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(21) 王子は人の心がわからない / カイゼル視点 4

 


 国王は国王で王妃の実家だからと散々口を出され煮え湯を飲まされてきた。その原因が取り払えるかもしれない、そう思った途端ニヤつきが止まらなくなった。

 王妃には情はあったが義父であるブランツ公爵のことは大嫌いだったのだ。


 ブランツ公爵を蹴落とせる機会がやってきたのだ。それを逃すわけにはいかないと笑みを隠しながらこう伝えた。


「王妃は不安だと思うがブランツ公爵家は代替わりすべきだろう。なにせ義父上は使用人に命令してドゥーパント家に毒を渡した。

 特に可愛がってきたカイゼルの婚約者を身勝手にも取り上げようとしたのだ。

 執事は処罰されているが準王族の命はその程度で賄えるほど安くはない。本来ならブランツ公爵も裁かれるところをそなたの嘆願に応え執事までにすませたのだ。

 だがこれ以上は許すことはならない。ドゥーパント伯爵家を庇うと言うならブランツ公爵家にも責任を問わなければならない!」


「そんな…!」


 厳しく伝えると母上が今度は本当に泣き出した。さっきのような大声ではなく貴族らしく上品に泣き、ブランツ公爵家を罰すればどうなるか大変なことになるぞと訴えたが父上は聞かなかった。

 ジュリアスディーンへの配慮もあったが大半はブランツ公爵への仕返しで、老害を追い出せることに嬉々としていた。


 当のカイゼルはそんなことを知らず父上でも母上に勝てるものがあるのかと驚いたが、祖父がいなくなることは国にとってかなりの痛手なのでは?とも危惧した。


 ブランツ公爵家は筆頭とまではいかないが二大派閥の片方である。もう片方は第一王子の妻なので均衡を保ってきたがブランツ公爵家はドゥーパント伯爵家とゲイルの公爵家があったからこその大きさだった。

 その一角が力を落とすとなればブランツ公爵家は瓦解してしまう恐れがある。


 しかも第一王子が国王になれば妃の親族一派が我が物顔で王宮を闊歩し母上側についていた貴族らに圧力をかけ戦力を削ってくるかもしれない。


 母上からは今ブランツ公爵家の傘下にいる貴族達はすべてカイゼルのものになるのだと常々言い含められてきた。

 だが引き継ぐのは祖父上が引退してからだと聞いていたので、長寿そうな祖父上から引き継ぐのは死後ないし当分後だろうと気軽に考えていた。

 だけどもしここでブランツ公爵家を罰したら俺の配下がいなくなるのでは?と思った。

 いやいやいや。さすがにそれは無理だろう。だって母上の実家だぞ??姉妹は嫌いだがドゥーパント伯爵家だって国を支えてきた名家だ。


 いくらなんでも父上だってそんな無謀で愚かなことはしないはずだ。だってゆくゆくは俺の国を担う配下を奪うことになるんだぞ?

 俺のことを一番可愛がってくれていて一番期待している父上がそんなバカな選択するわけ……と淡い期待を抱いたが国王はブランツ公爵を強制的に代替わりさせた。


 それだけでも母上は悲鳴をあげ、貴族達も顔が真っ青になったのに慰謝料代わりに領地と資産を半分没収。

 公爵代理(伯父)が関わっていた領地以外はすべて手放すことになり貴族からも悲鳴が上がった。


 だが伯父はそこまで決まった後に俺の父上の親、王太后の毒殺に加担した者達を詳らかにし爵位の返上を求めた。それもブランツ公爵家が関わっていたというのだ。


 これには国王も驚きそこまでは求めていないと伯父を留まらせようとしたが、ブランツ公爵家のしてきたことは決して許されるべきではない。

 これが露呈しても隠されても今後遺恨として残るだろうと言って拒否をした。母上達は声すらあげられなかった。


 王太后殺しに加担だなんて間違いなく没落は免れない。どこまで連座で刑罰が下されるか。思考がぐちゃぐちゃになった。


 そして伯父は尚も続けた。


「正当な後継者でありながらその血をいらぬと言われたのになぜその家にしがみつく理由がありましょう。

 父に虐げられてきても居残れる者は次は自分が当主だからとわかっているからです。私にはそんな役目を与えるつもりはないと長年ブランツ公爵に言われてきました。

 逃げなかったのは期待していたからではありません。他にしたいことがなかったからです。

 そんな私が公爵家を支える?私ではない者のための繋ぎ役として?はっ真っ平ごめんです。それなら平民として生きますよ」


 国王の権限で伯父にブランツ公爵家を継がせる話をしたが、伯父は頑なに拒否しブランツ公爵の席が空いてしまった。

 しかもその席に指名されたのはカイゼルだった。その瞬間全身の毛穴から熱という熱が逃げていったのを感じた。


「私よりもカイゼル殿下が跡を継ぐと言えばブランツ公爵も喜んで家督を譲るでしょう」

「いや、だがな…」

「私のことは気になさらず。ブランツ家では有名な話でしたし、こちら側にいる貴族達もそのつもりで私に接してきました。何の問題もありませんよ」


 正当な後継者でありながら結婚もさせず、跡目も継がせずただ馬車馬の如く働かせていたのは、いずれカイゼルとドゥーパント姉妹のどちらかが生んだ子供に跡を継がせてその下に伯父を配置するつもりだったのだと告げられ誰もが震撼した。


 驚かなかったのは王妃と王妃側にいる顔色の悪い貴族だけだ。

 カイゼルも傘下の貴族は自分の物になると聞かされていたし祖父からブランツ公爵家の当主としての役割や心得をそれとなく教えられてきた。


 だが自分はヘンダーソン侯爵になると思っていてブランツ公爵になるということをすっかり忘れていた。


 ドゥーパント姉妹(犯罪者)と結婚なんて絶対に嫌だと顔を歪ませていると伯父がヘンダーソン侯爵やジュリアスディーンの後ろにいるメイアに向かって深々と頭を下げた。


 ブランツ家の者としてやっと謝ることができると。

 メイアに使われた毒はいずれ邪魔になった時に伯父に使われるはずの毒だったのだと告げ謝罪を述べた。


 その姿を母上は俺にだけ聞こえるように「情けない。ブランツ公爵家の恥さらし。裏切り者」と貶したが顔を上げた伯父の顔は憑き物が落ちたようにスッキリしていた。


 思ってもみない爆弾が投下され父上達も困惑していたが情報を精査し後日発表することとなった。それまでの伯父の身柄はなぜかヘンダーソン侯爵預かりとなり、母上だけが忌々しそうに伯父を睨んでいた。



「では話をドゥーパント姉妹に戻そうか。こちらとしては先程の者達同様、廃嫡と生涯領地へ封じることを徹底してもらいたい」


「こ、ここにはドゥーパント伯爵がいませんわ!当主がいないのに決められるはずないわ!」

「権限もないくせに人の命さえ自由に弄んできた豚が何を言う。王妃殿()()は世迷言を言うのが好きだな?」


 チラリとジュリアスディーンが父上を見ると汗びっしょりの顔がこちらに向き母上に黙れと命令した。そんな強い口調で止められたのは初めてかもしれない。


「これは余とインジュード公爵の話し合いだ。国同士の話し合いに口を出すな」


 そうやって母上を黙らせた父上は大抵、母上の意向を汲んでくれるが今回はそうしなかった。そこにジュリアスディーンがいたからだろう。


「そちらはメイアの気持ちを汲んでリリローヌ・ドゥーパントとエネレッタ・センダース、ドゥーパント元伯爵夫人に一ヶ月の領地滞在を命じたそうだがその三人は命令を無視し言うことを聞かなかった。それに相違ないな?」

「うむ。インサルスティマ王国伝手にインジュード公爵と公爵夫人がダスパラード王国で挙式をしたいという申請が来た時にそれぞれの家に通達している」

「確かドゥーパント伯爵家には王都にタウンハウスはなかったはずだが?」


 え?と驚けばそんなことも知らなかったのかと言わんばかりの顔でジュリアスディーンに呆れられた。

 どうやらメイアへの慰謝料代わりに手放した……、わけではなく伯爵位に落ちたのに公爵位の頃と同じ贅沢を続けたためタウンハウスを手放さなくてはならなくなったのだそうだ。

 当主の伯爵は領地の税金を横領されないように頑張ってきたが税を勝手に上げたり勝手に借金を作るため王都にいれば借金が嵩むと見抜いたのだろう。


 しかし領地なんて田舎だし住むなんて嫌だと姉妹やドゥーパント夫人が母上に泣きつき、母上の一存でブランツ公爵家に住まわせていたらしい。

 伯父は彼女達から従者のように扱われていたようだ。


「ドゥーパント姉妹が第三王子の元婚約者を暗殺しようとしたのは明白。使用人達の一部に厳罰が下され、ドゥーパント家も降爵された。

 どれだけ否定してもこの事実がある限り『ドゥーパント家が暗殺を試みた』ことにかわりない。

 だがそれで君の親戚は反省すると思うか?」


 ジュリアスディーンに問われ、答えられなかった。ここまでの流れでドゥーパント姉妹がメイアに対して謝罪もなければ仲良く話してる姿など見たことがなかった。

 それもそのはずで毒殺未遂をしたドゥーパント伯爵家に対してヘンダーソン侯爵家はメイアに接近禁止を申請していた。


 それはそうだろう。俺だって自分の命を狙う奴が近くにいたら気分が悪い。というか俺の婚約者の命を狙ったのだから毒杯をあおるべきだ。


 母上は臣下なのだから何事も黙って耐えるのは当たり前のことだと言うが、聞こえたジュリアスディーンは鋭く母上を睨んだ。


「王家に忠義を尽くしているなら守る価値もあるだろうが国王が許可した王子の婚約者を屠ろうとするのは忠義と言わない。

 しかも国王に却下されたのに諦めず、事実を受け入れられず手を下したのだろう?そんな個人的すぎる理由で人の命を弄んだ君達をなんと言うか知っているか?

 逆臣と言うんだよ」


「……なっ無礼な!」


「そのままお返ししよう、無知で無礼な王妃よ。

 わざわざ説明するのも馬鹿馬鹿しい話だが、他国から国賓として来た我々はインサルスティマ王国の代表だ。勿論メイアも含まれる。

 我々が発する言葉はインサルスティマ王国のアディラディーン国王と同等の意味と重さがあり、我々が扱われる地位も王族と同等になる。

 そして招いた側は地位以上に敬い、接してもてなすのが通例だ。どんなに嫌な相手だろうとも敵国だろうともそれは変わらない。

 だが王妃という立場にありながら不快だという感情を隠しもせず、国賓の前での傲慢で無礼な振る舞い、幼稚で稚拙な言動で妻やインサルスティマ王国への侮辱。私は大変遺憾に思っている。

 国王よ。十分わかっていると思うが今の王妃を据えたまま国交を結べるなどと思わないことだ」


 ジュリアスディーンに睨まれ父上は悲鳴を上げた。情けないがわからなくもない。あの目は恐ろしすぎる。俺も見られただけで呼吸も心臓も止まってしまうかと思った。


 だがカイゼルはジュリアスディーンの怒りに驚いてもいた。

 えっ母上はそこまで酷い行動をしていたのか??と。


 母上は普通にもてなしていたはずだ。

 確かに感情のままに行動しがちだが王族として当然の発言しかしていないし、ああやって感情的に振る舞うのが母上ならではのもてなし方で愛嬌があって周りから好評なのだと聞いている。

 俺にはよくわからないが上位の淑女が高圧的にもてなすのがマナーなのだと言われ、それを信じてきた。


 それが全部、嘘?


「お、おのれ!そちらこそ越権行為だわ!内政干渉よ!!わたくしの国で身勝手な命令など…」

「殿下程度の君に何の権利があるんだ?政務に関わらない、外交もできない、慰問もろくにしない。信仰心もなく、選民主義で民を労らない。命令するだけで貴族に慕われてもいない。

 そのドレスだって生地は上質なのにデザインは下品だし着こなし方にセンスがない。

 そもそもとして国賓を出迎える格好じゃないだろう?

 ダスパラード王国の王妃は公式の場で娼婦の格好をして出迎えるのが正装なのか?

 再教育が必要なのはドゥーパント姉妹だけでなく君もだろう?王妃よ」


 ボコボコに言われて母上の顔が見たことないくらい歪んだ。言い返そうとしているが言葉がうまく出てこなくて涙目になっていた。

 ここまで母上を貶す言葉を投げつけた男はいないだろう。父上達も驚いている。俺もだ。


 だがそれで許されたわけではない。ヘンダーソン侯爵に引き続きジュリアスディーンの不機嫌な顔に周りの貴族達の顔から血の気が引いていた。

 これは本当にダメなやつなのでは?と思った。


 ここまできてやっと『え、これヤバくないか?』とカイゼルも自覚した。


 事前に次兄から『王妃をしっかり見張れよ。お前が止めるんだからな』と言われていたけど軽く受け止めていた。

 だって国を代表する王妃が、俺が尊敬する完璧な母上がインサルスティマ王国に無礼を働くわけないじゃないかと本気で思っていた。


 別室でも余裕の顔で王妃として座っていたのを見てジュリアスディーン達が失望していたのもカイゼルも国王も気づいていなかった。

 だからこんな結果になったのだが。


読んでいただきありがとうございます。

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