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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第一章

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第34話 十歳児の日々 ~『深閑の剣』


 早朝、家族や使用人が起き出す前に屋敷を出た。

 門番には「防具の手入れに行ってくる」と告げたが、俺が完全装備でバックパックまで背負っているのを気にしていた。

 しかし冒険者の真似事を始めてから一年以上経過している。出立が近いため本当に何か入り用と結論づけたようだ。門番はそれ以上は考えず、送り出してくれた。


 ゴードという狩人は、なかなかの実力者だった。

 それが庭同然の森で重傷を負わされ、敵の正体は不明。冒険者パーティーも姿を消している。皆がゴードを過大評価しているのかもしれないし、冒険者が姿を消したのも偶然かもしれない。ただ、そうでなければ森に何かが潜んでいるのは間違いなかった。

 俺には時間がない。あと一週間で旅立つ。

 冒険者や騎士で対処できる相手なのか。

 たとえ出来ても、どれほどの被害を被るか。

 それを確かめねば、安心して旅立てない。


 正門は人々でごった返していた。

 冒険者や商人がほとんどで、警備の兵が目を光らせながら身分や荷物の確認をしている。荷物の方はそこまで厳格に行っているわけではないが、それでも商人などは時間が掛かってしまう。

 長い列が生まれ、それを目当てにした露天商が早朝にも拘わらず店を開けていた。

 俺はその一つの前で立ち止まり、視界の隅で列を窺った。

 それらしいのは見当たらない。『鑑定』でも外ればかりだ。必ず今日出発するとは限らないし、下手したらもう出た後かもしれない。

 後者であれば、今すぐ追わなければ確実に見失ってしまう。

 まだ様子を見るべきか、それとも追うべきか。

 判断に悩んでいると、奇妙な気配を感じた。

 希薄。

 オゼやネリオに似た感覚だ。いや、それ以上か?

 気配は町の奥から門へ向かっている。

 俺は商品を物色する振りをしながら、それとなく観察した。

 どうやらまだ町にいたようだが――これは珍しい。

 五人組の先頭を歩くのは、ハーフリングだった。

 西方からほとんど外へ出てこないため、エルフやドワーフよりも数が少ない。リードヴァルトどころか、近在の町を含めても彼一人ではないだろうか。

 そんな彼にも驚いたが、メンバーも色々と異色だった。


 リーダーはハーフリングのピドシオスで間違いないだろう。

 偉そうな態度だけでなく、単純に能力が頭一つも二つも抜けている。斥候としてはオゼ以上だ。おまけに変性魔法と無属性魔法も習得し、搦め手を得意としている。単純な魔法技術なら、こちらもダニル以上だ。欠点は直接的な戦闘能力が低いことだが、それを差し引いてもかなり優秀な冒険者である。

 ピドシオスに張り付くようにして歩くのはトアール人の女、サルマ。

 トアール人は浅黒い肌が特徴で、東のコージェス連合を南に下ったコルスネットと呼ばれる荒野と砂漠の地域に住んでいる。商人は何度か見かけているが冒険者は初めてだな。

 彼女は軽戦士で武器は曲刀、胸と腰回りにだけ革鎧を身につけている。防御は最低限に押さえ、回避と機動性を優先しているようだ。また冬用の厚着が動きを阻害するのを嫌ってか、数本のベルトで固定していた。そのため無駄にスタイルの良さが際立ち、すれ違う男らの目を奪っている。夏場ならもっと大変なことになりそうだ。

 仲間を守るようにして最後列を進むのは野牛の獣人、ダイラスだ。

 野牛は初めて見る。人間よりも高い身長に肉厚の体躯。にも拘わらず、斥候だった。複合弓を肩にぶら下げ、防具やスキルも後衛寄りである。一応、幅広のスモールソードを腰の後ろの括り付けているが、『片手剣』が1に対し『弓術』は5。ほとんど抜くことは無さそうだ。

 残りは帝国人の男女。

 他の三人があまりにも特徴的なので影こそ薄いが、彼らも特化した冒険者である。軽戦士で盾役のエフルトは、能力値こそ平均的なれど『盾6』の保有者である。それだけならロランと同等の技術だ。

 もう一人は斥候のミラーナ。彼女は器用さが高く、罠や鍵開けの技術に長けていた。ダンジョンや都市部の探索なら、リーダーのピドシオスに匹敵する活躍が見込めそうだ。


 尊大な態度のハーフリングが、異色の仲間を引き連れ遠ざかっていく。

 ()(もく)を集める者もいれば、そうでない実力者もいる。

 また『深閑の剣』には大きな特徴があるのも見逃せない。斥候三人に軽戦士二人という極めて(いびつ)な編成だ。機動性と探索能力を重視し、戦わずに依頼を遂行。もしくは奇襲、急襲するための陣容だった。

 もし戦えば『破邪の戦斧』が勝つ。しかし戦いにならないだろう。オゼが彼らを発見できても、パーティーとしての機動力が違いすぎる。各個撃破を避けるため、『破邪の戦斧』は追走を諦めるしかない。そんな無茶を通せるだけの実力を有し、実際にCランクまで到達している。ヘリット支部長が適任と太鼓判を押すのも頷けた。


 列に『深閑の剣』が並ぶ。

 すぐ後ろに並ぶのは止めた方が良さそうだな。

 町中だからピドシオスは視線を気にしていないが、近くに寄れば些細な理由で注意を引く恐れがある。ここで気配を覚えられるのは得策ではない。

 そう考えて、しばらく待ってから列に並んだのだが、いきなり周囲の注目を浴びてしまった。

 十歳の子供が冒険者の格好をし、しかもたった一人で外に出ようとしている。気になるのも当たり前だった。幸い冒険者は俺を知っていたり、自己責任の住人なのであまり関わろうとしてこないが、商人はそう単純ではない。純粋な善意もあれば、俺の正体を探って商売に利用できないか計算している者もいる。現に目の前の商人は素早くエラス・ライノの革鎧や甲犀の剣を品定めし、話しかける切っ掛けを窺っていた。全力で「話しかけるなオーラ」を放っているので事なきを得ているが、時間の問題だろう。

 まずいな。俺の目的は、森に潜む見えない魔物の確認。それを『深閑の剣』に気付かれずに実行したい。子供がついてくるのを許可するわけがないし、身分を知られれば尚のことだ。下手したら探索を中断する可能性だってある。出立まで六日。無駄にできる時間は無い。

 雰囲気の変化を感じ取ったのか、ピドシオスがそれとない仕草で周囲を見やる。

 彼らが町を出るまで列を離れるべきか。

 俺が動こうとしたとき、門番の一人がまっすぐこちらに向かってきた。

 変化を感じたのはピドシオスだけでは無かったらしい。

 厄介だな。身分を口にすれば、こちらを窺う商人たちがどう反応するか。


「君、ちょっと――」


 そこまで言って、門番は言葉を飲んだ。

 俺が誰なのか気付いたようだ。何度か見かけた顔だな。

 そのタイミングでピドシオスが振り返る。

 幸い、人混みに紛れているのでまだ見られてはいない。


「詰め所に案内してくれ」

「え――あ、はい。かしこまりました」


 通りかかった冒険者の一団に隠れながら詰め所に向かう。

 そして壁がわずかに途切れた刹那、鋭い視線を感じた。

 見られた? この程度なら大丈夫だと思うが。

 詰め所に滑り込むと、門番は一室に俺を通した。


「このような場所で申し訳ございません。すぐに飲み物をお持ちします」

「長居はしない。不要だ。それより仕事の邪魔をしてしまったな」

「いえ、とんでもございません」


 門番は大仰に手を振った。

 そして若干、声を潜める。


「それで詰め所には、いかなるご用向きでしょうか」

「しばらくしたら門の外へ出る。その時、優先して通してくれないか」

「承知しました」


 兵士の不敬や警備の不手際を指摘されると思っていたらしく、門番は明らかにほっとした。


「ところで、いつもの冒険者はどちらに?」

「今日は一人だ」

「――それは」


 再び門番の表情が曇る。

 何か言いたそうに口を開くが、立場をわきまえて言葉にしない。

 代弁するなら「父の許可を取ったか」だろうか。


「僕の外出許可は取り消されているか?」

「いえ、そのような通達を受けておりません」

「なら問題ないだろう」


 門番は口ごもった。

 考えてみれば、一人で外に出るのは初めてである。以前はロランが同行し、ネリオや『破邪の戦斧』もいた。彼はそれを知っているのだろう。

 どうあれ許可が下りている以上、止める権限はない。さっさと後を追おう。

 詰め所を出ようとしたが、ふと思い直した。

 このまま外に出たら――何かとまずいかもしれん。

 屋敷の門番には防具の整備と行って出てきた。書き置きも残していない。そんなことをしたらメレディが目聡く見つけ、あっという間に連れ戻されてしまう。

 門番から町の外に行ったと伝わるだろうが、探索が泊まりになれば大騒ぎになりそうだ。たぶん、捜索隊が派遣されるな。


「書くものを貸してくれないか」


 門番が差し出してきた羊皮紙に、「道中用の薬草を集めてきます。泊まりになるかも。伝えるのが遅れてごめんなさい」といった内容を丁寧に書き綴った。

 本当の目的、絶対にばれるよな。父は勘が鋭いし。一応、道中に使うポーションの素材が足りていないのは確かだから、きちんと薬草集めもしておこう。偶然、『深閑の剣』と方向が同じになるだけだ。うん、何も問題ない。


「ところで、名を教えてくれないか」

「これは失礼しました。私は十人長のクレルと申します」


 俺は頷き、「クレルは務めを果たしている。どうしても必要だったので、強引に通らせてもらった」と書き足した。クレルは覗き込んでいたが、その表情はあまり変わらなかった。責任問題を気にしているのかと思ったが、本気で俺を心配していたようだ。


「僕が門から出たら、この手紙を屋敷に届けてくれ」


 クレルは羊皮紙を一瞥しただけで、ついと頭を下げた。


「アルター様、失礼を承知で発言させてもらいます。単独での外出はお止めください。特に今はいけません」

「見えない魔物だな」

「ご存じでしたか」

「当然だ。狩人が怪我をしたそうだが、安心しろ。魔物が出没したのは森の奥。僕が行くのは草原だ。森にはほとんど近寄らないぞ。そんな魔物と遭遇することはないさ」


 俺は笑いながら言い切ったが、クレルは納得しなかった。

 嘘を見破られたか? 単に善人なだけだと思うが。


「心配性だな。門の前を見たか? あれだけの冒険者や隊商が外へ向かうんだ。リードヴァルト周辺なら安全だろう」


 それにはクレルも不承不承、頷いた。

 森の近くならともかく、周囲の草原が安全なのは確かだ。そうでなければ門の外で農作業なんてできやしない。それでも危険だと言うなら、治安を預かる警備兵の怠慢である。少々卑怯な言い方だったが、これで納得してもらうしかない。

 引き留めるのは諦めたようなので、俺はクレルに手紙を託し、詰め所を出た。


 予想外のところで時間を食ってしまったな。

 行列を見れば、すでに『深閑の剣』の姿は見当たらない。

 つかず離れずなんて芸当が通用する相手じゃないから構わないが、方向が分からないと追跡が大変そうだ。

 俺が門へ向かうと、クレルが慌てて駆け寄り他の門番に指示を飛ばす。

 行列から注がれる視線を受け流し、俺は生まれて初めて、一人で外の世界に足を踏み出した。



  ◇◇◇◇



「ギルドの報告では、この先で見えない魔物に遭遇したそうだ。隊列はいつも通りな。言うまでもねえが、任務は魔物の正体を暴くこと。余計な戦闘はしない。情報を持ち帰るのが最優先だ。んじゃ、出発」


『深閑の剣』が話している場所は、リードヴァルトから南東に進んだ森の中である。

 俺が正門をくぐったとき、彼らの姿は影も形も無くなっていた。

 手当たり次第に残雪を調べ、なんとか彼らと思われる足跡を発見する。もし大柄な野牛の獣人がメンバーにいなければ、他の冒険者パーティーと見分けがつかなかったかもしれない。

 当たりをつければあとは簡単だ。森までは見晴らしの良い草原なので、すぐに彼らの姿を発見する。やはり別格なのはピドシオスのみで、他は一芸に特化している者が多い。オゼやネリオと比較したら、斥候としては格下だ。逃げるのを追うなら面倒でも、『深閑の剣』を追跡するのは難しくなかった。


 それでも、俺は念を入れて充分な距離を取って追跡した。

 ピドシオスは『気配察知6』、木陰を伝って『常闇の探索者』を発動させても俺の『隠密』は5。一概に高い低いでスキルの優劣は語れないが、不用意に近付けば感知されてしまう。無理はすべきでない。

 幸い、森の内部は一面の銀世界だった。樹冠が蓋となり、陽光を遮っているためだ。おかげでかなり離れても見失うことはない。

『深閑の剣』はなだらかな積雪を素通りし、(えぐ)れた窪みだけを辿っていく。

 これが怪我をした狩人、ゴードの足跡なのだろう。俺には人間の通った跡ということしか分からないが、ピドシオスには、おそらくネリオにも何かが見えるはずだ。

 学院に行くと分かっていたら、もう少し狩りに時間を割いていたのにな。


 そんなピドシオスは無造作に道を選んでいるように見えるが、たまに大きく迂回したり、皆を制止させて木陰に身を潜めた。彼が何か指示を出すたび、窪みの先を魔物が通り過ぎ、遠方からは派手な咆哮や鳴き声が響いてきた。

 スキル構成から理解はしていても、実際に目にすると感心してしまう。こういう冒険者もいるんだな。出会ったらぶっ飛ばす、がモットーの『破邪の戦斧』とは真逆だ。


 そして『深閑の剣』はすべての戦闘を避け、初日の探索を終えた。

 俺は手近な大木に登り、その上で休息を取ることにした。できればロープで身体を括り付けたいが、この森には木登り狼ヌドロークが生息している。連中は猿のように枝を移動するため、身体を固定するのは危険だった。

 遠くにぽつりと浮かぶ小さな炎を眺めながら、干し肉を囓る。

 俺は道中よりも距離を取って休息していた。

 やはりピドシオスが厄介だった。追跡中も、たまに振り返って怪訝そうな顔をこちらに向けてきた。行動に移さないのは、今のところ疑念程度だからだろう。気がついたらナイフが首元、なんて事態は避けたい。


 質素な食事を終え、青藍のマントにくるまる。

 マントは想像以上に暖かった。成長を考えて大きめに作っているし、『水耐性2』の効果で湿った大気や夜露を撥ね除けてくれる。俺自身の『氷結耐性2』もあって、多少の寒さは気にならなかった。

 そうして浅い眠りを繰り返し、俺は一夜を過ごした。


 翌日、探索が再開される。

 昨日と異なり、『深閑の剣』の歩みは遅くなった。窪みが荒らされていたり、魔物を回避しきれず戦闘に突入したからだ。魔物の密度が濃くなっているのは、森の奥地に近付いている証拠であり、必然、その強さも上がる。

 危なかったら手助けしようと考えていたが、どうやら必要無さそうだ。

 酷い足場をものともせず、彼らは魔物を翻弄し着実に仕留めていく。

 火力不足は否めなくとも、『破邪の戦斧』と同ランクなだけはある。

 たった今も、魔物が断末魔の声を上げた。

 彼らが倒したのは、オルスリザードというシマウマ模様の蜥蜴である。

 エフルトが注意を引きつけ、ピドシオスとミラーナが攪乱し、さらにダイラスの弓が片目を射貫いた直後、サルマが首を刎ね飛ばした。


「なんでよ、ピッド! 勿体ないじゃない!」


 サルマの声が俺のところまで届いてきた。

 声が大きいと注意されたのか、その後は押さえつつもまだ文句を言っている。オルスリザードをどうするかで揉めているようだ。胴体だけで三メートル、俺やピドシオスなら一呑みできる結構な大物だ。模様こそ派手だが、質、量ともに革鎧の素材として申し分ない。オルスリザードは『氷結耐性6』という氷結系魔法使い殺しのスキルを持っているので、多少でもその効果が見込めれば、かなりの高値が付くだろう。

 結局、ピドシオスは押し切られ、オルスリザードを解体、皮だけでなく夕食用の肉まで確保することになった。ちょっとお裾分けしてもらえないだろうか。二日連続干し肉生活は辛いんだけど。

 サルマがいきなりピドシオスに抱きついた。

 どうも感情表現が豊かなタイプらしい。ピドシオスは鬱陶しそうにそれを引き剥がし、他の仲間は呆れ顔を浮かべながらも笑っていた。

 仲の良いパーティーらしいが、一つはっきりした。ピドシオスは小物だ。よもや引き剥がすとは。俺なんか何度もヴァレリーに殺されかけたが、抵抗したことなんて一度もないぞ。どれほど幸せな死に方か。一回、虫人間に喰い殺されろ。ついでに代われ。


 そんな一幕もありつつ、俺の追跡は続いた。

 本来なら地味な追跡も、一行が個性的だったおかげで意外に楽しめた。

 なにより斥候三人を相手取った追跡は、今までにない体験だった。ネリオから教わり、時にオゼからも助言を受けた俺の技術。その集大成であり、ちょっとした試験を受けている感覚にも陥った。

 さらには彼らの技術を見ることもできる。ピドシオスが痕跡に何を見つけ、またどう判断したのか。立ち止まったところをつぶさに観察し、それを推測し、答えを探す。たとえ何一つ発見できなくとも、できなかったという事実に意味がある。つくづく学院行きがもう少し先だったらと思う。

 そうした探索と追跡が続き、太陽が頂天を少し過ぎた頃、『深閑の剣』は痕跡が広く荒れている地点に到達した。

 ピドシオスは全体を見渡し、突然、屈み込む。

 そして雪の一部を摘まみ上げ、そのまま投げ捨てた。


「ここが現場だな」


 サルマとエフルトの軽戦士コンビは痕跡を荒らさないよう、その場から下がっていく。

 そして斥候の三人が雪面に顔を近付け、手がかりを探し始めた。

 しばらくして全員、元の場所に集まる。どうやら何も見つからなかったようだ。


「狩人が見えない魔物に遭遇したのは、ここで間違いないんだが。血を流した所為だな、魔物に荒らされてる。お前らの意見を聞こう。進むか、戻って別口を追うかだ」


 ここまでの道中、行方不明となった冒険者らしい痕跡も見つかっていた。俺には判断しかねたが、確率は高いとピドシオスは考えているようだ。

 そして話し合いの結果、『深閑の剣』は先に進む方を選ぶ。

 理由は定かでないが、もう手がかりは得られないと判断したのではないだろうか。行方不明の冒険者はゴードよりも早くに襲撃されており、ほぼ確実に殺されている。痕跡の荒れ具合はこちらの比ではないはずだ。遺体が残っていたとしても魔物や動物に食い散らかされた後で、どの傷が目当ての魔物か分かるはずもなく、足跡も同様だった。

 彼らの決断に同意であり、また安堵もした。

 冒険者パーティーの痕跡は遥か後方。注意していても俺の足跡は完全に消せていない。ピドシオスならすぐに追跡者の存在に気付くだろう。そうなったら堂々と名乗って探索に参加させてもらうと決めているが、ならないに越したことはない。


 雪の森を『深閑の剣』は再び進み始める。

 ここからは手探りの探索だ。時折見つかる何かの痕跡を見分しながら、『深閑の剣』は慎重に歩を進めていく。今までよりもずっと遅い。もしかしたら、これまではただの移動、ここからが本番なのかもしれない。

 しかし、傍目から見ていても厄介な依頼だと思う。事前の情報はわずか、魔物の種類は無数。これで正体を突き止めろと言われても無理だろう。はっきり言ってやりたくない。ヘリット支部長は「受けた」と言っていたが、「打診した」に決まってる。名声と実力が高まれば面倒事も増えていく。冒険者も気楽じゃなさそうだ。


 たまに出現する魔物を避け、時に撃退していく。

 どの魔物も彼らが納得できるような能力を持たず、探索は数時間が経過。夕刻はまだ先でも、高い木々に覆われているため草原よりも日が沈むのは早い。暗くなってきたら痕跡の見極めが難しくなる。そろそろ切り上げるはずだ。

 こちらもねぐらを探すか。

 俺が木々を見上げていると、ピドシオスの発した小さな警告が耳に届いた。

 木陰に隠れ、様子を窺う。

 あれは――魔物か。

『深閑の剣』のさらに先、雪の上で小柄な生き物が三つ指座りしていた。

 猫のような座り方だが、外見は白イタチによく似ている。

 ハンターフィッチと呼ばれ、毛皮が美しいため高額で取引されていた。

 案の定、彼らは食いつく。

 Cランクの成功報酬には及ばずとも、必要経費を払ってもお釣りが来るはずだ。

 警戒心を煽らないよう、『深閑の剣』は静かに展開する。

 ハンターフィッチはきょとんとした顔で、赤い目をただ向けていた。

 全体的に一回り大きく体長もあるが、性質は動物のイタチとさほど変わらない。本来なら警戒心が強い魔物で、武装した人間の前に姿を現すことは滅多になかった。ここまで奥だと人間を見慣れていないかもしれない。

 それでも『深閑の剣』が遠巻きに包囲していくと、何事かときょろきょろと見渡した。

 俺は首を傾げる。

 包囲なんてすれば警戒するのは当たり前、彼らにしては稚拙だと思った。

 何をするつもりなのかと眺めているうち、気付く。

 ダイラスだけ元の位置から動いていない。

 その後ろ手には複合弓。

 なるほど、弓矢なら毛皮の損傷はわずかで済む。他の者が注意を引き、弓の名手が仕留める算段か。

 ダイラスが弓を取り出し、そっと矢を(つが)える。

 その瞬間だった。

 強烈な悪寒。

 訳も分からず、咄嗟に身を伏せる。


「――なッ!?」


 誰かの驚きに顔を上げれば、雪煙が立ち上っていた。

 それから遅れること数秒、ダイラスが絶叫する。

 何だ? 何が起きた?

 雪煙が晴れていく。

 そこにはだらりと両腕を下げたダイラス。

 足下には両断された複合弓が転がり、腕から吹き出る鮮血が雪の大地を染めていく。

 ダイラスの背後で、ハンターフィッチがゆっくりと向き直る。


「馬鹿ッ、飛び出すな!」


 ピドシオスの警告よりも早く、役目を果たそうと軽戦士のエフルトが駆け出しダイラスを背にする。

 刹那、白い影は掻き消え、エフルトの脇腹から血が噴き出す。

 俺は目を見開いていた。

 今起きていることを、彼らは理解しているか。

 ちょこんと座る白イタチ。

 ピドシオスはそれを目の前に、ただ凍り付いていた。



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