第78話 学院一年目 ~後期野外演習1
どうしてこうなった。
いつもよりだいぶ騒がしい教室内で、見慣れた連中を遠くに見る。
ランベルト、フェリクス、エルフィミア。
後期野外演習は錬金術に代わり、魔法学の生徒が参加する。引き続き参加のエルフィミアを加えることで万全の布陣となるはずだったのだが――。
なぜそこにいる、エリオット。
前期野外演習で重傷を負った彼も、今ではすっかり回復し、時折、ランベルトたちと鍛錬しているそうだ。それは素晴らしい。だが、なぜそこにいる。
後期野外演習の班分けが始まったとき、俺は当然のようにランベルトとフェリクスに声を掛けようとした。
それに立ち塞がったのは、見えない壁だった。
正確に言えば、目線の高さには存在しない壁である。
「うちの班に入りなさい」
見下ろすと、黒髪のちっこいのが見上げていた。
迷子かな?
「エルフィミアはどうした」
「当分、諦めるみたいね。あなたがドリス様のご指名よ」
「なんで僕に……断っていい?」
「貸しがあるわよね。見えない屋敷について教えたでしょう。あ、エルフィミア様にはないから。前期で、延々と話に付き合ってもらったみたいだし」
一号の遠回りな勧誘か。
仲間うちでも貸し借り扱いなんだな、あの無駄話。
そんなやり取りを二号と交わすうち、エルフィミアが動く。
さっさとランベルトたちと合流し、あぶれていたエリオットにも目を付け、班に加えてしまう。
新生ランベルト班の誕生である。
あっという間の出来事に呆然としていると、気付けば二号の班員名簿は提出され、きっちりと承認されてしまった。
いや本当に、どうしてこうなった。
そんな俺の困惑をよそに、ちっこい二号が班員に問いかける。
「皆は経験者でしょう。言っておくことはある?」
目線の下で揺れる黒髪に、取り巻き連中は首を傾げた。
彼らは騎士の息子たちだ。先ほど「改めまして」と名乗られたが、取り巻きという枠で十把一絡げに処理していたから、改めなくとも名前を知らなかった。
「何かないの?」
さらに促されるも、取り巻きは困惑してしまう。
伯爵、子爵、男爵の娘と、騎士の次男や三男。身分だけでなく性別まで違う。普段、意見を求められることが少ないのだろう。
ちっこいのは取り巻きを諦め、俺を見上げてきた。
こっちも諦めるか……。
内心、大きくため息をつき、俺は切り出す。
「じゃあ、僕から意見を言わせてもらう。前期野外演習のとき、ゴブリンの襲撃を受けたのは知ってるよな?」
「ええ。シリジアがすっかり怯えていたわね」
シリ……? あ、一号か。
そこまで怯えていたなら、やる気以前に錬金術を辞めそうだ。ただのお嬢様に野営や戦闘は酷だよな。
思考を戻し、話を続ける。
「上級生がうまくまとめ上げてくれなければ、壊走したと思う。ほぼ実戦未経験者と非戦闘員の集団でも、それはこちらの都合。群れる弱者はお手軽な獲物に過ぎない。それと、前日の野営も酷い有様だった。ほとんどの見張りは一晩中、焚き火に集まって雑談していたよ。襲撃が夜間なら、どれほどの死者が出ていたか。正直、ぞっとする」
「なんでそんなことに? 誰も指摘しなかったの?」
怪訝な表情で見上げる黒髪に、俺は首を振った。
「しない。僕も含めてな。理由は簡単だ。まず、一年の命令系統がはっきりしていなかった。そして演習を通して命令系統の重要さを感じ取ってほしい、という学院側の方針のためだ」
「らしいやり方ね。それで?」
「想像のとおりだよ。講師は大まかな決定を下すだけで、細かい部分は丸投げ。例年の手法のようだが、今年の襲撃は強烈すぎた。顧みる余裕なんて吹き飛んでしまったんだ」
小雨なら傘も差そうが、暴風雨では手に取りもしない。
そんな風に煽られ、八名の生徒が戦闘術の講義を辞めていた。
呆れたように黒髪は嘆息する。
「それじゃ、死にに行くようなものじゃない。どうしたら良いと思う?」
「学院の意向に乗るしかないな。一年の代表を決めるんだ。もしくは班長による合議制。この件はランベルトとも話し合った。二――こちらが同意を示せば、相談に乗ってくれるだろう」
「そう。代表は難しそうだけど、合議制は面白いわね。異論も少なそうだし。でも戦闘時の指揮権は一人に絞らないと……」
つむじを見せながら二号はぶつぶつと検討していたが、ふと顔を上げる。
「それはそれとして――まさか私の名前、覚えてないの?」
と、胡乱げに見上げてきた。
俺は「ははは、まさか」と爽やかに否定したが、ちっこいのに信じた様子はない。
ちゃんと覚えてるって。ニゴーだろ?
「ま、良いわ。きちんと名乗ってなかったしね。私はリーズ・セヴリーユ・サクリス。サクリス男爵の四女よ。呼び捨てで構わないけど、もう忘れないでよ」
「ははは、もちろんさ」
そんな素敵な会話が気になったらしい。
取り巻き二人が不安げな表情で見交わす。
「あの、まさか僕たちも? 先ほど名乗りましたけど……」
「忘れるわけないだろ。トリーとマッキーだよな」
「違います!」
二人揃って抗議してきた。
無駄に息を合わせおって――そんなんだから覚えられないんだよ。
あ、でも一人はうっすらと記憶にあるぞ。試験の模擬戦で戦った鎌男だ。そうか、カマーだ。名は体を表すって言うし。
改めて取り巻きも名乗っていく。
鎌男はカートル・オルス、ねじれた金髪がラステアン・サーベスだった。
カートルか、惜しい。ほぼ正解だったな。
ともかく、鎌のカートルとねじ金のラステアンね。よし、覚えた。
「さっきの話に戻すけど、私の家は男爵よ。いくらドリス様が後ろに控えていても、提案者になればそれだけで反発される。あなたのお仲間は賛成なのね?」
「ああ」
「皆はどう思う?」
鎌と金は「良い案です」、「私も賛成です」と口を揃えた。
それでリーズは決断する。
「分かりました。彼と話してみましょう」
リーズは俺たちを引き連れ、ランベルト班の元へ向かった。
「例の件だけど」
それだけでランベルトは用件に気付く。
「そちらの結論は?」
「まだ何も。最悪でも合議制に持っていきたいわ」
「分かった。では、あいつらも議論に巻き込むとしよう」
簡潔にやり取りを終え、ランベルトは室内を見渡す。
そして――。
「皆、聞いてくれ!」
と、声を張り上げた。
戦場でもよく通りそうな一声に、室内は静まりかえる。
全員の注目が集まっているのを確認し、ランベルトは切り出す。
「前期野外演習では、ゴブリンの集団による襲撃を受けた。判断を誤れば、死者が出ていてもおかしくない規模だ。それに異存のある者はいないだろう。そして我々一年はろくに戦えず、冒険者や講師、上級生に守られるだけだった。確かに、多くの者が初の実戦だったと思う。だが、我らはそれほど弱いか? いくら多くともゴブリン、農民が数人いれば倒せる相手だ。なら、どうして動けなかった?」
その問いに生徒たちは互いを見やる。
多少ながら、察している者もいるようだ。
そんな少数に向け、ランベルトは頷きかける。
「そう、指揮官がいないからだ。集団戦において命令系統は重要。自由に戦端を開けば、敵陣で孤立の怖れがある。この中にはそれを理解し動かなかった者、肌で感じて動けなかった者もいるだろう」
一呼吸置き、ランベルトは宣言する。
「俺は一年の命令系統、その確立を提案する!」
雄叫びに似た声が教室に響いた。
呑まれる生徒たち。
だが、いくら気圧されようとも、我に返れば多様な感情が渦巻く。
それを見越したリーズが、間髪入れずに進み出た。
「私たちリーズ班も賛同します。一年代表を定めるか合議制にするか、命令系統にも色々あるでしょう。まずはそこから話し合いたいと思います。班長は集まっていただけますか」
これで反射的な反発が封じられた。
生徒たちはざわつき、次第に班長たちが集まってくる。
ほとんどは貴族で、ランベルトと同格の子爵家もいた。
リーズが懸念していたとおりの構図である。
話し合いにより、指揮系統は班長による合議制と決まった。
しかし、戦闘時の指揮権で足踏みしてしまう。
戦いながら議論など交わせるはずもなく、有事に際しては一人に絞るべきだった。それが分かっていてもまとまらない。貴族の性だ。
リーズはランベルトに任せたいと発言するも、ペシム子爵家長男のクルトスが反発する。
同格の子爵家とはいえ、向こうは珍しく跡取り。将来の格下に従うのは不愉快らしい。
すると、ランベルトはあっさりとクルトスを支持した。
一言添えて。
「では、有事の指揮権はクルトスに任せよう。俺が死んだら責任を取ってくれるな?」
クルトスは黙ってしまう。
これが前期野外演習前なら、大して悩まず「取ってやる」と明言しただろう。
しかしゴブリンの集団に襲われ、多くの生徒が死を意識した。そして生徒には貴族の出身者も多い。もし全滅でもすれば、ペシム家は崩壊する。自分が死のうと生きようともだ。
クルトスは指揮権を放棄した。
こうなると手を上げる者などいない。
改めてリーズ、そしてタシール男爵家の次子、シグラスもランベルト支持を表明する。彼は前期野外演習で、仲間を守るため前線で踏ん張っていた少年の一人だ。
誰からも異論は出ず、後期野外演習は合議制をとりながら、戦闘発生時はランベルトに指揮権が委ねられることとなった。
これでようやく、指揮系統の出来上がりだ。
◇◇◇◇
数日後、俺たちは後期野外演習に出発する。
目的地は南の森だ。
セレン周辺では最も遠く、穀倉地帯や放牧地を抜けてようやく到達する。そして帝国中央から離れている分、魔物の強さはやや上だった。
前期と同じく冒険者のまとめ役は『セルプス』のハレイスト、他の二組は更迭となり、もう少し探索に長けたパーティーが加わっている。正直、『万年満作』がいなくてほっとした。あいつらがいると、予想が付かないので本当に困る。
それと補佐役の上級生は、四年のタリアス・モルティフ・オルムスタッドという伯爵様の三男だった。
ただでさえお偉いのに冷淡な性格らしく、最初の挨拶以外、ほとんど会話がなかった。
肝心の補佐役がこれなのでリーズたちは心配そうだったが、さっぱりしていて俺は助かる。伯爵の息子なんて面倒極まりないし。
初日は順調にキャンプ地へ到達、デシンドの指示で野営の準備を始めることとなった。
ここで早速、指揮系統が生きる。
ランベルトの号令で班長が集まり、どの班がどこにテントを張るかを協議した。
夜の見張りはその周辺で行うため、実質、見張り位置の決定でもある。ランベルトは最も危険な南を受け持つと言い出したが、有事の指揮官が前線に立つべきではないとリーズに一蹴された。その結果、リーズ班が最前線と決まる。鎌と金はそれなりに戦えるし、リーズは初級魔法を使える。あと俺の所為だ。
「これはどこに使うの?」
「あ、こちらです」
支柱を手にしたリーズから、鎌が慌てて取り上げる。
こうしてテントの設営が始まったのだが、リーズが率先して手伝おうとするので、取り巻き二人は調子が狂っているようだ。
一号がどれだけ酷かったかよく分かる。
いや、この世界目線なら、おかしいのはリーズか。ちっこくても男爵のお嬢様だしな。
ちなみにリーズ班の物資担当者は鎌である。
これにもリーズは「後方の私が受け持つべきでは?」と言い出したが、班長兼物資担当者ではやることが多すぎると俺が却下。前期は鎌が仕切っていたというので、そのまま任せている。俺はやらない。面倒だから。
設営が終わると、俺はキャンプ地中央へ向かい、置かれた水袋に《清水》で補充していった。
こちらも班長会議で、水魔法が使える者が持ち回りで補充すると決定した。おかげで全員の荷物から水を大幅に減らすことに成功している。
会議で提案したのはランベルトだが、進言したのはエリオットらしい。
前ランベルト班や一号班は、俺やエルフィミアがいたので水の重さを体験しておらず、そこまで頭が回らなかった。エリオットの班は苦労したのだろう。
しばらくして、デシンドは班長と魔法学の生徒を呼び寄せた。
該当する生徒たちが向かうと、待っていたのはデシンドと魔法学の講師ヘレナだった。
いつもどおり、全身からやる気のなさが滲み出ている。
火属性を中心に多くの魔法を操る才女だが、仕事に対する熱意は皆無だった。
全員が集まったのを確認し、デシンドが指示を出す。
「各班、周囲の巡回、魔物や敵対的な動物の探索と排除だ。外周では冒険者や上級生が周回している。警戒網の外へは出ないように」
「攻撃魔法が使える者は、戦闘ごとに一度は魔法で攻撃しろ。使えない者は使える魔法を適当に使っとけ」
デシンドの言葉を、ヘレナが雑に引き継ぐ。
これで解散となったのだが、テントに戻ったのは魔法学の生徒のみ。
班長たちは自発的にランベルトの元へ集合し、巡回をどうするかで協議を始めた。
とても良い傾向である。そのままランベルトに全権を渡せば尚良しだ。
俺は留まり、離れたところで議論を拝聴した。
協議の結果、外周側の班が巡回、中央寄りの班は戦力が低いため、支援や伝達と決まる。
講師の指示からは少し外れるが、巡回の一翼を担うのに変わりない。
聞き耳を立てていたデシンドにも、否定的な様子は見られないので問題なかろう。
そして準備を整え、俺たちは巡回に向かった。
隊列は俺、鎌、リーズ、金の順番である。
雑だった前期に比べ、今回は各班が一定間隔を保って巡回を行っていた。これなら孤立しないし、取りこぼして中央が急襲される危険も少ない。
俺は気楽な足取りで、小鳥のさえずりを聞きながら秋の森を散策した。
冒険者生活で周辺の森や草原は一通り回っているから、ある程度は特徴を掴んでいる。
それに生徒たちの気配を感じ取り、大抵の魔物や動物はひとまず距離を置いていた。様子も見ないで襲ってくるのは、よほど自信があるか勘の鈍い魔物くらいだ。ちなみに後者の代表格はゴブリンだが、前期と討伐隊で激減している。
その代わり――ボルニスがいるな。
この前ほどではないが、点々と気配を感じた。
俺は巡回しつつ、大木から叩き落とし、また茂みに潜む甲虫を引きずり出して首を刎ねていく。
ふと気付けば、班員がドン引きしていた。
俺と目が合うと、リーズはすっと逸らす。
「……そういう趣味があったのね。ドリス様に報告しておくわ」
「人聞きの悪い。こいつらは穀倉地帯を荒らし回ってる害虫だぞ」
「そうなの?」
リーズは鎌金に確認するが、彼らが知るはずもない。
まったく、金銭度外視で働いていると言うのに酷い誤解だ。誰が好き好んで馬鹿でかい虫にちょっかいなんて出すものか。
すっかり黙ってしまった班員を捨て置き、俺は黙々と首を刎ね続ける。
そして周囲のボルニス駆除が終わった頃、森の先で冒険者の気配を感じた。
警戒網に到着したらしい。
ボルニスも一通り片付いたし、範囲を広げながら戻るとするか。
リーズたちには「冒険者を見かけたから引き返す」と伝える。
これで巡回はほぼ達成だが、ただ戻るのも勿体ないな。
折角だし、素材や夕食用の山菜でも採取しておくか。
秋と言えばあれだけど――。
周囲を見渡すと、いきなりでかいキノコを発見する。
レジル茸か。リードヴァルトでは見たことないな。
鑑定結果は……素材にならないが食用。よし、確保だ。
それから黙々とキノコ狩りに勤しんでいたが、
「真剣にやりなさいよ。魔物が出たらどうするつもり?」
と、リーズが小言を言ってきた。
食糧採取は重要だと思うが。
そんな反論をひとまず飲み込み、心配するなと告げる。
「僕は探索系のスキルを持っている。この辺りには何もいないぞ。でっかい虫もな」
リーズは驚き再び鎌金を見るが、やっぱり首を傾げられた。
答えられないことばかり訊いてるからな。鎌金は悪くない。
その後もふらふらする俺に、リーズが呆れ気味に呟く。
「やってることはともかくとして――便利なのね、あなたって」
「お褒めにあずかり光栄の至り。そんな光栄ついでに提案だが、その気になれば魔物を引っ張ってこれるぞ。後期野外演習は実戦が目的だろ」
「そうね……」
少し考え、リーズは首を振った。
「止めておきましょう。今日は安全確保だけで良いわ」
「了解」
応えながら、俺は顔を動かす。
探索系のスキルについて話したからだろう。
何気ない仕草だったが、リーズたちは慌てて武器を構えた。
それを手で抑え、意識を集中させる。
遠すぎてはっきりとは分からんが――戦ってるな。
いや、戦い始めたってところか。
西の方角。あの辺りだとランベルト班が近い。
改めて周辺の気配を探る。
大丈夫、ここは安全だ。
俺は察知したことをありのままに伝え、班長に問いかける。
「どうする?」
「私たちの受け持ちはここよ。向こうは任せて――」
リーズが言い終わるより早く、一人の少年が森から駆け出してきた。
そして俺たちを見つけるなり、固い表情を和らげる。
「西にオーク二体! ランベルト班が向かっていますが、突破の危険あり! リーズ班、後詰めをお願いします!」
「指揮官の指示なのね?」
リーズの問いに少年は肯定する。
オークね。腕力を過信し、勘も鈍い。あいつらも生徒の人数なんて気にしないか。
どうあれ、少々厄介だ。
純粋な能力なら、ランベルトとフェリクスは引けを取らない。しかし相手は重量級。二人は地に足を付けて戦うから、相性はかなり悪かった。
エルフィミアがいるので死者は出ないと思うが……。
「分かりました。支援に向かいます」
「ではこちらへ! 案内します!」
と、伝令は駆け出した。
それを追っていくと、巡回中の班に遭遇する。
リーズはそのたびに「支援に向かいます、ここはお願い!」と声を掛けた。
各班の生徒たちは、俺たちに声援を送る。
不思議な光景だった。
好き勝手にやっていた前期とはえらい違いである。指揮系統が確立されたことで、集団の意識が強まったのだろうか。
そんな変化に嬉しく思いつつも、俺は一人で先行するか悩んでいた。
『高速移動』を使わなくとも、すぐに到着できる。リーズの足は遅いが、それ以上に伝令が遅い。走り通しで疲れ切っていた。
まあ――大丈夫だろう。
相性が悪くとも、ランベルトたちなら後れは取るまい。
ほどなく、俺たちは戦場に到着する。
やはり無事だったか。他の生徒にも脱落者はいないようだ。
二体のオークと二つの班が対峙し、それぞれにランベルトとフェリクスが支援に入っていた。ランベルトの方は、命令系統で噛みついたクルトス班のようだ。
奮闘する生徒たち。
だが、それ以上に俺を引きつけるものがあった。
あれってまさか――《妨土の壁》か?
森に聳えるのは、高さは三メートルの壁だった。
念のためオークを『鑑定』したが、普通のオーク。第一、オークは壁を背にしている。いくら連中でも退路を塞ぐ真似はしない。
となると、発動したのはあの人か。
振り返れば、エルフィミアとエリオット、そしてヘレナが観戦していた。
俺の視線を追い、リーズもエルフィミアたちに気付く。
そして激戦を繰り広げる二班とオークを見ながら、エルフィミアの元へ向かう。
「あの、後詰めに来たんだけど……」
「まだ待機してて。突破されたらお願いね。他の生徒じゃ押さえられないから」
どうやら本当の意味で後詰め、予備らしい。
しかしそれを聞いたリーズは、見る見るうちに青ざめていく。
「ちょっと待って、私たちだけでオークを?」
「突破されたらね」
エルフィミアが軽く言い放つも、リーズはさらに青くなってしまった。
気持ちは分かる。鎌金とランベルトたちでは比較にならない。しかも二班も加えて激戦だ。「突破されたらリーズ班の出番」、と言われても困るだろう。
さすがに言葉が足りないと思ったのか、エルフィミアが言い添える。
「別の支援もお願いしてるから平気よ。それでも駄目ならあなたたちの出番だけど、私も戦うから安心して」
言いながら、エルフィミアはちらりと視線を向けてきた。
どうせこいつが片付けるし、と言いたげである。
まったく、失礼なやつだ。ちゃんと手加減するぞ、演習だからな。
そこでふと、俺の席に座った少年へ目を向ける。
「そういや、エリオットは戦わなくて良いのか?」
「はい。僕は怪我人が出たときの予備です。今は――入り込む余地がないですね」
「それもそうか」
オークの強打を避けるため、前衛は目まぐるしく移動していた。
エリオットが参戦したら、反って犠牲者が出てしまう。
待機を命じられた俺たちは、後方で観戦することとなった。
ランベルトとフェリクスは当然、思ったよりクルトスが戦えている。棍棒の直撃を受けないように足を動かし、積極的に声も掛けていた。他の生徒も連携が取れているようだ。
魔法学の生徒は――魔力切れか。
それでも戦場から離れず、声を張り上げオークの行動を皆に伝えている。
悪くない。
個々で戦わず、集団の利点を最大限生かしている。
だが、体格差は覆せないようだ。オークの身体は筋肉と脂肪に覆われているため、並みの攻撃では致命傷にならない。その所為で、俺も何度か仕留め損なっている。
何にせよ、すぐに勝敗が決まる様子はないが――。
引き延ばしてるな、あいつら。もっとやれるはずだが。
俺たちを待っていたんじゃないとしたら、他の支援か。
『気配察知』を中央に集中させる。
動き回る生徒たちの中で、方々から気配が駆け寄り、集合していく。
なるほど、これが支援か。俺たちの出番はなさそうだ。
安心し、俺は鋭い目を前線に向ける。
なれば、今できることをやるべきだ。
視界に映るは、聳える壁。
そう――あれが念願の《妨土の壁》!
ああ、そばで見たい。じっくり観察したい。
どれくらいの硬さだろう? 突っつきにいったらエルフィミアは怒るかな。怒るよな。
もっと早く来ていれば発動の瞬間が見れたのに。あれこれ考えてないで走れば良かった。
俺が背伸びしたり身体を傾けていると、エルフィミアの冷たい視線を感じた。
やっぱり駄目か、すごく怒りそうだ。たぶんランベルトも。
一旦諦め、すすっと後退。
仁王立ちする発動者の隣に立った。
「便利そうな魔法ですね。屋根の補修とかできるんですか?」
「この状況でその質問か。変わり者だな、少年」
ヘレナはじろりと俺を見下ろしてきた。
あなたには言われたくないです。
「屋根そのものを触媒にすれば可能だ。石材だと魔力の消耗は激しくなるがな」
「教えてくれませんか、あの魔法」
「実力のない者に教えてどうする。面倒を言うな」
「ここだけの話ですが――」
声を潜め、周りを見渡す。
「僕は《火炎球》が使えます」
ヘレナの目が、少しだけ開いた。
「覚えているだけか? 発動できるんだな?」
「もちろんです。何なら人目がないときにお見せしますよ。それと、『土魔法』は『火魔法』より上です」
「ほう、珍しい。地味だと言って嫌う者も多いが」
「そいつらは馬鹿ですね。『土魔法』は便利ですよ。相手の物理攻撃を確実に妨害できますから。魔法使いなら尚更覚えるべきです」
「同感だな」
ヘレナは首肯しつつ、前方の壁を見やった。
いきなり目の前に壁が現れれば、大抵は躊躇する。魔法使いなら次の魔法を準備できるし、他に仲間がいれば体勢も立て直せる。丁度、目の前の光景だ。
それにしても、この人を説得するのは大変そうだな。
講師だけど、やる気皆無だし。無気力を動かすのは至難――いや、無気力ではないか。
しばし思考を巡らし、口を開く。
「もしかして、あちこちの補修に駆り出されていませんか?」
前方に視線を向けたまま、ヘレナは静止した。
目に見えて不機嫌になっていく。
やはりそうか。こんな便利な魔法が使えれば、頼られるに決まってる。しかも講師だから、冒険者のように依頼料も掛からない。
「『土魔法』は不人気です。才能があっても気付かない生徒も多いでしょうね」
「少年、何が言いたい」
「講義に組み込まれては如何でしょうか。中級魔法の習得は困難ですが、埋もれている生徒がいるはずです。まずは習得を目標に、次は実践です」
実践という名の補修作業。
この人は根っからの研究者だ。それ以外に時間が割かれるのを嫌う。覚えるのは数年に一人で良い。そうすれば自分の代わりに送り込める。講義として。
今回の数年は俺になるかもしれないが、色々な環境で発動できるのは良い鍛錬になる。どちらも損をしなかった。
ヘレナはじっと俺を見下ろす。
いつもの無気力に見えるが、細目の奥は揺らめいている。
俺の詭弁に乗って教授に時間を費やすか、拒否して補修作業に駆り出されるか。
悩むまでもなかろう。
「……覚えてみるか、少年」
「アルターです」
「では少年、演習が終わったら私の部屋に来い」
「アルターです」
「そのアルター、邪魔だからどいて!」
突然、エルフィミアの怒鳴り声が聞こえてきた。
見回せば、いつの間にか支援が到着していた。俺とヘレナに遠慮し、配置に付けずにいるようだ。
慌ててヘレナを脇へ引っ張っていく。
それを受け、エリオットが前線に向かって叫んだ。
「準備できました!」
ランベルトは後方を確認、「各班、合図で後退!」と指示を飛ばす。
クルトスら、生徒たちは了承。
そしてランベルトはフェリクスと視線を合わせるなり、
「前衛、下がれ!」
と、斬り込んでいく。
オークたちが二人の攻撃に気を取られている隙に、他の者は後退。
残ったランベルトたちも、タイミングを合わせて飛びすさる。
「魔法、放てッ!!」
号令一下、集結した魔法学の生徒から魔法の矢が放たれた。
オークから悲鳴が上がる。
だが、まだ健在。緊張の所為か、外れる魔法も多い。
「第二射、用意――放て!」
再びの号令に魔法の矢が降り注ぐ。
森に絶叫が木霊し――不意に途絶えた。
静まり返る戦場。
全員の視線は、倒れ伏す二体のオークに向けられていた。
ランベルトが無言で顎を動かすと、フェリクスが近付いていく。
そしてしばらく窺い、頷いた。
「死亡、確認!」
その報告に歓声が巻き起こる。
戦い続けた二班は互いの無事を喜び合い、ランベルトとクルトスも熱い握手を交わす。攻撃の主軸を担った魔法学の生徒たちの中には、感化されて涙を浮かべる者もいた。
俺もそんな光景を眺め、感心する。
ほぼ生徒だけで、オーク二体を仕留めたか。
それぞれが役割を果たし、講師の指示まで達成した。指揮官が前線に張り付いていたのはいただけないが、エルフィミアとエリオットが補佐したようだし、この状況ではやむを得まい。充分、見事な采配だ。
後は怪我の程度だが――。
「うるさい……」
不意に、隣のヘレナがぼそりと呟いた。
第一声がそれか。
「生徒が頑張ったんだから、少しは讃えてくださいよ」
しかし、耳を塞ぐヘレナに俺の声は届かなかった。
不愉快そうに顔を捻じ曲げ、キャンプ地へ戻っていく。
そんな才女の背を見送り、俺は思う。
さっきの話、忘れてないだろうな?




