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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第二章

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112/191

第111話 学院三年目 ~狂奔の復讐者


 背後で通用門が閉まる。

 春の爽やかな風が身体を吹き抜け、空には(かすみ)のような雲が漂っていた。

 柔らかな日差しが草原を包む、穏やかな春の日だった。

 人が死ぬには向いてない。


『高速移動』と《脚力上昇(ムーヴィングアップ)》を発動し、さらに『気配察知』で全方位を索敵しながら街道を駆け出す。

 そしてすぐだった。俺は違和感に気付く。


 気配をまるで感じない。

 人は当然、魔物や動物も。


 ソプリックの群れが動き、あらゆる生き物が逃げ出したか。

 復旧作業中も、見かけた魔物は最終日のゴウサス牛だけだった。

 案外、あいつもソプリックを避け、山の中まで入り込んだのかもしれない。


 気を引き締め、『気配察知』に意識を戻す。

 何にせよ、ノイズがないのは助かる。


 そして街道を走り始めてさほど経たないうち、俺は気配を捉えた。

 だが、自然と眉根を寄せてしまう。

 まずい状況だ。


 街道の先で、巨大な気配がスライムのように蠢いていた。

 ソプリックの塊か。

 小さな気配が集まり、一つになっているようだ。

 群れの総数は多くても五十くらいと考えていたが、軽く三桁を越えている。

 他の生き物が逃げ出すのも納得できた。


 走りながら集中すると、中央部分に複数の人間らしき気配を発見した。

 死んでいれば感知できない。

 少なくとも何人かは生きているが――それも毒次第だろう。

 自前のポーションがどこまで効いてくれるか。


 曲がりくねった街道を短縮するため、俺は林へ飛び込む。

 そして縫うように走り抜け、飛び出た途端、視界を無数のリスが覆い尽くす。

 こいつらがソプリック――。


 周囲の立木や灌木、茂みの中でリスが蠢いていた。

 見た目は普通だが、前歯はやや大きい。

 それを剥き出し、人間たちにリスらしからぬ凶相を向けている。


 林の小さな空間に取り残されていたのは、守備隊の他、冒険者数名と商人。

 彼らは円陣を組んでいるが、外周で牽制しているのは守備隊だけだった。


「た、助けてくれ!」


 俺に気付き、冒険者が叫ぶ。

 切羽詰まった状況なのは一目で分かるが、子供に助けを求めたら駄目だろ。


 素早く『鑑定』に視線を走らせる。

 体力はゴブリン以下。

火炎球(ファイアボール)》を放ち、群れの一角を吹き飛ばした。


 十体以上のソプリックが炎に包まれ、無数の怒気と敵意が突き刺さる。

 俺を新たな敵と見定めのか、群れは形を変えていく。


 ブレントは生きているが、毒を受けたか。

 他にも守備隊一人、冒険者が二人――それでも一番酷いのはブレントだ。

 剣を杖にして立っているが、今にも意識を失いそうだった。


 そして彼らに足下には、いくつもの空瓶が転がっていた。

 手持ちのポーションで、どうにか粘っていたのだろう。



 さらに《火炎球(ファイアボール)》で吹き飛ばすと、立て続けの殺戮に包囲していた個体も俺へ目標を切り替えた。

 俺を最大の敵と認識したようだ。


 包囲が崩れたこと、そして俺が中級魔法の使い手と知り、冒険者たちは歓喜した。

 その中で、ブレントだけが声を振り絞る。


「気を、つけろ……跳ねるぞ!」


 跳ねる――?


 そこまで言って、ブレントは意識を失ってしまう。

 だが、人の心配している場合ではなかった。


 飛びかかってくるソプリックの群れ。

 それを迎え撃とうと甲犀の剣を構えた直後、俺は驚愕する。

 こいつら、空中を!?


 小さな影が縦横無尽に空中を跳ね回った。

 群れは網の目のように広がり、真上さえも覆い尽くす。


 これは――無理だ。

『高速移動』と《脚力上昇(ムーヴィングアップ)》の併用で、敏捷は52まで上昇している。

 人外どころの速度ではない。

 それでも、これは避けきれない。


 咄嗟に、《力場(フォースフィールド)》を俺ごと展開する。

 一瞬で構築された魔力の力場が、全方位のソプリックたちを絡め取った。


力場(フォースフィールド)》の効果は術者と対象者の力量差に依存する。

 同じ魔法でも、俺とソプリックでは受ける影響がまるで違う。


 わずかに感じる抵抗の中、俺は甲犀のスティレットを取り出した。

 久しぶりの二刀流だ。


 動きの鈍ったソプリックを斬り捨て、突き刺し、青藍のマントで叩き落としていく。

 猛毒持ちのこいつら相手に接触はもちろん、返り血も危険だった。


 一瞬、呆然とする守備隊たちが視界に入るも、異常な速度を隠す余裕はなかった。

 呼吸も忘れ、ひたすら斬り続ける。


 そして周囲に小さな死骸が山積みになった頃、群れの攻撃が止まった。

 すべて片付いた――と言いたいが、まだ半数以上、残っている。


 それどころか憎悪は激しさを増し、第二波に向け動き出した。

 俺は深く呼吸し、改めて『鑑定』に視線を走らせる。



名前  :-

種族  :ソプリック(狂乱)

レベル :6

体力  :17/17

魔力  :15/15

筋力  :6

知力  :7

器用  :16

耐久  :6

敏捷  :14(機動力:19)

魅力  :13


【スキル】

  強毒化

  機動力強化4、(ちょう)()7、毒耐性5

【魔法】

  なし

【称号】

  (きょう)(ほん)の復讐者



 一体の戦闘力はゴブリン以下だが、珍しいスキルと称号持ちだった。

 空中を跳ね回ったのは『(ちょう)()』だろう。初めて聞くスキルだ。

 毒は強化されているが、毒そのものはスキル化されていない。生物固有の特性らしい。


 それより、注目すべきは状態異常の狂乱だろう。

 こいつらは仲間思いじゃない。

 称号の悪影響を受けているだけだ。


 知ってみれば、納得できた。

 無差別に襲うのに探そうとせず、そのくせ見つければ死ぬまで戦う。

 行動に一貫性がない。


 事実、最初の《火炎球(ファイアボール)》で多くの仲間が一瞬で殺された。

 普通の魔物ならそこで逃げ出すか、どう戦うか思案する。

 ソプリックはどちらも選べない。

 称号に意識を支配されているから、突撃以外の選択肢がない。


 そういや前に似たような山羊を見かけたが――あれは別物か。

 称号はなかったし、それこそ生物固有の特性だな。


 どうあれ、戦いはもう終わりだ。



 予想どおり、第二波は《力場(フォースフィールド)》に構わず特攻してきた。

 俺は甲犀の剣とスティレットで処理し、躱しきれないのは青藍のマント、新たに《礫土の盾(アースシールド)》を発動して叩き落とす。

火炎球(ファイアボール)》で焼き払ってみたが、包囲が近すぎるし、単発では効率が悪かった。

 何も考えず、ただ処理していく。


 完全に流れ作業だが――目算が甘かったか。


 気配の塊と感じたのは正しかった。

 今のソプリックは、もはや一体の魔物だ。

 すべての個体がブレントたちに目もくれず、俺だけを殺そうと(やっ)()になっている。


 俺は敏捷こそ呆れる高さだが、他は人並みだ。

 際限のない特攻に、体力が続くか不安を感じ始めた。


『多重詠唱』を疑われても、初手で《火炎球(ファイアボール)》をばら撒くべきだったな。


 そう後悔したとき、いきなり群れが歪み、一部が守備隊たちへ矛先を変えた。

 斬り捨てながら視線を向けると、彼らの足下に矢で貫かれたソプリックが転がっていた。

 短弓を持っているのは冒険者だけだ。


 まったく、何のために注意を引きつけたと思ってる。


 ちょっかいを掛けておきながら、冒険者は即座に戦意を喪失してしまう。

 二人の守備隊が剣を振って威嚇したが、そんなものは無意味だ。

 あまり接近すると巻き込んでしまうが――。


 仕方なく中央へ移動、《穿風の飛箭(ベネトゥレイトゲイル)》で撃ち抜き、『(ふう)()(そう)(こう)』で斬り飛ばす。

 その直後、左腕に微かな痛みが走った。


 咄嗟に掴み、地面へ叩き付ける。

 見た目は愛らしいリスが、血反吐を吐いてのたうち回った。

 やられたか……。


 破れた布鎧の袖から、血が滴り落ちている。

 もう、『多重詠唱』がどうのと言ってられない。


 飛びかかるソプリックを斬り捨てつつ、許容範囲ぎりぎりの速度で《妨土の壁(アースウォール)》を発動していく。

 目標はブレントたちの周囲。


 守備隊たちは、次々と迫り出す石壁に声を失う。

 俺は四方を囲む最後の一枚に飛び乗り、中へポーションを放り込んだ。


「解毒のポーションだ。ブレントに飲ませておけ」


 そう言って《妨土の壁(アースウォール)》で天井に蓋をした。


 これで視界は塞いだ。

 ソプリックに襲われる心配もないが――最初からこうしておけば良かったな。


 改めて『気配察知』で確認する。

 周囲に人はいないし、ソプリックも隠れていない。

 ここにいるのですべてだ。


「お前たちに分別があれば、対応も変わったんだがな。(せん)(めつ)させてもらう」


 近くの木に《火炎球(ファイアボール)》を撃ち込みソプリックを吹き飛ばすと、燃え盛る木を伝い、空中へ躍り出た。

 無数のソプリックが空中を跳ね、磁石に引き寄せられるように俺へと迫る。


 深く息を吐き出し、周囲一帯に《火炎球(ファイアボール)》を発動した。

 火球による絨毯爆撃。

 目標も何もない。視界に入るすべてを焼き払う。


 凄まじい爆風が巻き起こり、林を揺らした。

 周囲一帯は炎に包まれ、爆風に樹木がひしゃげ、跳ねていた個体が爆風に煽られて青空に軌跡を描き、また爆風に吹き飛んでいく。


 すべてのソプリックも焼き払ったはずだが、数が多すぎ生死の判別がしづらかった。

 ダメ押しでもう一度、《火炎球(ファイアボール)》をばら撒いた。

 再び起きる爆音。


 ほどなく、巨大な気配の塊は完全に消失する。

 残されたのは炎に包まれた木立と、百を優に越える焼け焦げたリスの残骸。



 石壁の上に降り立ち、生き残りがいないか注意深く観察する。

 そして解毒付随のヒーリングポーションを取り出した。

 これが最後の一本だ。


 蓋を開けて口に近付け、ふと手を止める。

 まさかとは思うが――。


 俺はすべての《妨土の壁(アースウォール)》を解除した。

 守備隊と冒険者たちは、変わり果てた光景に呆然としている。


「なんだよ、これ……」


 冒険者の一人が呟くのを聞き流し、俺はブレントを『鑑定』した。


 やはりか。

 状態異常を示す『毒:ソプリック』の表記が残っている。

 毒を受けた冒険者は二人いた。今は一人だ。


 ブレントに近付くと、ポーションを飲ませた。

 心なしか顔色は良くなったが、毒は消えない。

 冒険者が治ったのなら効果があるはず。一本では足りないのか。


 俺は冒険者へ視線を向けた。


「なぜ飲ませなかった」

「お、俺たちの仲間も毒を受けた! なんで守備隊なんだ!」

「僕も食らったが?」


 血に濡れた腕を見せつけると、冒険者は(くち)()もった。


「火の始末は後回しだ。すぐ戻るぞ」


 守備隊に告げ、俺は立ち上がる。

 そのとき、空のポーションが手から(こぼ)れ落ちた。

 まさか、もう……?


 左手を見つめ、ゆっくり動かす。

 感触はあるが、どこか鈍い。

 毒というより麻痺――筋肉を弛緩させるのか。

 これが全身に回れば、確実に死ぬ。


 俺の様子に気付き、守備隊が心配そうに覗き込んできた。


「大丈夫か?」

「問題ない。それよりブレントを運んでくれ。急ごう」



  ◇◇◇◇



 ケリール村が見えたとき、俺は歩くのもやっとの有様だった。

 何度も転倒しかけ、守備隊の肩を借り、どうにか足を動かしている。


 噛まれた場所も良くなかった。

 左腕は心臓に近い。脈が弱っているのを感じる。

 意識こそはっきりしているが、それもいつまで持つか。

 少し改善したブレントも、気を失ったままだ。


 門が開き、数人の守備隊が駆け寄ってきた。

 そしてブレントの部下は、俺を見るなり頭を下げる。


「すまん、解毒ポーションは一本しか確保できなかった!」

「素材は?」

「錬金溶液が数本、素材ならかなり集めてある!」

「ならすぐに――」


 言いかけ、俺は(つまず)く。

 咄嗟に両腕を伸ばすも左腕に力が入らず、そのまま地面に激突してしまう。


「お前、毒を……」


 助け起こす部下の顔には、絶望が浮かんでいた。



 火の始末を頼んだ後、俺たちは隊舎に運び込まれ、それぞれ部屋に入れられる。

 テーブルに三本の錬金溶液、素材のラニム草とソグリオの実、解毒の素材である処理されたクングス草の(こん)(けい)、そして錬金器具が置かれていた。


 (はや)る気持ちを押さえ、椅子にもたれて現状を整理する。


 俺を除き、毒を受けた者は三人。

 そのうち重症はブレント、守備隊の一人もやや重い。

 こんな状態でも、俺と冒険者はまだ軽症だ。


 ここがセレンなら、対処法はいくらでもあった。

 ルシェナの護衛として《弱毒浄化(アンチドート)》が使える『剣閃』が滞在していたし、他にも神聖魔法使いがいるはずだ。

 ポーションなら腐るほど流通している。


 せめて錬金術師が見つかれば良かったが。

 商店が薬局なら、錬金術師は製薬工場。

 お隣の大工場に対抗する物好きはいなかったようだ。


「その状態で調合できるのか?」


 部下の問いかけに、俺は無言だった。


 全身の感覚は徐々に低下している。

 まず俺がポーションを飲み、回復させてから調合するべきだ。

 今の状態では、いつ意識が混濁するか分からない。


 だが――ブレントの症状は重い。

 ソプリックの毒が、どの程度で命を奪うかも未知数だ。


「ブレントに飲ませてくれ」


 俺はポーションを差し出した。


「良いのか? もし意識を失ったら――」

「解毒の調合は大して掛からない。それより錬金器具を増やしてくれないか。同時並行で進めたい」

「分かった。すぐ手配する」


 部下は頷くと、ポーションを手に部屋から飛び出していった。


 戻るのを待たず、俺は調合を開始する。

 クングス草の(こん)(けい)を腕で押さえ、ナイフで削っていく。

 作業を続けていると、しばらくして扉が開き、部下が戻ってきた。


「ブレントさんに飲ませてきたぞ」

「容体は?」

「少しだけ意識は戻ったが、治ってないと思う」

「そうか。時間が稼げたなら充分だ」


 部下が用意したのは、標準より劣る低品質の解毒だった。

 俺の標準品質でも全快していない。始めから期待していなかった。


「解毒のポーションの影響で、ソプリックの毒が排出されるかもしれん。排泄物や汗に触らないよう気をつけてくれ。ああ、一緒にいた守備隊や冒険者、商人もだな。手持ちのポーションで治療した者がいるだろう。毒を受けてなくても着替えるよう言ってくれ」

「伝えよう。すぐ錬金器具も用意する。他に必要なものは?」

「手が空いたらで良い。ヘチェルサボテンを探してくれ」


 部下は了承し、駆け足で出て行った。


 クングス草を素材とする場合、俺でも標準品質がほとんどだった。

 希に良質はできるが、ヘチェルサボテンなら確率が大きく跳ね上がる。

 ただ、南東のコルスネット地方原産の植物であり、最も近いリードヴァルトでもほとんど見かけなかった。

 セレンならまだしも、ケリール村にあるとは思えない。


 作業を再開しようと、削った根茎を(すく)い取る。

 それが、指の間から零れ落ちた。


 早い――右手もか。

 感触は残っているが、力が入らなかった。

 すぐに死ななくとも、自由が利かなくなれば死んだも同然だ。


 どうにか掬い取り、錬金溶液に投入する。

 そしてランプの灯火を見つめながら、俺は椅子にもたれ掛かった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 「そのとき、空のポーションが手から零こぼれ落ちた。 まさか、もう……?」 毒持ちの魔獣に噛まれていて「もう・・・?」はないでしょう。噛まれてすぐ死に至る毒も世の中にはあるのに。
[気になる点] 舐めプで死にかける主人公
[一言] どんだけ他の重傷者がいても、それを治せる主人公を最優先すべきだな 倒れたら意味がないどころか被害が拡大する
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