を見えるように差し出した。その痕はみみず腫れが何本もできていて、第二王子やカイゼルも驚愕していた。


「ええ。その通りですわ第一王子殿下。あなた様のお妃様も()()()()はあるかもしれませんが、王妃殿下はわたくしが痛そうに顔を歪めるのが特にお好きらしく、ことあるごとに鞭で打たれましたの。

 そのまま結婚できればよいですが、こんな傷があるだけで女の嫁ぎ先がなくなってしまいますのに王妃殿下はそれすら面白がられて……そこまで忌み嫌われているのかと毎夜心を痛めていましたのよ」


「うっ嘘をつかないでちょうだい!それは……、そう!あなたの夫につけられたものでしょう?!その公爵は戦争で他国も自国の民も関係なく冷酷非道の限りをつくしてきた男なのよ?!

 人を痛めつけることが好きなのだから自分の妻にだって同じことを、ぎゃあ!!」


「黙れクソババア。殺すぞ」


 自己弁護をするためにジュリアス様のことまで引き合いに出し貶した王妃にぶわりと殺意を向けるとその前に見張っていた騎士が王妃の髪を乱暴に掴み、なにかを囁いてから思いきりソファの座面に顔を打ち付けた。


「……失礼いたしました」


 手についた髪の毛を周りに見えるように叩いて払い、こちらに向かって深々と頭を下げる。


 ジュリアス様が連れてきた騎士達は実力者が多いが、自国のことやジュリアス様のことを悪く言われると見境がなくなってしまうきらいがあった。

 最近はそこにメイアも含まれたらしく王妃が喋れば喋るほど騎士達の殺気が強くなっている。


 ジュリアス様が、いえわたくしが許可を出したらあの騎士は一人でこの部屋全員を無力化させてしまうだろうなと容易に想像できた。それも抜剣無しでの制圧だ。


 打ち所が悪かったのか鼻血を出している王妃を大人しくなったということで見て見ぬフリをしてカイゼルに向き直った。



「わたくしの友人達が断罪された日は学園の創立記念パーティーでした。急用でもなければ大抵の生徒が参加できるものです。

 本来ならわたくしも参加できるはずでしたが、授業でないのなら王妃教育を優先するようにと言いつかり欠席することとなりました。

 入場の際、パートナーを同伴する旨が書かれてあったのですが第三王子殿下からの御連絡は来なかったと記憶しております。まあ王妃殿下からわたくしの欠席の御連絡が行ったのでしょう」


 わたくしの連絡係はドゥーパント伯爵家の姉妹に立ち塞がられ『欠席するにしても本人が来ないなど無礼にあたる』と難癖をつけて追い返されている。なのでカイゼルに届くことはなかった。


 その後、カイゼルはドゥーパント姉妹を両腕に侍らせ入場したと嬉々とした王妃から聞かされた。順調にわたくしはカイゼルに嫌われているという噂を広められて姉妹は喜んでいただろう。


 カイゼルからの連絡?そんなものが来ているのならわたくしはパーティーに参加できていたでしょうね。だってわたくしは彼の婚約者なのですから?


 連絡を怠った上にわたくしの予定も知らなかったカイゼルは顔を強張らせ罰が悪そうに背けた。



「ですが王宮にあがったところ、その日は王妃殿下は陛下と観劇に向かったと言伝てをいただきましたの。

 帰ってくるまでに王妃殿下が使用する部屋すべての掃除、寝具の洗濯、ドレスの補修をするようにと使用人でも悲鳴をあげそうな仕事を()()()やるよう任されたのです」


 行ってみてビックリ。いつも詰ってくる王妃がいなかったのは良かったが置き土産として渡された仕事リストを見て目の前が真っ暗になった。

 その紙をまだ持っていたので見せてあげると国王は顔を覆い、王子二人は王妃を化け物を見るような目つきで凝視した。


「皆様ご存じの通り、王妃教育で必要なのは使用人の知識や能力ではありません。それは王子妃教育でも学ばないでしょう。

 王妃殿下は……そういえば王太后様が儚くなられてから婚約されたのでしたわね。

 王妃殿下すらまともな教育を王太后様から施されていないのですから、わたくしに何を教えればいいのかわからないのも仕方のないことなのでしょう」


「………」


「心優しい使用人達の何人かは率先してわたくしを手伝ってくれましたわ。とてもいい方々でしたの。

 ですがその後どうなったと思います?

 わたくしがどんなに隠しても王妃殿下は看破し、その使用人達を手酷く罰してしまうのです。ですからすべて自分一人でやらなくてはなりませんでした」


 今思うと誰かが告げ口していたのでしょう。王宮は伏魔殿と申しますし、わたくしの足を引っ張りたい誰かが王妃に報告していてもおかしくはありません。


「しかし午後に洗濯しても乾くまでにはかなりの時間が必要です。シーツはとても重くてなかなか乾きませんのよ?

 そして乾かなければ仕事を完了したことにならず、その後にはシワができにくいように糊付けもしなくてはなりません。すべてが終わるまで帰宅を許されませんでした。

 わたくしが家に帰り、友人達の経緯を知ったのは彼女達が王都を去った後のことでしたの」


 メイアの言葉で王子二人は青ざめた。このいじめのような王妃の仕打ちは今回だけではなかったのだと、それがあの腕の傷に繋がるのだと気づいてしまった。


「この王妃教育のお陰でわたくしやヘンダーソン侯爵家は長らく第一王子派、第二王子派の方々に敵視されてきましたわ。

 それはそうですよね。だって臣籍降下するのに次期当主が王妃教育を受けていることになっているんですもの。

 いえ、王妃教育だとわざと噂を流されていたのかしら?

 第三王子殿下を国王にするべくヘンダーソン侯爵家は王妃殿下やブランツ公爵家と協力し合い簒奪を狙っているともっぱらの噂だったのですよ?」


「そん、まさか…っ…」


「講堂での一件であなた方が最後まで気持ちよく断罪ができてしまったのも、わたくしに連絡が行かなかったのも、学園側が第一、第二王子派の方々ばかりだったから。

 ですからね、殿下。わたくし達の婚約解消は大半の貴族が喜んだんですよ。国家転覆の危機が去ったと。その中に王妃殿下もいらっしゃいますがまあそれはご愛敬ですわね」


 ひとつ深呼吸したメイアはカイゼルと膝をつき絶望した顔をしている令息二人を笑顔で見据えた。扇子を持つ手が震え、ミシミシと軋んだ。



「わかりますか?わたくしの気持ちが。駆けつけられなかったわたくしの悔しさが。わたくしの悲しさが。

 あなた方のくだらない茶番のせいでこの国で大切にされるべき至宝が二人も失われました。その損害を金額に換算すればあなた方が貴族として一生働いても取り戻せないものでしょう」


「「……」」


「第三王子殿下。ヒントはいくつもあったのに何一つ気づかずなにひとつわたくしの願いを叶えてはくれませんでしたね。

 そしてもっとも愚かな方法でわたくしの信頼を失いました。

 婚約解消が不当だと言わんばかりに叫んでいましたが、王子という地位がありながら、一番近くにいて心を寄せるべき相手の状況をまったく理解していなかったなんて……あなた、誰と婚約なさっていたの?」


 なんのために長袖や丈の長い手袋をして学園に行っていたのか、違和感がある姿でカイゼルと踊っていたのか。

 サロンに頑なに行かなかったのはなぜか。領地の話をわたくしからしたことなどなかったのはなぜか。カイゼルは自分に都合のいいようにしか解釈してこなかった。


「そんな……なら言ってくれれば、」

「味方である行動を何一つ示さず、わたくしの言葉を一度も真面目に受け取ってくれなかったあなたの何をどう信用して告げれば良かったの?」


 最悪だったのは講堂で行われた婚約破棄に関する調査書には『誰か』は伏せられていたが『ある方の指示を受けてセシール様とマディカ様は男爵令嬢を苛めていた』という記述があった。


 彼らの言い分では男爵令嬢に嫉妬したセシール様やマディカ様は嫌がらせを繰り返していた。そこに指示役もいたと言われれば大概の者はメイアを思い浮かべるだろう。

 それを踏まえカイゼルが側近達と一緒になって男爵令嬢を庇えば大衆はどう思うか。

 カイゼルはその指示役を確認せず、ただただ目の前の可哀想なお友達に囚われ相手を罰した。



 この件でカイゼルは王妃やドゥーパント姉妹、サロンメンバーと結託し、ヘンダーソン侯爵家をまるごと処刑する気なのだとメイアに思い込ませた。


 それだけの恐怖が友人達の断罪にあったのだ。



「わたくしが我慢すればうまく行く、だなんて思わなければよかった」


 目を閉じれば二人が思い浮かび目尻に涙が滲んだ。

 大切な人達を奪われたわたくしが学園に思い残すことなどない。浮気を認めず正当化する婚約者などたとえ王子でも必要ない。


 さっさと卒業してセシール様とマディカ様の汚名をどうやって晴らすか、それだけを考え奔走した。

 孤軍奮闘もいいところだった。手立てができた時にはもう手遅れだったのだもの。



 彼女達のことを聞いたわたくしは泣き叫んだ。わたくしがもっとしっかりしていれば、カイゼルと良好な関係を作っていればと。

 王妃の傀儡なのだとわかっているのだからカイゼルを自分の都合のいいように操作すればいいのだとわかってはいたのだ。

 けれど婿入りするとはいえ王子にそんな恐ろしいことができなかった。情などとっくに冷めていたけどそこまで非情にはなりきれなかった。


 何もできなかった自分を責め、自分にはもう愛される価値も愛する資格もないのだと落ち込んでいたわたくしは留学先でジュリアス様と出会った。


 出逢ってはじめの頃はジュリアス様に極力会わないようにしていた。好意的な視線も、わかっているような素振りも癇に障って嫌だったのだ。


 それが変わったのは一枚のカードだった。なんの変哲もない無地のカードにお薦めのケーキ屋が書いてあった。

 普通はお礼やメッセージに使うのに変な人だと思った。


 それが花に変わってもその季節に咲いているものを組み合わせ、花言葉もあるようでない色味が綺麗なものを気軽に贈り、口説かれるようになってからは『愛する』、『君を想う』といったストレートな花言葉がある誰もが知っている花を贈るようになり、特別な日はリボンも特製になり花を更に美しく際立たせた。


 お陰でわたくしの部屋はジュリアス様から贈られた花でいっぱいになり彼の愛情の深さを知った。

 添えられたカードや手紙も言葉一つ一つに愛を感じたし、文字からもジュリアス様がわたくしを想っているのだというウキウキとした気持ちが伝わってきてそれを見るだけで微笑んでしまうこともあった。


 何度も読み返したり、インサルスティマ王国には贈る紙の色にも周りを象る模様にもこだわりや意味があるのを知った。

 それらをジュリアス様はひとつひとつ、わたくしのためにご自分で選んだのかと思うと胸がいっぱいになった。


 会えばわたくしが感じたことは間違いなかったのだと確信させられるように熱を帯びた瞳で一心に見つめ、一切脇目も振らなかった。

 自分にそこまでされる価値はないと拒絶したこともあったがジュリアス様はそんなことまったく気にせず、わたくしに絶え間なく無償の愛を注いでくれた。


 それはカイゼルからは一度も感じたことがなかった情熱と誠意だった。







読んでいただきありがとうございます。

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