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第61話 学院一年目 ~前期野外演習4


「向こうは充分な戦力が揃っている。『セルプス』もすぐに合流するだろうし、ロラはトビアスさんが護衛してくれている」


 足を止め、ランベルトは振り返る。


「確かにそうだが……何が言いたい」

「勝手な行動を取っても良いか?」

「そういうのは訊かないでやるだろ、普通」

「まあな」


 ランベルトはわずかに思案、許可を出す。

 俺はデシンドに向き直った。


「先に戻ってください」

「は!? なにを言ってる!」

「彼らを支援するために残ります」

「ここは冒険者に任せておけば良い! いいから戻るんだ!」

「万が一突破されると、側面を突かれてしまいます。確実に食い止めるべきです。それにもうすぐ終わりそうですし、すぐ合流しますよ」


 デシンドは俺を睨み付け、背後を振り返った。

 そちらでは生徒たちが戦っているはずだ。気が気でないだろう。

 だが、俺はあまり心配はしていない。初撃の《氷雪界域(フリージングストーム)》で奇襲部隊の気勢は大きく()がれたはず。それに冒険者だけでなく、学院最強のハルヴィスもいる。ゴブリンが三十体くらい襲ってきても後れを取る(めん)()じゃない。ここを突破される方が危険だ。

 デシンドは再び俺を睨み付けたが、ふと力を弱める。


「良いだろう、許可する」

「ありがとうございます」


 そして「無理は絶対にするな」と忠告を残し、駆け出していく。

 その姿を見送ると、ランベルトが問いかけてきた。


「なぜ残った?」

「本物の本隊が来る。ここにな」


 二人は目を見開く。


「さっき言ってた『気配察知』か」

「お待ちください。それなら尚のこと、戻るべきだったのでは?」


 そう言って、フェリクスがランベルトをちらりと見た。

 (あるじ)を心配してるんだろうな。

 正直に言えば、俺一人の方が楽だ。

火炎球(ファイアボール)》。

 ようやく習得した中級魔法。

『多重詠唱』で発動したときの威力は初級と比較にならず、延焼を度外視すればゴブリンの群れ程度、容易に殲滅できる。だが、ランベルトは俺一人を残さないだろう。いざとなれば人目を気にせず使うが、それまでは多少の不利でも発動できない。


「こちらは本隊だが、数はそれほど多くない。向こうは奇襲部隊に総力を傾けている。僕たちなら撃破可能だ。それに後退し、改めて迎え撃ったとしようか。向こうの生徒はどう思う?」

「挟撃――か。動揺して逃げだす奴らも出てくるな」

「そういうことだ。逃げた生徒は森で死ぬかもしれん。それにな、もう手遅れだ」


 俺が顎で示すと、新たなゴブリンの群れが現れる。

 ゼレットとバルデンはお構いなしに突撃したが、イスミラは異常に気付く。

 距離を取り、コーパスにも下がるよう指示を出した。


「おおうりやぁぁッ!!」


 戦鎚を振り回し、ゼレットがゴブリンを薙ぎ払っていく。

 大した気迫だ。こういうのもステータスでは測れない部分かもな。

 だが、快進撃もここまでだ。

 激しい金属音が木霊し、ゼレットは派手に吹き飛ぶ。


「兄貴!」


 バルデンが血相を変え、駆け寄っていく。

 そしてそれ以外の者は、のそりと森を抜け出す存在に釘付けだった。

 てっきり、知恵の回る魔物に支配されていると思ったが。

 これはこれで珍しい。



名前  :-

種族  :ゴブリン

レベル :19

体力  :54/54

魔力  :35/35

筋力  :14

知力  :9

器用  :12

耐久  :13

敏捷  :13

魅力  :5


【スキル】

 強撃、二連撃、強槌撃、爪撃

 気配察知1、苦痛耐性2

 両手剣4、棒2、槌1、爪術1、体術3

【魔法】

 無し

【称号】

 無し



 ただのゴブリン。

 異なるのは豊富な実戦経験、それに伴うスキルの数々だ。

 身長は普通のゴブリンよりやや大きいくらいで、人間の大人よりも低い。しかし体躯は分厚く、手足を鞭のような筋肉が覆っている。

 魔物にも個体差はある。それでも、ゴブリンがここまで強くなれるとは思いもよらなかった。下手な変異種より稀少かもしれん。

 そんなゴブリンが悠然と両手剣を担ぎ、鋭い目で俺たちを値踏みした。


「兄貴の仇!」


 言うや否や、特攻したバルデンがサーベルを振り下ろす。

 それを両手剣で受け流し、(そく)(とう)

 蹴り飛ばされたバルデンは、兄貴の隣に転がっていく。


 確かに、このゴブリンは強い。

 だが、絶対的な強者ではない。俺たちが取り巻きのゴブリンを相手すれば、『万年満作』でも勝てるだろう。単騎では限界がある。


「この野郎……ッ」


 ゼレットがバルデンを助け起こす。

 そして再び飛び込もうとした矢先、ゴブリンリーダーから指示が飛んだ。

 ゴブリンたちは一斉に展開、俺たちを包囲する。

 二十体はいるな。向こうも合わせれば、すでに七十体は超えていそうだ。予想より大きな集落かもしれん。ま、これほど異質なゴブリンなら驚かんが。


「うおぉぉぉッ!!」


 周囲の状況などお構いなしに、二人は再び突っ込んでいく。

 ゴブリンリーダーは両手剣を器用に振るい、戦鎚とサーベルを迎え撃った。

 二人は少々あれだが、戦闘のプロでもある。むしろ本能に等しい感覚で動いている分、戦闘力の差を肌身で感じているはず。おそらく、勝手に作り上げた「全部ぶっ飛ばす」という依頼を愚直に遂行しようとしているのだ。真面目なんだよな、見た目と違って。


 剣戟に目を向ければ、すでにランベルトとフェリクス、そしてコーパスも戦闘を始めていた。

 イスミラはゴブリンを警戒しつつ、俺の隣に立つ。


「あんた、何考えてるの?」


 鋭いな。その頭脳を分けてやれよ、二人に。


「僕があれの相手をする。他のゴブリンを頼む」

「相手って……本気? あいつ、普通じゃないわよ」

「あれくらいでないと鍛錬にならん」


 飛び込んできたゴブリンを躱し、その背を斬りつける。


「依頼は演習の支援、そうだろ?」


 イスミラも棍棒を躱し、ダガーでその首を斬り裂く。


「好きにしなさい! でも死なないでよ、依頼失敗になるから!」

「善処しよう」


 俺は斬り合うゼレットたちを見据え、《火炎の短矢(ファイヤーボルト)》を放った。

 目標は両者の中間。


「うおッ!?」


 突然の魔法攻撃に飛び退き、ゼレットは驚きと怒りを込めて振り返る。

 彼らが騒ぎ出す前に俺は叫んだ。


「仲間が危ない、守ってくれ!」

「むッ!? 行くぞ、バルデン!」

「おう!」


 二人は踵を返し、ランベルトとフェリクスの元へ突っ込んでいく。

 こっちの二人は「え?」という顔をしていたが、気にしない。


 俺が小剣を片手に進み出ると、ゴブリンリーダーも肩を鳴らしながら歩み寄ってきた。

 ゴブリンの文化レベルは最低限と言われている。

 ならば、こいつの「知力9」には教養の加算がほとんどない。もし人間なら平均値以上。

 その証拠に俺が何をしようとしているのか、先ほどの行動と態度だけで察している。

 両手剣が届く一歩手前で立ち止まり、互いに構えた。

 間近で見ると、つくづくゴブリンとは思えない。悪相も猛者(もさ)の面構えか。


「さて、演習を始めよう」


 その言葉を合図に、ゴブリンリーダーが斬り込んでくる。

 身を低く構え、両手剣の切っ先が地面を斬り裂く。

 なかなかの速さだ。

 地を這う両手剣が振り上げられる。

 上体を反らし、小剣を薙ぎ払う。

 ゴブリンリーダーは咄嗟に手を離して小剣を躱すと、俺の懐へ。

 爪が煌めく。

 瞬時に飛び退くと、俺のいた空間が切り裂かれた。

 音が尋常じゃなかったな。今のは『爪撃』か。

 ゴブリンリーダーの手の中には、すでに両手剣。

 動きに無駄がない。『体術3』の恩恵かね。

 ふと、昔を思い出す。

 マーカントと模擬戦をしたとき、俺のステータスはこいつに似ていた。

 そういや、あいつもやりづらそうにしてたっけ。


「まだあるんだろ。出し惜しみしないでくれよ?」


 俺とゴブリンリーダーは同時に斬り込んだ。

 小剣と両手剣が交差し、金属の叩き付ける音、擦り合う音が響く。

 それは幾度も繰り返され、次第にゴブリンリーダーの表情が険しくなる。

 俺が今さっき感じた感覚。

 それ以上のものを、こいつは体感している。

 確かに相当な強者だが、単純な能力値はすべて俺が上。さらに『体術6』、微塵の隙も見つからないはずだ。


 そしてその差は、剣を交えるほど明確となった。

 俺は無傷、相手は全身に傷を負っている。

 そんな状況に業を煮やしたらしい。

 ゴブリンリーダーは両手剣を横に振り、そのまま距離を取った。

 そろそろ次の一手か。

 ここで大振りな『強撃』はない。おそらく『二連撃』。

 互いに呼吸を計る。

 舞い落ちる枯れ葉か、それとも風に揺らぐ草花か。

 何かが切っ掛けとなる。


 不意に、ゴブリンリーダーが飛び込んできた。

 両手剣は頭上。

 今までにない速度で剣が振り下ろされる。

 全身をずらし、それを躱す。

 直後、その場でくるりと前転、追撃の上段を放つ。

 体術の併用――そんな真似もできるのか。

 それを何とか避けるも、ゴブリンリーダーはまだ踏み込む。

 跳ね上げるような『強撃』。


「くッ!!」


 切っ先が布鎧を斬り裂く。

 俺は目を見張る。

 まだ……終わらない!?

 宙に浮いた両手剣。

 ゴブリンリーダーは、無手で俺の懐に飛び込む。

『爪撃』――いや、これは!

 眼前に強烈な風切り音。

 俺の前髪が揺らぎ、額に衝撃を受ける。


 すべてが終わった後、俺とゴブリンリーダーは互いに驚愕していた。

 信じられん――両手剣で『強槌撃』だと?

 それも、刃を掴んで?

 そういう技術があるのは知っている。柄による打撃攻撃。だが、それは籠手をしながらだ。

 いくら『苦痛耐性』があるからって、無茶しやがる。

 血まみれの手で両手剣を握り直すも、ゴブリンリーダーは未だ驚愕から醒めない。

 決め技だったのだろう。

 あの連続攻撃を(さば)けるのは、よほどの実力者。

 敏捷の差、そして『鑑定』により手の内を覗き見ていなければ、俺も危なかった。

 額から鼻梁へ、熱いものが滴る。

 現に、一撃もらった。


「本当に凄いよ、お前。まだ間に合うかもしれん。降伏してくれないか?」


 返事は斬撃。

 そうか、残念だ。こちらに死者さえ出ていなければ、殺さずとも良いのだが。

 俺は剣を構え直す。


「お前の強さに敬意を払おう。最後は僕の全力だ」


 俺は『高速移動』を発動。

 途端、ゴブリンリーダーの動きが緩慢となる。

 進みながら振り下ろされる両手剣を()け、体重を乗せた横薙ぎ。

 ゴブリンリーダーは標的を見失い困惑したが、背後の俺に気付くことなく、静かに膝をついた。

 どれほど鍛え上げても、心臓を斬り裂かれれば死ぬ。

 この世界でも、それが現実だ。

 勝利の余韻もなく、俺はゴブリンリーダーを見下ろした。


「ずいぶん、楽しそうだったわね」


 顔を上げれば、エルフィミアの姿。

 その隣にはデシンドとハルヴィス、ランベルトたちや『万年満作』も一緒になって観戦していた。いつの間にか、すべての戦いが終わっていたようだ。


「人を戦闘狂のように言うな。ただの演習だ」


 そう言って、俺は動かぬ強者に目礼を捧げた。



  ◇◇◇◇



 奇襲部隊の数は、四十体以上だった。

 こちらには強い個体はおらず、やはりあれがリーダーらしい。

 ずらりと並ぶゴブリンを眺めていると、ロラが駆け寄ってきた。

 その後ろにはトビアス。どちらも怪我一つ負っていない。


「大丈夫ですか、皆さん!? あ、額が……」

「かすり傷だ。問題ない」

「とんでもないゴブリンとやり合ったそうだね」


 トビアスがまっすぐ俺を見る。


「耳が早いですね。誰から?」

「最初はハルヴィスさんだけど、あらましは冒険者の人だよ」


 あのハゲか。

 少し悩み、諦める。

 何を(ふい)(ちょう)してるのか気になるが、もう手遅れだ。それにうちの騎士団長も「リードヴァルトの武名を知らしめる絶好の機会!」とか喚いてたし。これで面倒事が起きたらコンラードの所為だな。苦情の手紙を送ってやろう。


 思考を戻し、改めてゴブリンを眺めた。

 かなりの数、小隊規模だ。俺たちを襲うために集結したのか?

 視線を動かしていくと、異様な姿が目に留まる。


「変なのが混ざってるな」

「デクラマだよ」


 トビアスが応えた。

 見た目は全身の毛が抜け落ちた猿。

 身長は一メートルほどで肌は焦げ茶色。節くれ立った手足の指は長く、トビアスによれば、これで樹上を自由自在に移動しているという。


「西の魔物なんだけど、少しずつこちらにも広がっていてね。今はヌドロークと衝突してるみたいだよ」


 樹上で猿と狼が縄張り争いか。おとぎ話になりそうだ。


「デクラマには、ゴブリンの爪痕や噛み傷があったよ」

「いがみ合う両者に横やりですか。魔物の世界も物騒ですね」


 デクラマの死骸は十五体。

 食糧を確保し凱旋するつもりが、その帰路に俺たちを発見。急遽、襲撃を決めたのだろう。これだけいたら、十五体でも少なそうだ。


「本当なら、解体も学んでもらうんだけど……」


 トビアスは生徒たちに視線を送り、首を横に振った。

 生徒の多くが座り込んだまま動かない。負傷者もいるが、ほとんどは恐怖だ。その中にはカルアスもいた。昨日の元気はすっかり消え失せ、わずかな音に反応してびくついている。

 ちょっと薬が効きすぎてるようだが――ま、いっか。静かになるし。


「魔物は冒険者の臨時報酬に決まったよ。負傷者の手当や準備が整い次第、昨日の野営地に戻るってさ。あ、強いゴブリンは別だよ? 所有権は君にある」


 所有権か。

 ロラやこちらの状況が気になったから、放置したまま合流している。

 そもそも、解体するという発想がなかった。

 ランベルトたちは手当を手伝うというので、俺はヒーリングポーションを渡す。

 そしてトビアスだけを連れ、先ほどの場所まで戻った。


 横たわるリーダーを見て、トビアスは驚く。

 死しても尚、その威容は健在だ。

 結果論だが、『万年満作』に任せなかったのは正解だったと思う。

 彼らなら勝てると踏んだが、ゼレットやバルデンにあの連続攻撃は躱せない。どちらかが、いや二人とも命を落としていただろう。一度見たくらいでどうにかできる技ではない。


 リーダーから視線を外し、両手剣を見下ろす。

 名称は、軽量の両手剣。

 魔道具だが、名前どおりシンプルな能力だろうか。

 脳内に流れ込む情報と『鑑定』結果を照らし合わせる。

 それに齟齬がないのを確信し、能力に目を通す。

 特に珍しい能力はなく、『軽量化1』、『耐久強化2』だけだった。

 軽く振ってみると、かなり重かった。

 これでも軽量化されているようだが、この能力はどうなんだろう。両手剣と言えば重量で叩き切る武器。持ち味を殺してしまっている。

 ともかく、使うかは別にして捨て置く理由もない。

 鞘が見当たらなかったので、適当な布を剣身に巻き付けた。


「解体しないのかい?」


 そんなことをしていると、トビアスが問いかけてきた。

 あれだけの実力なら魔石を持っている可能性は高い。

 魔物と言えども立派な戦士、その死を(けが)したくないが……。


 ぎりぎりまで悩み、結局、解体することにした。

 魔物は人間を捕食し、人間は魔物の素材を利用する。それがこの世界の習いだ。

 手を合わせてから、リーダーの腹部を切り開く。

 ゴブリンの解体は、数え切れないほどこなしている。

 すぐ大粒の魔石を発見した。

 色はエメラルドグリーン、大きさは一センチほど。表面は荒々しく、光に当てると乱反射し、独特の輝きを放った。普通のゴブリンなら大きさはこれの半分以下、リーダーがどれだけ別格だったのかよく分かる。


「さっきから驚きっぱなしだよ。ゴブリンからそんな魔石が見つかるなんて」


 トビアスも隣で感嘆の声を上げていた。

 魔石の血糊を洗い流し、バックパックにしまう。

 できればリーダーを埋葬したいが、人力で穴を掘る時間はないし、魔力も無駄にできない。


 せめてもと、再びリーダーに目礼する。

 そして踵を返し、来訪者へ視線を向けた。

 何しに来たんだ、こいつら。


 いつもどおり先頭を歩くのはゼレット。

 その後ろからバルデン、なぜか笑顔のコーパスに無表情のイスミラが続く。

 様子を見に来たにしては、妙な雰囲気だった。


「今から戻るところだが、何か用か?」


 俺の問いに誰も応えない。

 ゼレットは難しい顔で腕を組み、俺を見下ろした。

 この感じ、もしかして『高速移動』を勘づかれたか?

 こいつの表情と思考は一致しないが、曲がりなりにもDランク冒険者。感覚で何か掴んだ可能性も……。

 そこまで考えたとき、今更気付く。

 そういや、あの場には他の連中にもいた……。

 戦闘に集中しすぎて気を抜きすぎていた。《脚力上昇(ムーヴィングアップ)》で言い訳できるだろうか。居並んでいた顔を思い浮かべる。ちょっと――無理そう。


「さっきの戦いから、ずっと考えていた」


 ゼレットの声に意識を戻し、俺は見上げる。

 らしからぬ重い口調。

 俺の緊張を見透かしたのか、ゼレットはにやりと笑う。


「兄貴って、呼んでも良いっすか?」

「え、やだ」


 反射的に拒絶した。

 脱力しそうになるのを必死に堪える。

 どう転べばそうなるんだよ……。

 軽く混乱する俺だったが、それ以上に混乱したのはバルデンだった。


「えッ、兄貴に兄貴ができるんすか!? それじゃ、兄貴の兄貴? 上の兄貴? 大兄貴? 超――」

「やめんか!」


 もう何なんだよ、こいつら。本気で頭が痛くなってきたぞ。


「ええと――とりあえず、理由を聞かせてもらおうか」

「感服しました! あれほどのオーガゴブリンをあっさり倒すとは!」

「変なところで難しい言葉を知ってるな。それと勝手に新種を作るんじゃない。一瞬、あれそんな種族だっけ、とか思ったぞ」


 まったく、どこのオークだ。強い者が偉いを地で行くなよ。

 それにこんな悪人顔の弟はいらん。母が知ったら卒倒してしまう。


 俺が頭を抱えているうち、単純なバルデンもすっかり弟気分になっていた。

 そして二人で俺の周囲をくるくる回り出し、「あにきーあにきー」とバイノーラルに囁き始める。

 あ、頭痛が限界……。

 二人をコーパスへ蹴り飛ばし、「持ち場を離れるな、報告するぞ!」と警告。どうにか『万年満作』を追い払った。


 遠ざかる兄貴を呼ぶ声。

 それを眺めながら、トビアスはぼそりと呟く。


「君ってさ……変な人に好かれやすいんだね」

「思っても口にしないでください。真実になりますから」


 トビアスは何か言いたそうにしていたが、それを無視して痛み止めポーションを(あお)る。

 まだ三人。手遅れじゃない。



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