いやらしい捕手
「えっとね…」
「見ろよ」山縣の言葉をさえぎって、一緒に走っていた俺は顎でブルペンの方を指した。
パシンッ!とミットの心地よい音が春風に乗ってブルペンから聞こえてくる。そこでは例の佐々木とかいう人が先輩投手の球をいとも簡単に受け止めていた。
「やべぇな、あいつ。先輩の球を淡々と捕り続けてやがる。ふつー、初見じゃこうも簡単に捕れねぇだろ。」
「正直普通の人じゃ厳しいと思う。しかも何が凄いって捕ったときミットがほとんど動いてないのよね。ほら見てみろよ。」
そこにはボールを受ける佐々木の姿があった。
「ホントだ、ビタ止め。」
銃弾ののような音がグラウンドにこだまする。
「しかも3球連続。おまけに音までいい。でもキャッチングだけか…。S特待なら他に凄いところはあるはずだろ?」
「平瀬くんの言う通りキャッチングだけかもしれない。けど、佐々木君はさっき俺の球を3回で捕った。130後半は出してたと思う。」
そんな馬鹿な。山縣の球はただ速いだけじゃなくてノビもあって凄く重たい。中学時代、彼の球を捕り続けたキャッチャーの指がねじ曲がったほどだ。
「嘘だ…。」
「そりゃ疑うよな、無理もないよ。俺も最初から結構本気で投げたけど涼しい顔してたし、あいつ。」
と山縣は少しふてくされて続けた
「悔しいけど、ホントに投げ込んでて気持ちよかったんだよな…。なんのためらいもなく思いっきり投げれた…。」
山縣の力を引き出せる捕手か…。化け物だ…。
「すげぇな、それは。」
「おまけに彼は凄く動体視力が良いよ。」
後から分かったことだが、佐々木君の本試での動体視力のテストで尋常じゃない点数を叩き出していた。
「まぁ、お前の球をほぼ初見で捕るくらいだしな。」
「それだけじゃない。彼は中学時代打率はまぁまぁだったんだけど、出塁率が6割を超えてたらしいんだ。」
6割!? いくら中学生でも聞いた事ねぇよ…。
「バカ言え…。いくらなんでもそれはねぇだろ。」
「あるんだよな。中学生の投手でコントロール良い奴は少ないし。そのうえで佐々木君は多分、際どい球も全部見切って出塁してたんだと思う。あと追い込まれても物凄く粘る。」
「うわぁ、そら出塁率もあがりますわ」
そして山縣に曰く、敏捷性が高くて盗塁も何度も決めていたとのこと。
「あー、いやらしい。絶対に対戦したくねぇわ…。味方でよかったよ、ホント。」
走りながら話しているからか少し息があがってきた。横で走る山縣はまだまだ涼しい顔をしている。流石だ。
そして色々な選手を見ながら、俺たちは走り続けた。
「もうそろそろ練習終わるころだし、今日は切り上げよう。」
息切れ寸前で死にかけてた俺は山縣のその一言で救われた。
ほーっと、ひと息ついてると監督から集合の合図がかかった。