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第51話 学院一年目 ~ラッケンデール


 その後、学舎の玄関口に張り出された月の講義日程や行事を確認し、その準備に奔走する。

 さらに数日が経過し、学院最初の講義が始まった。

 最初の科目は教養で、フヴァルの説明どおり優秀者のユークス、それ以外のヴィエヌスに別れて聴講する。

 初日だからか、内容は教養という科目についての説明だった。


 窓からの陽光に、フヴァルの髪が無駄に輝く。

 つい目がいってしまって困るが、それより気になったのは講義回数の少なさだった。

 日程を見ると週の初め、二、三日の間に五科目の講義が組まれ、残りの五日ほどは空白だった。また教養や学問、戦闘術は立て続けに行われるが、魔法学と錬金術は週に一回しか講義がなかった。

 フヴァルによれば、魔法学などが専門的過ぎるためだという。

 一朝一夕で身につく代物ではないので、講義を詰め込んでも反復になってしまう。それなら各自で復習するのと大差なかった。

 空白期間はそうした復習だけでなく、学習が遅れていたり重点的に伸ばしたい科目を学ぶために設けられ、申請さえすれば十八時まであらゆる施設を利用できた。また、そのために講師も学院に待機し、いつでも助言をもらえるという。

 徹底して生徒の自主性に委ねられているわけだ。


 教養と学問だけの生徒はかなり楽そうだが、俺にとってもありがたかった。

 教養は幼い頃からの座学で多少なりとも身についているし、他の科目も得意分野だ。再確認に時間を費やすくらいなら、他のことに割くべきである。


 まずは家の補修、それから生活費の工面だ。

 特に生活費は(きっ)(きん)の課題だった。

 家賃の支払で、父から送られた生活費は残り金貨六枚。俺個人の貯金が金貨三十枚ほどあるのですぐに飢えることはないが、それとて今年一年の話である。

 使い切ってしまえば、来年から金貨六枚で生きていかなければならない。

 エラス・ライノの魔石を売れば卒業まで持つだろうが、ロランが知ったら「返すべきではなかった」と嘆くだろう。


 では、どうやって金策するか。

 ポーションの売却は難しい。ここはセレン、錬金術師は多く価格も安かった。小遣い稼ぎならまだしも、生活費となれば大量生産しなければならない。たぶん、魔法ギルドと揉める。

 もう一つの候補は冒険者稼業。

 実のところ、『破邪の戦斧』からの分配はポーションの売却益より多かった。一見すると良案に見えるが、落とし穴もある。『破邪の戦斧』はCランクであり、そもそもの報酬が高い。それに実力者なので狩る魔物もなかなかに強力だった。

 魔物は常に見つかるわけでもないし、Fランクの報酬は安い。俺一人の総取りでも、Dランクくらいまで上げないと困窮するだろう。

 後は街中で仕事を探すくらいだが、それなら冒険者稼業で日銭を稼ぎつつ、地道に昇格を目指すほうがマシだ。体面上、できない仕事も多そうだし。

 当面の目標は家の補修、次に冒険者だな。


 教養の講義が終わり、生徒たちが教室から出て行く。

 俺も荷物をまとめていると、ランベルトとフェリクスがやってきた。


「この後、どうする? 戦闘術の講義は午後だろ。時間もあるし、身体でも動かそうかと話してたんだ。お前も一緒にどうだ?」


 そう言って、剣を振る素振りをする。


「すまん、これから錬金術の講義がある」

「あ、そうだった。学問以外だっけ? 多才だよな、お前」

「数だけならエルフィミアも変わらんだろ」


 エルフィミアは戦闘術以外を履修している。ランベルトとフェリクスはどちらも教養、学問、戦闘術だった。魔法などの才能は無いらしい。


「宮廷魔術師の娘を持ち出されてもな。ま、それなら仕方ない。また後で」

「ああ」


 ランベルトたちと別れ、錬金術の教室へ向かう。

 同じ方向へ進む一団にエルフィミアの姿もおり、こちらに気付くと、すすっと近付いてきた。


「どのくらいできるの? 錬金」

「人並みにはな。そっちは?」

「人並みにね」


 俺とエルフィミアは微笑を交わす。

 張り合ってるつもりのようだが、すでに勝敗は付いていた。

 エルフィミアは『調合2』。リードヴァルトの錬金術師シモンの『調合3』に劣る。十歳にして本業に匹敵するのは大したものだが、俺は破格の『調合6』だった。リードヴァルトのトップクラス、ツェザンの『調合5』を上回っている。偶然とはいえ、草王の酒薬ポーションオブシャルプを再現したのは伊達じゃない。魔法は惨敗だけど。


 微笑を武器に斬り合いつつ、錬金室に到着。

 入ってみると、名称に相応しい内装だった。

 机は広く、間隔もずいぶん取られている。火や劇物を扱うので、ぶつからないよう配慮されているようだ。そして壁際の棚には錬金道具や安価な素材がずらりと並び、このまま前世の学校に移転させても違和感がなかった。

 どの講義も席は決まっていないので、適当に着席して室内を見渡す。

 配慮するにしても、机と椅子が少ない気がした。

 室内の生徒は十名で、それでも空席が目立つ。

 その後も入室する者はなく、そのまま講義の時間となった。

 どうやら、これで履修者全員らしい。

 これはちょっと酷くないか。回復魔法が外科手術だとしたら、ポーションは内服薬。誰しもが世話になっているはず。派手な魔法や戦闘術に比べたら裏方、しかも一本作るのに数十分、下手したら数日の世界だ。とっても地味なのは分かるけど……。


 そんな現状に嘆いていると、講師が入ってきた。

 名をラッケンデールと言い、その第一印象は丸だ。

 背は低く、体つきや輪郭、細目を除けば顔のパーツまで丸い。

 全身の脂肪と白髪に近い金髪を揺らしつつ、丸いおっさんは教壇に立った。


「皆さん、こんにちは。先日の入学式で挨拶を済ませていますが、改めて自己紹介しましょう。私はラッケンデール。錬金術の講師です」


 ぺこりと頭を下げ、早速講義が始まった。

 錬金術とは何かから始まり、流通する主なポーションの素材、その製法についても掻い摘まんで説明していく。その間、ラッケンデールは木炭を握り手を動かしている。

 この世界に黒板はないが、似たような役割の道具がある。

 ()(ばん)と呼ばれる物で、前世でも黒板が誕生するまではこれが使われていた。こちらの塗板は大きな板にフィズカ石を塗りつけ、木炭を筆代わりに文字や図形を描く。黒板ならぬ白板である。

 受講する側は助かるが、古典的ではある。アルファスはこういうのに興味なかったんだろうか。


 手の平を黒く染め、ラッケンデールの講義は続く。

 教科書は存在しないので、熱心な者は羊皮紙を持ち込み、必死に要点を書き留めている。

 俺は懐具合の関係で聴講するだけだ。

 こちらもフヴァルが言っていたが、講師の使う教本や資料は図書館でいつでも閲覧でき、空白期間は結構な取り合いになるそうだ。皆さん、勉強熱心で素晴らしい。俺はちょっと家、直してくる。


「では、話はこれくらいにしましょう。実際に調合をやってみましょうか」


 ラッケンデールが切り出すと、奥の部屋から少年が姿を見せた。

 四年のコディと名乗り、皆に小さな袋を配りだす。

 覗き込むと、茶褐色の粉末が入っていた。

 『鑑定』で安全を確認してから、こっそりと口へ運ぶ。特性を解放し、再度『鑑定』。



名称  :ニルカブ草

特徴  :草丈40cmほどの一年草。

     寒冷地や熱帯以外ならどこでも育つ。

     夏の盛りに紫色の小さな花を連なるように咲かせる。

     根には解熱作用がある。

特性  :乾燥させた根を抽出すれば強い解熱作用を見込めるが、

     処理が甘いと効果は半減、また頭痛を引き起こすことがある。



 ほう、解熱か。将軍様のライバルとは生意気な。


「今日は解熱のポーションを調合します。星の数ほどある調合の中でも簡単な部類ですので、気負わず挑戦してみましょう」


 それでも、生徒のほとんどが不安げに視線を彷徨わせる。

 平然としているのは、エルフィミアを始めとする『調合』持ちだ。

 そういえば、この講師はどれくらいだろうか。これから学ぶ相手、技量は知っておきたい。

『鑑定』を発動し、俺は微妙な表情となる。

 ラッケンデールは『調合4』だった。

 うちのツェザン以下か。

 これならリードヴァルトに残った方がマシである。学院長もあれだし、セレンは人材難なのか? なんか、学ぶことが少なそうだな……。

 しらけ気味に視線を落としたとき、ふと、斜め前に座る少女が目に留まった。

 ニルカブ草の粉末を慎重にフラスコへ移しているのだが、気になるのは素材だ。

『鑑定』を発動すると、名称に「不良」の文字が浮かぶ。

 処理が不完全?

 と言うことは解熱効果半減、頭痛の付随効果ポーションが出来上がるのか。

 失敗するのは仕方ないが、失敗確定では可哀想だ。


「ちょっと良いか」

「え――?」


 声を掛けると、少女は挙動不審に陥ってしまう。

 平民のようだな。それに俺が貴族と知っている。ま、服装で分かるか。


「その素材、僕のと少し違わないか?」


 構わず指摘すると、少女は狼狽(うろた)えながら素材と俺を見比べる。

 もどかしい。はっきり言えたら良いんだが。

 どう説明しようか悩んでいると、ラッケンデールが俺たちに気が付いた。


「どうしたのかね」

「少し、彼女の素材に違和感を感じたので。なんとなくですが」

「ふむ」


 ラッケンデールは少女の素材をひとつまみ、すぐに袋へ戻す。


「これは駄目だね。ちょっと待っていなさい」


 そう言って、ラッケンデールはにっこり微笑む。

 丸い顔をさらに丸くしたまま、素材を片手に奥へと引っ込んでいく。

 その途端、


「コディ、なんだこれはッ!? 不純物だらけ、乾燥も不完全ではないか!」


 と、怒鳴り声が響いてきた。

 同じくらいの声量で、先ほどの四年生が必死に謝罪する。

 驚くほどの豹変だな。助手は、ああいう扱いなのか。

 よし、三年で卒業しよう。

 しばらくしてラッケンデールが戻ってきた。

 元の無害な丸顔で、新しい素材を差し出す。受け取る少女の手は震えていた。

 そしてラッケンデールは、細い目を俺へ向ける。

 なんだろう、捕食者っぽい雰囲気を感じるんだが。


「君、よく気付いたね」

「なんとなくです」

「もしかして『調合』スキル高い?」

「当家の秘密です」

「はは、そうだよね。うん、それ凄く大事。錬金術は秘密だらけだから。では、なぜ秘密だらけなのかな。分かる人」


 ラッケンデールの質問に、生徒は顔を見合わせる。


「いないの? じゃあ、君。答えて」

「え、分かりませんが」

「ははは、冗談は下手だねぇ」


 妙な感じに目を付けられたな。敵意じゃないので大丈夫だと思うが。

 それと、ラッケンデールの質問には答えられる。

 今、この教室の状況が答えだ。

 錬金術、その中でも『調合』は、実のところスキルを必要としない。

 適正量の素材を用意し、投入や攪拌の知識、もしくはスキル保有者の指示があれば、スキルがなくともポーションを調合できてしまう。高難易度は見極めが難しいので無理だが、解熱のポーション程度なら誰でも作れる。だから錬金術は師弟関係が重要視されていた。

 ラッケンデールも皆に同じ話をする。やたらと俺を見ながら。


 そして解熱のポーションの調合が始まったのだが、ラッケンデールは空席から椅子を引っ張り出し、なぜか俺の隣に着席した。

 他の生徒への指示は、四年生のコディに丸投げである。

 なんか……じっと見つめてくるんですけど、丸いおっさんが。


「あの、なんで隣に座ってるんですか」

「気にしないで。見てるだけだから」

「ものすごく気になります。やりづらいんですけど」

「またまた。よそ見してるのに完璧な投入じゃない」


 ああ、なんとなく分かってきた。

 この人、ステータスで測れないタイプだ。『調合』スキルこそ4だが、それに関わる眼力が異様に優れているんだ。


「凄いね、その慣れた手つき。やっぱり『調合』高いでしょ。僕より」


 動きでそこまで見抜くのか。

 凄い人なんだけど……ちょっと気持ち悪くなってきた。


「おや? 素材を少し残してるね」


 そんな丸おっさんが首を傾げる。

 小袋に触れていないので、俺の投入量だけで判断したようだ。

 まずいな、『調合』に任せすぎたか。

 時すでに遅く、ラッケンデールは小袋を開き、フラスコに漂う粉末と見比べる。


「ふむ、やっぱりそうだ。この溶液の質なら君のが適量だね。だけどかなり狭いな。僕でもここまでは見えないよ」


 ラッケンデールはぷるんぷるんと頬肉を揺すり、感心したように何度も頷いた。

 どうしよう。別に評価されるのは悪いことじゃない。だけど、このまま進めたら駄目な気がする。

 わざと失敗したら余計にこじらせそうだし……諦めて普通に作るか。

 隣を極力無視し、フラスコに意識を集中させる。

 ニルカブは――攪拌したら駄目なんだな。

 俺はフラスコを少し上へ移動させ、火から遠ざける。

 そしてじっくりと加熱していくと、溶液の中で粉末が緩やかに上昇を始めた。

 泳ぐように水面に向かい、そこから壁面をなぞるように水底へ。

 粉末から鮮やかな緑が(にじ)み、動きに合わせて尾を引いていく。

 そんな美しい光景に水を差したのは、隣で膨れ上がる気持ち悪さだった。


「ああ…なんて清らかな……揺蕩(たゆた)うヴェール……美しい……」


 (あえ)ぎながら、丸いおっさんが()(もだ)える。

 大変です、ここに変態がいます。錬金の変態です。

 心の訴えは誰にも届かず、苦闘の末、なんとか解熱のポーションを完成させた。

 疲れた……調合でこれほど疲れたのは二年ぶりだ……。

 突っ伏す俺を気にも止めず、ラッケンデールは解熱のポーションを大事そうに抱え込んで教壇へ帰って行く。

 いや、持ってくなよ俺のポーション。良い具合にできたんだから。


「皆さんも大体できたようですね。失敗した人は気落ちしないでください。錬金は失敗の連続。少しずつ経験を重ねていけば、解熱のポーションくらい片手間で調合できるようになります。ですが――」


 ラッケンデールは俺のポーションを掲げる。


「この境地には並みの努力では辿り着けません! 分かりますか皆さん、このポーションは良質です。今回の素材でこれが作れる者はセレンでも数名。よく観察し、学んでください!」


 と言いながら、俺のポーションを白衣の下へ仕舞い込む。おい、観察は?

 結局、ポーションは戻らず、味見する生徒を漫然と眺めているうちに講義は終わる。

 疲労困憊のところへ、エルフィミアが楽しげに近付いてきた。


「良かったわね、褒められて」

「喜ばしく見えたか? あの状況が」

「剣だけでなく錬金の実力もあるのね。魔法も中級くらい使えるんじゃない?」

「返答は控えさせていただきます」


 適当にはぐらかしていると、ラッケンデールがちらりとこちらを見た。

 草食動物の姿が自分と重なり合う。

 やばい。

 捕食者が踏み出すより早く、俺は席を立った。


「また明日」


 エルフィミアに言い捨てると、「君――」という声を聞き流して錬金室から脱出。

 ちょっと本気を出し、廊下を駆け抜けた。

 これ、毎回やる羽目になるんだろうか?



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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラが立っていて面白い! ポーション作りなどの、生産系の描写は、スキルとかアーツであっさりと描写されることが多いけど、細かいところまで、丁寧に描写されていて、長々とし過ぎていないのも、…
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