第52話 学院一年目 ~見知の祝い
「妙に疲れてるな」
鍛錬場に到着するなり、ランベルトが声を掛けてきた。
一歩控えるフェリクスも汗を拭っている。
なに、このさわやかな連中。羨ましい。
俺は地面に座り込み、はぁ、と息を吐く。
「僕はもう、帰って休むべきだと思うんだ。ものすごく疲れたから」
「そんなにきついのか、錬金は」
「いえ、それは無いでしょう。錬金ですよ?」
心配そうに見下ろすランベルトを、フェリクスが否定する。
分かってないな、こいつは。
「お前な、同じ目に遭ってみろ。丸いおっさんがじっと見つめながら、手つきが素晴らしいね、とか言って身悶えするんだぞ」
「それ、なんの講義ですか?」
フェリクスが首を捻っていると、戦闘術の講師、デシンドがやってきた。
「みんな揃ってるな。それでは戦闘術の講義を始める」
あ、着替えるの忘れてた。そのまま座ったし……もう、いいや。
生徒たちに加わり、デシンドの話を聞いていく。
戦闘術には片手剣などの基礎スキルの他、攻撃スキル、乗馬、用兵、果ては兵站まで含まれていた。そのため講義場所は、鍛錬場、教室、馬場と内容によって変わる。
それと、年二回行われる野外演習に強制参加だ。
前期の演習は錬金術の生徒と合同、後期は魔法学の生徒と合同で行われるという。どちらも履修している場合、錬金術や魔法学が優先されるらしい。
話が終わると、軽い模擬戦をやることになった。
二名が指名され、名前を名乗り合ってから剣を交える。
デシンドへの自己紹介を兼ねているようだ。
そして新入生たちによる模擬戦が始まった。
スキル無しの生徒がほとんどだが、一部はそれなりの動きを見せる。
その中でも頭一つ抜けた動きを見せたのが、ランベルトとフェリクスだ。相手はスキル保有者だったが、それを押さえ込み勝利する。このまま伸びれば、一角の剣士に成長するだろう。
俺の出番がきたので前へ進み出る。
「カルアス・シラール・テオルットだ」
やや太めの少年が偉そうに名乗った。
ユークスの生徒か。男爵の三男、だったかな。
「アルター・レス・リードヴァルト」
応じつつも、どうするか悩む。
やけに自信満々なのは、実戦経験ありだろう。ただ、動きは他の生徒と大差ない。
ほどほどにしておくか……また講師の目に留まると面倒だし。
始まりの合図と同時、カルアスが気勢を上げながら斬りかかってきた。
それを受け流し、戦い方を組み立てる。
思い込みかもしれんが、この少年から面倒の匂いがする。
下手に花を持たせると図に乗りそうだし、あえて攻撃を受けて面子を立てつつ、ぎりぎりで勝つのが最善か。
何度か剣を交わしてから相打ち、切り返しでカルアスの肩を打ち据えた。
そこで剣を落としたため、俺の勝ちとなる。
カルアスは悔しがったが、一撃加えたのでそれなりに満足したようだ。これで変な絡み方もしてこないだろう。
こうして戦闘術の講義は無難にやり過ごし、学院の初日を終えた。
◇◇◇◇
翌日の魔法学も滞りなく終え、週の残り、空白期間に入る。
他の学院生は交流を深めたり、講義内容の復習などに明け暮れていることだろう。
そんな俺は何をしているかと言えば、家の補修だった。
裏庭の土を盥に詰め込み、《清水》で練り上げる。
最初はそれをひび割れに塗り込んでいたが、どうみてもただの泥んこ遊びだった。
近所の雑貨店でおばちゃんに相談したところ、フィズカ石の粉末を混ぜた方が良いと薦められる。しかしフィズカ石はコストが高いうえ、補修跡が白くなりすぎた。するとおばちゃんは、店の奥から石灰を持ち出してくる。通常の石灰は白いが、この商品は色がくすんでいて小汚く、その分、安価だった。即座に購入を決定。
手袋必須と忠告を受けていたので革手袋を着用し、練り上げた土に石灰を混ぜ合わせていく。
少し白っぽいが充分、許容範囲だ。
しかし、いつまで経っても緩い。セメントは混ぜた先から固まるはず。こちらはどうなんだろう。乾燥したら固くなるのかね。
指先で掬い取って観察していると、ふと記憶が蘇る。
石灰って――水と反応して発熱するんじゃなかったっけ?
慌てて指を引き抜き、確認する。
革手袋に変化はない。
突いてみたが、熱を帯びている様子もなかった。
記憶違い? 十年も昔だからな。
念のため、少量の石灰を大量の水で溶いてみる。
クリームみたいのが出来上がった。
ちょっと面白いけど、固まるのかね。これ。
発熱しなかったし使い道も無さそうなので、それに土を投入。
できた練り土で一階のひび割れを補修していく。
作業を終え、二階へ向かう。
壁に立てかけた板をどかし、屋根からも板を下ろす。
今日も綺麗な青空だ。
「天井は後回し、まずは壁だな」
とはいえ、どうしたものか。
練り土は意外に軟らかい。積み上げても重量で崩れてしまう。工事現場みたいに板で敷居を作ればいけそうだが、実用的な強度になるかが未知数だった。
こういう時、《妨土の壁》が使えれば楽なんだけどな。
一部の土属性は触媒を使うことで、効果終了後も物体として残る。さらに魔力を追加すれば強度も高まり、優れた土魔法使いは砦でさえも修復できるという。
「なら代用するか」
盾系なら即席の瓦を量産できる。
早速、練り土を触媒に《礫土の盾》を発動した。
だが、なぜか固まらない。
その様子に発動を中断する。
「これって――水分が多すぎるのか?」
試しに触媒の量が少ない《土塊の短矢》を発動、強引に魔力を流し込み、どうにか石製の杭を作り出した。
しかし、このままでは魔法が終了しない。
見渡し、練り土に向けて放つ。
「あ……」
嫌な音を響かせ、石の杭は砕け散った。
盥を持ち上げてみれば、底には丸い穴が空き、床まで抉れている。
「何してんだ、俺は」
考えてみれば、すぐに効果時間が切れるので落下する。放つ必要はまったく無かった。
少し凹みつつ、砕けた杭を拾い集める。
しかし、通常の強化より魔力を持ってかれたな。無理のある触媒だと消費も嵩むのか。
砕けた杭を打ち合わせると、固い音がした。
見事に砕けたのは、石の床に激突したからか? 石灰の影響だとしたら、割れやすくなっているのかもしれん。
少し悩み、触媒は普通の土を使うことに決めた。
裏庭の片隅で《礫土の盾》の瓦を量産、それを二階へせっせと運び込む。
ある程度溜まったところで、盥代わりの鍋で練り土を作成。
瓦を何枚か砕いて壁の穴が水平になるよう、練り土と一緒に押し込んでいく。
その後は練り土と瓦を交互に詰み、瓦を三十枚ほど作成したところで作業を中断した。
魔力にまだ余裕はあるが、この辺りで止めておこう。
これで数日間は様子見。強度に問題がなければ作業を続行し、無理そうなら別の手段を考える。
散らかった室内を眺めていると、鍋の中身が目に留まる。
「少し、余ったか」
練り土を革手袋で掬い取り、補修したところの表面に押しつけた。
それを小さな板で均す。
まるで漆喰みたいだな。
「いや、みたいじゃなくて……漆喰そのもの?」
何かのテレビで扱ってるのを見たことあるけど、材料までは覚えてない。雑貨店のおばちゃんが薦めるくらいだから、漆喰でなくとも似たような用途なんだろうな。
今度こそすべての作業を終え、二階の床で一息入れる。
開け放たれた屋根から空を眺めた。
雲の少ない青空。雨の心配はなさそうだ。
それにしても、もう少し日常生活で役立つ魔法も覚えるべきだろうか。
シモンから教わった《溶液作成》と生活魔法を除けば、俺が覚えているのは戦闘用ばかりだ。魔法学で色々な魔法を教えてくれるようだが、習得できるという意味ではなかった。俺のようなチート持ち以外、簡単に習得などできない。だから「この魔法はこういう発動の仕方」とだけ教え、後は各自で習得を目指す。空白期間はそのためでもある。
そういえば――と、魔法学の講義を思い返す。
魔法学の講師は、ヘレナという二十代半ばの女性だった。
火属性を得意とし、単純な火力はエルフィミアより上である。それにも安堵したが、彼女はちょっと面白い女性だった。
前後の流れを無視し、いきなり「生活魔法という呼び方は好きではない。基礎魔法と呼ぶべきだ」と言い出した。突然だったので皆は唖然としていたが、俺は深く同意する。
実際、生活に結びついているのは《火口》と《清水》くらいで、生活魔法と総称するには語弊があった。それに使い込めば魔法ランクは上がるし、『多重詠唱』習得にも大きく貢献してくれた。《礫土の盾》が補修に代用できたように、生活魔法も使い方次第である。
ふと思い立ち、《一握の土》を発動した。
注ぐ魔力を加減し、生みだした土を操作してみる。
資質調査の要領だ。
もし動かせれば、届かない隙間を埋められるはず。
しかし手の平を遠ざけると、すぐに停止してしまった。
動き自体もかなり鈍い。
試行錯誤しているうち、初級に操作系と呼ばれる魔法があるのを思い出す。
魔力だけで制御できるなら、そんな魔法は不要――いや、これが自力習得の鍛錬になるのか?
淡い期待を込め、動かそうと悪戦苦闘する。
それからしばらく、複数の気配を感じ、俺は《一握の土》を停止させた。
意識を外へ向ける。
家の前で立ち止まったな。気配を隠す様子もないし、用事がありそうな奴は――ん、そうか。
俺が緊張を解くと同時、外から声が聞こえてくる。
「なあ、本当にここで合ってるのか?」
「そうですね。場所といい、貴族のご子息が住む家には、とても見えませんが……」
「でもさ、アルター様らしいわよ。直せば良いとか仰りそうじゃない。補修跡もあるし」
「ここで合ってる。もう俺たちに気付いてるぞ」
さすがオゼ。こちらの様子まで察したか。
それとヴァレリー、仰らなかったけど正解。補修しました。
俺は玄関に向かい、扉を開く。
「いるのが分かったなら、さっさと入ってこい」
「お、本当に出てきたぞ。泥まみれだけど」
自宅へ招き入れると、マーカントたちは「おお」とか「ほう」とか言いつつ、室内を見渡す。
「お前、寮に入るって言ってなかったか? なんでこんなところに住んでんだよ」
「色々あったんだ。お茶でも飲みながら話すとしよう。すまないが布を敷いて座ってくれ。引っ越したばかりで最低限の家具しかないんだ」
「それは構わんが、見て回っても良いか?」
許可すると、マーカントは家の検分を始めた。
お茶を淹れに調理場へ向かうと、ダニルとヴァレリーが付いて来て手伝ってくれる。オゼはマーカントと一緒に家の中を歩き回っていたが、気付けば外にいて周囲を観察していた。彼らしい行動だ。奇襲を受けたときの対応とか考えてるんだろうな。
湯が沸いたのでお茶を淹れていく。
将軍茶は俺だけで、他は紅茶だ。相変わらず将軍様の理解者が少ない。もっと布教すべきだろうか。
ちょっと悩んでいると、マーカントがどたどたと二階から降りてきた。
「おい、アルター! 空が見えるぞ!?」
「凄いだろう。夜は満天の星が拝めるんだ」
「拝めたら駄目だろ! 本当に家か!?」
「失敬な。普段は板で塞いでいる。立派な家だ。それよりお茶の用意ができたぞ、オゼを呼んでこい」
一階の大部屋に布を広げ、お茶を飲みながらこれまでの経緯を説明した。
理由を聞き、皆は納得する。
「火気厳禁ねぇ。そりゃ住まねえか」
「知っていれば事前に準備したんだけどな。だが、ここも快適だぞ。広いし」
元酒場だけあって、一階はやたらと広かった。
少々、寒々しいが、家具が増えれば印象も変わるだろう。
「ところで、お前たちの方はどうだった? 依頼を受けたんだろ」
「まあな。いくつかやってみたよ」
セレン周辺の魔物はリードヴァルトより弱いらしい。
依頼は隊商護衛と採取がほとんどで、討伐は少ない。魔物の数は多いので生活に困らないが、彼らの実力からすれば物足りない相手だそうだ。
「領土の内側ほど、その傾向は強まりますね」
と、ダニルが補足する。
内側であっても森や山はあるが、人跡未踏の土地は少なかった。また強力な個体がいれば噂になるし、討伐もされる。新たに入り込もうにも、そこまでは別の領地が広がっているので、到着する前に発覚してしまう。
セレンのような土地だと、むしろ変わり種の方が厄介かもしれない。
そこで、ふと思い出す。
「オヴェックの件、何か聞いてるか?」
「調査隊ならとっくに出たぞ。今頃、村に着いてるだろ」
「そうか、なら安心だ」
調査の過程で残りのオヴェックも駆逐される。
これでロニーたちも、不安の日々から解放されるだろう。
俺が安堵していると、マーカントが少し固い表情を浮かべた。
「それでな、ちょっと話がある」
オヴェック――じゃないな。
これまでの発言と改まった口調。何が言いたいのか、俺は察した。
「しばらくの間、セレンを離れようと思う」
「そうか」
「どうにも細かい依頼が多くてな。周辺の町を回ってみることにした。はっきりと決めてないが、数ヶ月くらいだと思う」
「分かった。気をつけて行ってこい」
「それでですね――」
ダニルが横から切り出す。
「少し、お時間をいただけますか」
「今からか? 特に予定はないが」
首を傾げる俺を引っ張り、皆で家を出る。
その先は北門だった。
◇◇◇◇
攻められても跳ね返せるという自信の表れか、セレンには東西南北に門があった。
俺がセレンに入ったのも、ロランを見送ったのも東門。それ以外を通るのは初めてである。
そんな北門を出て、俺は驚いた。
外壁の外にも街が広がっていたからだ。
自宅周辺よりも遥かに貧しく、廃材や布、何かの皮で作った家が密集している。
それらは、難民の街だった。
セレンの北門と西門の外は、結構な数の難民が暮らしているという。
ダニルは「推測ですが」と前置きし、無秩序に難民が住居を作ると、耕作地がなくなってしまう。だから明確に棲み分けをさせているのではないか、と言った。
そうかもしれない。
ただ、北には帝都がある。そして西はこの近辺で最も繁栄している。
俺には、難民を生み出す統治者への当てつけに思えた。
そんな街並みを眺める。
セレンは安全――人々がそう思うのは、今も変わらずか。
想像すらしなかった光景に目を奪われたが、それを見せたいわけではないらしい。
マーカントたちはそれ以上触れず、難民街を抜けて街道をまっすぐ進んだ。
そして森が近付くと西に曲がり、セレン北西の森へ入る。
久しぶりの森に、『気配察知』を発動。
彼らの言ったとおり、生き物の気配が濃い。また、ひりつくような感覚が薄いので、レクノドの森に比べたら魔物は弱そうだ。ちなみにうちのご近所は、稀とはいえ町一つを壊滅させるような魔物が元気に闊歩していた。それと比較したら平和な森である。
そんな森を進み続けると、ほどなくして川のせせらぎが聞こえてくる。
目的地に到着したらしく、そのほとりで皆は足を止めた。
ダニルは見渡し、何かに納得すると俺に向き直る。
「実は私――あ、打ち明けるまでもなかったですね。ご入学の贈り物としてはささやかで恐縮ですが、これから水属性の中級魔法、《水禍球》をお見せしたいと思います」
そう言って、ダニルは集中し始める。
途端、川の水が揺らぎ、その手元に集まっていく。
水の球体が二十センチほどの大きさになったとき、ダニルは狙いを定めて放った。
球体は対岸の木に激突、激しい水音と樹木の悲鳴が森に響き渡る。
俺はその結果に驚愕した。
激突した木はへし折れ、茂みや若木が押し流されていく。
これが中級魔法の威力か。
もし生き物がいれば激流に飲まれ、最悪、手足が粉砕されてしまう。純粋な効果範囲は三メートルほどだが、その外側にも被害が出ているので実際の影響はもう少し広そうだ。
単体相手なら短矢系の『多重詠唱』で再現できる。
だが、この効果範囲は真似できない。
「どうでしょうか。アルター様なら、見るだけでも何か掴めるのではないかと思いまして」
「もう一回、見せてくれないか」
「もちろんです。ただ私は魔力が少ないので、あと二回が限度ですね」
再び、ダニルは構える。
「《水禍球》は水がなくとも発動できますが、川などを触媒とすれば威力の上昇を見込めます。ただその分、発動速度は低下します。最後の一回は触媒無しで放ちますので、違いを見比べてください」
そう言ってダニルはその場で一回、離れてからもう一回発動した。
俺はそれに食い入り、目に焼き付ける。
ダニルの言葉どおり、最後の《水禍球》は威力が落ち、発動は早く感じた。それでも、充分な威力だ。『多重詠唱』を使えば、触媒無しでも小隊くらいは吹き飛ばせる。
俺はダニルに頭を下げた。
「感謝する。最高の贈り物だ」
「とんでもない。こんなことでしたら、いつでも仰ってください」
ダニルは手を振り、照れ笑いを浮かべた。
それから俺は何度も質問し、ダニルは分かるかぎり答えてくれる。
そんなやり取りは、日が傾くまで続いた。
数日後、『破邪の戦斧』を見送るため西門へやってきた。
彼らの行く先は『深閑の剣』と同じく、フィルサッチの街。周辺で最も大きく、広大な穀倉地帯を有し、セレンの食糧事情を支えていた。その後はタクラズなど、周辺都市を回りながらセレンへ戻ってくるそうだ。
「年内には戻ってくる」
「気をつけてな。それとポーションだ。Cランクには不要かもしれんが」
「おお、助かる」
言いながら、マーカントが袋を受け取った。
中身はヒーリングを中心に、解毒などが八本入っている。最近は調合していなかったので、出立すると聞いてから作成、ロランに渡したのと同じ良質を選別した。
今更だが、『深閑の剣』にも渡せば良かったな。あの時はそこまで気が回らなかった。
そしてマーカント、ヴァレリー、ダニル、オゼ、一人一人と別れの言葉を交わす。
出会ってから、もう二年。それともまだ二年か。
手を振りながら、彼らは遠ざかっていく。
それを、いつまでも見送る。
これでリードヴァルトから付いて来た者は皆、セレンを去った。
『破邪の戦斧』は戻ってくると言ったが、彼らが望む依頼は今後も見つからないと思う。
外壁に視線を送り、獅子と戯れるゴーレムを俺は見上げる。
平和すぎるんだろうな、この街は。




