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第26話 八歳児の日々 ~収束


「久しいな、マーカント」

「……アルター」


 叩く扉を開けたのはマーカントだった。

 皆と同じく俺を見て言葉を失っている。確かに少し痩せた気もするが、安心しろマーカント。お前も酷い有様だ。

 落ち窪んだ目で見下ろす男の腕を叩き、病院に入る。


「どなたでしたか?」


 開いた扉から問いかけが聞こえた。パヴェルのようだ。

 室内に入るとパヴェルだけでなく『破邪の戦斧』が集まっていた。ダニルだけは壁際で仮眠している。そしてなぜか、神官のケセレスがいた。

 皆は俺の姿を見て一瞬驚いた後、慌てて立ち上がり挨拶しようした。

 それを手で制す。


「なぜケセレス殿が?」

「私がお願いしました」


 答えたのはパヴェル。

 沈痛な表情に神官。一瞬、間に合わなかったのかと思ったが、そうであるならマーカントがもっと動揺しているだろう。

 改めてケセレスが俺の問いに答える。


「昨日、パヴェル殿から苦しみを和らげてくれないかと頼まれました。少しでも彼女が楽になるならと駆けつけた次第です」

「そうであったか。ケセレス殿、礼をいう。してヴァレリーの様子は?」


 パヴェルは首を振った。


「かなり厳しいかと」

「まだ無事なのだな?」

「はい。ですが――」

「なら、もう心配はいらん」


 俺は小瓶を差し出した。


「治療薬だ」

「なんだって!?」


 後ろからマーカントの大声が上がる。あまりの声量にダニルまで飛び起きてしまった。

 頼むから耳元で騒がないでくれ。声だけでも結構くるから。

 パヴェルはじっと小瓶を凝視した。


「アルター様、それは本当に治療薬なので?」

「正真正銘、本物だ。出所は――治ってからにしようか。たぶん信じない」


 困惑するパヴェルを見て、ケセレスが前へ出た。


「アルター様、失礼を承知の上です。鑑定させて頂いても?」


 予想外の言葉に俺は一瞬、たじろいだ。


「出来る、のか? 鑑定を?」

「はい。変性魔法にも多少の心得がございます」


 変性魔法? そりゃそうか、鑑定魔法が無いなんておかしい。

 それでも自分のステータスが偽装されているのを確認する。しかし魔法で鑑定できるなら、『鑑定』スキルは珍しくないはず。どうしてこれほど特別視されるんだ?

 パヴェルやケセレスが怪訝な表情を浮かべていたので、俺は思考を打ち切り、小瓶をテーブルに置いた。


「構わない。やってくれ」


 ケセレスは「では」と俺に一礼し、小瓶に向かって魔法を発動した。


「これは……」


 一言呟き、魔法を解除する。


「私にはこれが薬かどうか、いえ名称すらはっきりと判別できませんでした。並みのポーションでないことは確実ですが」

「名は草王の酒薬ポーションオブシャルプだ」


 俺の言葉にパヴェルは首を振る。


「初めて聞く名です」

「もう良いだろう。鑑定魔法で判別できないなら議論しても意味はない。どうしてもと言うなら僕が一口飲むが」

「いえ、そういうわけでは――」

「なら行こうか。ヴァレリーが待っている」


 俺は小瓶を掴み、さっさと部屋を出た。

 慌ててマーカントが先に立ち、ヴァレリーの部屋に向かう。考えてみたら入院前に会ったきり、部屋がどこかも知らなかった。マーカントはそれに気付いたわけではないだろう。単にいても立ってもいられないだけだと思う。

 ヴァレリーの部屋に入ると、雑多な臭いが鼻をついた。

 すえた臭いと生臭さ、それと枯れ葉。吐瀉物、喀血、薬草か。薬草は知らない臭いだな。

 ベッドを見やれば、薄暗い中、ヴァレリーが横たわっていた。

 顔は土気色で、頬は()けている。


「意識はあるのか?」

「まだ大丈夫です」


 パヴェルがそばにより、様子を窺いながら話しかける。

 ほどなくして、ヴァレリーの目蓋が微かに動いた。そしてゆっくりと室内を見渡し、俺と目が合う。ヴァレリーの口元が動き、声にならない声で俺の名を呼んだ。


「しばらくぶりだな、ヴァレリー。今度はきちんと見舞いの品も持参したぞ。治療薬、受け取ってくれるな?」


 返事を待たず、小瓶をパヴェルに渡す。

 蓋を開いたパヴェルが酒精に顔をしかめ、確かめるように俺を見た。


「薬だが酒でもある」


 俺の返答を聞いても、やはり得体の知れない薬を与えるのに抵抗があるらしくパヴェルは逡巡する。それもわずかの間、諦めたように息を吐き、マーカントに指示を出した。

 マーカントがヴァレリーの上半身をそっと起こすと、苦しそうに眉を寄せ咳き込んだ。

 それが落ち着くまで待ち、パヴェルが()(さじ)に治療薬を移してヴァレリーの口元へ近付ける。条件反射のように飲み込んだ。

 その途端、治療薬を吐き出し、再び咳き込み始める。

 小瓶は無事だが、匙一杯分の酒薬がベットに染みこんでいく。

 マーカントが泣きそうな顔でヴァレリーの背をさすった。

 これはまずいな。酒精が強すぎるんだ。弱り切った身体が拒否している。とても飲める状態じゃない。

 そんな時、唐突にパヴェルが妙な行動を取り始めた。

 ヴァレリーの上で小瓶を傾けたのだ。


「待て!」


 危なかった。気付くのが遅れたら治療薬を無駄にするところだった。また作れても、次が間に合うとは限らない。


「そいつは普通のポーションじゃない。おそらく、掛けても効果はないぞ」

「ですが健康な者でもこれを飲むのは困難。今のヴァレリー殿の状態では……」


 確かにそうだ。「不良」でも死にそうなほどきつかった。

 ではどうするか。こういうとき定番は口移しだが、絶対に逆流する。ホースみたいな物で直接胃に流し込めれば良いが、まずホースを吐き出してしまうだろう。

 悩む横で、ケセレスが進み出た。


「お任せを」


 ヴァレリーの横に立ち、魔法を発動させる。

 淡い輝きがヴァレリーを包み込むと、徐々に咳が収まり、表情は穏やかになっていく。


「これで大丈夫です。さ、眠ってしまう前に薬を」


 ケセレスは俺の横に戻ってくると、


「中級神聖魔法の深着鎮静(ディープセデーション)。私がここにいた理由です。生かすために行使したのは久しぶりですね」


 と微笑を浮かべた。

 再び治療薬を口元へ近付けると、あれほど強い酒なのにヴァレリーは表情一つ変えることなく飲み込んだ。

 吐き出す様子もなく、皆はほっと安堵する。

 どうなることかと思ったが、これで一段落だ。

 そして治療薬は見る見るうちに減っていき、残りわずかとなった時、異変が起きた。

 これまで平静だったヴァレリーが、突如苦しみだす。

 焦ったマーカントが必死に背をさする。

 薬が効かなかった?

 そんなはずはない。じゃあ手遅れ――いや、これは!

 ヴァレリーは身をよじり、ベッドから転げ落ちそうになった。

 それを支えようとして、手を伸ばすパヴェル。


「いかん、離れろ!」


 床の上で激しく咳き込み、ヴァレリーは嘔吐する。

 吐き出したのは、うねる血の塊。

 咄嗟にテーブルにあった器から水を投げ捨て、それにかぶせる。

 血の塊は器を叩き続けていたが、しばらくすると静かになった。


「そこの布を。少し浮かせるから包み込んでくれ」


 ダニルとオゼが両側からぴんと布を張り、器の下に差し入れた。


「よし、外で焼却だ。弱ってると思うが注意しろ」

「はい!」


 二人は布にくるまれた器を持ち、駆け出していく。

 俺はヴァレリーに『鑑定』を発動した。

 まだ潜んでいるな。


「パヴェル殿とケセレス殿は離れてくれ」

「今のは……」

「トゥレンブルキューブの赤ん坊さ。生後、十数日ってところだな」


 軽く答えてみたが、二人の顔は硬直していた。

 その後、俺たちは何度も血の塊を焼き捨てた。

 しばらくして何も吐き出さなくなったが、俺の『鑑定』では灰吐病の文字が消えていない。

 後を任せ、俺は屋敷へ戻った。

 もっと草王の酒薬ポーションオブシャルプが必要だ。


 その日の夕方、再び草王の酒薬ポーションオブシャルプを飲ませると、やはり塊を吐き出した。

 さらに翌日も指先程度の塊を何度か吐き出す。そいつらを焼却しつつ、俺も病院に泊まり込んで様子を見守った。

 ヴァレリーが何も吐かなくなり、『鑑定』でも確認できたのは、さらにその翌日。

 トゥレンブルキューブと遭遇してから、十四日目のことだった。



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