第92話 学院二年目 ~もう一人の職人
職人街に戻った俺は、目当ての店を訪れた。
一年前と同じ外装、まるで時が止まったようにも見える。
正直、もう来ることはないと思っていた。
「いらっしゃい。お使いかい?」
扉を開けると、カウンターで作業していた男が愛想笑いを浮かべてきた。
外観だけでなく中身も同じか。まだ『鍛冶2』だし。
「少々、変わった仕事を頼みに来た」
「自慢じゃないけど、難しいのは無理……」
はたと動きを止め、男はしげしげと俺を眺める。
そして大げさに手を打った。
「あ、もしかして角の剣の!?」
「覚えていてくれたか。改めて名乗らせてもらう。僕はアルター・レス・リードヴァルト、カルティラールの二年生だ」
「貴……」
名を聞き、男は硬直してしまう。
それも仕方ない。失礼だが、この店は村の鍛冶屋と遜色なかった。
貴族の来店が初めてでも驚かない。
「そちらの名を教えてくれないか」
「し、失礼しました! 私はナルバノと申します!」
「ではナルバノ、仕事についてだ。結論から言えば――僕に講習をつけてくれないだろうか」
ナルバノはきょとんとした。
構わずバージルの魔法講義や学院の在り方を交え、講習について説明していく。
話が『魔道具作成』に差し掛かると、ようやく全体が見えたようだ。
「自作ですか。それで『鍛冶』を学びたいと」
「そうだ。僕の将来は決まっている。誰かに弟子入りできないし、故郷で鍛冶師になるつもりもない。あくまで武具の手入れや『魔道具作成』の補助としてだ」
「でも、なぜ私に? 恥ずかしい話、もっと優れた鍛冶師はいくらでもいますよ」
「失礼を承知で言わせてもらう。彼らが受けると思うか?」
途端、ナルバノは泣きそうな顔で苦笑する。
「仰るとおりです。無理ですね……」
「甲犀の剣の手入れはイスターに頼んでいる。彼はセレンでも有数の腕だが、典型的な鍛冶師でもある。僕が求めているのは頑固な職人じゃない。素人にも向き合ってくれる、希有な鍛冶師だ」
ナルバノの表情は晴れなかった。
むしろ、さらに泣きそうになってしまう。
彼の気持ちは分かる。
頑固なのは技術と自負に裏打ちされているからだ。お前は三流、と告げたのに等しい。
だが、言わねばならなかった。
この場だけならどうとでも言い繕えるが、講習は一週間以上の付き合いになる。
今、誤魔化しても必ず気付く。
「ひとまず期間などの具体的な話は脇へ寄せようか。先に約束しておく。僕は近い将来、必ず『魔道具作成』を習得する。そのとき、ナルバノの武具を必要最低限の経費のみで魔道具化しよう。セレンにいる間、いくらでもだ。これが僕にできる最大限の報酬――」
「魔道具化!?」
突然、ナルバノが身を乗り出した。
カウンターを飛び越さんばかりの勢いに、思わず飛び退きそうになってしまう。
想定以上の食いつきだな、これほど飢えていたか。
『鍛冶2』では、初心者向けの安価な武具しか作れない。そんなものを魔道具化する酔狂な者はいないだろう。
それに『魔道具作成』の鍛錬をして分かったが、市販されている耐久力強化1などの武具は、駆け出しか見習いの職人が作ったものだと思う。店では金貨五枚から十枚くらいで販売されており、経費を考えると大した利益が出なかった。
そこで重要となるのが、彼ら駆け出しはどこで素材を手に入れているかだ。
鍛冶師と魔道具職人、どちらが多いかは考えるまでもない。
両者は深い繋がりがあり、互いに弟子がいたとしよう。答えは明白である。
だから実力の低い鍛冶師は、自腹を切って魔道具にするしかない。
当然、正規の費用を請求されるし、金貨五枚などでは販売できない。魔道具にしたところで大赤字だ。
二年に満たない期間だが、俺がナルバノに提案したのはそれである。
「本当ですか!? 私の武具を魔道具に!? 経費のみで!?」
「絶対だ、約束する。だからちょっと落ち着け」
カウンターから飛び出る上半身を抑え込んでいると、その手をがしっと握られた。
「お受けします、魔道具化!」
「講習な。魔道具はその後だ」
訂正しながら反対側に押し返す。
狂喜するナルバノに、俺は罪悪感を感じた。
必要経費は請求する。当然、魔石代もだ。俺は無償で鍛錬ができるので、一方的に有利な条件である。騙してるみたいで申し訳なくなった。
しばらく魔石は現地調達し、手間賃だけ貰うか。
魔道具が売れればナルバノにも余裕ができる。経費だけにしても、適正な請求はそれからだな。
だがその前に――。
「短い間ですが、ご指導のほどよろしくお願いします。ナルバノ先生」
俺は一歩引き、頭を下げた。
静まりかえる店内。
上目遣いに窺うと、ナルバノは固まっていた。
そして見る見るうちに顔を赤くし、「いやぁ、先生なんて……」と、照れまくる。
職人という人種は、こういうのに弱いのだろうか。
ぼんやりそう思ったとき、ラグとエギルが脳裏を過った。
いや、こいつらだけだな。
◇◇◇◇
翌日、自宅で身支度を整え、冒険者ギルドに向かった。
ナルバノに約束した手前、早く『魔道具作成』を習得しなければならない。
そのためにも魔石の確保は急務だった。
とうに早朝を過ぎたのもあり、冒険者は数えるほどしかいなかった。
受付ものんびり書類整理をしている。
その一人、お馴染みのレベッカが目敏く俺に気付き、こっちに来いと目線で合図を送ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。保管品の引き出し?」
「いえ、依頼を探しに来ました」
「来るのが遅いでしょ。常時依頼しか残ってないわよ」
常時依頼は、募集人員の決められていない依頼である。
多くは素材で、特にポーションは常に需要があるため常時指定されていることが多い。俺も余剰分をよく売却している。
尤も、普通の依頼を受けたのは数えるほどだ。
探索系のスキルと『鑑定』があれば素材集めは簡単なので、わざわざ冒険者と依頼を奪い合わなくとも安定した収入を得られる。まともに依頼を受けたのは、『破邪の戦斧』まで遡ってしまう。
「常時依頼だと――討伐はボルニスくらいですか」
「情報が古いわね」
レベッカは掲示板を指差した。
真新しい羊皮紙が張り付けられている。
「オーク? 増えてるんですか」
「去年、ゴブリンがごっそり減ったでしょ。空いたところにオークが入り込んでるみたいなの。旅人や隊商が襲われたから、手隙の冒険者に討伐してもらってるわ。推奨はDランクね」
少し前、俺はDランクに上がっていた。
Fランクは駆け出し、Eランクでようやく冒険者扱い、Dランクから戦力として期待される。
レベッカによればかなり早いらしいが、セレンだと護衛依頼の種類が増えるだけなので、ランクが上がってもメリットは少なかった。
それと冒険者の数はピラミッド型を形成しているが、Cランクから針のように細くなり、先端のSSランクに至っては長いこと空席である。
三百年ほど前にメズ・リエス地方で活躍した種族混合パーティーが最後で、人間なら千年前の戦神スレイアス以降、一人も輩出していない。ほぼ名誉職だった。
掲示板に歩み寄り、羊皮紙に目を通す。
討伐数の指定はなく、一体当たり銀貨二十枚、二体倒せばDランクの最低報酬を越える。
オークは群れで動くことが多いので、遭遇すればかなりの額になるだろう。
レベッカの元に戻り、俺は承諾する。
「分かりました。オークを狙います」
「お願い。あ、それと注意事項があるの。去年からボルニスが湧いてるでしょ。それを餌にしようと、ドレッペンが集まってるのよ」
「魔物ですか?」
「トンボのね。ちょっと特殊な魔物なの。速度に特化していて、空からいきなり襲ってくるわ。でも警戒心が強くて、大人や集団はまず襲わない。被害が出にくいのもあって、Eランクに指定されてるんだけど――」
言葉を切ると、レベッカはぷっと吹き出す。
「テンコ君、ちっちゃいから」
そう言って肩を震わせた。
とても失礼である。
これでも背の順で並べば真ん中の少し前、十一歳の平均身長と大差ない。リーズと一緒にしないでもらいたい。無駄に長い、ランベルトやフェリクスがおかしいんだ。
「それについては、またの機会に議論しましょう。そのドレッペンですが、襲われたらどうすれば良いんですか。ボルニスは討伐対象ですよね」
レベッカは頬をひくつかせながらも、どうにか受付の顔に戻る。
「倒しても大丈夫よ、ボルニスはだいぶ減ってきてるし。それとドレッペンを倒したら羽根の回収を忘れないでね。丈夫だから用途が多いの」
「了解です」
俺は冒険者ギルドを出ると、その足で西門を抜けた。
さらに難民街も通り抜け、森へ向かう。
春の草原は辺り一面、緑が広がっていた。
ふと見渡せば、冒険者の姿が散見できる。
森を目指す者もいれば、その場に留まる者もいた。
後者は採取しているようだ。顔にあどけなさが残っているから、駆け出しの冒険者だろう。
年上の後輩らを横目に、俺は草原を進む。
今回の装備は青藍のマントに革鎧、武器はシャムシールだった。
効率重視なら甲犀の剣にすべきだが、シャムシールの扱いにもだいぶ慣れ、『曲剣2』だけでなく、『両手剣2』も習得できそうだった。これなら『剣舞』よりも早く、『剣閃』に辿り着ける。
何にせよ、中級への鍛錬をおろそかにできない。
「さて、オークを狙うのは決定事項として――あれがドレッペンか」
森の入口で立ち止まり、空を見上げた。
遥か上空を小さな影が飛行している。
距離感が掴めず、大きさが計りにくい。一メートルくらいか。
《穿風の飛箭》でも仕留めるのは無理だな。遠すぎる。
あの魔法はピンポイントで狙えるが、対象がぼんやりしていると命中率は極端に低下してしまう。また『鑑定』も視認が条件なので、こちらも機能しない。
ま、心配いらないか。
速度以外に妙なスキルを持っていればレベッカが警告しているし、襲ってくる気配もない。
振り返り、採取に勤しむ冒険者たちに視線を向ける。
あちらも大丈夫そうだ。集団で動いている。
かなり警戒心の強い魔物のようだが、一応、注意だけはしておこう。
◇◇◇◇
春の香気が漂う森を探索する。
この時期になると、素材の採取が楽だった。
俺はオークの痕跡を探しながら、セーロン草の葉やラニム草の若葉を摘み取っていく。
そしてニルカブ草の根を掘り出していたとき、ふと上げた視線の先で、ようやくオークの足跡を発見する。
手を止め、間近で観察した。
古い。一週間は経過している。
周囲を調べてみたが、戦闘の痕跡は見つからなかった。
足跡の方角は――草原か。
小柄なゴブリンならまだしも、大柄なオークは目立つので草原に出たがらない。
森が途切れていると知らなかったんだな。確かに新参者のようだ。
これを追っても無駄である。
痕跡は消えかかっているし、おそらくは倒されている。
ギルドが常時依頼を張り出したのは、昨日今日ではないだろう。
俺は掘り出したニルカブ草の根を袋に収め、探索を再開した。
しかし、しばらく歩き回ったが新しい痕跡は発見できなかった。
常時依頼が成果を上げているのか、浅い森では軒並み倒されているようだ。
旅人が襲われたのは街道沿いだが、そちらも冒険者が巡回している。
「なら、奥だな」
注意力や警戒心の欠けている個体は、すでに討伐済み。
オークでも上等な連中、もしくは学習した連中が奥に潜んでいるはずだ。
俺は西に向かって歩き出す。
進むにつれ、生物の気配は濃くなっていった。
動物や魔物が茂みを揺らす音、微かな息遣いも聞こえてくる。
ゴブリンの足跡も発見した。
あいつらも戻ってきているようだ。
順調にゴブリンが増えれば、元のバランスに近付く。
たとえオークの方が強くとも、数の揃ったあいつらの繁殖力は凄まじい。
増えて喜ぶのもどうかと思うが、今はオークを減らして後押ししてやろう。
そして探索を開始してから一時間ほど、どうにか真新しいオークの足跡を見つける。
数は五体から六体。
一回り小さな足跡が混ざっているので、若い個体か雌がいるようだ。
もし雌なら集落を形成する可能性が高い。早めに片付けておくべきだ。
俺は『常闇の探索者』を発動し、追跡を開始した。
◇◇◇◇
行ったか。
木陰に潜んだまま『気配察知』に集中、過ぎ去ったのを確認する。
追跡を開始してほどなく、毛のない猿の魔物デクラマと遭遇した。
風下なのも幸いし、三体のデクラマは『常闇の探索者』で強化された『隠密』を看破できず、通り過ぎていった。
倒しても良かったが、オークが近い。余計な戦闘で警戒されたくなかった。
それにしても、生きたデクラマを見たのは初めてだ。
何か素材は取れるのだろうか。今度、レベッカに聞いておこう。
意識を戻し、追跡を再開する。
そして数分も経たないうち、森の先ではっきりとオークを感知した。
慎重に近付き、様子を窺う。
オークたちは大岩のへこみにねぐらを構えていた。
数は五体で雌は見当たらない。
どれも若い――雌と誤認したか。
木陰に潜みながら、どう行動すべきか思案する。
一気に仕留めるか、鍛錬するか。
万が一、散らばって逃げられたら追うのが大変だ。
折衷案で行こう。
俺は姿を見せ、見せつけるようにシャムシールを抜き払った。
その音に反応し、オークたちは一斉に武器を掴む。
四体は棍棒、一体だけ両手持ちのメイスだった。
魔道具ではないが、錆は少ないし見た目も悪くない。
土産にしたらジェマが喜びそうだ。持って帰るの大変そうだけど。
手前の二体が棍棒を振り上げ、襲いかかってくる。
まずは動きを鈍らせるか。
《穿風の飛箭》を発動、不可視の風弾がそれぞれの右目に直撃する。
オークたちは奇妙な声を上げ、前のめりに転倒した。
片目を潰してしまえば、逃げるのも難しい。
これでやりやすくなったが――。
しかし二体とも何度か痙攣し、そのまま動かなくなってしまう。
「嘘だろ、一撃で?」
思わず声が漏れる。
《穿風の飛箭》に、オークの体力を削りきるほどの攻撃力はない。
ただ、眼球を貫けば脳がある。有り得る結果だが、短矢系ではまず不可能だ。
貫通力の高い狙撃系ならではか。
習得しているの、広めないようにしよう。暗殺者にされそうだ。
俺が驚いている間、残る三体は混乱していた。
いきなり仲間が死亡すれば、混乱も仕方ない。
そしてどういう結論に達したのか、メイス持ちを残して二体が背を向ける。
「諦めるのが早過ぎだろ」
俺は『高速移動』を発動、駆け抜けながら『強撃』を放つ。
一体の胴を半ばまで両断、方向転換してもう一体の足を『強撃』で切り飛ばす。
まったく、折衷案をどうしてくれる。これでは鍛錬にならん。
二体の首を斬りつけてとどめを刺すと、唯一残ったメイス持ちと向かい合った。
良い武器を持つだけあって、集団のリーダー格のようだ。
しかし、こいつも立て続けの展開に付いていけないようで、メイスをぶら下げたまま呆然としている。
「おい、しっかりしろ。お前は鍛錬に付き合ってもらうぞ。それでも逃げたいなら、すぐ楽にしてやる。嬲る趣味はない」
俺が仲間の残骸を指し示すと、激しく咆哮して襲いかかってきた。
どうやら挑発と受け取ったようだ。まあ、大体は合ってる。
膂力に任せ、両手持ちのメイスを片手で振り回す。
俺はシャムシールを両手に構え、ぎりぎりで受け流していった。
『強撃』なら真っ向から打ち合えるが、確実にシャムシールは折れる。
それ以前に、重量級と渡り合えるほどの筋力がなかった。
当然、全ての力を受け流すことができず、メイスが振り下ろされるたび、俺はその場から弾き出されてしまう。
「ぐッ」
圧力に、肺から空気が漏れ出た。
守ってばかりでは押し切られそうだ。
距離を取り、シャムシールを構え直す。
反撃といこう。
大振りを受け流し、円を描くように斬りつける。
肩口を切られ、オークが吠えた。
刀のような半曲刀と異なり、シャムシールは徹底して斬る剣だった。
幾度も実戦を繰り返し、その特徴を少しずつ理解しつつある。
一番の教科書はハルヴィスだったが。
『流円剣舞』は、武器種を問わず攻撃系スキルを発動可能にするだけではない。
最適な剣筋を示してくれるスキルでもあった。
その動きは名称どおりの円。流れるような舞には、まるで隙がない。
ただ、言うまでもなく最短距離は直線である。
円を描くのは力に振り回されないためだ。
だから『流円剣舞』も円を基調に、直線を織り交ぜる。
そして、そんな無理を可能とするのが数々の攻撃系スキルだった。
上体を逸らしつつ、横薙ぎを受け流す。
返す剣もほどほどに『強撃』を発動、円は直線となり、がら空きの腹部を切り裂いた。
オークは蹌踉めいたが、追い打ちできなかった。
シャムシールの重みに加え、強引な『強撃』。
手足の関節が悲鳴を上げる。
真似はできても、身体がついて行かないか。
スキルの補助があるにせよ、ハルヴィスはどれほど鍛えていたんだろうな。
俺とオークは構え直し、戦闘を再開した。
その後、幾度もシャムシールとメイスが振るわれる。
手足の状態に注意を払いつつ、『流円剣舞』を真似ていく。
そして何度か試し、分かってきた。
俺には不向きだ。
『流円剣舞』は足を止めるか、速度が劣るときに真価を発揮する。
速度を生かし、戦場を駆け回る俺本来の戦い方には合わない。
まあ、シャムシールには適しているし、スキル発動の鍛錬にはなるか。
そう思考を切り替えたが、ふと気付けばメイスの攻撃が止んでいた。
体力の前に気力が尽きたらしい。
オークは逃げ場を求め、必死に視線を動かしている。
上等な個体だからこそ、勝てないのを悟ったんだな。
魔物も危なくなれば逃げる。ゲームのように死ぬまで戦うのは希だ。
ゴブリンリーダーくらいか、そんな奴は。
あ、山羊もいたな。ん――あいつ魔物だったか?
首を傾げながらオークに近付き、太ももを切り裂く。
そして前屈みになったところへ『強撃』を発動、真下から首を刎ね飛ばした。
何にしても、人間を喰らうお前らは敵だ。




