第112話 学院三年目 ~守備隊と冒険者
耳元で誰かが騒いでいる。
騒がしい。
それに――揺すられてる?
よく分からんが、騒いで揺すって叩いている。
酷い扱いだ。俺が何をしたと言うのか。
視界に光が飛び込む。
ぼやけた世界で、男が俺を覗き込んでいた。
「……!」
男は俺の目蓋を指で押し開き、もう片方の手で何かを指差す。
あれは……錬金器具。
調合中?
あ、ヴァレリーか。
病気で倒れたから調合して――いや、治療薬は完成したはず。
ヴァレリーは治った……よな?
目を動かしたが、ヴァレリーはどこにもいなかった。
そもそも、こいつは誰だろう?
ここは……どこだっけ?
何も思い出せない。
その間も、男は俺を揺すり続けている。
何を必死になってるんだか。
少し眠らせてくれ。そうすれば意識も――。
不意に視界がぶれ、灰色が視界一面に広がった。
石畳……?
ああ、床か。
「……! 起……起きてくれ!」
「さわ……が……」
「この後、どうすれば良いんだ!? もう完成なのか!?」
意識のもやが晴れ、思考が明瞭となっていく。
そして視界に映る景色に、記憶が蘇ってきた。
俺は……意識を失っていたのか。
部下に助け起こされ、錬金器具へ目を向ける。
溶液の状態は大丈夫だ。
解毒のポーションは煮出した後――煮出して……どう……するんだっけ。
そのまま意識は薄らいでいく。
また身体が揺さぶられて引き戻されるも、言葉が出ない。
駄目だ。考えがまとまらない。
何もかもがぼやけている。
この男の名前すら思い出せない。
そういや、前にも似たようなことがあったな……。
あれは――トゥレンブルキューブか。
呑み込まれる寸前、何も考えられなくなった。
あのときは――そう、『多重詠唱』が発動したんだ。
再び、意識が遠のいていく。
セレンでの日々や、リードヴァルトでの生活がとりとめもなく浮かんでは消える。
まるで走馬灯。
それを眺めているうち、ふと思った。
誰かが言っていたな。
こういうときに役立つのがあると……。
あれは……なんだったか。
◇◇◇◇
ゆっくり目を開けると、男の背が見えた。
男はクングス草の根を掲げ、錬金器具と睨み合っている。
「素材を……無駄にするな」
「目が覚めたか! 良かった、本当に良かった!」
部下は飛び上がり、抱きつかんばかりの勢いで迫ってきた。
手を上げ、それを押し止める。
「汗に毒が混ざっているかもしれない。触れるな」
そう言うと、部下は慌てて飛び退いた。
俺は力が戻っているのを確かめながら、深く安堵する。
今回はやばかった。
たまに死にかけるが、こういう死にかけは初めてだ。
毒というのは恐ろしい。どんなに鍛えても、お構いなしに殺しにくるか。
立ち上がり、《水流操作》で身体を洗い流す。
「僕はどのくらい寝ていた?」
「ほんの少しだ。ポーションを飲ませたのも、さっきだからな」
「じゃあ、ブレントたちは――」
「良くはないが安定してる」
部下と話しながら、全身の汗を取り込み盥に破棄する。
中身を『鑑定』してみると、やはり微弱ながら毒が含まれていた。
全員の治療が終わったら、解毒のポーションで無毒化を――無理そうだな。
ポーションが排出を促すだけなら、効果は薄そうだ。
土に撒いた方が確実か。
そんなことを考えながら椅子に座り直そうとし、ふと足下へ視線を向ける。
なぜか羊皮紙が落ちていた。
白紙だが、新品には見えない。
俺の視線を追い、部下が口を開く。
「覚えてないのか」
「まったく。もしかして――スクロールか?」
「そうだ。《集中力上昇》だよ。気を失う前、そう言ったから買ってきた。使わせるのに苦労したぞ」
部下は引っ叩く動作をしながら笑う。
記憶にないが、俺は《集中力上昇》の魔法を要求したそうだ。
あの魔法は他人に掛けられないため、スクロールを使うしかない。
守備隊で手分けして商店や隊商、冒険者ギルドなどを駆け回って確保し、どうにか俺に発動させたという。
そして解毒のポーションの調合法を伝えた後、また意識を失ったらしい。
さっぱり覚えてないが。
白紙の羊皮紙を拾い上げ、しみじみと眺める。
《集中力上昇》か。
懐かしいな。俺と兄に魔法を教えたバージルの得意魔法だ。
あれからもう、七年が過ぎている。
三十歳近かったし、もう引退しただろうか。
バージルなら、どこかで私塾でも開いていそうだ。
羊皮紙をテーブルに置き、身体の調子を確認する。
左手に脱力感は感じない。
念のためステータスを開き、思わず、小さく首を振った。
毒は消えていなかった。
『強毒化』の効果なのか、なんともしつこい。
「調合を再開する。ええと――すまん、まだ本調子じゃなくてな。名前を思い出せない」
「いや、名乗ってなかった。俺はモリスだ」
「ではモリス、手伝ってくれ」
そう言うと、慌ててモリスは手を振る。
「俺はただの兵士だぞ。飲ませたポーションだって、お前がほとんど完成させてたから、なんとかなったんだ。無茶言わないでくれ」
「問題ない。僕が指示する。それに言ったとおり、本調子じゃないんだ」
モリスの表情が一瞬で曇る。
「まだ毒が?」
「残ってる。ほぼ回復しているが、万が一に備えてだ」
「……分かった。手伝おう」
その後、俺はモリスに指示を出しながら調合を再開した。
知らないうちに錬金器具の追加も来ていたので、一つは錬金溶液用に切り替える。
俺の毒が完全に消えなかったのは、溶液の質が原因だ。
モリスが用意してくれた溶液は低品質ばかりで、普段、俺は二段階上の良質を使用している。この錬金溶液では、俺でも標準品質の解毒は難しい。
残りの錬金溶液で時間を稼ぎ、その間に錬金溶液を自作、完治を目指すのが確実である。
俺は気を失うことなく、モリスと共に調合を続けた。
そして夕刻前に俺と冒険者、陽が落ちてから守備隊、そして夜が更けた頃、ブレントが完治する。
ソプリックと遭遇してからほぼ半日、被害者全員の治療を終えた。
◇◇◇◇
翌日、とうに朝日が昇った時刻に俺は目覚めた。
治療を終えた後、まだ素材が残っていたので解毒のポーションの調合を続けた。
手持ちを補充したかったし、巡回が持ち歩いていた解毒は使い切っている。
それに、また被害者が発生しないとも限らない。
隊舎の裏にある水場で身支度を整え部屋に戻ると、起きたことに気付いたのか、モリスが朝食を携え、俺を待っていた。
野菜のスープと鹿の干し肉、硬いパンを味わいながら、現状の報告を受ける。
ブレントともう一人の守備隊は回復し、食欲もあるそうだ。
ただ昏睡状態が長かったため、隊長から今日一日は休むよう仰せつかったとのこと。
また冒険者は、昨日のうちに隊舎を出ていったらしい。
今どうしてるかモリスは知らなかったし、俺も彼らに興味がなかった。
治療したのはブレントのついでだ。
それと隊長が礼を言いたいそうで、部屋で待っているという。
ただ、ブレントたちの状態をこの目で確認したかった。
それを告げると、モリスは一も二もなく賛成する。
どうやらブレントに「まだ帰すな」と厳命されているらしく、監視のため、ここにいるそうだ。
別に逃げないし、ばらしたら駄目だと思う。
朝食を済まし、早速、ブレントのところへ向かった。
部屋に近付くと、話し声が聞こえてくる。
室内の気配は二つ。ブレントと幼児だ。
「お、英雄のお出ましだ」
扉を開けた途端、ブレントが茶化してきた。
そばにいた幼児は、ばたばたと父親の腕に隠れてしまう。ほとんど丸見えだが。
「本物の英雄に失礼だろ」
言いながら、入室する。
ブレントは上半身こそ起こしていたが、ベッドに入ったままだった。
そっと『鑑定』したところ、毒は消え、おかしな表記も見当たらなかった。
起き上がれないのはステータスに表記されない部分、スタミナが減少している所為だろう。
「体調に異常はないか?」
「おかげさまで、すっかり治ったよ」
「それは良かった。隊長にも言われているそうだが、今日は安静にしておけ。これも渡しておこう」
魔法の鞄からポーションを取り出す。
「ヒーリングポーションに疲労回復を加えてある。飲んでくれ」
「いや、解毒を調合してもらったのに――」
ブレントは返そうとしたが、俺は「自作だから」と押しつけた。
半日も昏睡していれば、一晩休んだくらいでは回復しない。
ブレントは遠慮しながらも受け取ると、ベッドの上で居住まいを正す。
「ありがとう。助かったよ」
ブレント、そして幼児も一緒になって頭を下げてきた。
隣のモリスも同じ姿勢になっていた。
「冒険者ギルドでの借りがある。息子とも約束したしな」
話を振ると幼児は顔を真っ赤にし、今度は父親の背に隠れてしまった。
その様子に俺たちから笑いが漏れる。
「だが、助けに行こうとしたのは軽率すぎる。モリスが止めなかったら、どうなっていたか」
「そうだな。よく言い聞かせておく」
微笑を浮かべながらも、ブレントは神妙に頷いた。
ブレントは間違いなく、完治している。
もう大丈夫だ。
後はもう一人の守備隊を確認して――待てよ、他にも被害者がいるはずだ。
「そういえば、最初に手を出した連中はどうなった? 今も隊舎に?」
「彼らは死んだよ。林の中で、ソプリックの死骸と一緒に見つかったんだ」
「それで事態が発覚したのか」
人の死を喜ぶ気はないが、結果的に最悪の事態を免れた。
もしケリール村にソプリックを誘導してしまったら、為す術もなく壊滅だ。
しかし、復讐を遂げても本当に暴走は止まらないんだな。
『転生者』や『リードヴァルト家の次男』のように、立場や身分を示すだけの称号は多い。
保有者をあまり見かけないので気にしてなかったが、ステータスで一番癖の強い項目かもしれない。
「では、そろそろ失礼しよう。ゆっくり休んでくれ」
俺が告げると、ブレントに促され、幼児がベッドから降りてきた。
もじもじしながら近寄り、頭を下げて何か呟く。
どうやら礼を言っているようだ。
「父親に会えて良かったな」
幼児はこくりと頷き、大きな目で見上げてくる。
「あの、冒険者って……凄いんですか?」
「凄い?」
唐突な質問に聞き返してしまった。
凄いって、何?
意味が分からずブレントやモリスへ目を向けるも、二人は笑うだけだった。
俺は理解する。
これはあれか。子供特有の意味不明な質問だ。
自慢じゃないが不得手だぞ。
屈み込み、目線を合わせる。
「難しい質問だ。凄い冒険者もいるし、そうでない冒険者もいるな」
「守備隊と、どっちが凄いんですか?」
おお、また意味不明な……。
「テオは守備隊に憧れてるんだよ」
困惑する俺に、モリスが補足してきた。
ああ、そういうことか。
憧れていた守備隊というより父親だと思うが、それが窮地に陥ってしまった。
そこへ俺がやってきて救出、治療まで行う。
おまけに、さっきの英雄発言だ。
俺の戦いを面白おかしく話したのは想像に難くない。気を失っていたのにな。
そういうわけで幼児――テオはすっかり混乱し、謎の質問に繋がったわけだ。
父親の威厳もあるし、小難しい表現は理解できないよな。
少し考え、俺は口を開く。
「守備隊と冒険者は仕事が違う。守備隊はみんなを守る、冒険者は困っている人を助ける。どちらが凄いとは言えないが、僕は守備隊が凄いと思うぞ」
俺の応えに、テオは難しい顔で悩み始めた。
職業で人格は決まらない。中身は同じ人間だ。
それでも、守備隊は住民の盾となるのが仕事である。
凄いかどうかは別にして、好き勝手に生きている冒険者より立派だと思う。
「納得するまで考えれば良い。時間はいくらでもある」
俺はテオの頭を撫で、親子に別れを告げた。
モリスの案内で、もう一人の守備隊のところへ向かう。
近くの部屋だったのですぐ面会できたが、こちらは付きっきりで妻が看病していた。
毒が消えているのは確認できたし、邪魔をしては悪いと早々に辞去する。
続けて隊長室に案内され、守備隊の隊長と面会した。
ソプリックは出現して間もないこともあり、明確な討伐報酬は決められていない。
そのため急遽工面したらしく、礼と一緒に謝礼金の入った皮袋を「少ないが……」と申し訳なさそうに差し出してきた。
テオに救出は約束したが、守備隊に頼まれたわけではない。
とはいえ、厚意を断るのは失礼である。
素直に礼を言い、皮袋を受け取った。
そして隊長とモリスに、セレンへ帰還すると切り出した。




