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第53話 学院一年目 ~冒険者ギルド


 入学からひと月ほどが経過した。

 空白期間を迎えたある日の早朝、朝の将軍茶を嗜みながら俺は考え込んでいた。

 学院やセレンにも慣れ、生活はだいぶ落ち着いてきた。屋根を除けば家の補修も完了している。

 ただ、問題が起きている。

 手持ちの資金が想定よりも減っているのだ。

 日用品や自宅の補修代、日々の食事、制服が無いので服も自前だ。

 特に服は難物で、貴族が(つど)う学院ではどうしても体面が重視される。リードヴァルトから持参した数着の着回しも限界となり、先日、新たに買い足した。しかも服は中古でも高い。平民向けでも銀貨が当たり前の世界である。


 そろそろ冒険者稼業を始めるべきか。

 もっと早く始めても良かったが、不慣れな生活のため手が回らなかった。それに懐具合が切迫していなかったのも大きい。


 ふと、旅立った友人らを思い浮かべる。

 冒険者になると告げていたら、出発を遅らせ、間違いなく登録にも付いて来ただろう。Cランクが同行してくれれば何かと助かるが、少々、恥ずかしく感じたとも思う。

 まるで保護者同伴だ。これでも中身は三十間近、おっさんも遠くない。


 ともかく、まずは準備だな。

 保存食など消耗品の買い足し、装備の手入れもしなければならない。特に甲犀の剣は、道中で大量の狼やオヴェック二体を仕留めている。手入れしていても素人仕事。一度、本職に見てもらった方が良いだろう。


 早速、目星を付けていた店へ向かった。

 帰宅途中で見つけた鍛冶屋で、店構えは小さい。ラグニディグの作業場と同じくらいの大きさだったので、なんとなく隠れた大物が潜んでいる気がしたのだ。

 店に入って奥へ声を掛けると、しばらくして三十前後の男が姿を見せた。

 ちょっと若いな。大丈夫かね。

 男は視線を落とし、子供向けの愛想笑いを浮かべる。


「いらっしゃい。うちは見てのとおり鍛冶屋だけど、何かご用かな?」

「剣の手入れを頼みにきた。やってもらえるか」


 俺は剣とスティレットをカウンターに置く。

 男はそれを手に取り、鞘から抜いた。


「これは……」


 そして、そのまま硬直してしまう。

 なかなか再起動しないので、コツンとカウンターを叩く。


「え――あ、はい。ええと……これは、なんの素材でしょうか?」


 それを訊くのか。大物は潜んでいなかったと。

『鑑定』を発動してみれば、『鍛冶2』だった。

 本職でこれは、かなり低い。(へん)()な村じゃないとやっていけないんじゃないか? ちなみに制作者のエギルは『鍛冶6』だ。今のところ、これ以上の鍛冶師を知らない。

 表情を消しつつ、男の質問に答える。


「どちらもエラス・ライノの角だ」

「はぁ……それをここまで磨き上げるとは。手がけたのはよほどの鍛冶師ですねぇ」

「リードヴァルトの鍛冶師、エギルの作だ」

「なるほど、国境の。それなら凄腕もいるでしょうね」

「それで、手入れを頼めるか」


 男は朗らかに笑い、「無理です」と言い切った。


 鍛冶屋を出ると、俺は途方に暮れた。

 いきなりの頓挫。

 剣とスティレットをエギルに発注したのはグロウエン武具店、さらに辿れば冒険者ギルドのヘリット支部長に行き着く。適当に入った鍛冶屋で、どうにかできる代物ではないようだ。

 となると、(おお)(だな)に頼むしかない。

 仲介料をかなり取られそうだが、必要経費と諦めよう。


 大通りに出て物色していると、一軒の店が目に留まった。

 外観は小綺麗で、過度な装飾も施されていない。どことなくグロウエン武具店と似ている。

 看板にはラルセン商会の文字。

 駄目で元々、俺はその店に入ってみた。


「いらっしゃいませ」


 若い店員の挨拶に軽く応え、店内を見渡す。

 武具だけでなく、様々な品を扱っているようだ。日用品の魔道具も多い。

 それに妙に店内が明るいと思い光を辿れば、壁に魔法のランタン、魔法の角灯(フィクストライト)がいくつも掛けられていた。一個くれないかな。

 しかし、似ているのは雰囲気だけか。

 デリンの店は初心者にも対応していたが、ここは高級品専門だ。甲犀の剣には丁度良いかもしれないが、その分、値が張りそうだ。

 店員に用件を伝え、甲犀の剣とスティレットを取り出すと、眉間に皺を寄せ「少々お待ちを」と引っ込んでしまった。

 無人となったカウンターの前で、俺は不安に駆られる。

 リードヴァルトにいた頃はエギルに手入れを頼んでいた。制作者に見てもらった方が良いと思っただけなんだが、(おお)(だな)の店員が顔色を変えるほど扱いにくい剣らしい。

 ほどなく、厳つい顔の紳士が先ほどの店員と一緒にやってきた。


「ラルセン商会会頭、ラウリと申します」

「アルター・レス・リードヴァルトだ。それで、どうなんだ?」

「こちらですか」


 ラウリは甲犀の剣を手に取り、光に翳す。

 ちょっと様になっている。凄腕の剣士と言われたら信用しそうだ。

 そんな馬鹿なことを考えていると、ラウリは剣を鞘に収めた。


「エラス・ライノの角ですね。かなりの鍛冶師――なるほど、エギル殿の作ですか」

「驚いた。なぜ分かる?」

「リードヴァルトで、これほど磨き上げられるのは彼だけでしょう」


 と、厳つい顔を少し(ほころ)ばせる。

 さすが(おお)(だな)の会頭。俺の名前と剣の出来映えだけで言い当てるとは。それにエギルも大したものだ。ラウリがいかにやり手であったとしても、覚える価値がなければ記憶しない。

 しかし、そのラウリも再び厳つい顔に戻ってしまう。


「私はただの商売人、目利きはできても技量のほどは()(はか)れません。セレンで最高の鍛冶師はイスターです。紹介状を用意いたしますので、直接本人に訊ねていただけますか」


 そう言って、ラウリは手早く紹介状を(したた)める。

 礼を言い、俺はイスターの元へ向かった。

 この(たらい)(まわ)し……二年前を思い出すな。

 ヴァレリーの病を治そうと、リードヴァルト中を走り回ったっけ。

 嫌な予感を抱きつつ、イスターの鍛冶屋へ到着。

 そこは大きな作業場で、十名近い弟子や従業員が作業に追われていた。

 弟子一人を捕まえ紹介状を手渡すと、すぐにイスターがやってくる。

 五十前後の男で、スキルは『鍛冶5』と悪くない。

 だが、甲犀の剣を見るなり唸り声を上げてしまう。彼が無理だとすごく困るんだが。

 長い沈黙が流れる中、


「手入れだけなら……やってみよう」


 と、ようやく引き受けてくれた。ちょっと血反吐を吐くような声だったが。

 今後も頼むとしたら、かなり心配だ。

 リードヴァルトに戻ればエギルに頼めるが、この先、遠方に赴くこともあるだろう。手入れのできる者が見つかるとは限らない。

 苦悶するイスターに何が大変か尋ねたところ、「少しでも磨きの深さが狂えば光沢に歪みが生じ、切れ味が鈍ってしまう」とのことで、『耐久力強化』が付与されていれば扱いやすくなるし、『修復』なら手入れはほぼ不要になるそうだ。

 いずれ、魔道具に作り替えた方が良いかもしれない。


 一週間は掛かるというので、少し考え、手入れは後日に決めた。

 まだ空白期間の初日。

 冒険者ギルドに登録したら、すぐに依頼を受けることになる。初の冒険を不慣れな武器で行くのは避けたい。

 改めてラルセン商会を通して頼むと伝え、俺はイスターの作業場を後にした。



  ◇◇◇◇



 冒険者ギルドは小ぶりながらも、洗練された建物に居を構えていた。

 まだ昼前だが、そろそろ冒険者が戻り始める頃だ。

 今も若い集団がギルドへ入っていく。

 これ以上、のんびりしていると混みそうだな。

 両開きの扉を開き、俺も冒険者ギルドに入った。


 作りはリードヴァルトとほとんど変わらない。

 正面に受付や買取のカウンター、右手に食堂兼休憩室がある。そちらを覗いてみると、喫茶店のような内装だった。

 どこかゆったりとした空気の中、受付へ視線を向ける。

 先ほどの集団は買取カウンターにいた。

 受付の窓口は三つある。どれも人はおらず、カウンターの向こうで赤茶けた髪をひっつめた女性が一人、どこを見るでもなく座っていた。他の受付は休憩中か別の仕事らしい。

 やり手の管理職っぽい雰囲気だな。もしくは教師。スーツが似合いそう。

 それに――こちらを窺ってる。

 一切俺を見ないが、意識が向けられていた。

 上等な服に二振りの剣、そんな少年がやってくれば気になるのも当然か。

 それならそれで話が早い。

 俺は受付を見ながら、歩み寄っていく。

 さも、今気付いたとばかりにこちらを向いたので、軽く会釈してカウンターの前に立った。


「冒険者登録をお願いします」


 受付は俺をじっくり観察し、口を開く。


「年はいくつ?」

「十歳です。あ、もしかして年齢制限ですか」


 それくらい『破邪の戦斧』に訊いとくべきだったな。無駄足か。

 しかし、受付の女性は小さく首を振った。


「年齢制限はないわ。種族によって成長速度が違うしね。それよりあなた、学院生でしょう」


 やや、うんざりした口調で訊いてきた。

 年齢を聞いたのは、学院生かの確認だったらしい。

 毎年の恒例行事なんだな。セレンに集まる新入生が、様々な理由で冒険者になろうと駆け込んでくる。多少の実力があったとしても所詮は十歳。貴族や騎士の息子も多いから、さぞかし面倒な相手だろう。

 だが、彼らと一緒にされても困るな。

 これでも場数は踏んでるし、戦いの恐ろしさは生まれる前から知っている。あの時は本当にきつかった……。

 軽く咳払いして、当時の記憶を振り払う。


「学院生だとして、問題がありますか。規約で禁止されているとか?」

「いいえ、そんなのはないわね。残念だけど」

「冒険者ギルドは自己責任の組織と認識しています。規約に反していないのであれば、登録をお願いします」

「その判断は受付に委ねられているわ。毎年ね、あなたのような学院生が冒険者になって、酷いときは命を落とすの。申し訳ないけど、許可できない」


 きっぱりと拒否された。

 そして帰れとばかりに口を(つぐ)む。

 手入れの算段が付いたと思ったら、これか。

 強情そうだし、説得するのは難しそうだ。


「話は変わりますが、ギルドは素材の買取をやってますよね? 冒険者に(かかわ)らず」

「ええ、やってるけど……」


 失礼しました、と(きびす)を返す。

 仕方ない、方針変更だ。改めて他の受付に登録してもらえば良いが、これからも彼女と遭遇するはず。(こじ)れたままでは、どんな弊害が起きるか分かったものではない。

 ならば、地道に稼ごう。

 生活費さえ捻出できれば、無理に冒険者をやる必要もない。

 案外、その方が気楽かもしれんな。ネリオも冒険者になるの断ってたし。


「ちょ、ちょっと待って!」


 扉に掛けた手を止め、振り返る。

 なぜか受付は中腰になっていた。


「あなた――何する気?」

「狩りですが」


 うん、狩人だし。

 そういえば最近、弓使ってない。甲犀の剣も手入れ前だし、久しぶりに弓で行くか。

 あ、でも矢は消耗品なんだよな。ネリオくらいの腕なら、駄目にすることも少ないけど。長期はそこを目指すとして、どんな獲物がいるかね。そういや、マーカントたちと入ったときは猪の足跡があったな。よし、食費が浮くぞ。


「だから待ちなさいって!」


 帰ろうとする俺を、再び受付は呼び止める。

 頭の中から牡丹鍋を追い出し、受付に向き直った。


「はぁ……なんでしょうか」

「分かった、登録するわ」

「僕としては、もうどっちでも良いんですけど。素材の売却で目的達成できますし」

「いいから登録しなさい。勝手に死なれたら気分悪いでしょ」

「あなたが気に病むことじゃないでしょうに。まあ、登録できるならお願いしますか」


 受付は盛大にため息をつき、席に戻る。

 そして「なんでこっちが頼むのよ……」と、ぶつくさ言いつつ用紙を引っ張り出した。


「一つ、条件。しばらくは私が選んだ依頼を受けること」

「ゴミ拾いとかはしませんよ」

「普通は雑務をこなして慣れていくんだけど――ほったらかして狩りに行きそうね、あなたの場合。採取依頼は?」

「それなら」


 交渉成立し、俺は用紙を受け取った。

 目を通していると、受付は椅子の背にもたれながら愚痴をこぼす。


「ほんっとうに、この時期は面倒だわ」

「ご愁傷様です。でも、すぐに終わりますよ。冒険者は自己責任。どんどん送り出せば良いんです」

「死なれたらどうするの。貴族の子供だと、親が怒鳴り込んでくるのよ?」

「上に丸投げすれば良いじゃないですか。そんな連中」

「それで済むなら苦労しないわ」

「そういうものですか」


 貴族は親も子も、変なのが多いからな。

 俺みたいな物分かりの良いお子様ばかりなら楽なのに。大変だね。

 登録用紙にペンを走らせながら、ふと思いつきを口にする。


「依頼したらどうですか。冒険者に」


 受付は首を傾げる。


「周辺の調査を依頼するんですよ。調査対象はセレン近郊の魔物や植生。毎年の恒例にすれば同時期の情報を蓄積できますし、そのついでに新人の様子を見てもらえば良いんです。特定の何かを討伐、採取するわけではないので楽な仕事でしょう。冒険者も喜ぶのでは?」

「それ良いわね。支部長に打診してみるわ」

「では、こちらを」


 書き終えた登録用紙を差し出す。

 記入項目は少なく、必須は名前くらいだ。得意分野などは、公表しても問題ない範囲で埋めておいた。


「名前は――テンコ?」

「はい」

「ま、良いけどね。自己責任が冒険者ギルドですから」

「そういえば、お名前を伺っていませんでした」

「レベッカよ。よろしくね、偽名のテンコ君」



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