表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/191

第113話 学院三年目 ~行商人


 派手に見送ろうとする隊長に断りを入れたので、隊舎前に出てきたのはモリスだけだった。

 ブレントも顔を出そうとしたようだが、モリスたち部下に止められ、おとなしくベッドで休んでいる。


「もう帰るのか。ゆっくりしていけば良いのに」

「予定があるんでな。長居もできん」


 全力で走れば今日にも帰還できるが、狩りをしないと折角の魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)が勿体ない。

 それに、ソプリックは解決済みである。


 隊長によると、ソプリックの群れは他と馴れ合わないそうだ。

 それは『狂奔の復讐者』が、一つの群れだけに影響することを意味している。

 狂乱状態の個体は、あの場に集まっていた。もし残っていてもわずかだろう。

 置き土産の解毒で足りるし、流通だってすぐ回復するはずだ。

 留まる理由がない。


「死骸はもらっていくが、本当に構わんのか?」

「もちろんだ。こちらからお願いしたいくらいだよ」


 モリスは笑顔で即答した。


 帰還を告げたとき、隊長からソプリックの後処理について相談された。

 消火のついでにソプリックの死骸を集めておいたが、危険なうえ、大半の権利が俺にあるので困っていたそうだ。


 モリスは外まで見送ろうとしたが、ここで充分と別れを告げる。

 俺は隊舎を離れ、まっすぐ東門へ足を向けた。


 改めてケリール村を散策しても良いが、すっかり気が()がれてしまった。

 それに死骸を早く片付けないと、守備隊も気が気でないだろう。

 まずはソプリックを回収し、次に復旧箇所を点検。セレン領で狩りをしながら帰還だ。



 東門の付近には商人や冒険者が集まっていたが、誰も通る様子がなかった。

 昨日の今日である。まだソプリックを警戒してるのだろう。


 彼らの横を通り抜け、門へと近付く。

 そのとき、人だかりから男が抜け出し、俺の前に立ち塞がった。


「ああ、ようやく会えた!」


 三十代の男が笑顔を向けてきて、首を傾げてしまう。

 俺を知っているようだが、まるで見覚えがなかった。

 守備隊や冒険者ではなさそうだ。


「助けていただいた商人です!」

「ああ、昨日の……」


 そういや、冒険者の護衛対象は商人だったな。

 隠れていたので、まともに顔を見ていない。記憶にないのも当然だ。


「助けていただき、ありがとうございます。お礼を言いたくて、こうしてお待ちしておりました」

「成り行きだ。礼はいらない」

「あ、お待ちを!」


 立ち去ろうとする俺を、商人は呼び止めてきた。


()(しつけ)なのは承知しております。折り入ってお願いが――」

「断る」


 俺が遮ると、商人は目をぱちくりさせた。


 大体の想像は付く。

 商人は旅装なのに、昨日の冒険者たちはどこにもいない。


「逃げられたな」

「はい……お察しのとおりです。昨日の夜、護衛依頼を破棄したいと」


 打ちひしがれた様子だが、男は商人である。見た目に惑わされてはいけない。

 ただ事情があるかもしれないので、話だけでも聞いてみた。


 苦境を訴える無駄な修飾をざっくり省くと、男の名はハンスと言い、行商人だった。

 馬車でセレンを目指していたが、ソプリックに襲撃され馬は暴走、振り落とされた挙げ句、積荷ごと馬車は走り去ってしまう。

 ハンスの頼みは、馬車の捜索とセレンまでの護衛だった。


 聞き終わり、俺は静かに首を振る。


「断ったのは、僕にも事情があるからだ。護衛依頼を受けたことがないし、目的も真逆だ」

「真逆――セレンへ行かれるのでは?」

「目的地じゃない、目的だ。通常の護衛依頼は魔物を避けるが、僕は狩りをしながらセレンへ向かう。頼みを引き受けると、狩りができなくなってしまう」

「では、馬車の捜索だけでもお願いできないでしょうか。他の冒険者はソプリックを怖れ、村から出ようとしないんです」


 ハンスは(すが)るような目で訴えてきた。


 他と比較し、俺を持ち上げるか。

 事実だとしてもあざとい。同じ目でも、テオの純粋さとは大違いだ。


 それはそれとして、馬車の捜索は大して難しくなかった。

 (わだち)を追えば、簡単に見つかる。まあ、無事ではないだろうが。


「僕も昨日の現場に用がある。馬車の方向と距離次第だが、捜索くらいは手伝おう」

「ありがとうございます!」


 何度も礼を述べるハンスを伴い、門へと足を向ける。

 そして衛兵たちの感謝に応え、再びケリール村を出立した。



 今日も心地良い陽気だった。

 そよ風に漂う春の香りを楽しみながら、街道を進んでいく。


 ハンスは怯えながらも、俺の背後にぴたりと付いてきた。

 ただ昨日の恐怖が拭えないのか、風に草花が煽られれば飛び上がり、鳥の羽ばたきに縮み上がっていた。

 そのたびに張り付いてくるので、なかなかに鬱陶しい。


 子供に頼るくらいなら、まともな護衛を探せば良いのに。



  ◇◇◇◇



(あく)(じき)もここまでいくと感心するな」

「生きてるんですか……?」

「死んでる。外傷がないから綺麗なものだ」


 襲撃現場に到着すると、死骸の山に二体のゴブリンが追加されていた。


 どちらも両手にソプリックを握り、仰向けに引っくり返っている。

 初めてフグを食べた人も、こうなったのだろうか。

 挑戦する度胸は嫌いじゃないぞ。


「先に馬車を探すか」

「よろしいのですか!?」


 優先されると思わなかったのか、ハンスは歓喜した。


 ゴブリンが死ぬなら、他の魔物に荒らされる心配はない。

 肉は食用不可なので腐敗しても構わないし、毒の扱いに手間取りそうだ。

 馬車を優先しても大差ないだろう。

 それに極めて低いが、馬が生きている可能性もある。

 ハンスはともかく、馬は早く安心させてやらないと可哀想だ。


「馬車が遠すぎるようなら中断するし、場合によっては手を引くぞ」

「もちろんです!」


 納得の表情でハンスは首肯した。


 (わだち)を探し、見当を付ける。

 目的地がセレンだったので、そのまま東へ暴走したようだ。

 この方角だと、先にソプリックを片付けるべきだが――まあ、少しは追ってみよう。


 轍を辿り、草原へ踏み込んでいく。

 見た目はなだらかでも、いざ歩くと起伏が激しかった。

 馬車は街道を無視しているので尚更である。


 そしていくつかの丘を乗り越え、林の密度が高くなってきた頃、遠くに馬車を発見する。

 意外に近かったので助かったが、どうやら駄目そうだ。


「持っていかれたか」


 馬車は岩に乗り上げて横転し、車輪も外れていた。

 馬の姿はなく、大量の血痕と肉片が散らばっている。

『気配察知』でも馬は感じ取れないし、蹄の跡も見当たらない。

 その代わり、ゴブリンの足跡が無数に見つかった。

 距離が近いし、チャレンジャーの仲間だろう。



 俺が検分している間、ハンスは馬車に乗り込んで積荷の状態を確かめていた。

 馬が生きている可能性が完全に消え、俺も荷台を覗き込む。

 木箱が散乱し、干し肉などの食べかすが落ちていた。


「少し汚れてますが、積荷は無事でした」


 そう言って、ハンスは円筒状の物体を見せてくる。

 織物のようだ。


「布はゴブリンでも喰わないか。どこの品だ?」

「セムガット公国です」

「また――ずいぶん遠方だな」


 セムガットは帝国領の最西端に位置する。

 六百年前に臣従した元独立国家であり、今も当時の気風が根強いという。

 また公国の西方に広がる人類の領域外を越えれば、ピドシオスの故郷、メズ・リエス地方に到達する。


「柄はメズ・リエスの影響か?」

「はい。セムガットはドワーフやエルフの職人も多いんですよ。大手の工房は宮廷にも(ほう)(てい)しているとか。私が扱うのは日常使いの品ばかりですけどね」


 自虐しながら、ハンスは抱えた織物を少し広げた。


 素材は羊毛で彩りも地味だが、精緻な文様が織り出されている。

 口で言うほど安価な品ではなさそうだ。


 ハンスはゴブリンが散らかした積荷を物色し、無事な木箱に収めていく。

 ただ、肝心の馬車が破損しているので、馬が生きていても走れない。


「セレンまで運んでやろうか?」

「助かりますが、これほどの荷を背負って山越えは……」


 俺がシャムシールを取り出すと、ハンスは目を見張る。


魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)!?」

「商業ギルドからの借り物だ。今回の依頼でな。積荷くらいなら余裕だし――お、こっちも入ったか。凄いな、これ」


 馬車が消失し、ハンスはさらに目を見開く。

 俺は馬車の破片や外れた車輪も収納し、中を確認した。


 まだ余裕がありそうだ。

 性能はエルフィミアの鞄と同等くらいか。あいつの鞄もよっぽどだな。


「セレンでもケリール村でも、好きな方へ運んでやろう」

「セレンまで! 積荷もお願いします!」

「分かった。では、セレンの商業ギルドに預けて――」

「私も同行させてください!」


 食い気味にハンスが申し出てきた。

 さっき断ったよな?


「積み荷の持ち逃げが不安なら、ケリール村に運ぶぞ。僕が通るのは森の中だ。足手まといは困る」

「足なら自信があります! 数年前までは徒歩で行商を行っていました。それに足止めされた所為で、馬車の修理費用を出せるほど余裕がないんです……」


 そう言い、ハンスは顔を曇らせた。


 セレンなら積荷を売却して修理費用を工面できる、か。

 ケリール村でも売れるだろうが、さすがにセレンとは規模が違うし、足下も見られてしまう。


 なるほど、目を付けられたわけだ。

 他の冒険者はソプリックを警戒して外に出たがらないが、群れを一掃した俺には関係ない。

 しかもセレンへ向かうから報酬を後払いにできる。

 俺のランクも把握しているだろう。護衛費用も安上がりだ。

 ハンスにとって、都合の良いことだらけである。


 ま、そっちがそのつもりなら、こちらも利用させてもらうか。


「護衛依頼は受けない。どうしてもと言うなら、勝手に付いてくれば良い。当然、守ってもらえると思うな」

「ありがとうございます!」


 積荷も回収し、後回しにした死骸の山へと戻る。

 そしてナイフで突っつき、ソプリックを観察した。


 蛇と構造が違うな。

 蛇は牙の穴から毒を流し込むが、ソプリックの前歯に穴はない。


 口腔内をつぶさに『鑑定』してみると、唾液に毒が含まれていると分かった。


 前歯はさほど鋭利じゃない。

 ということは、皮膚から浸透するタイプの毒かもしれん。

 噛まれたから毒を受けたと思ったが、舐められただけでも危険そうだ。

 かなり強力だし使い道も多そうだが――なんだろうな、悪事しか思い浮かばない。


 毒をどうするかは棚上げし、俺は二重の皮袋に死骸を放り込んでいった。



  ◇◇◇◇



「はあ……また見事な補強で」


 土砂崩れの現場に到着すると、ハンスは斜面の石壁を撫で始めた。

 ところどころに手の跡があるので、他の旅人も触ったようだ。ちょっとだけ嬉しい。


 感嘆するハンスから視線を外し、俺は点検を始めた。

 山道には轍の跡があり、すでに何台もの馬車が通過している。

 ゴウサス牛が暴れても耐えたので心配してなかったが、問題なく通行できるようだ。


 しかしそう思ったのも束の間、足下の硬い感触に俺は立ち止まる。


 石壁?

 それなりの深さに生成したはずだが――。


 周囲を見渡し、水の流れた跡を発見する。


 そうか、排水。

 斜面の石壁は間隔を空けたが、道の下は何もしてない。

 すっかり忘れてたな。上の土が流れてしまったか。


 俺はハンスを窺いつつ、歩き回る。

 そして石壁を触媒に《土塊の短矢(アースボルト)》を発動、森に向かって放っていく。


「――?」


 途中、ハンスは首を傾げて振り返ったが、遠くを眺めて誤魔化した。


 これで下の石壁は穴だらけだ。簡単には剥き出しにならないはず。

 それでも駄目だったら――やり直しだな。



 追加作業を片付け、山を越える。

 そして昼過ぎ、俺たちはセレン領の森に到着した。


 ここまで来れば慣れた森である。

 夕刻まで時間があったので、小休止することにした。


 張り出した木の根に腰掛け、俺は将軍茶、ハンスは自前の水筒で喉を潤す。

 足に自信があると言うだけあって、ハンスは健脚だった。

 山道で速度を上げても付いてきたし、疲れた様子もない。

 これだけ元気なら、少しくらいは平気だろう。


 俺は皮袋を取り出し、低下の魔道具を装着していく。

 そして甲犀の剣からシャムシールへと切り替えた。


 準備する俺を、ハンスは興味深げに眺めていた。

 シャムシールはともかく、商人なら装身具が安物と気付く。

 それでも興味を持ったのは、魔道具の可能性があるからだ。

 正解である。どれもマイナスだけど。


 ハンスをちらりと見れば、短剣を腰に下げているだけだった。

『短剣』スキルは習得してないし、今は殺傷力よりも攻撃範囲が重要である。

 適当な枝を切って手渡すと、歩行用の杖と思ったらしく、ハンスは礼を言ってきた。


 これで準備万端。

 自分の身は自分で守ってくれよ。



 休息を終えると、街道を外れて森へと踏み込んだ。

 ほどなくしてゴブリンの痕跡を発見、追跡すると向こうも気付いて戦闘になる。

 数は四体。


 敏捷が極端に低下した俺は、ゴブリンたちの波状攻撃に苦戦してしまう。

 ハンスはひいひい叫んで枝を振り回し、意図せぬ陽動で貢献してくれた。


 そしてどうにか勝利するものの、俺はいくつかの裂傷と打撲を負ってしまった。

 ゴブリン相手に怪我をしたのなんて――あ、初めてか。リーダーは別格だし。


 苦しい戦いに満足しつつ、解体を始めた。

 魔石を一つ、ゴブリンの武器から溶かせそうな短剣を選んで収納していく。


 作業が済んだのを見計らってか、ハンスは心配そうに「どこか調子でも?」と尋ねてきた。

 俺は(こころよ)く装身具を見せ、説明する。


「お願いですから、止めてください!」


 いきなり、拝むように懇願されてしまった。

 だから言ったんだけどな、守れないと。


 まあ、ゴブリンでここまで苦戦するのなら、オークやドーコルの集団はきつそうだ。

 仕方ないので手頃な魔物を選びつつ、初日の旅程を森の中で終えた。



  ◇◇◇◇



「もう食べないのか?」

「いえ……もう結構です」


 焚き火で炙られているのは、往路で仕留めたヌドロークの肉だ。

 復旧作業中にだいぶ減らしたが、まだ少し残っている。


 ハンスはそんなヌドロークを早々に拒否したので、ゴウサス牛を少し切り取って提供してあげる。

 すると、さきほどの発言はどこへやら、大喜びでゴウサス牛の焼肉を頬張り始めた。


 確かにヌドロークはまずいが、食えない味じゃない。

 野営の食事なんて、こんなものだ。


 夕食が終わると、俺はシャムシールの手入れ、ハンスは紅茶を片手に一息入れる。

 そして焚き火の爆ぜる音が響く中、ハンスがおもむろに呟く。


「テンコさんは優しい方なんですね」


 意外な発言に手を止め、ハンスを見やる。


 俺が優しい?

 わけの分からないことを。


 これまでの人生を思い浮かべ、やはり首を振る。


 理由もなく人を助けたことは一度もない。

 テッドたちは支援しているが、彼らだからだ。

 同じように苦しむ難民なんて、壁の外にいくらでもいる。



 俺は否定したが、ハンスに否定し返されてしまう。


「護衛に逃げられ、私は途方に暮れました。新たに雇おうにも冒険者は腰が引けていましたし、そもそもろくに前金を払えません。そんなとき、思い出したのがテンコさんです。皆が怖れるソプリックに一人で挑み、殲滅できる冒険者。ギルドや隊舎へ行き、色々な話を聞きましたよ」


 俺は無言で先を促す。


「土砂崩れの現場で発見した冒険者を、埋葬してほしいと頼まれたそうですね。ギルドの受付が感心しておりました。それに守備隊を助けに来られたのも、幼い少年の頼みだったとか」


 押し黙る俺に、「父親の治療でも――」とハンスは話を続ける。

 それを聞きながら、俺は考え込んでしまった。


 否定しようがない。どれも事実だ。

 だが、普段の俺じゃない。


 復旧依頼を受けてからの経緯を思い返し、眉をひそめる。


 そうだ、何もかもがおかしい。

 冒険者の埋葬を頼むだけならまだしも、赤の他人に金貨を差し出すなんて有り得ない。

 テオもそうだ。頼まれもせず名乗り出ている。

 しかも相手は毒持ちの魔物だから、手持ちの解毒で対処できるか情報収集すべきだ。

 いきなり駆け出すなんて、あまりにも無謀である。


 焚き火の向かいで続く絶賛を聞き流し、さらに考える。


 ソプリックの後もか。

 モリスの用意した解毒のポーションが一本しかないなら、誰が飲むか冷静に判断すべきだった。

 解毒の調合はそれほど掛からないが、自分が昏睡する懸念がある以上、まず俺が飲むべきだ。倒れてしまったら被害者全員の命が危険に晒される。

 実際、あの判断ミスで俺は死にかけた。


 そもそも、最初から変である。

 街道の復旧なんて簡単には終わらない。

 数日遅れるくらいなら、経済への影響は無いに等しい。

 それでも最速で現場に駆けつけたのは、いるかどうかも分からない土砂崩れの被害者を想定したからだ。

 まるで、そうするのが当然のように。


「テンコさん?」


 さすがに違和感を感じたのか、ハンスが覗き込んできた。


 応える代わりにシャムシールを掴み、真上に『強撃』を放つ。

 目の前に鮮血と黒い影がどさりと落ち、ハンスは硬直した。


「大木を背に」


 ハンスは固まったまま、四つん這いで大木に向かう。

 それと同時、次々とヌドロークが飛来してきた。


 まだ低下の魔道具を装備している。

 敏捷は拮抗し、重いシャムシールではなかなか捉えきれない。

 俺は無数の牙と爪を浴び、食らいつかれてしまう。


 つまるところ、始めから調子が狂っていたんだな。

 ラウリを批判できん。

 他人どころか、自分の状態を把握できていなかったんだから。


 ヌドロークの牙を受けながら、自嘲気味に笑う。



 どうにかヌドロークを撃退し、血まみれの全身を《清水(ピュアウォーター)》で洗い流す。

 そしてヒーリングポーションで治療を始めると、ハンスはようやく硬直が解ける。

 荒く呼吸し、その場にへたり込む。


「びっくりしました……いきなりでしたね」

「来ると思ったけどな。ゴウサス牛は美味そうな匂いがするし」


 俺の言葉が少しずつ浸透すると、ハンスの顔が驚愕に染まっていく。


「では――魔物をおびき出すために、ゴウサスを焼いたと!?」

「人間が美味いなら、他の生き物にも美味かったりするだろ。最初にヌドロークを焼いたのは注意を引くためだ。焚き火も盛大にやってみたぞ。何が来るかは神のみぞ知る、だったが」


 ハンスは力なく大木にもたれ掛かり、責めるように俺を見上げてきた。


 そんな顔されてもな。

 得意げに俺の美談を語っていたが、要は優しさに付け込こもうとしたわけだし。

 鍛錬の手伝いくらい、大した代償ではないだろう。

 ちなみにハンスの弱い気配も囮だったりするが、俺が盾になったので怪我一つしていない。


 ということは――俺は本当に優しいのかも?

 うん、きっとそうだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ハンスさん、行商というより、行商に扮した密偵っぽいす
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ