肆話:なきり外泊 其弐
ー弐ー
「じゃっじゃーん!!こちらがマイハウスですっ!!ふっふーん、中々にイカしてる、でしょ?」
「うーんと……何を言うべきかしらね」
「イカしてる……のかな?」
「ふむ。これはイカしてるのではなく、立派というべきだな」
「……これ、ほんとに家?どっからどう見ても……」
およそ正午、はるあの案内で彼女の家へとやって来た私達は困惑に浸る事になりました。
理由は簡単、だって私達を出迎えていたのは……。
「なるほどな。はるあは此処の娘さん……【凪切日吉神社】の神主一族だったのか」
幽真の言う通り、目の前には大きな鳥居が立っていた。
鮮やかな朱に染められた、私達の何倍も大きな両部鳥居。
その奥には件の観光名所【朧湖】が広がり、水上に更に巨大な鳥居が一つ。
風一つなく穏やかな水面に、石造りの大鳥居が鏡の如く反射している。
正面左には神社の本殿があり、その佇まいからはただならぬ歴史を感じる。
そして、右には……。
「あれがわたしの家!どうよ、でっかいだろう?」
「うん、でっかいねぇ……私ん家の何倍だよ、ちくしょうっ!!」
思わずつつでが叫んでしまう程に、母屋は豪邸だった。
【凪切日吉神社】は磐戸最大級の神社の一つだ。
辺りの小中規模の神社はほとんど全て此処の境外社だという。
それだけ大規模な神社故に、神主の家も大きいのだろう。
「どやぁ?良い所でしょ?セイギぃ、褒めてよぉ」
「はるあがこの屋敷を建てた訳では無いのだから、褒める要素は一つも無いな。そもそも、何故俺に褒めて欲しいのだか、さっぱり分からん。それにその自慢げな態度、あまり良い印象を抱かれないぞ」
「あー、もしかしてさっきのハグで怒っちゃった?ごめんねぇ、次からは公共の場ではしないようにするよ」
「どうも話が噛み合っていないようだな。あと、公共の場じゃなくても止めてくれ」
セイギ君とはるあのコントを通して、はるあの凄さを感じた。
本来友人等に言われたらウザく感じるであろうマウント、それがはるあにかかれば可愛らしさの一部へと変貌するのだ。
どことなく残る子供らしさが大いに影響しているのだろうか。
「じゃ、代わりにエリちゃんが褒めたる!!はるあ……ほんと可愛えぇな!!」
「むぅっ!!違ーう!!褒めてほしいのはわたしじゃなくてお家だよ!!」
突然会話に加わったのはエリちゃんこと京極エリ。
少々奇行の目立つ、活気に溢れた少女だ……いや、私のクラス大体奇行種ばっかだわ。
はるあの事を溺愛しており、終始この雰囲気を貫いている。
「くぅ……皆、家を褒めてくれないなんてっ!盟友ハルぅ、『ハルハルコンビ』の馴染みだろう?褒めてくれぇ」
「褒めるのは別に構わないんだけど、せめてその相性変えてくれないか?」
「じゃあ、『ハル晴ルユカイ』?」
「……今にも非日常が始まりそうなコンビ名だな、それ。まぁ、まだましか、うん」
何を言っても聞き入れてくれないと察したのか、幽真はあっけなく承諾した。
幽真、それでいいんか?
何話も連続でループし続けても私は知らんぞ。
「そうだなぁ……歴史を感じる建物だね。本殿の方は、屋根部分が大棟方向に進むに連れて横の長さが縮まる造りをしているのが、中々に見ない珍しいもので興味が湧くね。装飾については海老虹梁が特殊だね。曲がりが多くて面白いよ。後、家の方は本当に大きいね。僕の祖父母の家の1.2倍はあるんじゃないかな。造りもやや古風なんだけど、壁等に近代的な一面があって、その混同した感じがより一層美しさを醸し出している……そう思ったかな」
うわぁ……絶対半分以上でまかせだ、これ。
思っても無い事を敢えて難しい言葉を使う事でそれっぽく仕上げているよ。
私は神社の造りとはさっぱりだから何言ってるのか大半分からなかったけれど、少なからず幽真の特技が大いに使用されてるぐらいは理解した。
「あー……えっと……うん、ありがと……」
流石に長文すぎた為か、おねだりしたはるあ自身が引いてしまっている。
そりゃ、誰だって戸惑うよね。
「……いやー、にしても凄いとこだよなー。こんだけ敷地が広いんだぞ、何でも出来るだろ。俺もこんな所住んでみたかったなぁ。幽真の家の1.2倍程度なんてどんだけ……って待て。幽真、お前の家そんな大きいのか!?」
春にしてはやけに冷え切った空気を断ち切ろうと鳳翔が話し始めたが、それにより幽真の家の異常さが浮き彫りとなった。
「私ん家なんか此処の0.5倍程度なんですけど……」
「私に至ってはアパート暮らし……」
「えっと、ハル君?冗談だよね?」
皆の目が一斉に幽真に集まる。
ざわざわとはるあを除いたこの場の全員が動揺し始めた。
なお、はるあはほとんど……というか全く反応を示していない。
流石は広い境内の持ち主……の娘だ。
「冗談ではないよ。ただ、僕の家じゃなくて、祖父母の家だね。現在進行系で住まわせて貰ってるんだよ。確か、霜降城主様の時代からあったとされる由緒のある建物で……って皆どうしたの?」
幽真の弁解が続けば続く程、皆の目がやや嫉妬深いものになっていく。
当然アパート暮らしの私もだ。
こうしてみると、無意識な自慢には気をつけた方がいいとしみじみ感じる。
はるあのような性格でなければ、こんな風にヘイトを集める事になるから。
「……なるほど、これが『四面楚歌』、か」
「ハル、そんなつまらない事を呟く前にこの状況を打開すべきだと思うぞ。はるあ、鳥居の前で立ち話を続けるのも良くない。丁度参拝客がいないから良いものの、これから来る可能性だってある。だからこそ、少々厚かましいかもしれないが、中に入れてくれないか?」
幽真の友人、セイギ君が行動を起こした。
友達思いなのか、はたまた決まりに厳しいのかは分からないが、彼の行動によってどろどろと濁り始めた空気は取り払われた。
……なお、私はまだ嫉妬してますが。
だっておかしいじゃんか!
同じ高校生なのに、そんな優遇されてるなんて!
私だって贅沢したいっ!!
欲を言えば、金欲しいっ!!
「えー、それではー、盟友の非道徳的な言動により中断したガイドを再開いたしますー。後でハルには百回土下座の刑を課しますので、ご安心くださいー。それではー、これよりー自由探索の時間を開始しますー。ランチタイムにはお知らせしますのでー、各自でお楽しみくださーい」
「言い方に悪意が満ち満ちているのですが……てかなんだよ、その絶妙に辛いのか辛くないのか分からない刑は」
はるあの案内に従い、私達は鳥居をくぐる。
礼儀として一礼をし、軽く上方を見上げる。
どうやら、楔の部分に何か模様が描かれているようだ。
……ハサミ?
「みことー、何してんのー?はよ行くよー!!」
私が立ち止まって鳥居を観察している間に、他の皆は先に行っていたみたいだ。
少し名残惜しいけど、皆の所へ向かおう。
私はつつでの声の方へと駆け寄る。
「何を見ていらしたの?」
「鳥居の模様が気になってさ、それだけだよ」
「そうでしたのね。それなら、本殿の模様も面白いですわ。手挟、といったかしら。その部分の形が不思議なのよ」
ふじの言うように、手挟の部分は変わった形をしていた。
先程鳥居の上にあった模様と同じ、ハサミのような形なのだ。
これはこの神社のシンボルか何かなのだろうか。
「みこと、見てみて!でっかいよ、この木!!」
「……御神木か」
つつでは大きな樹木を見てはしゃいでいる。
おそらく榊の木だろう。
二つの幹が絡み合ったような姿に注連縄が結ばれている。
長い時間が経過したからか、木の至る所に小さな穴が空いている。
「神秘的だよねぇ。神社の事とかさっぱりだけど、立派なものだって事は分かるわぁ。そういや、これってどんな目的で植えられてるの?」
「私も詳しくは存じていないのだけれど、確か【結界】の役割を担っているのではなかったかしら?」
「そうだね、それで合ってるよ。古来から常世と現世、その境界にある巨木とされたらしいよ。それに加えて……」
「神の依代として神聖視される対象でもある」
「わぁっ!!びっくりした!言吏ちゃん、いつの間に」
「くくっ、最近忍びに憧れてまして……ま、冗談だけど」
先に神社に来ていた言吏が背後に居た。
彼女は【オカルト研究部】に所属しているらしく、今のもその知識の賜物なのだろう。
「ねぇ、知ってる?この御神木の近くでは、夜な夜な鉄と鉄が当たったり、擦れたりする音が響くんだって。一部では幽霊が出るとも噂されてるんだって」
「ひぃっ!!止めてよぉ、私怖いの苦手なんだよぉ」
「……流石に怖がり過ぎじゃない?コトリの話、そんな怖いかな?」
言吏の悪意に塗れた豆しば語りにつつでが怖がる。
相変わらずつつでは怖がりだなぁ。
「こらー、ことりぃ!人の神社の変な噂を流すんじゃない!!」
「やっほー、はるあ!!先にお邪魔してたよー!!あれ?アンタ、誰だっけ?」
「誰だっけじゃねぇよ。御存じ、鳳翔だよ。何十年もの付き合いだろうが」
「せいぜい十数年の間違いだけどね」
「……やっぱ知ってんじゃん」
家族ぐるみの付き合いのある三人が一ヵ所に集まる。
にしても家族絡みで仲が良いのって憧れるよね。
「だってー、事実じゃんかー。【オカ研】の調べだと有名な話みたいだけど?」
「そんな物騒な噂、わたしの神社にはありませーん!!縁結びの神【大磐凪切知流永姫神】様を奉る由緒正しき神社ですからね、わたしの神社は!!」
「はるあの神社では無いだろうが」
「親の物はわたしの物!!わたしの物は皆の物!!」
「一体どこのジャ〇アンだよ。しかも綺麗な方だし」
三人が『映画版剛〇武』(もしくは泉から出てきた正直な方)の会話で盛り上がっている中で、私は一つ疑問を抱く。
「あのぅ、お楽しみのとこ悪いんだけど、【大磐凪切知流永姫神】様って何処の神様?」
「あー、地着神だから知らなくても無理ないよね」
「むぅ、わたしの神をマイナーだというんか!!ことりぃっ!!わたしゃ、怒ったぞぉ!!」
「だからお前の神じゃねぇって。てかはるあ、そんなキャラじゃなかったろ」
「誰だってキャラ変したい時ってあるよ、そりゃあ」
「ほれほれ、そんな怒んないでおくれ、はるあちゃんや。よしよし~、なでなでなでなで~」
「ふにゃふにゃ~……はるあ、幸せにゃ~」
「はぁ、全然収集付かないじゃん。俺、もう、ツッコミ、疲れた……」
うん、私も見疲れたよ。
ほら、後ろのふじとつつでを見てみなよ。
止まらないコントに驚きすぎて、相当長らくの間言葉を発してないよ、あの二人。
そろそろ出番あげようよ。
そんな私の出番も虚しく、幼馴染組の出番が続く。
「ことり?エリちゃんのはるあに何してるのかな?」
「なでなでしたげてるだけだよー。あ、エリちゃんもなでなでされたいの?」
「違うのです!!はるあになでなでするのはエリちゃんの特権なのです!!キラリン☆」
厄介な事に、三人の独壇場に安倍晴明信者のエリが加わる事になった。
ふじとつつでの出番は更に遠のいたようだ。
ちなみにこのエリちゃんという子は、どうもあざと可愛い事が素晴らしいと勘違いしている節がある。
そもそも『キラリン☆』があざと可愛いかどうかという問題は気にしないであげよう。
「エリ、お前なぁ……最後の効果音ダサいぞ。もうちょっと別のにした方がーー」
「うっさい!!可愛いければ、何でもいいの!!後、エリちゃん、な!!」
「……はいはい、勝手にしてくださいよ、エリちゃんさん」
「ホーショー、ちゃんさんはダサくない?」
「お前ら一斉に攻めてくるよなぁ。俺、泣くぞ?」
「男の涙は、カッコ悪いよー」
「はるあ、お前覚えてろよ」
……私達の介入の隙はなさそうだ。
「ふじ、みこと……他の所行かない?」
つつでがようやく口を開く。
私から言い出すのは戸惑いがあったので、有難い限りだ。
「そうね。他の皆の様子でも見にいきましょ」
「うんうん、そうしよ、そうしよ」
これに乗っからない手等存在しない!!
私達はそぉっとコント集団の元から離れ、辺りの探索を始める。
「そだ!湖の方行ってみようよ!!」
「そうですわね。磐戸一の観光名所【朧湖】……私、始めて来たので精一杯観光を楽しみたいですわ!!」
「湖を見るなら……鳥居正面の辺りがいいかもね」
石鳥居の前に着くと、そこには広大なる水源が広がっていた。
爽やかな風が吹き、水面に小さな波がたっている。
湖の中には小さな岩島が数個点在していて、それぞれに注連縄が巻かれている。
雄大で神秘的、その言葉が似合う所だ。
「……秀麗なる水の源【朧湖】。歌詞の通り、美しい所ですわね」
「それって市民歌だよね。ほんと、良い所だ」
「風も気持ちよくて、最高だぁ。はぁ、此処ならいつまでも休んでられるや」
つつでが地面に横たわる。
……此処、砂利だけど痛くないのかな?
「そういえば、石鳥居って怨霊を鎮める為に奉られているのだとか。一体、此処には誰を奉っているのかしら?」
「へぇ、石鳥居ってそういう意味があるんだ。はるあなら何か知ってるんじゃないかな?」
「……後で聞いてみようかしら」
「おやおや、ユー達もこのビューティフォー↑なレイクに見とれていたのかな?うんうん、分かるよ、そのフューリング↑!!ミーも素晴らしきこのアースを愛しているからね!勿論、ユー達もヴェリヴェリキュートだよ!!ミーの次にね!!」
「うわぁ……来やがったよ、ウザツバサ」
私達に近づいてきた人物は左藤つばさ、所謂ナルシストな男子生徒だ。
つつでとは中学時代からの腐れ縁だそう。
つつではツバサの事がしつこく絡んでくる為、嫌っているらしい。
「あら、つばささん。何の用かしら?」
「キュートな乙女達とちょっぴりおトークをしてみたくなってね!で、もし良かったらなんだけど……」
この後のツバサの台詞は神社には到底そぐわない物だった。
「一緒にテニス、プレイしない?」




