第79話 学院一年目 ~後期野外演習2
翌日、野営をそつなくこなした俺たちは、次のキャンプ地に向かった。
小規模な戦闘こそあったものの、さしたる問題も起きずキャンプ地に到着。
各班は協議した地点にテントを設営し、その後、周辺の巡回となる。
驚くほど順調で、少々怖いくらいだ。
変わったことと言えば、昨晩の夕食後、リーズがドリスの部下になるよう説得してきたくらいだろうか。
恐ろしく事務的な棒読みで、
「今の世は弱き者が虐げられ、強き者が簒奪する嘆かわしい時代です。ドリス様と参りましょう。ディオルト伯ライクス様は、力ある者が責務を全うすることをお望みです」
みたいなことを、つらつらと述べた。
定型文な内容はともかく、詰まるところディオルト伯の青田買いらしい。
何かするつもりなのか、何かされそうなのか。
どちらにせよ、関わるべきではない。
断る俺に、リーズは無表情のまま「明日もやるからね」と言った。
あっさりしているのは助かるが、勧誘者の人選は考え直した方が良いと思う。一号含めて。
そんな一幕もありつつ、昨日と同じく巡回を行っているわけだが、この辺りにボルニスはいなかった。
やることもないので『気配察知』に警戒を任せ、俺は素材やレジル茸を探し始める。
このレジル茸、スープにしたらなかなかの美味だった。
それなりの頻度で森に潜っているが、今回が初採取。秋限定の珍味かもしれない。
できるなら今日も採取し、夕食と朝食を豊かにしたいところだ。
茸狩りという名の巡回が始まってからほどなく、誰に言うでもなくリーズが呟く。
「このままだと、何もせず帰ることになりそうね……」
「そんなことはない。スープが美味かったぞ。たぶん今日も美味い。いや美味くなる。なぜなら狩るからだ」
俺は決意を新たにした。
しかしリーズはため息をつき、鎌金は苦笑いを浮かべてしまう。
何、他人事みたいな顔をしてるんだ。お前らも喰ってただろ、美味そうに。
「それよりも、昨日のあれ――頼めるかしら」
「あれか。どれくらいがご所望だ?」
「魔法一発で死なれると困るわ。でもオークはね……」
「分かった。魔法一発で死なずオーク以外だな。任せておけ、オークより面白そうなのを見繕ってくる」
「お願――え、ちょっと待って!」
リーズが何か言っているようだが、俺はもう走り出していた。
なぜならそこに、レジル茸があるからだ。
通り抜け様、素早く採取。そのまま森を駆け抜けていく。
後方で騒いでいるようだが、『気配察知』には何も引っかかっていない。
たぶん声援だな。よし、絶対に変なのを見つけてやる。
俺は冒険者の警戒網をかいくぐり、未知の森へと踏み込んでいく。
学院生なので泊まりの依頼はまず受けないし、採取も日帰りで事足りてしまう。前期野外演習は途中ではゴブリンに足止めを喰らったので、これほど森の奥に来たのは初めてだった。
魔物が弱いことで定評のあるセレンだが、大雑把ながら傾向はある。
俺がセレン入りした東の草原地帯が最も弱く、次に中央寄りの北、フィルサッチとの街道が延びる西、最後に南だった。
イレギュラーな魔物はその順序で遭遇しやすくなる。
そして、ここは南の森。俺は密かに期待しつつ、森を走った。
しばらくしてヌドロークの気配を感じ取る。
連中は初見殺しなだけでさほど強くないし、なにより俺が面白くない。
適当にやり過ごし、さらに南下していく。
そして周囲の気配が濃くなりだした頃、大きな足跡を発見した。
オークに見えるが、どこか違う気もする。
一見さんかね。
辿っていくと、正面に複数の気配。
慎重に近付き、木の陰から覗き込んだ。
おお、やっぱり初めましてだ。
大木の根元で寛いでいたのは、大猿の魔物だった。
デクラマはつるつるだが、こちらはもっさり。しかも毛皮と鱗が混在している。
おまけに腕が四本もあった。
『鑑定』に表示された名は、ドーコル。
四本腕の猿がいると聞いていたが、見た目は類人猿に近い。だが、知力は3。ゴブリン以下か。
オークでなく、魔法一発でも死なない。
腕は多く、『爪撃』や『強打撃』を持っているが、変則的なスキルもない。
数が三体なのは少々問題だが、強さはオークくらいだし、なんとかなるだろう。
あとは好戦的かどうかだな。ゴリラのように平和的な魔物なら見逃そう。
『隠密』を解除し、木の陰から姿を見せる。
途端、ドーコルたちは飛び退いた。
なかなか素早い。重量級のオークと戦ったし、一体はランベルト班に任せるか。
そしてドーコルたちは俺が一人と分かると、牙を剥いて襲いかかってきた。
囲みもしないのか。
頭脳はあれだけど、好戦的。合格だ。
先行する一体の顔面を蹴りつけ、その反動で後退。
俺が駆け出すと、ドーコルは金切り声を上げながら追ってきた。
キャンプ地からだいぶ離れている。
俺は適当に距離を保ちながら、時折、蹴ったり叩いたりしてドーコルを怒らせた。
明らかに誘き出されているのに、不審に思う素振りもない。数値以上に、ゴブリンよりも残念だった。本当にステータスは大雑把だと思う。生き物の能力なんて簡単に数値化できるものではない。それを無理矢理当てはめるから、こんな揺らぎが起きてしまう。
ドーコルたちを挑発しながら走ることしばらく、ようやくキャンプ地が近付いてきた。
すると金切り声を聞きつけたのか、冒険者の気配が急速に接近。
そして樹間から斥候が顔を覗かせるなり、笛を口に当てる。
「止めろ!」
俺の制止に斥候は硬直した。
「誘導してきたんだ。演習の邪魔をしないでくれ」
「……誘導?」
困惑する斥候にドーコルが一体、向かっていく。
お前の相手はこっちだろ。
横っ面に石を投げつけると、濁音だらけの悲鳴が上がった。
頬を抑え、ぺたん座りで俺を睨み付ける。どこの乙女だ。
「リーズ班とランベルト班を呼んでくれ。他の班は不要だ。荷が重い」
斥候は呆然としていたが、俺がドーコルたちをあしらうのを見て踵を返した。
さて、後は待つだけだが――斥候の登場で気が散りだしたな。
俺に集中させようと、ちょっと強めに顔や腹を蹴り、剣で浅く斬りつける。
ランベルトたちがやってきた頃には、すっかり怒り狂っていた。
「また馬鹿なことやってるな」
「やっときたか。凄いだろ、こいつら。腕が四本もあるんだぞ、三体揃って十二回攻撃だ」
「そんなわけないでしょ」
ランベルトとエルフィミアは呆れ、フェリクスは苦笑する。
そしてリーズたちは、エリオットと一緒に呆然としていた。
おかしいな、喜んでない。要望どおりの魔物だが……。
あ、びっくりしてるだけか。腕が多いもんな。
感謝の言葉は後で頂戴するとして――。
ランベルトたちの背後に並ぶ冒険者へ視線を送る。
やはり仲間も連れてきたな。生徒だけを行かせるわけないか。
気をつけないと、テンコとアルターが同一人物だとばれそうだ。
冒険者活動時は、愛用の革鎧かくたびれた布鎧を着込み、青藍のマントも付けることが多い。今は野外演習用の小綺麗な布鎧なので、見た目で気付かれることはないと思うが、いずれ対策を考えた方が良いかもしれん。
ま、そちらも後回しだ。さっさと演習をこなしてしまおう。
「それじゃ、始めようか。一体はランベルト班に任せる」
「お、良いのか?」
「うちで三体はきついからな。それと攻撃力こそオークに劣るが、速度は――」
振り回される爪を躱す。
「疲れてるけど……まだちょっと速い。注意しろ」
「あんたじゃないんだから。充分速いわよ」
呆れ顔でエルフィミアが言う。
「それなら良いが。では行くぞ」
「いつでも来い」
展開するランベルト班に向け、ドーコルの一体を蹴り飛ばす。
綺麗に転がっていき、包囲の中で停止。
その途端、エルフィミアが《氷柱の短矢》を発動した。
氷柱が腕を貫通し、ドーコルの絶叫が響き渡る。
「後は任せるわ」
言い捨て、冒険者の方へすたすたと歩いていく。
酷え……。いきなり個性の一つを潰しやがった。まだ一本あるけど、二本腕になったらただの猿だぞ。いや、もしかして――三人で相手するから三本に?
それが事実かはさておき、フェリクスが飛び出してドーコルと向かい合う。
ランベルト班の戦いが始まった。エルフィミア抜きで。
こちらも負けてられんな。
「始めるぞ。準備しろ」
「え……ええ!」
慌てながらリーズは後方で杖を、鎌金がその前で剣を構えた。
飛び掛かる二体を捌きつつ、俺は役割分担を説明する。
「僕が引きつけるからリーズは魔法攻撃、二人は隙を突いて斬り込め。あとは臨機応変だ」
「了解!」
俺は軽く飛び退き、爪先で地面に線を引いた。
ここが最終ライン。
マーカントたちに指摘されたとおり、俺は速度に頼りすぎていた。だから他の技術が向上しない。
この先は『体術』を抑え、剣の技術でこいつらを捌く。
下がるのは皆の緊急事態のみだ。
「もし苦戦しても慌てるな。そっちの冒険者も手出し無用だ」
リーズたちは了承し、冒険者も困惑の表情で頷いた。
俺は剣を構え、ドーコルと対峙する。
そんな雰囲気の変化を感じ取ったのだろうか。ドーコルたちは躊躇した。
らしくない真似を――。
数歩踏み出し、手近な一体を斬りつける。
刹那、目の色を変えて襲いかかってきた。
俺は線まで飛び退き、迎え撃つ。
本当に単純だな。鍛錬になれば良いが。
振り下ろされる二本の腕。
下の一本を受け流し、上の一本を躱す。
ドーコルはあっさりと体勢を崩し、隣に激突。
そこへすかさず鎌が斬り込んだ。
剣が脇腹を斬り裂き、甲高い悲鳴が上がる。
血走った目に後退る鎌。
割って入り、俺に集中させる。
しかしその直後、背後から金の斬撃、後方からリーズの《火炎の短矢》が飛ぶ。
そんな攻防を繰り返すうち、失敗だったと気付く。
リーズ班の鍛錬になるが、俺には足りない。
苦戦すると宣言したのに、意外に頑張る鎌金の攻撃でドーコルは混乱しっぱなしだった。
こいつらが中途半端に強いのも問題だ。
ドーコルの攻撃系スキルは、どれも力任せの単発だった。四本も腕があるのに、まるで工夫がない。今まではそれで押し切れたのだろう。
破れかぶれの『爪撃』を受け流す。
武器も良くない。予備とはいえ、使い慣れた片手剣。ドーコルの雑な攻撃では、『片手剣7』を越えられない。軽量の両手剣では演習に不向きと除外したが、無理にでも持ってくるべきだったか。
ランベルトの一撃で、向こうのドーコルが沈む。
ずいぶん手こずったようだ。特に最前線で踏ん張ったフェリクスの被害が大きい。
エルフィミアが腕一本を奪っていなければ、案外、危なかったかもしれん。
俺たちも終わりにするか。
こちらのドーコルたちは、大した手傷を負っていないのに疲労困憊だった。それはリーズや鎌金も同様で、しばらく誰も攻撃していない。とっくに限界を越えている。
結局、一度も線を下がらなかったな。
俺一人なら、もう少し戦いになったと思うが、今回は仕方ない。
皆に付き合った、それで満足しよう。
「誰がとどめを――」
横目で窺い、言葉を切る。
やるわけないか。
「分かった。僕がやる」
剣を構え直し、踏み込む。
大上段からの爪を受け流し、流れに乗って真下から喉を斬り裂く。
降り注ぐ鮮血を躱し視線を向けると、最後の一体は逃走していた。
魔法で仕留めても良いが――最後まで剣でいこう。
水平に構え、駆け寄っての横薙ぎ。
その瞬間だった。
不意にドーコルが転倒、横薙ぎは空を切る。
咄嗟に剣を戻し、振り上げる爪を受け止めた。
ようやくか。
必死に考えた作戦だったのだろう。猿の顔でも分かるほど、ドーコルは悔しがる。
当然、その先まで考えてはいない。結局は力任せの攻撃に戻ってしまう。
丁寧にそれを受け止め、崩れたところを側面へ。
真下目掛けて『強撃』を振り下ろす。
上の左腕ごと首を切り落とし、戦いは終わった。
血糊を拭き取り刃こぼれを確かめていると、ランベルトが歩み寄ってきた。
「お見事」
「そっちは手こずったようだな」
返り血だけでなく、腕や頬に裂傷を負っていた。
ただ、怪我の程度はフェリクスの方が酷い。命に別状はないが、エルフィミアが付きっきりで《軽傷治癒》を掛けている。あの様子だと、ランベルトやエリオットに回せるほど魔力に余裕はなさそうだ。
俺はヒーリングポーションをランベルトに手渡す。
「エルフィミア、魔力は残しておけよ」
俺はエリオットにも二本のポーションを放った。
深々と頭を下げるエリオットとフェリクス。エルフィミアも俺に頷くと、ポーションも使って治療を始めた。
「すまんな」
礼を言い、ランベルトはポーションで傷口を洗う。
「腕が四本あるだけで、ずいぶん勝手が違った。攻撃頻度は大して変わらんが、邪魔で胴体を狙いにくい。良い経験になった、感謝する」
「構わんさ。それより、そっちはお前たちの獲物だ。好きにしてくれ」
「しかし――」
「これも約束の一部だ。解体を含めてな」
ランベルトも頭を下げると、「魔石を探すぞ!」と戻っていった。
では、こちらも解体するか。
首なしドーコルを引きずり、もう一体と並べる。
その間も、リーズ班の面々は座り込んだままだった。
疲れているようだが、もう少し踏ん張ってもらう。
リーズの前に立ち、俺は問いかけた。
「少しは演習になったか?」
「充分すぎるわ……。言いたいことは山ほどあったけど……もう良い。それにドリス様があなたに目を付けた理由も、よく分かった」
「そちらは遠慮しておく」
丁重にお断りし、よく知る気配に視線を動かす。
額に手を当てながら、デシンドが観戦していた。
「またお前か……」
ぼやくなり、首を横に振る。
なぜだろう。まるで問題児を見るような目だ。ちょっとだけ警戒網を抜け出したけど、きちんと演習したぞ。
よく分からんが丁度良い。彼に聞くとしよう。
「デシンド先生、ドーコルの毛皮は素材になりますか」
「ん――ああ、革鎧の素材になるぞ。鱗が混ざっている分、扱いにくいと聞くな」
扱いにくい、か。
ついでだし、鞣しの練習でもしてみるか。職人に頼むと金が掛かってしょうがないし、どんな技術も無駄にはならない。無理そうなら、今までのように売却しよう。
俺はリーズ班に向き直る。
「ではこれより、ドーコルの解体を行う」
宣言しても、誰一人立たなかった。
疲れ切った目で俺を見上げている。
あれ、誰も怪我してないよな?
念のため『鑑定』で確認するも、全員の体力は満タンだった。
なるほど、やりたくないのか。
貴族のお嬢様と騎士の息子だしな。俺はすっかり慣れたけど。
ふと、ランベルト班を見やる。
子爵と復活した騎士の息子が、ナイフ片手に奮闘していた。
俺とあいつらは特例らしい。
「分かった、皮は僕がやる。魔石探しくらいはできるだろ」
「やらないと駄目?」
「リーズは構わん。魔法学だしな。そっちの二人はやっておけ」
鎌は悩みつつも了承、しかし金は「できれば遠慮したいのですが……」と拒否してきた。
父親は裕福な騎士様なのかね。魔石は宝石以上の価値があるってのに。伊達に金髪がねじれてないな。
「強制はしない。だが、解体も講義の一部だぞ」
金はデシンドを見やる。そして無言の肯定に肩を落とした。
その後、不慣れな二人を指導しながら魔石を探すも、残念ながら発見できなかった。
交代し、俺は皮に取りかかる。
「アルター」
一段落付いた頃、ランベルトが俺を呼んだ。
振り返った途端、何かを放ってくる。
「受け取ってくれ」
「魔石? これはお前たちの物だぞ」
「戦闘指導は約束でも、ポーションは別だろ。足りんかもしれんが、せめてもの礼だ」
義理堅いやつだな。
魔石は暗い赤色で小ぶり。価値はオークと同じくらいの金貨五枚前後か。
悩んだが、俺は素直に受け取った。
「皮も持ってくか? ぼろぼろだが――」
「いらないなら、もらおうか」
俺は礼を返し、そちらのドーコルも剥いでいった。
こうして演習二日目、ドーコルとの戦いが終わった。
収穫は魔石が一つ、毛皮三枚。リーズの要望どおりに演習の目的も達成した。
充分な戦果と言えよう。
◇◇◇◇
肌寒い森の早朝、俺が黙々と毛皮を処理していると、顔を洗い終えたリーズがやってきた。
皮になるとさほど気にならないのか、隣に立って見下ろす。
「またやってるの?」
「おはよう。肉や脂肪が残っていてね。明るいときにやらんといかんな」
今日は帰還の日だった。
そろそろ生徒たちが起き出してくる時間だが、テントから出ているのは疎らである。
数日の疲労もあるが、昨晩の夜襲が堪えているのだろう。
真夜中、キャンプ地はヌドロークの襲撃を受けた。
樹上の警戒は甘かったようで、生徒たちはパニックに陥ってしまう。
そこへランベルトが一喝。
どうにか平静を取り戻すと、数に任せて押し切り、無事に撃退した。木の少ないキャンプ地での戦いだったのも、有利に働いたようだ。
ちなみに俺は何をしていたかというと、後詰めという名の待機である。当直だったのに。
ある程度の処理を済まし、ドーコルの毛皮を丸めて袋に収めていく。
残りはセレンに戻ってからだ。やり方も調べないとな。
これまで皮は剥いでも、売却して終わりだった。
ネリオは狩人で製革職人じゃないし、ヴェレーネ村でも最低限の下処理までしか頼んでいない。やり方を知ってそうな人は――石灰おばさんか。それで駄目なら冒険者ギルドだな。
しばらくすると生徒たちが起き出し、顔を洗ったり朝食の準備を始める。
うちの朝食は前日と同じく、レジル茸のスープとパン。
大した準備はいらないので将軍茶をのんびり楽しんでいると、鎌が森から戻ってきた。
「おはようございます。アルター様」
「おはよう。朝から頑張るな」
「習慣ですので」
と、照れ笑いを浮かべる。
鎌は俺より早くに起き出し、森で鍛錬していた。
「アルター様。今はお手すきでしょうか」
「ん? 暇と言えば暇だが」
「もしよろしければ、稽古を付けていただきたいんです」
そう言って、鎌は頭を下げてきた。
まだやるのか。熱心なやつだ。
「構わんが、出発までさほど時間もない。軽い手合わせで良いか?」
「ありがとうございます!」
こうして俺は、朝から元気な鎌と森へ入っていく。
木剣は持参していないので、剣の鞘を固定して戦うことになった。
「いつでも良いぞ」
「ではお言葉に甘えて――」
鎌は一息に踏み込んできた。
それを受け流し、軽く胴に合わせる。
どうにか飛び退き、鎌は構え直す。
その後、何度か斬り結んだが、鎌の実力では『片手剣7』は崩せそうもない。
鎌も分かっているようで、かなり攻めづらそうだった。
すると突然、鎌は剣を握り直し、雰囲気を変える。
何かするつもりだな。
警戒する俺に、鎌が鋭い呼気を吐く。
繰り出したのは『二連撃』。
その初撃を躱したとき、思いもよらぬことが起きた。
「おお、飛んでったな」
宙を舞う鎌の剣。
顔を真っ赤にし、「すみません!」と拾いに向かった。
試験でやり合ったときは習得していなかった。
この数ヶ月で覚えたのか。ランベルトたちも努力家だが、ここにもいたらしい。
ただ、方向がな……。
そして模擬戦を再開するも、鎌に見所なく終える。
余計なお世話と思いつつ、俺は問いかけた。
「剣にこだわるのは、騎士を目指しているからか?」
「分かりますか」
「不得手なんだろ」
「はい。どうも才能がないようです」
そう言うと、鎌は視線を落としてしまった。
せめて『打撃』なら形になる。しかし『鎌』は……どうしても農具の印象が拭えない。騎士の武器としては、一番駄目かもしれん。
「騎士と言っても人それぞれ。剣の実力以外で貢献すれば良いんじゃないか」
「仰るとおりです。ただ、剣の腕でも――と、なりたいものです」
無理に笑顔を作ると、鎌は剣を振り始めた。
努力を続ければ、『片手剣1』くらいは習得できると思う。
逆に言えば、どんなに努力してもそれ以上は難しい。
他の『両手剣』や『短剣』も試したのだろう。その中で比較的マシだったのが『片手剣』――いや、関係ないか。剣であることに意味があるんだな。彼にとって。
そんな努力家の少年に背を向け戻ろうとした矢先、呼び止められる。
「アルター様。僕はカートル・オルスです」
剣を下げたまま、俺に笑いかけていた。
「いきなりどうした?」
「一度も呼んでくださらなかったので」
「仲間の名前を忘れるわけなかろう。それより出発が近い。鍛錬もほどほどにしておけよ」
そう言って、俺はキャンプ地に戻った。
しかし、ヘレナじゃあるまいし。名前くらい覚えられるぞ。
俺を馬鹿にしてるな、カーマルめ。