表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/191

第86話 学院一年目 ~商人からの誘い


 前世で言えば三が日の最終日。

 俺は喧騒に包まれるセレンの街を歩いていた。

 あちこちで音楽が鳴り響き、露店には客が群がっている。

 人混みを避けながら進んでいると、不意に酒場の扉が開く。

 数名の男が飛び出し、


「新しい年に!」


 と、叫びながら空に向けて《火炎の短矢(ファイアーボルト)》を放った。

 そして駆けつけた警備兵に確保され、歩行者に笑われながら連行されていく。

 あれは新年だけの特例らしい。しかし、多少の酒なら発動できるみたいだな。


 そんな騒がしいセレンだが、元日に比べたら静かになった方だった。

 というのも、明確に仕事が休みなのは元日のみで、昨日と今日は後片付けと新生活に向けての準備期間である。当然、気の早いところは昨日から営業しているし、俺の目的地に至っては年中無休だった。


 到着してみると、商業ギルドは普段よりも混雑していた。

 一瞬、日を改めようかと思ったが、しばらくは似たり寄ったりだろう。

 今日は仕送りの確認、そして学費と寮費、家賃の支払いが目的だ。

 去年は向こうから声を掛けてくれたが、今は入学の時期じゃない。


 玄関ホールを見渡し、総合受付に並ぶ。

 ここで用件を伝えれば、別の窓口や担当者に案内されるはずだ。

 てきぱきと(さば)かれる行列で待っていると、「アルター様?」と声が掛けられる。

 目を向ければ、ギルドの職員、サミーニだった。


「久しぶりだな、サミーニ」

「はい、お久しゅうございます。今日は学費のお支払いで?」

「それも含めて諸々だな」

「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」


 そう言って、なぜか俺を個室に通す。

 サミーニはテーブルにお茶を置き、「少々お待ちください」と退室していった。

 ホールの仕切りと違い、ここは完全に個室だった。

 華美ながら落ち着いた装飾眺めつつ、俺は首を傾げる。


 妙だ。金貨数十枚のやり取りなんて、商業ギルドなら隠す必要もない。

 ホールで充分だし、実際に去年はそうだった。

 好意――のわけないか。相手は商人、利益を生まぬ行動はまず取らない。


 もしかして家賃の値上げ?

 修繕はそれなりに進んでるから、わずかでも価値は上がっている。

 数ヶ月の家賃は現状維持、それ以降は――とか言い出すつもりだろうか。


 しばらくして、書類の束を抱えてサミーニが戻ってきた。

 改めて簡単な挨拶を交わし、俺は用件を伝える。

 聞き終えると、サミーニは手紙を差し出してきた。


「ご入金は去年のうちに済んでおります」


 二通?

 受け取って見れば、父と母からの手紙だった。

 父は学業の心配から始まり、鍛錬を欠かしていないか、寮の皆に迷惑を掛けていないかなど、つらつらと(したた)められていた。

 父は何気に心配性だ。寮生に迷惑なんか掛けられまい。住んでないのに。


 次に母からの手紙を開き、苦笑が浮かぶ。

 父と同じ内容が、父以上の長文で書き連ねられていた。

 挙げ句の果てに、


「今年のリードヴァルトはとても暑かったです。夏の間だけでも戻ってきたら? メレディも氷がほしいと言っています」


 と、直球で帰郷を促してきた。

 俺は冷蔵庫か。母は良いとしても、メレディは立場的に駄目だろ。

 また俺が気にしていると思ったようで、兄やロランの動向にも触れていた。この辺りはさすが母親だ。

 兄はさらに政務に打ち込み、家令のグレアムと並んですっかり父の片腕らしい。

 そしてロランは、アホみたいに鍛えているという。あいつはどこを目指しているのだろうか。

 さすがにラグニディグやネリオの話はなかったが、彼らのことだから以前と変わらず彫金と狩りに励んでいるだろう。


 礼を言って手紙をしまうと、用意された学費支払いの用紙を確認した。

 そして金額のところで動きを止め、内訳を読み返す。


「サミーニ、入寮費はどうした?」

「おや、入寮なさるのですか? 家賃と仰っていたので、寮のお部屋は退居なされるとばかり――」

「そうだが……あ、一年契約なのか」

「左様にございます。二年目以降に、借家を借りられる方もいらっしゃいますので」


 それもそうか。

 だが、困ったな。貴重品の保管場所として重宝してたんだが。

 一応、冒険者ギルドでも有料で保管してくれる。

 保管料は一週間で銀貨一枚。だから講義が一日でも入っていれば、そのためだけに預けなくてはならない。


 入学してからの出来事を辿り、講義が行われた週をざっと計算していく。

 残りの三ヶ月はまだ不明だが、学年末も近いし講義は少ないはず。大体、二十から二十四週くらいか。ひとまず二十四週として、銀貨二十四……いや保管は一品単位だった。

 預けるのは甲犀の剣とスティレット、青藍のマント、軽量の両手剣、魔石等の金品はひとまとめにすれば、年間で銀貨百二十枚、金貨にして十二枚か。

 寮費が金貨十四枚ほどだから、一応、冒険者ギルドの方が安い。

 とは言え、もう一品増やしたらほぼ同額になってしまうし、考えてみればいくつかの魔石を錬金溶液に漬けている。あれだけで金貨十枚近い。充分、大金だ。


「いかがなされましたか」


 俺の様子に、サミーニが問いかけてきた。

 理由を説明すると、サミーニも考え込む。


「なるほど、貴重品。手っ取り早い手段としては、奴隷ですが――」

「奴隷……」


 この世界にも当然、奴隷はいる。

 俺は大店か小さな商店を利用することが多く、前者は体面上、奴隷を表に出さず、後者は買うほどの余裕がない。だから、あまり縁がなかった。

 また、奴隷は首に奴隷の証をぶら下げているが、大きな街ほどぼろぼろの格好で歩かせたりしない。奴隷は高額で、平均的な平民の年収はざらである。技術のある奴隷であればさらに高額だった。

 だからみすぼらしい格好はさせないし、道を歩いていても気付きにくい。


 俺の躊躇をどう捉えたのか、「ですが――」とサミーニは言葉を継ぐ。


「安い奴隷を買ったとしても、貴重品を預けるわけですから隷属の首輪が必要となります。そうなると初期費用が掛かりすぎ、よろしくありません」


 奴隷の是非はともかく、その通りだった。

 魔道具である隷属の首輪は、下手な奴隷よりも高い。

 テッドたちに留守を頼むという選択もあるが、ロラの依頼を受けているため、前よりも忙しい。それがなければ、小遣い稼ぎに丁度良かったかもしれないが。


『魔道具作成』の準備が、状況を面倒にしてるな。

 漬け込んだ魔石を放置せざるを得ないため、所持品の線引きを迫られている。

 寮費を払い、盥を寮に移動させるのも手だが、溶液の交換で毎日通わなければならない。いや、そもそも外泊ができなくなるのか。これは盲点だった。


 溶液の交換は――誰かに頼むしかないか。入れ替えるだけなので技術はいらない。

 ともかく貴重品だ。

 大事な物だけ冒険者ギルドに預け、もし自宅の魔石を盗まれたら諦めるしかない。

 借家を選んだのは調合のため、金を稼いでいるのは生活のためだ。『魔道具作成』に使う魔石は換金する気はないし、それ以外に盗まれて困る物はない。


 俺が結論を固めていると、おもむろにサミーニが切り出す。


「一つ、ご提案がございます。商業ギルドに所属なされてはいかがでしょうか」

「それは――商業ギルドでも保管業務を行っている、ということか?」

「左様にございます」


 サミーニの話では、馬車一台分の品を銀貨五枚で保管するという。

 期間は一ヶ月で、期間内は品の出し入れは自由、延長料金は同額だった。支払いが滞った場合、保管品は没収されるので、大抵の商人は数ヶ月分をまとめて支払い、期限前にすべて引き取ったら、差額を返金してもらうそうだ。

 組合費として年に金貨一枚が必要だが、年間契約でも金貨七枚。かなりお手頃だし、馬車一台分なら、錬金溶液の盥も保管できる。


「また組員であれば、高額な品の売買、オークションの代行も請け負っております。それに商売上の揉め事であれば、ギルドが仲裁いたしますよ」

「それは心強いが――」


 商売上がなければ、もっと心強いけどな。

 俺は悩む振りをしながら、サミーニを窺う。


 それはそれとして、狙いはこれだったか。

 奴隷を提案し自ら否定、そして冒険者ギルドよりも安価な保管業務の提示。

 だが分からん。なんで俺を商業ギルドに入れたがる?

 少し、つついてみるか。


「僕がよその貴族と揉め、実家の支援が得られないとき、商業ギルドは助けてくれるんだな?」

「商売に関わる揉め事であること、そしてアルター様に非がないと判明すれば、商業ギルドは全力で支援いたします」

「相手が大貴族でもか」

「円滑な流通と規律ある商売。それが我らのモットーにございます」


 微笑を浮かべるサミーニ。

 俺は腕を組みつつ、意地の悪い質問をぶつけてみた。


「それは心強い。なら、相手がセージェでも助けてくれるな?」


 一瞬、サミーニは苦笑を浮かべる。

 そして(いん)(ぎん)(こうべ)を垂れると、


「たとえ本部と事を構えることになろうとも、商人の本分を貫かせていただきます」


 と、言い切った。


 セージェは、セレンに似た都市国家。

 商業ギルドの本拠地があり、実質、支配者は商人である。そしてリードヴァルトと幾度も紛争を繰り広げた、バロマット王国が所属するコージェス連合の一員でもある。

 古い時代はヴェリアテスの造幣を一手に引き受けており、外の見えない倉庫に積まれていたヴェリアテス金貨もすべてセージェ産だった。


 これは本気のようだな。

 サミーニにとって、俺はそれほど価値があるのか。

 見えない屋敷の一件を知っている?

 有り得るが、評議員は大した情報を持っていない。詳細は俺とエルフィミアしか知らず、彼女が話すはずもなかった。

 そうでないとしたら――そうか、ポーション。


 思い至れば、次々と状況が符合していく。

 前期試験で高品質のヒーリングポーションを調合した。高額であっても、それ自体は珍しくない。重要なのは作成者の俺が紐付きでないことだ。普通、それだけの錬金術師なら魔法ギルドに所属している。ポーションの販売権だけでなく、素材入手や膨大な知識の蓄積、所属しない理由がなかった。

 対して、俺の所属先は冒険者ギルドのみ。しかも田舎貴族の次男坊で、将来は平民の可能性だってある。囲い込めば、仲介無しで優れたポーションを仕入れられる。これほどの良物件はないだろう。


「そこまで言われたら考えんでもない。だが、僕は貴族だ。商売はしない。ポーションの販売とかな」

「はは、これは参りました」


 あっさりと仮面を外し、サミーニは破顔する。


「ま、すべて冗談だよ。誘ってくれて感謝はするが、そもそも僕は商業ギルドに入れない。知ってるだろう。リードヴァルト男爵家は、コージェス連合と敵対している」

「バロマット王国だけでは?」

「同じだ。侵略には手を貸さずとも、攻められれば総力を挙げて支援する。それがコージェス連合の盟約だ。我らが打って返したとき、セージェは明確に敵となる」

「国とギルド本部の意向は別――」


 そこまで言い、サミーニは諦めたように首を振る。


「そう訴えても信じる者はいませんか。まずはお礼を」

「さすが商人。聞き逃さないな」


 すべて冗談だ。ポーションを売らないと言ったのも、俺が貴族と言うのも。


「数は期待しないでくれ。リードヴァルトで医師にポーションを卸していたが、品薄の辺境だからだ。本業の生活を圧迫するつもりはないし、魔法ギルドと揉めたくない。それに何かと忙しい身でな。昔より調合に割ける時間は少ないんだ」

「残念ですが仕方ありません。出来の良いポーションが余るようでしたら、是非とも商業ギルドにお願いいたします。あ、魔道具もよろしくお願いいたしますね。いつでも品薄ですので」

「あまり、人を詮索するな」


 サミーニは、にこりと笑った。

 俺が『魔道具作成』を習得すると確信しているようだ。

 もしかすると、こちらが本命か。まったく、やりづらい。


「では、そろそろ失礼――と忘れていた。実家への手紙を頼めるか」


 俺は手紙を差し出した。

 中には仕送りの感謝と、怒られない程度に近況が書かれている。


「かしこまりました、すぐに手配を。あ、手数料は結構ですよ」


 革袋を取り出す俺をサミーニが止めた。

 早速、恩を売ってきたな。

 どう期待しようと自由だが、余るほど魔道具が作れるとは思えなかった。

 仕方ない――ひとまずはポーションでも納品するか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ