(19) 王子は人の心がわからない / カイゼル視点 2
「陛下に提出した書類にも書き記したのですがドゥーパント家の姉妹は王家が公表するよりも先に、娘がお茶会に呼ばれるよりも先にカイゼル殿下との婚約を知っていました。
これは王妃様からドゥーパント夫人に伝わり、夫人から子供達に伝えられたのでしょう。
ですがいくら親戚とはいえ公表前の情報を他者に開示するのは違反行為です。臣籍降下するとはいえまだ王族の婚約なのですから十分な警戒と配慮が必要となります」
そうでしたよね?とヘンダーソン侯爵に問われ父上は母上を睨みながら頷いた。
「ですが王妃様はそれを怠り、ドゥーパント家と共有しました。これを事前に知っていれば私は娘を茶会に送り出さなかったでしょう」
「うむ。そうだな。一人娘なのだからヘンダーソン侯爵ならそう思うであろうな」
「毒殺を試みた理由も公表前にメイアを亡き者にすれば婚約がなかったことになり、ドゥーパント家の姉妹のどちらかを妻にするしかないだろうと、とある高貴な方……ブランツ公爵からの助言があったからです。
娘も言いましたが毒は二種類使われており、ドゥーパント家にあったものを夫人が持ち出し、もうひとつは王妃様の実家であるブランツ公爵家からひとつずつ姉妹に手渡されております。
どちらも二十年前に作られたもので劣化が激しく本来の効果の半分以下しか効力がなかったそうです。また成分が違う毒を合わせたことで化学反応が起こり更に効力が相殺され娘は一命を取り留めました……しかし!」
ギロリと真っ赤になったヘンダーソン侯爵に睨まれ、カイゼルと王妃は震え上がった。
人が怒りであんなにも恐ろしい顔になるのを初めて知った。
「公には毒殺未遂はなかったことになりましたが、娘は昼夜問わず一週間も熱と痛みに耐え続けた上での生還でした。
わかりますか?一週間も娘は死の淵を彷徨い苦しんだのですよ?
私共家族がどんな思いで娘の回復を祈っていたか、どれだけ娘が生き延びようともがいてきたか、あなた方にはわかりますまい!」
怒鳴りつけられたカイゼルと王妃は雷でも落とされたような驚きで目を見開き固まった。
新しく毒薬を用意すればメイアは確実に死にたえ足もつかなかったが、功を急いだせいでミスを犯した。
よりにもよって毒による暗殺が横行していた時期の毒を使ったため足がついたのだそうだ。
特に二つのうちのひとつは王家毒殺に使われたもので、毒を横流ししたブランツ家の執事、ドゥーパント家の侍女長、執事、侍女従者数人が処罰をすでに受けている。
だから父上が苦々しい顔で母上を睨んでいたのかと知った。
ブランツ公爵家の執事やドゥーパント公爵家の侍女長、執事はぼんやり覚えていた。母上に連れられて遊びに行ったことがあるからだ。
どちらにもよくしてもらった記憶しかない。そんな者達がもうこの世にいない?しかもメイアに盛る毒を渡した??視界がぐらりとして足下が揺らぐのがわかった。
目眩で思考がまとまらない。彼らも俺が選んだメイアを嫌っていたというのか??
「は、母上、母上。どういうことですか?メイアを暗殺しようとしたなんて。嘘、ですよね?母上だって婚約を喜んでいたではありませんかっ」
「………」
情報量が多すぎて思わず確認をしてしまった。ドゥーパント姉妹だけならいい。母上がその時の感情で協力したのもまだ理解できた。
だけどメイアがどうやって快癒したのか聞いて恐怖を抱いた。
しかも劣化してるとはいえ王族暗殺にも使われた毒を使うなんて、それも二種類使うなんてまるでメイアを殺したいほど憎んでいたみたいじゃないか。
王妃である母上が暗殺の刑の重さを知らないわけがない。
徒にその時の感情で動いたのではなく家を巻き込んで暗殺計画をカイゼルの婚約者に対して行ったことに心底軽蔑した。
さっきまで助けろだのなんだのとチラチラ見ては指示してきたのにまったくこちらを見ようとしない。なんなら扇子まで掲げて顔を隠している。
無言で返す王妃に更に苛立ちを感じた。
俺の将来を考えてくれていたのではなかったのか?
息子をなんだと思っているんだ?
「あなた方は私の娘を亡き者にしようとしただけでなくドゥーパント家を正しく罰さず血縁だからと擁護し囲った。
カイゼル殿下、あなたはヘンダーソン侯爵家の当主になると乗っ取り発言を繰り返しながら婚約者の娘のことをなにひとつ理解せず知ろうともせず守ろうともしなかった」
「っま、待ってくれ!俺はそのことを知らされてなかったんだ。知っていればメイアを苦しめるようなことなんてしなかった!」
「王妃様に逆らってまで、ですか?」
「っ?!そ、れは……」
そんなつもりはなかった。知らなかったのは本当だし知っていればメイアをもっと気にかけ守っていた。だがヘンダーソン侯爵はそうは思わなかった。
「難しいでしょうね。あなたは他の王子殿下と違い王妃様に育てられた。そんな方が王妃様に逆らえるなど思えない」
「だが、その」
図星をさされて唇を噛んだ。否定したいのに否定できない。
母上は三兄弟の中で手元で育てたカイゼルを特に愛していたが、彼女の言葉は絶対で意図して逆らったことはなかった。
メイアと婚約できたのはまだ何も理解していなくて願えばなんでも叶うと思っていた頃だった。メイアがあれだけ可愛いのだから母上だって納得するとそう思い込んでいたのだ。なんて軽薄で浅慮な子供だったのだろう。
その考えに行き着き、ダラダラと汗が伝う。メイアを見るがジュリアスディーンの後ろにいて顔が見えない。だが震え悲しんでいるという想像はできた。
王妃に逆らえばどうなるか、実際のところカイゼルは知らない。逆らわないように洗脳されてきたし王妃はカイゼルを誰よりも可愛がった。
だから嫌われた側がどうなるのかわからなかった。
メイアが母上にどんな仕打ちをされていたのか本当の意味では何も知らなかった。
脳裏には毒殺未遂以外にもメイアに何かしていたんじゃないかと嫌な予感がしてならない。
それは悪い意味で的中した。
「娘が生還した後どうなったと思いますか?学園では毒殺未遂は娘の虚言で、ドゥーパント姉妹は冤罪なのではないかと噂されるようになったのですよ?
その噂を広めていたのはカイゼル殿下、あなたのサロンだと知っていましたか?
あなたのご親戚のドゥーパント姉妹がさも自分達は被害者なのだと訴え、同情を買い、事情を知らない者は娘よりもサロンに出入りしあなたに気に入られている姉妹を信用したのです」
「し、知らない…!俺は知らなかったんだ!」
「あなたが事情を知らなくとも周りはそうは思いません。〝カイゼル殿下は婚約者よりもドゥーパント伯爵家の令嬢を寵愛しているようだ。婚約する相手を間違ったのではないか?〟と社交界でも有名なお話だったのですよ?」
「ち、違うんだ!俺はメイアの夫として侯爵として相応しくなろうと……」
「面識もろくにない貴族からはこうも言われました。
『ヘンダーソン侯爵は実の娘ではなく血の繋がらないカイゼル殿下に跡を継がせると決断したとか。
王族を迎えるのだから当然ですな!おやそうなると〝能無しの娘〟はどうするのですか?傷持ちではまともな家に嫁げないでしょう?
修道院なんてつまらないところに落とさないでくださいよ。そんな役立たずは娼婦に落として調教するのが丁度いい!娼館が決まったら是非連絡をしていただきたい。私がたっぷりと躾けてやりますよ』
とね。娘のその後の心配までいただきましたよ」
なんだ、その下品な奴は!俺の婚約者を侮辱するようなことを言うなんて許せない!!だが衝撃の方が大きすぎて声にならなかった。
そんな下劣な台詞を本当に貴族が言ったのか?王子の婚約者で侯爵令嬢だぞ??そんな奴俺が成敗してやる。そうすればメイアも見直してくれ……。
「あなたですよね?私に『侯爵として認められた』と当主になると言わんばかりに大々的に宣伝なさっていたのは。
そのお陰で私は王家に取り入るために実の娘を捨てた極悪非道な親だと社交界で大変有名になりました」
「あっ…ああ……っ」
身に覚えがあった。言った。確かに言った。
自習室でアニーと二人きりでいたことがバレて、メイアと会えなくなった俺は内心かなり焦っていた。どうにか元に戻ろうと必死だった。
『俺はヘンダーソン侯爵に認められた』と触れ回ればメイアは逃げられないと思って。だって結婚するのは俺だ。メイアには俺しかいない。
外堀を埋めればどんなにメイアが我が儘を言っても俺を許すしかないだろうとも考えていた。
王族との結婚なのだから基本は解消されないが、俺は必死に手紙を送りメイアが好きだという水仙を贈って取り繕った。
水仙が好きだと教えてくれたのは母上だった。俺には『毒があるから絶対触るな』と厳命していたから未だにちゃんと見たことがなかった。
言われた時はなんでそんな危ないものを好きなんだ?と不思議に思ったが母上が言うにはメイアは陰湿だからそういう花が大好きなのだそうだ。
今考えるとおかしな話だ。もしかしたらメイアは母上への牽制のつもりで言っていたのかもしれないなと思った。
だがしかし、そのお陰でメイアにはドレスしか贈れなくなってしまった。婚約者への予算では国外にある水仙はなかなか手に入らなかったからだ。
そうでなくともサロンでの出費が妙に嵩んでやりくりが大変だったのだ。まあそちらはゲイルが交遊費(婚約者への予算)を回せばいいのでは?という助言をくれたので大分楽になったが。
しかしその後もパーティーごとにドレスを新調しなければならず出費が嵩んだ。なんで女のドレスはこんなにも金がかかるのだろう?
成長期だから仕方ないといえば仕方ないが一回しか着ないドレス一式なんて絶対無駄だろう?お陰で後半はカツカツになってしまい、ドレスのランクをもっと下げなくてはならなかった。
当時はかなり慌てたがゲイルが安くてもそこそこ見映えのいい仕立て屋を紹介してくれたので問題は一応回避された。
問題はメイアだったが、お洒落に興味のない彼女は安物のドレスでもほどよく着こなし、パーティーではいつもにこやかに礼を言っていた。
ブランドなのか安物なのか、メイアは見分けられないのか文句ひとつ言わなかった。きっと俺が贈ったものだから嬉しいんだろうと直感した。
だからこそメイアには俺しかいないのだと思った。こんな見る目のない無頓着で無知なメイアを王子の俺に相応しい侯爵夫人に作り替えるのは当主の役目だと。
メイアは何もできないから。友人は多かったが社交はドゥーパント姉妹より劣っていた。ダンスも俺以外と踊れないほど俺が大好きだと常にアピールしていた。
だから当主の俺がしっかり守らなければならない、と考えていた。
多分事前に当主になれないと知ってもあの頃の俺は『侯爵になる』と言っていただろう。だって『侯爵の夫』なんて格好悪いじゃないか!
ヘンダーソン侯爵は〝当主として〟と言っていたかどうかは覚えていないが王子なのだから当主になるのは当たり前だと思っていたんだ。
母上も『メイアさんは喜んで当主のあなたに仕えてくれるわ』と言っていたし。だから責任をもって俺がヘンダーソン侯爵としてメイアや下々の者達を導いてやろうと思っていたのだ。
この一年、先触れなしで行ってもいつも快く出迎えてくれる侯爵夫妻は喜んで俺をもてなしてくれていた。それは俺が当主になることを待ち望んでくれている期待の現れなのだとずっと思っていた。
でもそれは間違っていたのだと今ならわかる。
王子を敬うのは当然のことだ。しかも俺の後ろには母上やドゥーパント姉妹がいる。俺が彼女達に告げ口すればメイアの立場はもっと悪くなりまた暗殺されるかもしれない。
俺はメイアを愛しているし守るつもりだが、母上やドゥーパント姉妹は違う。俺まで警戒するのは愚策だがメイア達からすれば仕方ないことだろう。
でなければこんな鬼気迫る恐ろしい形相でヘンダーソン侯爵が俺達を睨みつけるわけがない。そう思った。
「カイゼル殿下のサロンに出入りしていた者達、先程裁定が下された者達はドゥーパント家の姉妹とも懇意にしておりメイアが在学中からカイゼル殿下に隠れて悪い噂を流していました。
お陰で娘と表立って付き合いをしてくれたのはピンデッド侯爵令嬢とチェスター伯爵令嬢のみでした」
「……え、」
「その二人も学園を去り、メイアも残りの日数を繰り上げて卒業しました。なので卒業パーティーには参加しておりませんが……カイゼル殿下はドゥーパント伯爵家のリリローヌ夫人のパートナーをなさっていたようですね」
そういえばメイアはカイゼルのために領地に引きこもり、卒業パーティーを欠席するからドレスはリリローヌに贈るといいと母上に言われた気がする。
俺はいつも引く手数多で婚約者がいてもダンスパートナーになってほしいという令嬢がいるからメイアも心配だったのだろう。
他の誰かではなく親友のパートナーならメイアも安心できるということかと俺は仕方なく従姉のリリローヌの申し出を受けた。
だがそれは失敗だった。リリローヌは我が儘が酷くてドレスが出来上がったのは卒業パーティー前日ギリギリだった。
しかもメイアに贈っていたドレスの三倍の支払い書が来て母上に文句を言った気がする。お陰で俺の個人資産まで使う羽目になったからだ。
そういえば俺の卒業パーティーには必ず出席するようにとメイアにドレスを贈ったはずだ。あれはどうなった?
は?母上がひそかに回収した?似たドレスをグレードアップさせて俺の色で作り直してエネレッタに着させた??……おい、俺とセンダース侯爵令息はまったく色が違うぞ???普通は婚約者の色を纏うものだろう??
自分の卒業パーティーにメイアはついぞ現れず、欠席の連絡もなかったことから俺は憤慨してドゥーパント妹と一緒に入場し、ファーストダンスを踊った気がする。
あの時は怒りで我を忘れていたが話を聞いた後に考えるとカイゼルの行動はメイアを更に追いつめる所業だと気づき血の気が引いた。
メイアと聖堂前で会ったのは卒業式の後だよな?メイアは何も言わなかったが俺を責めたかったんじゃないか?なぜ自分ではなくドゥーパント姉のエスコートやダンスをしたんだって。だから婚約解消したのか!!
くそっドゥーパント姉妹のせいで俺はまたメイアを傷つけてしまったのか!!あの悪女姉妹め!!
読んでいただきありがとうございます。