166話 最終決戦8 サトル VS ユウカ
『竜の狂化』
在りし日に、そのスキルの存在は聞いたことがあった。
十分間、ただでさえ強い竜闘士の全能力を強化する代わりに、その反動として効果時間が終わると戦闘不能になる。
『ありがちな暴走技だな』
俺は一言で評した。
『まあそもそもそうやって強化しないといけないレベルの敵がいるとも思えないし、反動で戦えない間サトル君を守ることも出来ないし、使うことは無いと思うよ』
ユウカもそのように言った。
それが今はどうだ。
その暴走スキルが使われただけでなく、その矛先は守ると言った俺に向けられている。
「『竜の息吹雨』!!」
いつもの数倍の量の追尾エネルギー弾が文字通り雨のように降り注ぐ。
「『磁力球』!!」
戦いの中で急成長していく俺は、原始的な属性ではない魔法も使えるようになった。打ち出した黒い球にエネルギー弾は吸われていくが……いかんせん数が多すぎる。
「『重力場』!!」
周囲に重力の濃い力場を展開することでエネルギー弾を叩き落とす。直撃は避けれられたが、その余波までは防げない。
「くそっ……!」
『竜の狂化』終わりまでまだ五分もある。残り半分もやり過ごせるか……?
「ちょこまかと逃げおって……」
ユウカの視線がこちらを向く。
込められた憎悪の感情によって反射的に身が竦む。
精神的に来るものがある……だけどそれが俺の選択した結果だ。
「『竜の幻惑軍隊』!!」
武闘大会、決勝戦。ガランさんとの戦いで一度だけ見せた幻惑スキル。
狂化されたことによって、ユウカの分身が十数人と現れる。
それぞれが迫ってくる中どれが本物なのか、見抜けさせずに倒すという考えなのだろうが。
「おまえだ」
殴りかかってきた八人目の拳を俺は受け止める。予想通り実体があった。
「っ、何故……!?」
「さあな、『音撃』!!」
指向性の音波を放つ。普通に攻撃しても竜闘士には効果が薄い、なら警戒されていないだろう音。三半規管を狂わせてバランスが取れないようにしようとの考えだったが。
「うるさい……!!」
特に効果はなかったようで振り払われる。逆らわずに俺は距離を取った。
狂化されているとはいえ、根底の考え方というものはそう安々と変えられるものではない。
ユウカならどうするか、その読みだけでどうにかこれまで凌いできた。
とはいえそろそろ限界か。
防ぎきれず掠ってきた攻撃の数々によりダメージが蓄積している。
さっきだって拳を避けきれずに受け止めた手のひらが未だに痺れている。
残り三分ほど。
もちろん暴走技を使っている相手を倒そうだなんて端から思っていない。
俺の狙いは時間切れによる戦闘不能のみ。
逃げ回るだけでいいのだが……果たして逃げきれるだろうか。
「最初から……逃げ切るつもりか」
攻め気の無さにユウカも勘付いたようだ。
「残りちょっとだろ。簡単に逃げられそうだな」
弱っているところを見せるつもりはない。俺は強がる。
「『竜の翼』」
ユウカは翼を生やして飛び上がる。
謁見の間の天井まであがり、最初突入してきた突き破った天窓も通って、さらにさらに上へ。
逃げたわけではない。
ユウカの狙いは読める。次の一撃で決めるつもりなのだと。
そのためには高度が必要なのだろう。
『竜の潜行』
高所から急降下して攻撃するスキル。
それが狂化された今は――。
「『竜の隕石』!!!!」
高高度から一点、俺をめがけて落ちてくる。
避けることはおそらく不可能だろう。
余波だけでこの謁見の間を吹き飛ばせる。
だったら受け止めるしかない。
「『筋力強化』『腕力強化』『脚力強化』!!」
付加魔法された魔力で、ありとあらゆる強化魔法をかける。
そして次の瞬間、ユウカが降ってきた。
拳を先頭にしたそれを受け止めた瞬間、俺の足が謁見の間の石張りの床を砕きめり込む。それだけの衝撃があった。
初動は成功。だが、まだユウカのスキルは終わっていない。
俺を押し潰さんと勢いを弛めない攻撃に、どうにか踏ん張ってみせる。
「許せない、許せない、許せない……!!」
「そうだ、許すな! 俺はおまえの親友の命を奪った男だ!!」
「おまえなんか、×××君なんか…………!!」
「そうだ……俺なんか好かれる価値もない男だ!!」
お互いに攻撃と防御を通そうと精一杯だ。
言葉を考える余裕もない。
感情の爆発がそのまま叫びとなる。
「うおおおおおおおっ!!!!」
「ああああああああっ!!!!」
至近距離でお互いの全てをぶつけ合うが……徐々に差が明確になってきた。
ユウカの方が優勢だ。
そもそも単純な力勝負だ。
強化したとはいえ、狂化された竜闘士に敵うわけがない。
『竜の狂化』終わりまで粘れればと思ったが……まだ少し時間があるはず。
それよりも先に俺の防御は打ち破られてぺっしゃんこだろう。
まあ……そういう結末も仕方がない。
俺は諦めて力を抜こうとした……そのとき。
先にユウカの力が弛んだ。
「え……?」
どうして?
効果時間終わりまではまだあったはず。なのに……いや、夢中になり過ぎてカウントを間違えたのか?
疑問が頭を埋め尽くす中、ユウカは反動で戦闘不能となり。
その場に倒れ伏した。
「締まらない決着だが……勝ちは勝ちか」
埋まっていた足をどうにか引っ張り出す。
そして俺はユウカを見下ろした。
息はある……だが立ち上がる力ももうあるまい。
竜闘士といえどここまで消耗してはどうしようもない、殺そうと思えば簡単に殺せるだろう。
まあ、俺の目的はそんなところではないのだが。
「今のうちに全てを終わらせておくか」
俺自身に宿った唯一のスキル。
今度は暴発ではなく、自分の意志で発動する。
「魅了、発動」
ピンク色の光柱の顕現。
時刻はもう夕方。
最後の攻防のせいで壁がボロボロになった謁見の間には直接夕日が差し込む。
光のコントラストが見事だ。
異世界冒険譚の終わりにふさわしい光景だった。
「さて、と。ああ、忘れないうちに……命令を解除する、リオ。うーん、ようやく終わったかー……」
身を翻し晴れ晴れしい気持ちそのままに大きく伸びをしながら、俺はエピローグという名の余韻に浸って――――。
「そういうこと……だったんだ」
背後で誰かが立ち上がろうとする音がした。
「……命令だ、口を閉じろ」
付き合うつもりはない、俺は早速命令を下して。
「黙らないよ。残念だったね、私は虜になってないよ」
それでも口を開く少女に。
「なっ……!」
俺は心から動揺して振り返った。
「許せない……許せなかった。リオの命を奪った人を――それでも嫌いになれない自分が」
ボロボロになった身体に鞭を打って。
「×××君なんか――サトル君なんか……思っても、想いは消えなかった」
立ち上がろうとしながら。
「中途半端な自分が嫌になる……でもそれはサトル君も同じだったんだ」
言葉を紡ぐ少女。
「おかげで全部分かった。サトル君はあの日……私と別れてからずっと――」
ヨロヨロと腕を上げ、俺を指さしながら。
核心を、真実を、想いを、言い当てる。
「私に嫌われようと……していたんだね」
次回が終章、最終話です。




