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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第一章

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第28話 八歳児の日々 ~招待


「大物二体と遭遇した挙げ句、そのたびにちょっとおかしい護衛対象を死なせかけ、俺たちが必要なのか疑問に思ったり仲間が病気で寝込んだりしつつ、どっかで二度と失敗しないと格好良く誓った気もするがそれはそれとして――乾杯!」


 唱和が重なり、一斉に杯が掲げられる。

 面倒だったから挨拶を任せたのだが、なんでマーカントにしたのか。せめて依頼達成とか快気祝いとかは入れろよ。ここに父たちがいなくて本当に良かった。

 主役の一人、ヴァレリーはゆったりとした椅子に座りながら、戻ってきたマーカントを「なんなの、あの挨拶は!」と叱っていた。それを見てダニルとオゼが笑っている。

 他の参加者は俺とロラン、どうにか予定を空けられたパヴェルだ。

 あれから一週間、ほどなくして調子を取り戻したヴァレリーは、パヴェルの許可を得て退院、繰り出す拳亭へ戻っていた。その間、『破邪の戦斧』は仕事を受けず、久しぶりの休暇を満喫していたようだ。


 秋の柔らかい日差しを受けながら、俺は果実水を傾ける。

 テーブルと椅子を多めに用意して正解だった。病み上がりの女性だけでなく、高齢者のパヴェルもいる。一応、俺も八歳のお子様だ。

 しばらくは立食パーティーの(てい)を為していたが、パヴェルが座ったのを皮切りに、皆はどこかのテーブルに陣取り、給仕そっちのけで食事と酒を運び込んでは飲み食いし始めた。そういや立食パーティーなんて平民はやらんよな。俺だって前世では皆無だし、死ななくとも無縁だったろう。


「それにしても、本当にアルター様がお作りになったのですな」


 パヴェルが話しかけてきた。

 彼が座っているのはすぐ隣、椅子を傾ければ目の前だった。

 皆よりも早く到着したパヴェルは、俺の調合を見せてくれと頼んできた。やはり信じられなかったようで、案外、早く来たのはその確認だったのかもしれない。

 時間潰しにヒーリングポーションを作成中だったので、そのまま自室へ招き、完成するところを見学してもらった。俺があっさりとポーションを作り上げたこともそうだが、どこにでもある陶器で作成するのも驚きだったようだ。慣れてくると、その辺の食器で代用できるんだよな。


「そういえば、どのようなポーションが必要なのか聞いていないな。残念ながら僕は駆け出し、作れるのはヒーリングポーションに付随効果を与えたものだけだ。解熱、解毒、鎮静、疲労回復、眠気覚まし――は治療にいらないか」

「充分ですな。ただ、鑑定魔法を使えなくとも薬を見る目はあるつもりです。アルター様のお作りになったポーションは、おそらく標準品質。付随効果まで加わると、むしろ質が良すぎるかもしれません。落とすことは可能でしょうか?」

「品質を落とす、か。考えても、いや考える余裕もなかったな。できるかどうか試してみよう。無駄に高額のポーションを処方する必要もないしな」

「仰るとおりです」


 パヴェルは破顔した。

 そんな俺たちの話が終わるのを待っていたのか、おもむろにヴァレリーは立ち上がり、近付いてくるなり深々と頭を下げた。


「アルター様、このたびは命を救っていただき、感謝の言葉もございません」

「気にするな。それに堅苦しいのは無しだ。祝いの席だぞ」


 顔を上げたヴァレリーは、なぜかじっと俺を見た。

 焦点が目から外れている。顔全体を観察しているようだ。

 ああ、目立つんだろうな。一週間ちょっとでだいぶ改善したが、目の周りには疲労の痕跡が残っている。今日は快晴。余計にはっきりと見えてしまうのだろう。尤も、ヴァレリーのやつれ具合には及ばないが。


「まあ、なんだ。僕がしたくてやったこと、何一つ後悔はない。得るものも多かったしな」

「ですが……私はただの護衛です。それも任務を終え、無関係となった冒険者に過ぎません。それなのに、多くの方にご迷惑をかけてしまいました」

「それは違うぞ。もし僕たちがトゥレンブルキューブと遭遇しなければ、街道で多くの旅人が犠牲になったはずだ。そして灰吐病には誰が感染してもおかしくなかった。倒れていたのは僕だったかもしれないのだ。その時、ヴァレリーは無関係だからと突き放すのか?」

「そんなことはいたしません!」


 ヴァレリーが即座に否定する。


「そういうことだ。僕も同じさ。ロランや『破邪の戦斧』が倒れたら、助けるために全力を尽くす。あの遠征でそれくらいの絆は築けたつもりだが、勝手な思い込みだったかな」


 俺は形のない思いを言葉にしてみたが、言ってしまうと小っ恥ずかしくなってきた。

 後ろではロランとメレディが「やっと坊ちゃんにもお友達が……」、「親子ほど年は離れていますがお友達が……」と流れぬ涙を拭っていた。後で殴ろう。

 それとは対照的に『破邪の戦斧』は感極まった様子である。それはそれで恥ずかしい。ダニルに至っては本気で目を潤ませていた。耳の辺りが熱くなってきたのでさっさと話を終わらせようとしたら、突然、目の前が暗くなった。

 呼吸もままならず、顔には強い圧力。

 一体、なにが――?

 ヴァレリーに抱きすくめられただけだった。

 俺の頭部は、偉大なる連峰の谷間にすっぽりと()まってしまう。

 後頭部にまで圧力……!? まさか、これほどとは……。

 驚愕している俺にヴァレリーが感謝を述べているが、段々とそれどころではなくなってきた。頭部全体を柔らかい物体が覆い尽くし、呼吸をする隙間がない。ちょっと前、似たような体験をしたような。あ、本気でやばい。なんか死にそう。幸せ死に? やつれてたんじゃないの?

 薄れゆく意識の中、短い人生を最高の幸福感に包まれながら反芻していると、不意に幸福が遠のいた。


「アルター様が死んでしまうから」


 オゼがヴァレリーと俺を引き離した。

 そうか、こいつは敵だな?

 ヴァレリーは気恥ずかしそうに、顔を染めながら謝ってきた。

 別に構わん、いつでもとどめを刺してくれ。

 死を受け入れて待っていると、オゼの視線が動き、慌てたように片膝をついた。それに続いて『破邪の戦斧』も一斉に(ひざまず)く。


「楽にしてくれ」


 現れたのは父のアーバン、母のヘンリエッテ、兄のラキウスだった。父は分からんでもないが、なんで全員揃っているんだ? 俺の幸福は?


「邪魔をしては悪いと思ったのだが、一言礼を言いたくてな」

「そうですわね。母として、息子のご友人にお会いしなければなりませんし」


 ちょっと母は険がある。少し前まで、俺がぼろぼろだったのを根に持ってるのだろうか。そして無言の兄は目を見開き、一点を凝視していた。兄上よ、気持ちは分かるが成人男性が食い入ったらいかんだろ。俺は良いんだ、八歳だから。


「して、マーカントとは誰かな?」


 名指しされたマーカントが飛び起きる。


「はッ、俺――自分です!」

「護衛任務、大義であった。息子も良い経験が積めたと喜んでおったぞ」

「有り難きお言葉!」


 なんかネリオを見ている気分だ。あ、でもこういうのが本来の構図なのかもしれんな。ネリオはちょっと楽しいから良いけど、皆にこれをされたら面倒に感じるかも。やっぱり根っこは庶民だ。

 父はヴァレリーに視線を向けた。


「大変な目に遭ったようだな。体調はもう良いのか?」

「はい。アルター様のご尽力により一命を取りとめました」

「うむ、無理をせぬようにな。しっかりと養生するが良い。パヴェルもよくやってくれた」

「アルター様のご苦労に比べれば、私など」


 俺はとりあえず微笑を浮かべて立っていた。ちょこちょこと振られて反応に困る。

 そうして父が(ねぎら)いの言葉をかけていると、今度は家令のグレアムがやってきた。

 その表情は、やや困惑気味だ。


「お客様がお見えになっております」


 目線で問う父に、グレアムは俺を見た。


「それが、アルター様のご友人だと申しておりまして」

「もしかして、ドワーフか?」

「左様にございます」

「それなら友人だ。頼んでいたことがあってな。ここに通してくれ」

「かしこまりました」


 グレアムが立ち去ると、父が問いかけてきた。


「ドワーフか。いつ知り合ったのだ?」

「治療薬作成に必要な素材を提供してもらいました」

「もしや――酒か?」

「酒です」


 父と母が「あぁ……」と、なんとも言えぬ顔をした。いかにもドワーフらしかったのだろう。マーカントたちにも話していなかったから「酒を提供? ドワーフが!?」と驚愕している。分からんでもない。ちなみに大量のサクリオ酒は、未だに俺の部屋の一角を占拠していた。草王の酒薬ポーションオブシャルプ以外の使い道が見当たらず、半分は残っている。

 母が心配そうな表情を浮かべた。


「あんまり、子供の部屋に置いておくものじゃないと思うのだけど。メイドからも、アルターの部屋はお酒臭いって報告が来てるわよ?」


 メレディへ視線を向けると、すでに遠くを見ていた。何かに気を取られている風を装っているが、そっちには綺麗な青空しかない。


「常に換気しているのでご心配なさらずに。それにあれ以上、強い酒は見つかっておりませんので、素材として必要なのです」


 父と母は顔を見合わせ、それなら仕方ないか、とため息をついた。

 ふと、兄がさっきから無言だな、と思いそちらを見てみたら、凝視がチラ見に変わっていた。余計に変質者だ。マーカントたちに知られると兄の沽券に関わってしまう。俺も変態の弟は嫌だ。

 それとなく注意しようと動いた矢先、貴族のお屋敷には似つかわしくない、割れ鐘のような声が会場に轟いた。



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